泥中散華、未だ遠く   作:クサリ

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 火災ベルが鳴り響きスプリンクラーが消火剤をばら撒く緊急事態。警察署は、未曾有の火災に襲われていた。緊急放送が鳴り響き、職員達が整然と避難行動を始めている。

 夜も更け始め、勧められて仮眠を取っていた蓮実もまた、その流れの中に居た。本来関わるはずもない事件に巻き込まれ疲弊した精神は蓮実を深い眠りに落としていたものだから、第六班長が仮眠室の面々を迎えに来なければ初動はもっと遅れていたかもしれない。

 押さない、走らない、喋らない。火事避難の大原則を律儀に守り、凡その人員が建物外部への脱出を果たした頃には既に街自体が地獄のような光景に変貌していた。

 

 遠目からでも分かる巨大な火球。直径にして10mはありそうな青白い炎の塊は、ふらふらと無軌道な移動を繰り返し延焼を広げている。ただそれだけ、それだけでアスファルトは溶け、信号は折れ曲がり、家屋は青白い炎をその身から立ち上らせ始める。その身から放たれる熱波が、あらゆるものを彼から遠ざけていた。

 

「何が……起きてるんスか、これ」

 

 街が、灯りが、人が、青白い火に包まれ燃えていく。ほんの一時間前にはそこにあったはずの賑わいが、阿鼻叫喚の渦にそっくりそのまま塗り替えられたかのようだった。

 

 遠くで、消防車のサイレンが鳴り響く。各所で行われる放水を受けてなお、街を焦がす炎の勢いはまるで衰える様子がなかった。

 

「爆発したんだよお。完全に身元不明だった二十三名の子供達……街の惨状を見ると保護しきれてなかった子もまだ居たみたいだねえ」

「うわあっ!?」

 

 呆然と街を見る蓮実の耳元に、ひそりと囁くような声が落とされる。驚き振り返ると、悪戯っぽい笑みを浮かべた加賀と、険しい顔で街を見やる第六班長がそこに立っていた。

 

「爆発って……なんなんスか、それ。なんでそんなことが」

「あの子達は人間じゃなかったってこと。……狐の窓まで使って調べてる途中だったんだけど、結論を出すより先に向こうから干渉があるなんてね」

 

 はあ、と息を吐く加賀の雰囲気が、少し硬い。表面上の飄々とした振る舞いに反し、いつも通りとはいかない緊張と気の重さが見て取れる。

 

「子供達が暴れた際に身に着けてた仮装と、子供達自身。改めて調べると同じような術式の痕跡があったのさ」

「それは、どういう……」

「あの子供達は、術式によって製造された“いるはずのない人間”だったと言うことだ」

 

 加賀の言葉を引き継いだ第六班長の顔からは恐ろしいまでに感情が抜け落ちていた。ただ淡々と事実を確かめるように話すその姿は痛々しく、しかしそのような哀れさからは程遠い気迫が総身から立ち上がっている。

 

「恐らく、敵方は劇場型の術式を持っている。見立てや比喩の方に合わせて現実を捻じ曲げる術式を」

「子供達は『ハロウィンには霊が現れる』伝承を利用して造られた“存在しないはずの人間”としての式神。仮装は『悪霊に紛れるために仮装する』伝承を逆説的に利用した、“仮装した人々の中には本物の悪霊が居る”概念の能力付与型呪具ってとこかな。ハロウィンであることに意味があるってのは当たってたねえ、もう遅いけど」

 

 二人の解説を聞いて、思わず辺りを見回す。避難に成功している人員の中から、激しい泣き声がいくつか重なって聞こえてくるが……明らかに数が少ない。子供達は軽く一学級は作れるような人数が居たはずなのに、そのほとんどがここにはいないように見える。

 

「結局、何が起こってるんスか? 人間じゃなかったって、それでなんでこんな」

「おっと、詳しくは私達にもわからないよお。検査中にいきなり火の玉になって壁ぶち抜いて行っちゃったんだ。爆発はその余波というか、副産物。検査に外的要素が入らないように結界を貼ってたのがまさか功を奏すとはねえ」

「うむ、結界が炎を抑え込まなければ今頃署内は全滅していただろう。子供達は……最終的にはアレと合流して融合したらしい」

「それであんなにデッカく……」

 

 夜を淡く照らす火球は、あてどなく行ってみたり、戻ってみたり、右に左にと無意味な移動を繰り返している。それは何かを探すようであり、行く先のない迷い子が彷徨い歩いているようにも見えた。

 

「アレ、界異っスよね」

「ああ」

「……祓うんスか?」

「そうだ。人に害をなすのならば祓わねばならん」

 

 既に、どれだけの規模の死者が出たのかわからない。アレの出現地は、よりにもよって人通りの多い商業地区であったのだから。

 

「陽依くん、君はもう帰れ」

「……はっ!? え、ここまで来てっスか!?」

「ここまで来たから、だ。識別のため狩衣は返してもらうが、形代紙はそのまま持って行っていい」

 

 戦力外通告。道理は分かる、納得もする。でも、アレは……アレを、祓えるのか? この場にはたった八人の祓魔師しかいないのに!? 

