日が登り始めた頃、いつも通り私はキッチンに立つ。
あの騒がしさが嘘のように静かでちょっと寂しい。
今日は和をメインに作ってみようかな。
『また和食か?たまには油っこいのも食べたいぞ』
『ここで注文しても食べれないと思うけど?』
『甘いなぁ千景は。タマと美穂の感覚は繋がっている。つまりタマはなーんにもしなくとも美味しいという気持ちを堪能出来るって訳さ』
『でも何にも食べてないのに味がするって気持ち悪くないかな?私はそれが嫌だから切ってるんだけど』
『私もよ。突然紅しょうがの味が広がった時なんて困惑したわ…』
『待て待て。味覚って切れるのか?タマ知らなかったんだが…』
……訂正。
場所が変わっただけでいつも通りだ。
満開発動時に伴い3人の現界に使うエネルギーを込めたため一時的に私の中で休んでいる。
前回に比べ低燃費で回したから2、3日で帰ってくるだろう。
問題は……。
「おはよう」
「ん。おはよう」
目を擦りながら降りてくる優樹君。
光の剣が持つ『奇跡』を優樹君にぶつけ、泥によって生まれた闇のみを消し去った。
正直賭けに近かったけど3人のフォローあって成し遂げられたまさに奇跡の一撃。
樹海化が解けた後、病院に連れていくも直ぐに目を覚まし即帰宅となった。
これも彼の筋肉のおかげなのかは疑問だけど。
ただ、友を救えても避けられないものもあった。
樹海侵食により街のあちこちで陥没事故が発生。
車も数台巻き込まれ一部には『ヘドロ』が溜まっている情報もある。
そして気がかりなのは優樹君の内面。
付き合って喧嘩などしたことが無いくらい相性のいい仲と推察。
そんな2人がこうもなるってことは相当酷い言葉を放ったに違いない。
たとえ本心では無くともそれは『安芸優樹』が言ったことに変わりない。
更に放った相手が責任感の強いあの東郷だ。
心に刺さる威力も人一倍大きくなるはず。
「まだ作れてないから少し待っててね」
「うん。いつもごめんね」
「気にしなくていいって。私が好きにやってるだけなんだから」
「…ごめん」
優樹君は微笑むと洗面台へ向かう。
私は冷蔵庫から魚の切り身をフライパンに乗せながら胸の内へ話しかける。
『元気無いね…』
『昨日から謝ってばかりです』
『そりゃあんなことあったらな…』
『まるで土井さんを失った時の伊予島さんみたいね』
『えっ、ここでその話だします!?』
『杏はもっと凹んでたよ。早く死にたいなオーラ全開のやつ』
『ほんとか杏!?』
『ううぅ…そうだけどぉ…千景さん、意地悪ですッ!!』
『ふふっ、ごめんなさい。でも、私たちはこの話をするのは野暮って思っただけよ』
千景の言う通りこれは優樹君と東郷の話。
第三者が本人達の意志とは関係なく突っ込むのは悪化を促すだけ。
しかし、ギスギスが続くのもまた問題。
未だ神樹につく呪いは健在でありいつ襲ってくるのか不明。
私の『奇跡』は呪いに通用するのは判明したものの、次も満開が使えるのか。
「前途多難だな…っと危ない危ない」
話に夢中で魚を焦がすところだった。
今は『普段通り』に触れ、解決を待つしかない。
◆◇
朝ごはんを食べ終わった後も、僕と美穂さんはリビングで各々過ごしていた。
2人っきりになったからかとても気まずい。
僕は椅子に座り端末を弄り、美穂さんはソファに座りテレビを眺めている。
今日は部活も学校も無く自由な日。
それなのに僕の心は酷く重かった。
『そういうのがムカつくんだよ!!』
自分じゃない自分が発した言葉が鎖のように僕の心を縛り付ける。
「はぁ……」
「………」
「……聞かないの」
僕はボソリと呟いた。
あれから数時間しか経っていないけど心の苦痛は増していた。
だからこの痛みから解放されるために美穂さんに問いかけてしまった。
「何を」
「分かってるくせに」
「……聞いても傷掘るだけ。幾ら自傷しても消したい痛みは消えないよ」
「よく知ってるね」
