ピッ……ピッ……
「スゥ……」
生命維持装置の音とそこに眠る少年の息だけが室内に鳴り響いている。
眠っている少年は────優樹である。
先のバーテックスとの戦いで重傷を負い、3日経った今も眠り続けている……。
「……優樹」
病室の扉がガラリと開き、優樹の姉である真鈴が入室した。
◆◇
……大切な弟がこんな事になって悲しいはずなのに……涙は流れなかった。
──今思い返せば、お父さん達の時もそうだった。
でも……あの時は泣く余裕も無いというのが正しかったと思う。突然の両親の死。なんとか喪主を務め、今後の話し合い。そして大赦での仕事など……今思えば本当に目まぐるしい日々だった。あまりの忙しさに、優樹に構ってあげられなかったことは今も悔いている。今でこそある程度落ち着いているが…………私は、この子と向き合う事が怖い……。
「優樹……貴方は本当によく頑張ったわ……」
優樹の右手を握ってみたけれど、力は入っておらず、だらんとしていた。しかし少しの温もりがあった…。
◆◇
「園子、須美……」
「銀……」
「ミノさん……」
いつものように学校で出会う親友の姿は、普段の明るい雰囲気など無くとても落ち込んでいる様子だった。
「なぁ、優樹のやつは……」
「……」
銀の問いかけに、私は無言で首を横に振った。
優樹君が入院している事はお役目の2日後に安芸先生から報告された。
クラスはざわつき、一部の生徒は興味本位に聞こうとしてきた。
でも、それは私とそのっちで嗜めた。
お役目だから言えないという事情よりも、心に傷を負った親友を守る為に……。
「アタシのせいで……優樹のやつは……」
「銀!」
「……ッ」
「わっしー……」
銀の言葉に、私は思わず声を荒げてしまった。銀は肩をビクッとさせ、俯いた。
「……ごめんなさい、銀」
つい声を荒げてしまったけど、銀が自分を責めるのは見過ごせなかった。
「ねえ、ミノさん」
「園子……」
「今日の放課後、あっきーのお見舞いに行こう。わっしーも」
「ええ、私は問題無いわ」
優樹君が入院した当初は家族以外面会謝絶であった為、安芸先生から優樹君の事を聞いていた。今は面会も出来るみたいだ。
「うん……アタシも行く」
こうして、私たち三人は放課後に優樹君のところへ行くことになった。
◆◇
「っ!!」
銀……って、ここは……?
意識の覚醒と共に銀の安否を確認しようと辺りを見ると、広がっていたのは何も無いただ全てが白い世界だった……。
「ここは……もしかして……僕は死んだのか……」
「──
!?
どこからともなく、僕の目の前に女の人が現れた。
僕より少し年上くらいだろうか……?
「景義……?」
目の前の彼女はそう言ったけど……誰のことだろうか……?
少なくとも僕の知っている人にそんな名前の人はいない……。
「……あぁ、ごめんなさい。人違いだったわ」
「そう……ですか。それで、あなたは……」
どうやら景義という人と間違われたみたいだが、僕はこの人の事を知らなかった。
「…………名乗るほどの者ではないわ」
彼女はそう言った。表情を見る限り、あまり名乗りたくないようだし詮索はしないでおこう。
「あなたは……安芸優樹君ね」
「……何故、僕の名前を……」
僕も自己紹介をしようと考えた刹那、彼女に僕の名前を当てられた。初めて会ったであろう彼女が何故知っているのか、思い当たる節はない。
「いや……それよりここはどこなんですか!?」
そんなことはさておきだ。僕はこの場所が何なのかを尋ねた。
「……ここは──ちょっとした訳ありの場所、とでも表しておこうかしら」
「訳ありって……」
確かにそれはそうなんだろうけど…………あっ、そうだ。
「あの……僕って、死んだんですか……?」
この場所がどこか聞くより先に確認すべき事を思い出した。
僕が覚えている最後の記憶は────銀が『生きるのを諦めるな』と言った辺りまでだ。
仮に僕が死んでるのなら…………この先はどうなってしまうのだろうか……。
そんな事を考えていると、目の前の少女はため息を吐きながら答えた。
「いいえ、貴方はまだ生きているわ」
「でも貴方は無茶しすぎよ……もしあの子が言葉をかけていなければ、あなたは死んでたはずよ」
「うっ……」
相当危ない状態だったのか……。銀にお礼言わないと…………って
「あの子って、もしかして銀の事ですか?」
「ええ。貴方に言葉をかけた後、意識の無い貴方に言葉をかけ続けてたわ」
「銀……」
僕は思わず膝をついた。すると、右肩に手が置かれる感触がした。
「貴方にとって、大切な人がいるのね……」
「……はい、ですが銀だけじゃありません」
「須美も園子も……そして姉さんも……みんな大切な人なんです」
「お姉さん……そう、
「貴方にも……?」
「こちらの話よ、気にしないで」
何か頭に引っかかるような感じがしたけど……それはすぐに消えていった。
「安芸優樹君」
「は、はい……」
「貴方の大切な人たちを、どうか守ってあげて」
「……はい?」
それはどういう意味────
「……っ、なんだこれは……景色が薄く……」
「もうすぐ目覚めるみたいね、良かった……」
「目覚めが……じゃあ、僕は……」
「もうここに来ない事を願っているわ。それと──」
真っ白だった景色が霞み、どんどん声が遠くなる……
「次はここじゃなくて、
最後の言葉は、少ししか聞き取れず、目の前が真っ暗になった…………。
◆◇
「──ぅ……」
瞼に感じる眩しさにとても小さな呻き声が上がる。薄らと徐々に開いていく瞳が捉えたのは、知らない天井だった。
「ぉ……」
ここは……病院か……?