 渋る様子を察した第六班長が言葉を重ねる。その言葉には思いやりと、巌とした職務意識が乗せられている。

 

「分かってくれ、君に何かあっては親御さんになんと謝ればいいのか────」

「────いないっスよ」

 

 だが、それは蓮実の心に眠る何かを踏み抜いた。へらへらとした常の態度が抜け落ち、冷たい声音が顔を覗かせる。

 

「心配する親なんてもういないっス。……児相の世話になったんで」

「……そうか。すまない」

 

 気まずそうに眼を伏せた第六班長に対して、蓮実はパッと笑みを戻して取り繕う。ひらひらと手を振って、唐突に物分かりの良いことを言い始めた。

 

「だいじょーぶっスよ。どの道、協力者扱いだろうと一般人を守りながら戦える相手じゃないってコトでしょ。邪魔はしませんとも!」

 

 にへらと笑って、蓮実は狩衣を脱いで第六班長へと返却した。ここが、祓魔師と一般人の分水嶺。命を懸けて戦う役目にない者は、早々に舞台を去るに限る。

 

「じゃ、私はこれで。祓魔師さん達も、頑張ってくださいっス。応援してますからね!」

「ああ。必ずこの事件は終わらせるから、信じて待っていてくれ」

 

 強気に笑う第六班長に手を振って、蓮実はその場を去るために駆け出し始めた。

 

「第六班、集合! これより我々は、あの火球を界異、『ウィル・オ・ザ・ウィスプ』と仮称し祓滅する!」

 

 第六班長の檄を受け、戦意を高める祓魔師達を背にしながら。

 

 

 

 

「鈴よころろけ。四方(よも)に渡りて禍事(まがごと)詳らかにせん」

 

 紙垂のついた鈴が、加賀の手から落とされる。りぃん、という澄んだ音色がごうごうと燃え盛る街の中に浸透し、穢れの気配を明かしていく。

 

「まずいねえ、こりゃ。どこもかしこも穢れだらけ、ああいうのにありがちな(コア)っぽいのもないと来た」

「なら作戦の要はお前になるな、加賀」

「いやあ、難儀難儀。千白さんはこんな現場真っ只中に出てくる人材じゃないんだけどね?」

 

 わざとらしく肩をすくめてみせる加賀に小さく笑みを溢して、第六班長は改めて班員達の方へと向き直る。

 自らを含め、僅か八名。他に現場に駆けつけることのできた祓魔師達は皆、民衆の避難誘導と護衛、それから余りにも広範囲に渡る現場を囲う結界の準備に割かれ『ウィル・オ・ザ・ウィスプ』との戦闘に回す余裕はない。僅か八名、されど八名。燃え広がる災厄への対応に追われながら、ギリギリ捻出できた人員がここにいるメンツというわけだ。

 一人一人の表情を見れば、緊張や気負いの色はあってもこの鉄火場に気後れした様子は見受けられない。入隊からわずか半年にも満たない才谷すらもがその目に燃え滾るような戦意を宿していた。

 

「加賀は切り札の用意をする。熊ヶ衣と歪間は加賀の護衛に付け」

「はいよぉ」「はいっ!」「うっす」

「鷹司は狙撃ポイントを確保し火力支援を頼む。柊は鷹司に付いて護衛しつつ、全体を俯瞰しろ。この熱波だ、いつ足元が危うくなるかわからん」

「……了解」「はい!」

「クゥラ、才谷は私と来い。ウィル・オ・ザ・ウィスプ本体との対峙だ、気合を入れろよ?」

「……はい!」「了解!」

 

 各員の返答に満足そうに頷くと、第六班長は拳を握り締めて班員達を鼓舞せんと口を開く。もちろんその内容は第六班お決まりの、アレだ。

 

「これまで積んできた鍛錬は決して無駄ではない! 鍛え上げた心身は今この時にこそ全力を以て応えてくれるはずだ!! 行くぞ……」

 

「根性!!!」

 

 地を揺るがすような雄たけびが決戦の火蓋を切って落とす。十月三十一日、深夜。ハロウィンの夜が、終わろうとしていた。

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