「やったことあるからね。試しにやってもいいけど余計虚しくなるよ」
「………美穂さんは、誰かを傷つけた事あるの?」
僕は向かい合わない美穂さんの背中に続いて問いかける。
「あるよ」
「……悔やんだ?」
「悔やんだより苦しかったかな。罪ってさ、乗り越えたーって思えても心の奥底に残ってていきなりぶり返して苦しめに来るの」
あの時、医者が話していた事と同じ内容だった。
美穂さんはあの時自ら犯した罪に飲まれ自我を閉じたんだ。
「……1つ言うとさ。人間って成功よりも失敗から成長するんだ。旧時代に起こった数多くの戦争も、四国に籠ることだって『完璧な成功』とは言えない。むしろ『こんなザマで成功な訳ない』ってレベル」
「失敗から…学ぶ…」
「でもその失敗の積み上げが『人生』になるんだ。だからさ、優樹君はまだ終わった訳じゃない。向かい合って乗り越えるチャンスは残ってる。まぁ……その、やり残すくらいなら玉砕覚悟で行ってこいってこと!」
僕の方をようやく振り向いた美穂さんはグッと親指を立てる。
失敗は終わりじゃない、スタートなんだ。
それなのに僕はまだ止まったままでいじけてるだけ。
本当にそれで良いのか?答えは否だ。
だったら僕が取るべき行動は──
「美穂さん………今から家空けるけどいい?」
「ぜーんぜん大丈夫。気が済むまで行ってきて」
「ありがとう……行ってくる」
僕は身支度をすると飛び出すように家を出た。
一刻も早く会わないと。
大切なあの人のところへ──
◆◇
ドアが閉まる音を聞くと私はソファに溶けるように寝転ぶ。
「ぐぁぁぁぁ……。疲れたぁ〜………」
『お疲れ様です。良い返しだったと思います』
「そうかな…。私の考えを言ったつもりだけど」
正直優樹君に投げかけた言葉はアドバイスには程遠いと思う。
腫れ物に触れないために直線的な言葉は避けたから遠回りしてしまった。
『伝わったからこそ会いに行ったんだろ?』
「……そうだね。まぁこういうのは
『そういえば姿形見せないわね。あの人ことだからそう簡単に死なないとはいえ不穏ね』
「まぁそのうち来るよ。だって『あの人が表舞台に立つ時が終わりの時でもあるんだから』」
◆◇
「優樹君……」
端末の画面に映る大切な人の名前をポツンと呟いた。
『そういうのが『ムカつく』んだよッ!!』
昨日の一言が脳裏をよぎった。
「……違う、アレは優樹君じゃない……。」
私の知る優樹君はあんな事を言う人じゃない……。
私が
「……わかっている。けれど……」
優樹君に会うのが怖い……。
優樹君を病院に連れて行ったのは高木さんだ。私は……友奈ちゃんに介抱されながら家に帰った。優樹君はすぐに目を覚まし家に帰ったそうだが、このまま会うのが怖い……。違うとわかっていても、もしかしたら嫌われてしまうかもしれない……この関係が終わってしまうかもしれない……。それが怖くて……それ以上にそんなことを考えてしまう自分が嫌だった。
「優樹君……私はどうすれば良いの……?」
ブーッ……ブーッ……
「誰──ッ⁉︎」
通話の主の名前を確認すると、私は一目散に通話に出た。
「も、もしもし⁉︎」
『もしもし東郷さん?』
「優樹君……」
『……東郷さん、今から会えない?』
「えっ……?」
『話したい事があるんだ』
電話の向こうから聞こえる真剣な声に、私は応えた。
「ええ、わかったわ。優樹君が良ければ、私の家でも良い?」
『わかったよ。すぐ行く』
「うん……。」
そう返すと通話は切れた。
「……うん。優樹君と一度話さなきゃ。」
ちゃんと話して、向き合わなきゃ。
◆◇
「フゥ……フッ……ゥ……」
僕は冬空の下ひたすら走り続ける。
心臓は激しく鼓動し、自慢の筋肉は限界が近いのかあちこちから痛みという警告を放つ。
それでも僕の意志は『走れ』と訴え続ける。
「はっ、はっ、はっ……!」
1分でも、1秒でも早くあそこへ行かないと…!!
