安芸優樹は勇者である   作:三奈木イヴ

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──訪れる絶望
──それでも少年は
──明日を求める


明日を求めて

その時は唐突にやってきた。

世界の時が止まり、ノイズまじりの樹海化警報が端末から鳴り響く。

 

「……来た」

 

勇者部組はいつも通り登校し、私たちは優樹君の家で家事をしていた。

このタイミングを選んだということは戦力を分断させる必要があるといえる。

泥の脅威という不確定要素があるが来てしまった以上迎え撃つしかない。

ついでに、腹の中を探らせてもらおうか…。神樹ッ!!

 

◆◇

 

いつものように学校で授業を受けていると、時間が停止した。そして僕らの端末からアラームが鳴り響いた。

 

「……樹海化警報」

 

よりにもよって美穂さん達が居ない学校で……。合流出来るようなら良いのだけれど仕方ない…。

 

「優樹君」

 

「優樹君」

 

「優樹」

 

「うん……。東郷さん、友奈、夏凛……行こう」

 

「うん!」

 

「ええ!」

 

「殲滅してやるわ!」

 

僕たちは時の止まった教室で決意を込める。

同時に黒みがかった樹海化の光が僕たちを飲み込んだ。

 

◆◇

 

目の前に広がるのは確かに見慣れた樹海。

唯一違うのは敵の侵攻も受けていないのに侵食が始まっている根があちこちにある。

 

「これは重症だ。一刻も早く取らないと被害だけが広がっちゃう」

 

「神樹様にはそれらしいものが見当たりません。やはり攻撃しないと出てこない?」

 

「けど攻撃したら泥も出るんだろ?タマたちは精霊だから何とかなるかもだけど…」

 

「そうとも限らないわ。精霊は神樹様の分霊だから触れるのは悪手よ」

 

「てことは……泥が来たら逃げ無いといけないのか」

 

「対策がない以上そうするしかない」

 

私は端末を操作し状況を確認する。

少し離れた場所に優樹君達がいて、神樹の方角から文字化けした集団がこちらに迫ってきている。

根源はもう隠すつもりは無いらしい。

 

「数は前回と同じか。なら…」

 

アプリを閉じ通話をかける。

かける先はもちろん優樹君だ。

 

『もしもし。そっちは大丈夫?』

 

「こっちは平気。そろそろ会敵するから合流は落ち着いたらにするね」

 

『分かった。美穂さん、気をつけて 』

 

「大丈夫。同じ轍は踏まないよ」

 

短い会話を済まし、武器を展開する。

ビットの動きに違和感は無いから、泥の影響は精神的なものに留まるらしい。

 

「これなら行ける。さて、敵さんは……?」

 

そこで言葉が詰まる。

確かに敵は視界に捉えられた。

黒い空に白い図体がハッキリと見えるから。

でも、見えたそれは明らかに私の知る敵とは明らかに違う。

身体のあちこちから無数に生えた人の手足がもがくように動く。

口角を上げた笑みは変わらないのに『歓喜』ではなく『憎悪』に近いものを感じる。

 

「おいおいおい……これはヤバイんじゃないか?」

 

「模倣してるとはいえ異質過ぎます…」

 

「これが、『呪い』の影響…」

 

私は様子見として一体を狙撃した。弾は胴体に刺さると同時に炸裂し、敵を跡形もなく消し去る。

貫通弾を使わなければ神樹へ被害を与えず、あの穴の出現を抑えられそうだ。

 

「攻撃が効くならやりようはある。私と杏で数を減らすから珠子と千景で漏れ出たのを狩って」

 

接触を減らすため私と杏で戦線を維持し、珠子と千景は一撃離脱戦法で対応する。

 

「あっちは大丈夫かな──ッ!?」

 

敵が優樹君たちの方に多く攻め込んでいた。

人数比で言えば多く攻め込むのは分かるけど、攻められるスピードが早い。

 

「クソッ!何やってるのさ!!」

 

「美穂さん!ここは任せて行ってください!!」

 

「ッ!ごめんッ!!」

 

私はビットを格納し一気に跳躍する。

何か嫌な予感がする。

根拠は無いけどそんな焦燥感に駆られる。

この勘、当たらなきゃいいけどッ…!

 

◆◇

 

異型となった星屑たちと戦闘を初めて数分。

初めに持っていた生理的嫌悪は消え、焦りに変わっていた。

幾ら斬っても、叩き潰しても減る様子がない。

 

「ホントしつこいッ!さっさと消えなさいよッ!!」

 

「神樹様を背に攻める。よく考えたものね……」

 

「一つ一つは弱いのにッ…!」

 

途切れることなく攻めてくる星屑に手を焼いていた。

満開を使えればこんな敵一掃できるのに…!

