安芸優樹は勇者である   作:三奈木イヴ

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絶望は反転し希望となる
己が守るべき者の為に強くなれ


守りたい者

僕たちは病室の前で沈痛な面持ちで座っていた。

樹海化が解けた後、以前満開後の治療を受けた病院へ勇者姿のまま美穂さんを送り届けた。

ここは大赦が管轄しているところだから、驚きはされたけど事情を汲み取ってくれた。

病室の前までは案内してくれたものの、入室許可は出されていないから待つしかない。

樹海の時よりも更に重くなった空気が漂う。

もし、あの槍がなければ僕たちの心の被害はもっと増えていた。

それを理解してなのか誰も口を開こうとしない。

 

「──お待たせしました」

 

病室から出てきたお医者さんの一挙手一投足に意識が集中する。

 

「高木美穂さんですが、目立った外傷は見当たりませんでした。疲労ですと直ぐに目覚めるはずですが未だ意識は戻っておりません」

 

「……何が原因か分かりますか?」

 

「恐らくですがトラウマの振り返しかと。人の奥底にある忘れたくても忘れられない記憶が一度に溢れ出せば心は守ろうと意識を切り離します。感情の処理が追いつけば目覚めるとは思いますが、まぁ心配は要らないでしょう。数日以内には戻りますよ。多分」

 

「多分…?何でそんなことが言えるんですか…」

 

僕は思わず口を挟んでしまった。

そんな重い状態なのに数日で治ると楽観的な回答をされたんだ。

 

「言える。『アイツはそう簡単にくたばらねぇからな』」

 

「え……?」

 

「……失礼。私はこれで。入室は可能ですのでお傍で見守ってあげてください」

 

お医者さんはそう言い残し病室を後にした。

最後の口調、まるで別人のように感じたけど気のせいかな…

ともかく今は美穂さんの元に行かないと。

中に入ると純白のベッドで眠る美穂さんがいた。

脈も規則正しい波形を刻んでいるから怪我は無いのは事実。

 

「美穂…お前、どうしちまったんだよ…」

 

珠子さんが問いかけても美穂さんは答えない。

あの時の行動の真意は未だ謎のまま。

医者は数日以内と言っていたけどそんな簡単に起きられるのだろうか。

そんな疑問を持ちつつ、僕と勇者部の皆は静かに病室を出た。

 

「……優樹、残らなくていいの?」

 

「僕は大丈夫です。今はそっとしておきたいので」

 

「でしたらもう一度状況を整理しませんか?いつ樹海化が起こってもおかしくありません」

 

「そうよね…皆が良ければ一旦部室に戻るわよ」

 

風先輩の提案に皆が頭を縦に振る。

僕たちは僕たちなりに行動しないと。

それもまた『勇者部』なんだから。

 

◆◇

 

それからの僕たちは、いつものように勇者部として活動をしつつ、大赦職員不審死事件と美穂さんを襲った泥の関係を追い始めた。

 

「やぁ。」

 

「優樹」

 

「優樹君…」

 

「こんにちは優樹さん」

 

「こんにちは。美穂さんの具合どう?」

 

病院に運んでからまだ眠り続けているようだ。

病院の先生もそのうち目が覚めるとは言っていたけど……やっぱり心配だ。

 

「ええ、今も眠っているわ」

 

「けれど、私たちがここにいるって事は、美穂さんは生きています」

 

「早く目覚めてほしいな……。」

 

「そうだね……。」

 

ピロンピロン──

 

「ん……あ、ごめん……ちょっと出てくるよ」

 

携帯に表示された電話の主を確認した僕は、通話ボタンを押した。

 

「もしもし」

 

『優樹……今どこにいるの……?』

 

「美穂さんの病院です。依頼場所と近かったので」

 

『そう……。ねえ、病室ってテレビあったわよね?』

 

「は、はい……まさか⁉︎」

 

『ええ、あっ!ちょっと待って!ごめん依頼者来たから切るわね』

 

「えっ、風先輩……切られちゃった」

 

「優樹さん、何かあったんですか?」

 

電話を終え病室に戻ると、杏さんに尋ねられた。

 

「ああ、うん。風先輩から病室にテレビがあったかって……」

 

「テレビ……まさか……」

 

その言葉を聞いた千景さんがテレビの電源を入れた。

 