声が出ない。そして……なんだかマスクのようなものをされている?
体を起こそうとしたけど、動かない。かろうじて動く顔を少し捻ってみると、そこに広がっていたのは見覚えのある白い壁だった。
やっぱり、ここは病院のようだ……。前にも来たことがあるから間違いない……。
「ぅ……」
人を呼ぼうにも、体を動かせない。そういえば……僕は何故こんな所に────ッ!!
「ぃ……!」
銀!須美!園子!
今僕がここに居るって事はバーテックスを追い返せたって事のはずだけど……須美と園子は無事なのか……!?
「っ……!」
痛っ……たぁ……
僕が痛みに悶えていると、病室の扉がガラッと開いた。
「──優樹……?」
扉を開いたのは──姉さんだった。
「……ぁ」
姉さん……
「優樹……!」
姉さんはとても驚いた顔をしている。いや……それはそうだな……。僕がこんな事になったから、姉さんを心配させてしまったんだ……。
「優樹……良かった……本当に良かった……」
姉さんのか細い声が、同じ言葉を繰り返し紡いだ。
僕のせいで……本当にごめん……姉さん……
それから姉さんが病院の先生を呼び、検査が行われた。
先生が言うには……僕は一週間ほど生と死の狭間だったらしい。僕の声があまり出ないのはそのせいみたいだ。そして……須美達もここに来ていたそうだ……。次に会う時には怒られるだろうから、覚悟しておこう……。それと、僕は先の戦いで沢山傷を負ったけど、いくつかの大きな傷はどうしても残ってしまうそうだ。
右腕や脇腹それにスコーピオンの胴体で薙ぎ払われた上半身……いや、上半身と言ってもスコーピオンの方はまだ良い。それより脇腹の傷が思ってたより大きかった……。
でも顔とかに負った傷はそのうち消えるみたいだからできるだけ気にしないようにしよう。
◆◇
「ぁ……ぁ……」
やっぱり、声はまだそこまでだ。でもそれは徐々に良くなるそうだ。
コンコン!
扉を激しく叩かれた。須美達かな……
「どぅぞ……」
か細い声で返事をすると、待ってましたと言わんばかりに扉が開かれた。
「優樹君……」
須美……
「あっきー……!」
園子……
「ほら、銀」
須美が声をかけると、扉の影から銀が出てきた。
「優樹……」
銀……良かった……銀の事、守れたんだ。
「安芸先生から優樹君が目覚めたって聞いて、すぐに飛んできたのよ……」
「あっきー……死んじゃうんじゃないかって思ったんよ……」
「優樹……優樹が生きてて……本当に良かったよ……」
「ご……め……」
須美達の目から涙が溢れていた……。
僕が死にかけたせいで悲しませてしまった。
姉さんも……大切な友達も……。
もう、そんな思いはさせたくない
僕は今日の事を胸に深く刻み込んだ。
僕の罪を忘れないようにするために。
そして──傷痕として戒めるんだ……。
今はまだ、体はほとんど動かないけれど……僕は……大切な人たちを守るんだ……。
もう悲しい思いをさせないために……。
みんなの笑顔を守るために……僕は強くなるんだ……。
この少女、既に景義=優樹である事を認識しています。なので初めて優樹と出会った時に思わず弟の名前を呼んでしまったのです。今の優樹は半分が景義であり、半分が優樹なのです…。
さて、物語も佳境へ……。結城友奈の章へ繋がる物語も完結が迫っております。
次回.其の拾【こがらす】