でも無いものをねだっても意味は無い。

 

「その分僕がッ…!!」

 

両足に力を込め跳躍をしながら、上から迫ってきた星屑に刀を投げつける。

夏凛の武器と同じくイメージをオーラに込めれば武器が尽きることは無い。

ただし、前の武器を消さないといけないからタイミングは見計らないと。

着地のために下を向くと一体の星屑が防衛線を突破していた。

 

「ッ!しまった…!」

 

背後には投げた刀を刺したまま星屑が迫っていた。

これは使える…!

僕は空中で姿勢を変え、刀の頭に足を当て蹴りあげる。

刀はそのまま奥へ刺さり、僕の身体は自由落下よりも早く落ちる。

 

「届けぇぇぇぇぇーーーー!!!」

 

オーラを1本の槍に変え、星屑の上から投げ下ろす。

衝撃で軌道を変えられた星屑は根に巨体をぶつけながら減速する。

 

「これで、どうだッ!!」

 

目の前に降りた僕は大槌を具現化させ、星屑を真正面から殴りつける

柔らかい感触が大槌を通し僕の身体へ伝わ──

 

「あれ……?」

 

今までの敵は物質的な感触はあったけど、生物的な感触は無い。

つまり…こいつは本物ッ!?

ニヤリ。

星屑の口が大きく開き笑った気がする。

すると、白い身体が凄まじい速さで膨張していく。

咄嗟に盾を構えたけど間に合わず、星屑は水風船のように破裂し、中から飛び出た黒い泥を僕は被ってしまった。

 

「ぐぁッ…!!」

 

吹き飛んだ僕は立ち上がろうと足に力を込める。

 

『君は何のために戦う?』

 

「ッ!」

 

感情の欠けらも無い男性の声が僕の頭に響く。

だが樹海の中で動ける男は僕だけだ。

これが美穂さんの言っていた『声』かッ!

 

『託されたのよね。大切な人から生きろと』

 

『ああ、なんて羨ましい』

 

『僕だって言われたかったのに』

 

頭がガンガンと痛み、方向感覚が狂い始める。

熱に犯されたかのように吐き気が込み上げるけど必死に耐える。

 

「優樹君ッ!!」

 

「く、来るなッ!!」

 

東郷さんが駆け寄ろうとするのを止める。

途端、心配そうに見つめていた東郷さんの姿が別人に変わる。

右腕は肘の辺りから無く、左脇腹には大きな穴ができていた。

小さくまとめられた髪をなびかせるも、表情は暗く読み取れない。

そして赤い勇者服を纏い、擦り傷や切り傷であちこち血だらけだった。

僕の知る姿とは異なっていた。だが、その姿は間違いなくあの時の────。

 

『アタシはあの時、命をかけて敵を倒したのになんで生きてるんだ?』

 

「ぎ……ん……」

 

『それはズルいだろ。なぁ、アタシと変わってくれよ?そうすればお前はもう戦わなくても良いし楽になるぞ』

 

「ち、が……」

 

「優樹君ッ!!」

 

僕の思考が重くなる中、再び東郷さんの声がハッキリ聞こえる。

しかしその声も姿も即座に塗り変わる。

 

『なんで他の子にも愛想良くするの?』

 

「ッ……!!」

 

『美穂さんと随分楽しそうに暮らせて羨ましいわ。私には何もしてくれないのに』

 

やめろ、その声で言うなッ!!

必死に振り払おうとしても僕の頭はその言葉を聞いてしまう。

 

『私と生きて。私のために生きて。他の子なんて要らない。私だけを見て』

 

………ふざけるな。

僕は『勇者部』が好きだ。

依頼を熟し、声を出して笑える空間が好きだ。

そう、勇者部の活動は僕にとって『生き甲斐』なんだ。

それを捨てるなんて出来るわけが無い。

そんな日常を無理やりにでも奪おうというなら『お前』は邪魔だ。

 

◆◇

 

「え………………?」

 

僕は真っ暗な空間に1人座っていた。

周りを見ても何も見えない。

分かるのは映画館にある柔らかい椅子と、目の前にある大きなスクリーン。

そこに映っていたのは僕を心配そうに見る東郷さん。

 

「なッ…!?」

 

僕は咄嗟に立ち上がろうとするも縛り付けられたかのように動かない。

 

「クソッ!何なんだよこれッ!!」

 

そんな中目の前の映像が左右に大きく揺れる中、端に白い羽織が見えた。

つまりこの映像は僕の視点…

 

「東郷さん!逃げてッ!!!」

 

何度も叫ぶも東郷さんはゆっくりとこちらに向かってくる。

 

まさか聞こえていないの…!?

