泥中散華、未だ遠く   作:クサリ

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 銃の登場に騒めく民衆達の反応を見て、祓魔師達はソレが物理的な実体を持つ代物であることを悟る。一部の素養あるものが扱うことができる、かつては魔法や陰陽術と呼ばれていた不思議な力、祓魔術(アーツ)。汎用的な術式のひとつに【加護造形】という加護を用いて物品を具現化するものがあることは、タクティカル祓魔師ならば誰もが習う知識だった。

 

「お、おい、それ、まさか子供に向かって撃つ気か?」

「いーえ? これは、こーやって使うもんっスよ!」

 

 蓮実の声が響くと同時、その手に握られた銃がうぞりと蠢く。強く握られたグリップを中心に、銃身を形成する蓮の花が裏返り、その銃口を蓮実の胸へと向けた。

 トリガーは人差し指から反対側を握る親指へ。自身の生み出した銃を、自分の胸元に付きつけた蓮実は明るく笑い、言い放つ。

 

「それじゃあ期待の第一射、行ってみましょー!」

「はあああああっ!?」

 

 偶然近くに居た才谷が手を伸ばすも、時は既に遅し。強く握りこまれたトリガーは撃鉄を落とし、激しい音と共に蓮実の胸を撃ち抜いた。胸元に灯る銃火が花弁のように舞い、悲鳴が巻き起こる。

 

「あや、初っ端大当たり。運がないっスね~」

「は……は、はぁ!?」

 

 しかし、当の蓮実はどういうわけかピンピンとして────いや、それどころではない。弾が撃ちこまれたはずの胸元には真っ赤な蓮の紋様が刻み込まれ、総身から溢れんばかりの霊力を立ち上がらせている。

 ふうっ、と軽く打ち払われた折り紙が、霊力の爆発に吹き飛ばされていく。その一撃を以て過剰生成された霊力は静まり返り、そして蓮実は再び銃口を自身の胸へと押し付けた。

 

「ハズレ、ハズレ、アタリ、ハズレ、アタリ、ハズレ……どうにも運、悪いっスね」

 

 見ている側の思考が、追いつかない。何の気負いもなく引かれ続ける引き金に、乱高下し続ける蓮実の霊力。それが何かしらの祓魔術によるものであるのは分かるのだが、些か以上に見た目が悪すぎた。

 それでも、合体おばけの猛攻をかわしながら何かしら閃いたらしい柊が思わず頬を引きつらせながら、その推測を口にする。

 

「も、もしかしてそれ、【六三目連(ろくじゅうさんもくれん)】の亜種だったりします……?」

 

 六三目連。自身の加護を“賭け”て博打を行い、その利幅で自身を強化する祓魔術。純粋な運に身を任せる制限を自ら負うことで時に爆発的な効果を得る、自己強化系の術であるが、本来のそれはチンチロリンをベースとした方式で行われるものだ。

 決して、自分に向かって銃をバカスカ撃ちこむような狂った絵面のものではない。

 

「せーかいっ! 私の“幽明境”はロシアンルーレットの────お、中アタリ! これでちょうどいい感じになったっスね!」

 

 軽い調子で首肯した蓮実の体から、僅かな霊力が溢れ出る。ほんとに、ごく少量。僅かな利幅。それを指先に集め、手のひらの上に置いたチョコと共に合体おばけの方へと向けた。

 

「クゥラさん、浮けるって話だったっスよね!? キャッチよろしくっス!」

「は、はいっ!?」

 

 返答を聞いてか聞かずか。デコピンの要領で放たれたチョコは蓮実の霊力を纏いながら勢いよく宙を裂き……合体おばけの中央、元々おばけの仮装をしていた子供の頭部へと命中する。

 瞬間、小さな明滅。ごく小規模の霊力の爆発はおばけの霊体を軽く揺さぶり、脳震盪にも似た症状を引き起こす。

 すなわち、失神。……そして、落下である。

 

「わ、わわわ、あ、あぶな、あぶないっ!?」

 

 慌てて飛び込んだクゥラが堕魅闇の甲殻を展開、その機能を以てして結界で包み込み、その浮揚効果で子供達を受け止める。ふわりふわりと緩慢に降りてくる彼女達に対し、蓮実はにっこりと笑みを浮かべ、ピースサインを向けた。

 

 

 

 

 ピースサインで済むわけがなかった。

 街の騒動を収め、警察署の一室を借りて合流を果たした第六班。蓮実に対して第六班長が下した裁定(げんこつ)は鈍い痛みを脳へと叩き込み、教訓を否応なく刻み込む。情けなく呻き声を漏らしながら、蓮実は机に突っ伏した。

 

「一歩間違えれば子供達も大怪我していたんだぞ。分かっているのか?」

 