『飲食店でガス爆発。3名死亡負傷者10名以上』

 

「なっ⁉︎」

 

テレビのニュースに表示されたテロップを見て僕は言葉を失った。

 

『昨夜未明、飲食店でガス爆発が発生し、3名が死亡10名以上が負傷する事故が発生しました。死亡した3名はいずれも大赦に務める職員である事が判明し──』

 

「どういう事よ……」

 

「大赦の人間だけではなく、一般の人まで巻き込まれている……⁉︎」

 

「今までは大赦の人間だけだったんだろ?なんで……」

 

3人が各々の意見を口にした。

僕は……言葉が出なかった。

どうして……。神樹様は一体……。

 

ピロンピロン──

 

「今度は誰だよ──ッ‼︎」

 

「もしもし!?」

 

電話の主の名前を見て、僕は一目散に出た。

 

『優樹……』

 

「──姉さん‼︎ 無事だったんだ……!」

 

「お、おい優樹……ここ病院だぞ」

 

あっ……そうだった……。

 

「ごめん球子さん、出てくるよ。」

 

嬉しさのあまりに声が大きくなってしまっていた。とりあえず、外に出ようか。

 

「今のは優樹さんのお姉さんだったみたいですね」

 

「ああ、ずっと心配してたからな。無事でタマもホッとしたぞ」

 

「そうね……。優樹君には大事な家族が居るのだから……。」

 

◆◇

 

「もしもし姉さん?」

 

『優樹、久しぶりね』

 

「本当だよ……。ずっと心配してたんだよ?」

 

『ごめんなさい、もう知ってると思うけど、大赦職員の不審死の件で動けなかったの。……連絡を取るのも止められていたわ』

 

「そう……だったんだ」

 

でも……本当に良かった……。姉さんが無事で……本当に……

 

『優樹、本題に入るわ。先ほど、神樹様から神託が下ったわ。』

 

「神樹様が……」

 

僕は息を呑んだ。

 

『ええ。神託の内容は()()()()()()()()()そうよ』

 

「内より……」

 

それってもしかして、内部の人って事なのか……?いや、まだわからない……。まだ美穂さんも目覚めてないのに……

 

『それから、花本さんから伝言があったわ』

 

「花本さんも無事だったんだ……良かった……。」

 

『三好さんのお兄さん──春信君も無事だそうよ』

 

「春信……夏凛のお兄さんか。わかった、伝えておくよ」

 

『頼んだわよ。……優樹、例え辛い事があっても……諦めてはダメ……。私たちは力になれないかもしれない。でも……せめて遠くからあなた達を見守らせてほしい……。』

 

「姉さん……」

 

『そろそろ失礼するわね。しばらく連絡が途絶えるかもしれないけど……心配しないでちょうだい』

 

「うん……姉さんも気をつけてね」

 

「ええ」

 

姉さんとの通話が切れた。

早く帰って夏凛にも教えてあげないとな……。

 

「優樹君」

 

「千景さん」

 

「行ってあげて」

 

「はい。美穂さんをお願いします」

 

「任せて」

 

千景さんの言葉を受けて、僕は走り出した。

 

◆◇

 

「…ん。美味い茶だな」

 

「お茶には何もしてませんよ。ただ、入れ方と温度に気を使っただけです」

 

「それでもだ。毎日飲みたいくらい美味い」

 

「あら。そこまで好きなら毎日出しますよ」

 

……何これ?

意識が戻ったと思ったら目の前でイチャイチャしている。

片方はこのスポットライトしか光の無い世界に来ると見かけるけどもう1人は知らない。

 

「あの……」

 

「おっと、済まない。茶を出すのを忘れていた。███、頼む」

 

「分かりました。では私は…」

 

その人は立ち上がると背後の闇の中へ消えていった。

……いやいや!この世界に給茶室なんてあるの!?