 

『優樹君…?』

 

『……煩い』

 

『え?』

 

「え?」

 

言い覚えのない声が空間に流れる。

 

『僕はこの日常が好きなんだ。それを、東郷さんは私欲のために奪おうとしている』

 

『な、何を言って……』

 

『惚けるな!!そうやって媚び売って僕を独り占めしようとする。いつもいつもヘラヘラしてさ……。そういうのが『ムカつく』んだよッ!!』

 

『ッ……!』

 

「やめろッ!僕はそんなこと思って無い!!」

 

力無く座り込む東郷さんへ歩みを進める。

そして東郷さんを見下ろすとこまで行くとスクリーンいっぱいに大槌が現れる。

僕は軽々と持ち上げ、大きく振りかぶった。

 

「やめろ…それはダメだッ……!!」

 

『僕の求める明日のために、消えてよ』

 

「やめろぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!」

 

喉から血が出るくらい叫ぶも無慈悲にも降ろされる……。

刹那、僕の身体は突如後方へ下がると目の前に4本の光が降り注ぐ。

 

「えっ………」

 

唖然とする僕の視界に1つの剣が舞い降りた。

 

◆◇

 

私の勘ってのは悪い時ほどよく当たる。

上空を高く飛び戦況を確認していた時、優樹君が大槌を召喚しているのを見つけた。

その先にいたのが東郷で、何をしたいのか理解出来た。

 

「チィッ!!」

 

即座に遠距離ビットを向かわせる。

残された近距離ビットを足場のように展開し、一気に蹴り上げ急行する。

そして降り立った私は、優樹君をジッと見る。

見た目の変化は無いが、瞳の奥はがらんどうのように感じた。

 

「たか、ぎさん…」

 

東郷の弱々しい声が後ろから聞こえる。

優樹君からの攻撃は防いだから肉体的なダメージは無いはず。

 

「……友奈、東郷をお願い」

 

私は振り返ることなく優樹君を捉え続ける。

ここに来る前に友奈に連絡を取り、最悪の事態に備え戦力を確保していた。

 

「分かったよ…でも…」

 

「大丈夫。こういう肉体言語ってのは得意だから。でも………もし、上手く止められなかったら殴って欲しい。それで終わるならいいけどさ」

 

「そんなこと無いよ。美穂ちゃんなら上手くやれる気がするよ」

 

「……ありがとう」

 

背後の気配が無くなると私は優樹君をハッキリと見つめる。

 

「随分暗い顔をしてるけど寝不足かな?」

 

「美穂さん。どいてよ」

 

「おや?邪魔と来ちゃったか。せっかく2人っきりの時間を作ってあげたのにつれないなぁ」

 

「……二度も言わさないで。『さっさとどけ』」

 

優樹君はそう言いながら、大槌を大鎌に変化させた。

 

「嫌だ、と言ったら?」

 

「はぁ…面倒なことさせないで、よッ!」

 

迫ってきた勢いのまま振り下ろしてきた大鎌を剣で受け止める。

 

「やめて、優樹君ッ!」

 

「邪魔、するな……!」

 

泥の影響で力が増したのか、少し押され負けた。

でもその程度で怯む私じゃ無い。

別角度で振るわれる攻撃を剣で正確に受け止める。

 

「落ち着いて、優樹君ッ!君は今、冷静じゃない!」

 

「わかってるさ、そんなこと!命をかけて守った…大切な日常が、壊されようとしてるんだ…!冷静でいられるはずがない…!!」

 

「違う!その怒りは君の感情じゃない!泥の影響だ!!」

 

「なんの、こと……!?」

 

優樹君は私の言葉が分からないのか、苛立ちながら刃を振るう。

何が彼の心を変えてしまったのかは分からない。

でもいつもの彼を知ってるからこそまともじゃないのは分かる。

優樹君の目は東郷の連れられた方角をチラチラと見ていた。

ここで私が退けば東郷に、皆の心に更に深い傷を生む。

それだけは絶対にさせないッ!

 

「もうやめろ!」

 

「うる……さい……!」

 

「人を傷つければ、取り返しがつかなくなる!」

 

「黙れ………!うるさい、黙れえええ!」

 

優樹君は怒りを込めて大鎌を振るい続ける。

 

「ふざけている、みんな、ふざけているんだ……!なんのために……なんのために、僕たちは生きているんだ……!?守ってきた……命をかけて守ってきた……!でも、壁の外に未来は無かった……!何も、何もしてないのに……!なぜ死なないといけなかった!?こんなことに、なるなら……戦う意味なんか、誰かを守る意味なんて、無い!」

 

「それでも!守りたい明日があるんでしょ!その中に欠けていい人なんていない!!」

 

