泥中散華、未だ遠く   作:クサリ

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松明持ちのウィリアム。あるいは、辺獄の灯火

「ったく、ひでぇ目に遭ったぜ」

 

 ため息を吐きながらタクシーから降りてきたその男は、ハロウィンの街にあってなお特徴的な姿をしていた。

 長い黒の三つ編みに、緑色の目。黒色の口紅を引き、ボリュームのある白い毛皮のコートを羽織るその姿は御伽話の魔女のような毒々しい雰囲気を纏っている。

 ────呪詛犯罪者、有得流我(ありえるが)

 正義を憎み秩序の支配する社会を破壊しようと呪詛犯罪を繰り返すテロリスト。どういうわけか死んでもどこからか復活し、生け捕りにしても自害してまたどこからか現れる凶悪な厄介者だ。

 

「さぁて、どのくらい仕上がってるかね? 『飴』のブラフに引っかかってくれてりゃ良いんだが」

 

 とにかく騒ぎたい若者達。イベントに惹かれてやってきたのだろう親子連れ。友達と集まってはしゃいでいる仮装した子供達の群れ。ハロウィンに賑わう街の中を見回るように歩き回り、時に美味そうな限定ドリンクを手に入れつつ、程なくして有得は目的のものを見つけた。

 

「よう、ハロウィンは楽しんでるか?」

「……それい?」

 

 シーツを被った、おばけ姿の子供。彼は、有得の姿を見て曽鈴の名を呼び、有得もまたそれに頷いた。

 

「夜灯呑に頼めば性別くらい簡単に変えられるからな。ほれ、こっち来い」

 

 しゃがみ込み、腕を広げた有得に子供は素直に身を預けた。子供を抱き上げた有得は、買っておいたハロウィン限定ドリンクを子供に持たせ、与える。焼き芋だとかカボチャだとかが入った甘い飲み物だ。

 

「すげえ人数だよな。どいつもこいつも楽しそうだ」

「……うん」

「こういう祭りは好きか?」

「うん」

「お菓子は美味しかったか?」

「うん」

「いたずらは楽しかったか?」

「うん」

「祓魔師は、かっこいい正義の味方だったか?」

「うん」

 

 有得の問いに、ひとつひとつ首肯が返る。その光景には、慈しみがあり、優しさがあり、愛情があり、そして、悪意があった。

 

「なら、分かったよな。祓魔師は、“正義”は決して呪い(おまえ)の存在を許容しないってことが」

「そうしたのは、それいだろ」

「そーだな。で、どうする? お前達にある選択肢は、前に教えた通り二つしかねえぞ。社会に与して消え去るか────界異になって、俺と家族になるか」

 

 シーツの奥、秘されたその瞳が僅かに揺れる。ドリンクを口に運んで数秒の時間を稼ぎ、溢れるような小さな声が有得の耳を打った。

 

「かぞくになれば……さびしくなくなるかな」

「ああ、約束しても良いぜ? お前達が界異になるなら、他にもいっぱいいっぱい家族を連れてきてやるよ」

 

 その言葉に押されて、子供は震えながら有得に抱きつき、頷いた。

 頷いて、しまった。

 

 有得の口元が邪悪に吊り上がり、子供を片腕に乗せるように抱き直して空いた片手で印を作る。

 印を組む指先で子供を指し示し、身の毛のよだつ妖しい祝詞を唱え始めた。響きやリズムが明るくとも、それは確かに“呪い”であった。

 

「がんばれ、がんばれ。少しの我慢だ」

 

 祝詞の進行に伴い、子供が苦しそうに胸元を押さえて体を丸める。体温が俄かに上昇を始め、子供を抱く有得の腕に火傷を残す。

 

「松明持ちのウィリアム。あるいは、洗礼なき哀れな子らに、辺獄の灯火を与えよう」

 

 祝詞に付け加えたその一言によって、子供の目や口から炎が吹き出す。炎はその身を薪として燃え盛り、大きな火球として中空へと浮き始めた。

 

「いざ」

 

 その言葉を最後に、二つの術式が完成する。伝承を再現し、見立てを現実へとすり替え、合意した相手を界異へと変える魔なる技。

 

 再演術式『御伽呪祝(おとぎじゅしゅう)

 変貌術式『禍良喝采転生(まがらかっさいてんしょう)

 

 分かたれ、混ぜられ、弄くり回され。存在しない人間として形成された虚ろなる子供達。その慟哭が、悲嘆が、寂寞が、穢れた火となり街に降り注ぐ。

 

「良い夜を、『ウィル・オ・ザ・ウィスプ』。ハロウィンの子供は、何にだってなって良いんだからな」

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