 

「世話焼きなのは相変わらずだな。さて、ここに来た意味は分かるな?」

 

「……泥のせいですよね。あれは神樹由来のものじゃない。もっとドス黒い何か……」

 

「あぁ。君なら勘づいているはずだろう」

 

「……『死』の力」

 

「そうとも言える。あれは人を死へ誘う呪いであり、願望の現れだ」

 

「あれが願望?」

 

疑問を投げかけたところで目の前にお茶が置かれた。

湯気にのって茶葉のいい香りがする。

 

「人は何時だって足掻きながら生きる。だが、足掻く度誰かを邪魔し消してしまう。それは人間社会において当然の摂理であり、誰しもが持つ罪だ」

 

人間という生き物は孤独では生きられない。

同時に誰かに構ってくれないと生きていけない弱い存在。

 

「その罪から逃げられはしないが、共に乗り越えられる。その意味は分かるな」

 

「うん。私には待ってる人がたくさんいる。だから…」

 

「お茶飲まれないんですか。早く行くのも大切ですが焦っては行けませんよ」

 

立とうとした私を女性が声で静止する。

確かに焦って無理やり目覚めても身体が追いつかないかもしれない。

 

「ちなみにだが、意識を失って4日は経っているが樹海化は起きていない」

 

「皆は?」

 

「無事ですよ。皆さんなりに頑張っています」

 

世界が違っても、私の知る勇者部じゃなくてもその思いは変わらない。

私は座り直すと目の前に置かれた茶を一飲みする。

程よい温かさと口の中に広がる茶葉の風味。

喉を通った時に苦味を感じるだけで口当たりも良い。

 

「美味しい…。本当はいい茶葉使ってない?」

 

「そんな事ありませんよ。よくあるティーパックですから」

 

「「ティーパックだと!?」なの!?」

 

「息ぴったりですね。ふふっ」

 

顔は見えないのにどう笑っているのか想像出来る。

赤の他人なのにどこか落ち着く。

不思議な感覚……。

そしてお茶を飲み終わると共に眠気が私を優しく包む。

 

「時間か。次会う時は恐らく…より辛い時だろう。だが乗り越えられると信じている。だから」

 

「私はもう来れませんが貴方の行く末を見守ってます。だから」

 

「「生きて。生き抜いて。変わらない明日を掴んで」」

 

 

目を開けた途端、白い光が差し込む。

あまりの眩しさに目が痛み思わず細める。

ピントが合い始めると白い天井が見え始め、同じテンポで刻む電子音が聞こえる。

 

「んっ……ん……?」

 

動こうとすると両手がやけに重い。

首をあげ見ると右手に千景が、左手に珠子と杏がしがみつくように寝ていた。

まさか、ずっと寄り添っていたの?

 

「お邪魔します…って!?」

 

病室に入ってきた優樹君が大声をあげようとしていたから慌てて首を横に何度も振る。

私の意図を察したのか音をたてないよう傍までくると声を抑えながら話しかけてきた。

 

「いつ目覚めたの?」

 

「ついさっきだよ。というか持ってるの何?」

 

「プロテインだよ。入院続きで筋力落ちるからって思って」

 

「乙女を筋肉バカに仕立てないで欲しいけど」

 

「大丈夫。ムキムキになるならこの何倍は飲まないと」

 

「危ない薬物混ざってるでしょ」

 

クククと喉から出す笑いをお互いした。

 

「辛いところは無い?」

 

「うん。もう大丈夫」

 

「良かった。皆心配したんだよ」

 

「あの後何があったの?」

 

「えーっと…」

 

私の心が閉ざされた後について優樹君から語られた。

大胆な行動に思わず息を飲んじゃったけど。

 

「そんな事があったんだ…ごめんね」

 

「僕こそごめん。3人が美穂さんのことをどれだけ思ってるか知っていたのに止められなかった」

 

負い目を感じているのか視線が揺らぐ。

 

「私がヘマやったのが悪いんだから気にしないで」

 

「ん……あ、れ…優樹君…?」

 

目を擦りながら千景が身体を起こす。

キリッとした目がトロンとしてて可愛らしいとは口が裂けても言えない。

 

「おはよう、千景さん」

 

「看病ありがとう。でも寝るならベットにしなよ」

 

「え……。た、かぎ……さん……?」

 

「うん。ただいま」

 

目が大きく開かれ私の顔を細い指がなぞる。

ひんやりとしていてちょっとくすぐったい。

 

「ッ…!バカッ!!」

 

一瞬私の視界が黒くなり、右頬に鋭い痛みを感じる。

 

「何で貴方はいつも1人で行くのよッ…!」

 

「……負担ばかり背負わせてごめん」

 

「まぶ……んだよ…千景ぇ…?」

 