「うるさい……!これじゃ勇者になった時と同じ……無力で、誰かを傷つけるしか出来ない……だから力をつけたのに……!なんで、こんな……!」

 

「優樹君…」

 

「なんで、なんでこんな……!う、うあああ……」

 

大鎌を振るう優樹君の瞳から涙が零れる。

その攻撃に意図は無くただ感情に任せ殴りつけてるようだ。

 

「どうして、反撃しないんだ…!?本気を出せば、僕よりも強いくせに……!」

 

「君を攻撃なんて、するもんか…!」

 

私は優樹君の振るう大鎌を弾くだけ。

かつて私は大切な家族に殺意を向けた。

無意識とはいえ放ってしまった言葉は永遠に消えない。

だから自分の心が潰れるほどの罪を背負わせたくない。

 

「私はもう、『友達』に向ける刃は持たないッ……!」

 

「その偽善……本当に……気に食わないんだよッ……!!」

 

苛立ちが強まったのかパワーとスピードが一気にあがる。

模擬戦の時が嘘のように思えるが今は耐えるのみ。

 

「優樹君、自分を見失わないで……!」

 

「……うるさい…!」

 

「勇者部の皆だって心配しているんだッ!」

 

「──!」

 

「……『悩んだら相談』。忘れてないよね」

 

勇者部の名前を出した途端、激しかった攻撃がピタリと止む。

そこで初めて優樹君は私の後ろを見た。

そこには勇者部の皆が集まっているのだろう。

私の勇者システムを介して3人も後ろにいるのを感じ取れるから敵は掃討できたのだろう。

私は優樹君の心に投げかけるように優しく言葉を紡ぐ。

 

◆◇

 

『帰ろう。皆が待ってるよ』

 

その言葉は内に囚われた僕の心も優しく包み込むようだった。

ここまで来れたのも、東郷さんとずっと一緒に居られるのも勇者部のおかげだ。

帰るべき場所があるなんて、これ以上嬉しいことは無い。

 

『「そうだ…僕は、勇者部の皆と……」』

 

声がハモった瞬間、背後の空間から腕が伸び僕の身体を絡め取る。

 

「グッ…!ぁぁ!!」

 

途端に襲いかかる激痛に声が漏れる。

痛みと共に頭の中で黒い思いが流れ込む。

 

「ッ…!!こ、のぉぉぉ!!!」

 

闇に飲まれないよう必死に耐える。

僕に出来る抵抗はこれしか出来ない。

いやこんな抵抗でどこまで変えられるかなんて知らない。それでも僕は美穂さんを信じるッ…!

だから──!!

 

◆◇

 

優樹君はその場で苦しそうに大鎌を振るっている。

樹海化してかなりの時間が経っているうえ、優樹君の自我が抗っている。

このチャンスを無駄にしないためにも……!

 

『皆、ごめん。この手しか浮かばなかった』

 

『気にしないで。今は高木さんのしたいことをやりなさい』

 

『ああ。もう優樹の苦しむ姿は見たくないからな!』

 

『優樹さんを助けましょう!私たちならできます!!』

 

「ありがとう…」

 

私は武器をしまい、勇者服の中からネックレスを取り出す。

大切な人から送られたボロボロの十字架。

私の罪を現し、皆を繋ぐ絆の証。

ギュッと強く握り、真っ直ぐ優樹君を向き腹いっぱいに空気を吸い込むと、あの言葉を紡ぐ。

 

「……満開」

 

瞬間、私の視界は一瞬にして白くなった。

 

◆◇

 

闇に抗いながら、その光景を食い入るように見ていた。

暗闇に咲く純白の華。

仏が降臨したかのように美しい光は傷ついた心に優しく差し込む。

華の光は端から粒子になり巨大な光の剣へと収束していく。

 

『……ァ……!グゥ……!』

 

『優樹君!私はこの力は奪うためじゃなく、繋ぐために使う!!』

 

美穂さんの力強い声に呼応したのかスクリーンにヒビが入る。

 

『私たちは自分の力で明日を掴む!それは今を生きる人にしか出来ない!!』

 

『だからッ!負けるな!』

 

完成された光の剣は僕の元へゆっくりと振り下ろされる。

僕は席から立ち上がり光へと手を伸ばした。

 

「そうだ──僕は、帰るんだ」

 

「勇者部の皆のところへ──東郷さんの元へ帰るんだ!」

 

直撃しても痛みはなく全身が心臓を中心に温まる感覚が伝わる。

瞳から1粒の涙が自然と零れる中、光に包み込まれるように意識を手放した。




【次回予告】
奇跡を起こした、異界の勇者
傷つき、深く沈んだ少女
そして、少年は誓った

安芸優樹は勇者である ■の章:生者の章 其の漆  愛の誓い
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