赤信号で止まった途端、ツケを払わせるかのように全身が重くなる。
もう動けない、せめて休ませて。
僕の肺が酸素を求めている。
かつて散花で失った片肺を取り戻し、更に強くなったはずなのに。
自分の身体とはいえなんて情けない。
これが勇者部の筋肉担当だって?
「ふざけるなッ…!こんなもんじゃ無いだろッ!」
信号が青になると共に僕の太ももを二度、三度叩き喝を入れる。
気を抜けば倒れそうな気を無理やり起こしただ走る。
「動けこのポンコツが!動けってんだよ!」
僕は更に喝を入れ、速度を上げた。
◆◇
「ゆ、優樹君…?」
「や、やぁ……と、東郷さん……」
肩で息をながらも、僕は東郷さんの家にたどり着いた。
「家に来てとは言ったけど、走ってきたの…?」
「まぁね…ちょっとランニングにってね。あはは……」
「……ここにいたら風邪引くわ。中へ入って」
見え見えの嘘をついても東郷さんは変わらず僕を迎えてくれた。
1歩中に入ると柔らかい木の香りが鼻をくすぐる。
「洗濯、する?」
「それは大丈夫。迷惑かけたく──」
その瞬間、バツが悪そうに東郷さんは視線を逸らした。
いつもなら気にしない言葉一つがあの戦いに繋がるんだ。
「……ごめん」
「謝らないで…優樹君は悪くないのだから…」
一気に空気が重くなり気まずくなった。
何をやってるんだ、安芸優樹!
こんなことを望んでここに来た訳じゃないだろう!!
『やり残すくらいなら玉砕覚悟で行ってこい!』
「ッ…!東郷さんッ!」
僕は緊張で上擦った声を上げながら東郷さんの肩を掴む。
いきなりの行動にびっくりしたのか目を大きく見開いている。
「東郷さん……僕があの時にした告白に嘘偽りは無い。僕は東郷さんの事を心の底から愛している。でも、あの時、樹海で放ってしまった言葉は取り消すことは出来ない」
東郷さんの暴走や、記憶の復活を経て僕は答えを出した。
しかし誰か1人を愛するという事は、いつもの勇者部じゃ無くなってしまうかもしれないという考えも微かにあった。
それが泥によって捻れ『東郷さんを消し、いつもの勇者部を守る』に書き換えられた。
「あの発言を許して欲しいなんて言葉で済まないのは理解してる……でもこの傷を時間に任せて消すのも出来ない」
「………」
「だからこれは、僕のケジメとして聞いて欲しい…。東郷美森さん。僕のこの手は、貴方と日常を守るために使うと誓います」
途端、東郷さんは僕の胸に頭を埋めた。
汗で濡れた服越しに伝わる暖かみ。
疲労とは異なる理由で、心拍数が再び上がる。
「と、東郷さん…?」
「……その誓い、確かに受け取りました」
「え……」
「優樹君は私の罪を受け入れてくれた。だから今度は私が受け入れる番。でも、今だけは私を見て…」
「……!」
あの時の記憶が僕の思考を覆い隠そうとする。
──そら見ろ、東郷美森はお前の平穏を壊す異分子だ。
──うるさい、黙るのはそっちの方だッ…!
東郷さんだって僕の守るべき『勇者部』の一員なのは変わらない。
誰1人、見捨てることなんてしない!