「美穂、さん……?」

 

「うへぇ…変なタイミングで目覚めちゃった…おぶぇ!?」

 

「こんのッ!バカヤロウッ!!」

 

「いったぁ……ほんとごめ…ぶっ!?」

 

「何やってるんですか!!」

 

球子と杏もそれに続いた。3連続ビンタは堪えるなぁ…

まぁビンタで済んだだけ良かったと思うべきか。

両頬が熱く響く痛みを帯びているけど私はいつもの言葉を放つ。

 

「皆、ただいま」

 

◆◇

 

「ほんっとにご迷惑おかけしました!!」

 

美穂さんが目覚めた次の日。

検査をしたところ何の異常も無いと判断され、無事退院出来た。

そしていの一番に向かったのが部室。

来て早々滑りながら土下座をするというハイテク謝罪を決めどよめかせた。

 

「多少の無茶は仕方ないけどいくらなんでもやり過ぎよ」

 

「ピカーンと閃いたのでつい出来心で…」

 

「なんだか園子みたい…。まさか同じ感性の持ち主だったり。いや、園子の場合は相談するからまだいい方かも…」

 

「でも回復されて良かったです」

 

「樹ちゃんの占いにもあったしほんと良かったよ!」

 

謝罪が済むと美穂さんは一人黒板の前に立った。そして何か描き始めた。

チョークが擦れる音が響くほど静かに見守る。

 

「ここに集まってもらったのは私の仮説を聞いて欲しいから。私たちが成すべき『御役目』。その意味を知ってもらうためにも」

 

手についた粉をはたきながら真面目に話す美穂さん。

話の内容よりも気になることが1つあった。

 

「絵、上手すぎる…」

 

そう絵がめちゃくちゃ上手い。

バーテックスや神樹様はデフォルメされているけど特徴を捉えているからひと目でわかる。

 

「あー…こっちに来てから一度も見せてなかったっけ。落書きレベルのガサツな絵でごめんね」

 

「らく、がき…ですって……」

 

「この画力で本気じゃ…ない…!?」

 

風先輩と夏凛がショックを受けていた。

奇妙なデザインと化け猫を本気で描いてしまう二人からすれば美穂さんの絵は巨匠クラスなんだろう。

 

「コホン…。私たちが倒すべき敵は『壁の外に無限に湧くバーテックスの親玉』。ただ、勇者システムの性能上迎撃しか出来ない。これは共通認識で間違いないよね」

 

傍聴者となった僕たちは首を縦に振る。

 

「よし。今回の戦闘はこれまで戦ってきたならわかるだろうけど親玉じゃなくて神樹が意図して起こしているのは分かるね?」

 

「はい。だから高木さんは神樹様へ撃ったんですよね」

 

「その通り。そしてあの穴…いや泥を浴びて感じたのは神樹は『死』の怨念に毒されている」

 

「死の、怨念?」

 

「うん。この四国で亡くなった魂は神樹の元へ導かれ一部となって見守る。でも、必ずしも善行だけが昇華される訳じゃない。特に事故や事件で亡くなる人は『死』への恨みが強くなる」

 

母さんと父さんは不慮の事故で亡くなった。

もしかしたら今も……。

 

「神とはいえ人の感情を全て処理できるとは限らない。長い年月をかけて膨れた『呪い』は神樹を蝕み、やがて世界へ漏れ出す。その一部が『不審死事件』として現れている。だから私たちが成すべきはこの『呪い』を払いのけること、そう考えてる」

 

「かなり突拍子も無い話ね…」

 

「そうとも限らないよ。神樹様の神託に当てはめれば的を得てるよ」

 

僕は美穂さんの考察に賛同すべく発言する。

 

「私が寝てる間に神樹からアドバイス来たんだ。んで、なんて言ったの?」

 

「『厄災は内より訪れる』だって」

 

「なるほど……。確かに死への恐怖は人の内に潜むもの。それが災害となり牙を向いているこの状況は当てはまりはするけど、何か引っかかる」

 

「何か気になるの?」

 

「これといった根拠はありません。けど……これだけなら私たちは要らないはず…」

 