 常の竹の割ったような態度とは異なり、静かに怒りを滲ませる第六班長を前にしては蓮実も小さくなるしかない。受け止めきれなさそうなら飛び出す用意があったとか、霊力を込めれば干渉できるというのをチョコで実証したのだとか、そういった言い訳は己の中に呑み込んだ。調子に乗った振る舞いであったのは事実であったからだ。

 ことがことだけに、誰も蓮実を庇うことはない。自業自得とはいえ針の筵、蓮実はますますバツの悪そうな顔でしょんぼりとするしかなかった。

 

 一応は殊勝な様子に、第六班長はため息を吐いた。軽薄な面があるとは思っていたが、実際に問題を起こされると頭が痛くなるような思いがした。

 それが今のタイミングとなれば、なおさらだ。

 

「……もういいから姿勢を正しなさい。そろそろ、お客様が来る頃だ」

「あい……って、お客様?」

 

 蓮実が頭をさすりながら身を起こしたタイミングで、部屋のドアを誰かが重たく叩く。第六班長が迎え入れたその人物達は、祓魔師とはまた異なる鋭い雰囲気を纏っていた。

 一人は、獣様の耳と尻尾が生えたオッドアイの女性。もう一人は、第六班長と比してなお長躯と称するしかない眼光鋭い中年の男。

 界異蔓延る世の中、穢れが人体に齎す変質によって獣の特徴を持つ人間も珍しいが居るには居る。ただ、蓮実には、どうしてか見た目が普通のはずの中年の男の方からも強く獣の気配を感じられた。

 

「事件の大規模化に伴い、警視庁の方から連携の申し入れがあった。こちら、公安部神祭課の……」

東雲(しののめ)です!」

牙堂(がどう)だ、よろしく頼む」

 

 片方は張り切って、片方は落ち着き払って。対照的な二人組は若干の戸惑いをもって第六班に受け入れられる。その様子を、蓮実だけが『どうして増援を喜ばないんだろう』と不思議そうに首をかしげて見つめていた。

 

 警視庁公安部神祭課。口さがない者には神“災”課と揶揄されるその組織は表向きは各地の大規模な祭事の安全保障、トラブル防止を担う課であるが、その実は呪詛犯罪者や界異を撲滅するため暗躍を続ける“手段を問わない”治安維持組織だ。

 界異や呪詛犯罪に纏わる事案において『安全保障、社会の秩序維持』という役割を境界対策課に大きく侵される形となっており、公安から境界対策課への目は厳しいものとなっている。

 その実情がある上で、二人。その公安部から、人手が出されたのだという。当然蓮実は知らない裏側の話であるが、祓魔師達が戸惑うのは無理もないことと言えた。

 

「今回の連携は、どちらがどちらの指揮下に入るという話ではない。私に彼らへの指揮権はないし、彼らにも私達への指揮権はない。主な目的は情報交換であり、互いの足取りを邪魔しないという不戦条約に近いもの……それでよろしいですね?」

「ああ、もちろん。オレとしちゃあやるなら徹底的に連携した方が良いとは思うんだが……すまんね、お偉方が煩いんだ」

「いえ、助力を頂けるだけでありがたい。私達も少し……行き詰っていましてね」

 

 そう、行き詰まっている。騒動が起こり、解決した────そこから先に、どうしても踏み込めない。

 街の中で騒動を起こした子供達、総勢十八名。何かの拍子に忘我の影響から脱したらしく、夜の街で大きく泣いている所を保護された子供が三名。合計二十一名が新たに警察署に保護された形になる。

 曽鈴探偵事務所で保護した子供を加えれば、その数は三十五名だ。内、失踪の訴えが出た子供が十二名で、同じ名を名乗ったのが十二名。

 

 つまり、完全に身元不明、かつ常にぼんやりとした意識状態を保つ子供が二十三名も居ることになる。

 

「この、身元の分からない二十三名の子供達はどこから来たのか。何故、街で騒ぎを起こしたのか。曽鈴の目的はなんであったのか……どこをどう調べても、よくわかんないんだよねえ。子供達の性別を奪ったと予想される夜灯呑の行方も手がかりなしだし」

 

 ホワイトボードにこれまで得た情報を書き連ねた加賀がそう話を締めくくる。分からない、というのは呪詛犯罪を追う上で特に危険になり得る要素だ。オカルト、特に儀式の絡む事件は、容疑者が不在であっても自動的に進行していくことが多いからだ。

 何を企み、何のために、何をしているのか。その全てを掴まなければ、解決したと思い込んだ事件が後から大惨事を起こすことがままあるのが呪詛犯罪という領域だった。

 

「……確かにニオうな。オレにも、これで事件が終わりだとは思えねェ」

 