僕はゆっくりと両手を伸ばし、東郷さんの身体に絡みつく。
びっくりしたのか身体を大きく跳ねたが、深い呼吸に変わるのを感じた。
しばらく抱き合い、静かな口付けで愛を誓い合った後、お昼をご馳走になり帰宅した。
◆◇
「行ってしまったわね。」
彼が出て行ったあとの玄関を見て、私は呟いた。
良い結果にならなかったらどうしよう。もしも仲直り出来なかったらどうしよう。私の頭はそんな考えでいっぱいだった。でも、彼は違った。
『貴方と日常を守るために使うと誓います』
その言葉を聞いて、私は安堵した。
やっぱり優樹君はこういう人なんだって。
私が好きになった安芸優樹君は変わっていなかった。
だから私は……優樹君の事を好きになったんだ。
初めてその気持ちが芽生えた時よりも……ずっとずっと……その気持ちが大きく膨らんだんだ。
「優樹君……大好きよ」
私は静かに呟いた。
◆◇
「ただいま」
「ん、おかえり〜」
ソファに寝転がったまま上半身を起こした美穂さんがヒラヒラと手を振る。
「どうだった…って愚問だったね。その顔見れば答えは出てるか」
「うん…本当にありがとう」
「礼なんて要らないよ。むしろ部外者のアドバイスで助かるなら良かったくらいだよ」
「そんな事ないよ。それに美穂さんは部外者じゃない。『僕の守る勇者部の一員』だ」
ヘラヘラと笑っていた美穂さんが僕の言葉を聞いた途端、表情が固まる。
「………マジ?」
「マジだよ」
「え、えぇ…それは意外だったなぁ…」
ソファに身体を投げ出し呟く。
「……だってさ、私本当に部外者だよ?それが勇者部の一員ってそりゃ………。あー、まぁそうか…」
何かブツブツ呟いているけど独り言かな。
怪訝そうに見ていると、ゆっくりと身体を起こし立ち上がる。
そしてボサボサになった髪を軽く整えると僕の顔を見て言葉を紡ぐ。
「……まずはこんな私を受け入れてくれてありがとう。ぽっと出のよく分からない女だったとは思うけど、こうして不自由無く過ごせて嬉しいよ」
「そんな事ないよ。美穂さんに家事押し付けて申し訳ないくらい」
「何、優樹君は私にニートになれって?嫌だよそんなの〜」
「別にそこまでとは言ってないけど…」
「もうっ、冗談だって。前も言ったけどこれは私がしたいからやってるの。優樹君はその好意を受け入れてくれればいいの」
近寄ってきた美穂さんは僕の額を人差し指で何度も刺す。
いや刺すというより突くか。
「美穂さんは僕の姉か何かなの!?」
「姉なるもの、そう呼んで構わないよ」
「絶対違うッ!?姉さんはもっと優しくて魅力的──ッ……!」
そこで言葉を止め、ハッと意識が戻る。
ニヤニヤと笑いながらソファの背もたれに頬ずえをつく美穂さんが見えたから。
「ふんふん…それで〜?」
「ッ──!!な、なんでもないッ!」
顔が一気に熱くなり直視出来ない。
模擬戦の時よりも酷い熱さ。
無意識とはいえ何言ってるんだ!
「えー?焦らしプレイはよくないって〜。誰にも言わないからさ」
「言わないって!美穂さんのいじわる!」
「ふっふー。いじわるで結構!今夜は聞くまで寝かせないよ〜」
「勘弁してよぉぉぁーー!!」
◆◇
あくる日。
買い物帰りの私は1人とある店の前で思考に没頭としていた。
『犬みたいに唸るほど考えることか?』
『何言ってるのタマっち先輩。これは大切な事なんだよ』
『そりゃ分かってるよ。けどさ、どう見ても同じにしか見えないけど…』
『気持ちの問題だと思うわ。高木さんがどう見て、どう感じるか。その直感が大切なのよ』
そう直感なんだ。
何かいいけど理由無いってくらいがちょうどいい。
分かってはいるけどその一手が定まらない。
「うーん……。これは悩むなぁ……」
『あ、美穂さん!こういうのはどうですか!?』
「ん?」
杏の提案を聞いた瞬間、人目も気にせず大声を出してしまった。
そのくらい素晴らしいし、早く気づかなかった私が情けない。
「よしっ。本気出しちゃうぞ〜」
『高木さんの本気見せてもらおうかしら』
『タマ達もアシストするから超本気だな!』
『いい物にしましょう!』
こうして4人による共同作業が始まった。
これが良いか悪いかなんて気にしない。
私が良いと思ったんだからそれでいい。
【次回予告】
『神樹様のような優しい子に育って欲しい』と願いを込めたようです
『あれが神樹に見えるのか』?
だが敢えて言おう『生きるのを諦めるな』
其の捌【夢物語】