この呪いを消すのが『ゴール』だとしたら世界を混ぜた『理由』が分からない。

バーテックスとは勝手が違っても僕たちの戦力なら対処は可能だ。

ましてや美穂さんの世界にも『勇者部』があるなら同じ戦力のはずなのに『なんで呼び寄せてまで祓わせたいのか』。

 

「不審死事件の頻度や残酷性は増している。おそろく次の樹海化はこれまでの比にならないほど恐ろしい出来事が起こる。皆、絶対生き急いじゃダメだよ」

 

あの美穂さんが囚われる程の呪いに僕は勝てるのだろうか。

筋肉で弾き返せるとかならやりようはあるけど……。ダメだ、考えてるだけじゃ意味が無い。

どんな状況でも僕は僕なりに強くならないと。

そのためには……

 

「美穂さん。お願いがあります」

 

立ち上がった僕と美穂さんの視線が合う。

パチリと静電気が走ったかのような感覚が頭に走る。

 

「僕と、手合わせをお願いしたい」

 

◆◇

 

11月半ば。

風が拭くと冷たい空気が肌を差す屋上で、僕と美穂さんは対峙していた。

 

「まさか、優樹君から手合わせのお願いが来るなんてね〜」

 

僕たちの手には夏凛が練習で使う木刀がある。

 

「前もこんな感じだったけ…」

 

「ん?僕と戦ったことあるっけ?」

 

「んーん。こっちの話。で、勝利条件は戦意を削ぐまで。負けた方はなんでも言うことを一度聞く。それでオッケー?」

 

「うん。そのルールで大丈夫」

 

美穂さんは木刀を器用に回しながら軽いステップを踏んでいる。

それに対し僕の心臓は小刻みに鼓動を繰り返していた。

異世界の勇者で異なる勇者システムを持ち、違う歴史を戦い抜いた。

そんな相手に僕は善戦出来るのだろうか……

 

「優樹ー!負けたら承知しないわよー!!」

 

「いつも通りやれば大丈夫!!」

 

「美穂ー!気張っていけよー!!」

 

「高木さんなら勝てるわッ!」

 

それぞれの声援を背に正面から向かい合う。

戦いとはいえお互い敬意を持たないと行けない。

数秒お互いの姿を見た後、姿勢を正し深く礼をする。

そして顔を上げた時僕の心臓が一瞬止まった。

あの優しい美穂さんの姿がそこには無く口元を不敵に吊り上げた姿だった。

もはや別人と化した美穂さんに僕は刀を構える。

素人同然の構えだけど軸はしっかりと取る。

 

「さぁ、始めようかァ!!」

 

刹那、美穂さんが先に動いた。

夏凛と同じ手数で攻めるタイプと考え敢えて動かず防御に徹する。

振られた木刀に合わせるように構えを────

 

「ッ!?」

 

木刀を受けた刹那、何かが炸裂したかのような音と共に鍛え上げられた上腕を震わせる振動が伝わる。

そして間髪入れずに来る二撃目を抑えるも振動が強く両手で何とか抑える。

 

「そんなモノなの!?異世界の勇者ってのは!!」

 

「言ってくれるねぇ…ヨイショぉ!!」

 

余波の残る腕に力をいれ、美穂さんの木刀を押し返す。

しかしその効果は相当の力を入れたのに木刀を手放すことなく距離を置かせる程度だった。

 

「そうそう……それだよそれッ!もっと、もっと私に見せてよッ!!」

 

前髪をかきあげながら笑う美穂さんへ、持ち手を強く握り迷うことなく前へ進む。

力比べなら僕の方が有利だ。

だからその状況に持っていけばッ!

大振りに刀を動かすと、美穂さんは華麗な剣さばきで受け流す。

しかし、その足は捌く度1歩ずつ後ろに下がっている。

僕のパワーが美穂さんを押している証拠。ならばッ…!

 

「うおおおおおッッッーー!!!」

 

隙を無くし後ろへ下がらせていく。

背後にはフェンスがあり、何れ右か左に避ける選択を迫られる。

そこをつけば勝機はあるッ!