 下顎を擦りながら、牙堂が思案気に視線を彷徨わせる。二、三秒ほどそうしたと思うと、考えを纏めたのか視線をホワイトボードの方へと戻した。

 

「東雲ちゃん。頼む」

「はいっ!」

 

 少し緊張した面持ちで東雲が立ち上がり、祓魔師達の元へと資料を配り始める。そこに示されているのはハロウィン前に起きていた失踪事件の、さらに詳細に周辺情報を洗い出したものだった。

 

「資料の通り、正直持ってる情報そのものはあんたらと大差ねェ」

「ですが、違う方向から推測を広げることはできます。資料をご覧ください。被害児童達は、どこも円満な一般家庭の子達ですよね?」

 

 改めて見直した被害児童のリストは、たしかにある共通項を示していた。

 家庭仲に大きな問題のない、中流家庭の子供達。彼らの血縁には、祓魔師の存在が一切見当たらない。

 

「こんだけ人数集めて、それでも残った共通項だ。いかにもクセェと思わないか?」

「祓魔師に関係のある家庭を避けて、境界対策課を敬遠しているように見えますよね。でも……」

「そうなると、今度は『円満な家庭』を狙うのがおかしくなる。単なる家出だと思われた方がアシが付きにくくなるからな」

「つまり、曽鈴は『祓魔師に目を付けられたいけど、本気になられても困る』状態だったんじゃないかと思うんです」

 

 二人の語る内容に、祓魔師達の中で徐々に理解と困惑が広まっていく。それは矛盾しているのではないかという感覚と、どこか腑に落ちるような感覚。奇妙に混ざり合ったそれが誰かの口から漏れ出て、ようやく口を開くものが現れた。

 

「なんだそりゃ。捕まりたいのか、逃げたいのか、どっちなんだ?」

「や、ややこしくなってきましたね……。曽鈴にも罪悪感があったとか?」

「それだったら自分が居なくなった後に子供達が暴れられるような仕込みなんかしないと思うよお」

「てかそれならよー、蓮実ちゃんが通報したのはどーなんだ? 曽鈴の意図通りってことはねーのか?」

 

 知らんけど、と付け足されたその言葉に反応して、幾人かの視線が一斉に蓮実へと向いた。情報の咀嚼に忙しくあまり反応を返せていなかった蓮実は、困り果ててにへらと崩れた笑みを浮かべることしかできない。

 その喧噪を、手を叩く音が打ち止めた。

 

「落ち着け。陽依くんが通報を行ったのは、曽鈴に取っても予想外だったと見ていいはずだ」

「でもよー班長、矛盾した行動方針取るようなヤローなんだぜ。何したっておかしくないと思わねー?」

「もし彼女の通報から私達が来ることを察していたのならば、曽鈴はもっと備えをしていたはずだろう」

 

 そう、曽鈴探偵事務所に居た界異達はあまりにも弱かった。それでも新人祓魔師二人程度を挽き潰すには十分であっただろうが、境界対策課は基本的にチーム単位で祓魔師を出動させる。境界対策課との敵対を見据えた準備にしては、あまりに手薄だと言っていい。

 第六班長の言葉が行き渡り、各々が納得した様子になったのを見ると疑問を呈した当の本人である歪間が軽く口元を上げる笑みを浮かべて蓮実へと手を振ってきた。……後々誰かから同じ疑問が出て下手に話が拗れる前に先んじて指摘をした、のだろうか。会釈を返して、再び事件の情報へと向き合った。

 

「話を戻すけど、曽鈴が祓魔師を意識していたって前提で考えてみると……やっぱ妙だよねえ。これまでは慎重に動いていたのに、ハロウィンになってから急にこちらを挑発するようなことをしてる」

「やはり、今夜。十月三十一日の夜であることに意味があると考えた方が自然か。その上で、私達に何かさせたいことがある……?」

 

 祓魔師達の話が煮詰まる頃合いに、牙堂は徐に席を立った。これ以上はここに居ても進展はないと踏んだのだ。

 

「悪いが、オレ達はこの辺りで失礼させてもらう。まだ足で稼がにゃならん情報がありそうなんでな。……東雲ちゃん」

「あっ、は、はいっ! えっと、失礼しました!」

 

 ぴしっとしたお辞儀をする東雲と軽い会釈をする牙堂。会議室の扉から部屋を後にするその間際、牙堂がかるい息を吐いて、振り返り、ひとつの言葉を残した。

 

「暴れた子供達が付けてた仮装ってヤツと、子供達自身。どうも調べ直した方がいいと思うぜ」

 

 同じニオイがしやがる、と呟いて牙堂が扉を閉じる。

 目を丸くして室内と牙堂の間で何度も視線を往復させていた東雲が我に返り、その背中を追う足音が扉越しに響いていた。

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