 

「行けーーーー!!優樹ーーーー!」

 

声援が強まるのと共に僕の力も強まる。

あと少しで壁側へ追い込める────

そう考えた次の瞬間、信じれない光景を僕は見た。

僕の上から振り下ろす一撃に対し美穂さんは刀を突如捨てた。

咄嗟の事で止めようにも遅く、脳からの命令を受けた腕が振り下ろされる。

美穂さんは背をそらすように避けるもギリギリだったのか、シャツのボタンが2個吹き飛ぶ。

武器を捨てた今、有利なのは僕のはずなのに視線がある1点に釘付けにされる。

中学生とは思えないほど育った双丘の揺れと、シャツの隙間から見えるレースのついた水色の下着。

まるでスローモーションのようにゆっくりと映るそれは僕の思考を全て奪い去った。

 

「あはっ」

 

固まった僕の身体が後方に押される。

突然のことに動揺しバランスが崩れ惨めに尻もちをつく。

急いで起き上がろうとしたけど、腰の辺りに美穂さんがのしかかり動けなくなった。

 

「あーあ。押し倒されちゃったね〜。降参はしない?」

 

「くっ…!まだまだ…!!」

 

筋力にものを言わし、無理やり起きようとするも僕の足に美穂さんの足が絡みつく。

 

「そんな暴れちゃダメだよ。せっかくの戦利品を傷物にはしたくないから」

 

「は………?な、何を……?」

 

上半身を起こそうとした僕の肩を押し、倒れさせる。

 

「勝ったら言うこと聞くんでしょ?だ、か、ら……優樹君が欲しいんだ」

 

「ぇ………?」

 

僕の頭が戦闘の熱とは違う何かで熱くなる。

ペロリと唇を舐めた美穂さんが僕の胸に身体を寄せる。

 

「ふふっ、緊張して可愛い。大丈夫。私に身を委ねればいいんだよ」

 

柔らかいものが胸板に押し付けられる。

このままだと本当に……

本能と理性のせめぎ合いの末……。

 

「こ、こうさん…。降参するッ!!」

 

僕は情けない声で敗北を宣言した。

すると美穂さんの表情が一瞬にして戻り、僕の身体からすんなり離れた。

 

「イエーイッ!私の勝ち〜」

 

倒れる僕に向かって勝ち誇るように笑いながらピースをしてきた。

あまりの変化に面食らってしまった。

 

「本気でやれると思った?それは残念。今までのは全部勝つための戦略だよ」

 

「じゃ…僕が欲しいってのは…」

 

「真っ赤な嘘。でも優樹君の反応が面白くて興が乗っちゃった。ごめんね」

 

舌を出して軽く謝ると美穂さんは3人の元へ駆け寄っていく。

 

「どう?今回は趣向を変えて戦ってみたよー?」

 

「そうね。おかげで貴方の寿命は縮んだけど」

 

「勝つためとはいえあれはやり過ぎです」

 

「タマしーらね。やったんだから落とし前をちゃんとつけろよな」

 

「??…………あ」

 

ゆっくりと身体を起こすとそこには修羅場が出来上がっていた。

皆の瞳に光はなく美穂さんを無表情で見つめている。

 

「スゥーーーー……。逃げるッ!」

 

美穂さんは脱兎の如く逃げ出した。

 

「あの不届き者をひっ捕らえなさーい!!これは部長命令よッ!!」

 

「言われなくとも!!」

 

「地の果てでも追いかけてあげるわ!」

 

「逃げても無駄なのに。あははっ…!」

 

「美穂さん。覚悟してください」

 

全力で逃亡する美穂さんを勇者部総動員で追いかけていった。

置いていかれた僕は唖然としながら出ていった扉を見ているしかなかった。

 

「なんかごめんよ。美穂ってテンションあがると突拍子も無いことしでかすからさ」

 

近寄ってきた珠子さんに頭を下げられた。

もしかしてノリでやっちゃうタイプなのかな?

 

「いくら勝つためとはいえあそこまでやるとはね。捕まって心を入れ替えてもらうといいけど」

 

「このまま帰ります?たとえ捕まったとしても勇者部の皆さんなら半殺し程度で済ましてくれますから」

 

「「賛成」だな」

 

この瞬間、美穂さんの味方は完全に居なくなった。

 

3人と帰宅してから数時間後、精神的にやつれて帰ってきた美穂さんはこう述べた。

 

『色仕掛けはもう勘弁だぁぁぁーーーー!!』




【次回予告】
少年は明日を求める
少女達は光を求める
そして──絶望は訪れる

次回 其の陸 明日を求めて

『帰ろう。皆が待ってるよ』
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