本日、あとがきにてお伝えしたい事があります。どうか最後までよろしくお願いします。
幸福の再来
「98……99……ラストっと」
僕は腕立ての姿勢から飛び上がるように立ち上がった。
「ふぅ……朝のトレーニング終わりっと」
今では日課となった毎朝腕立て伏せ100回を終わらせて、残りの家事を片付ける。今日はいつも通り学校があるけど、時間はまだまだ余裕だ。
「洗濯機回す前にシャワーでも浴びるか」
これも筋トレ後の日課である。夏は終わり涼しくなったとはいえ、筋トレ中に着ていた服も洗濯機の中だ。
◆◇
「よし、これで完了」
あとは洗濯物を干して学校に行くだけだ。今日は友奈と東郷さんと登校する約束があるからちょっと急がなきゃだ。
とはいえ、時間はまだ少しの余裕があるな。これならもう少しトレーニングが出来たかも……いや、それをしてたら多分遅れてたかも。
「……それにしても」
僕はそんな事を考えていると、ふいに言葉に出来ない感情が込み上げてきた。
僕一人だけの空間は……なんでこんなにも寂しいのだろう……
家にひとりでいる事なんて慣れてるはずなのに……。
「……東郷さん」
僕の脳裏に浮かんだのは──最愛のあの人の笑顔だった。
「……大丈夫、もう忘れない」
散花で失った記憶は全て戻ってきた。東郷さんだけじゃない。園子の事も銀の事もちゃんと覚えてる。
「そういえば、銀と園子は今何してるんだろ」
僕たちの記憶とかが全部戻ってきたのなら、銀達も動けるようになってるはずだ。
「……また四人で集まったり出来るかな」
まだ見ぬ再会を思い描いてると、チャイムが鳴らされた。
「行こうか」
チャイムを鳴らしたのは友奈と東郷さんだろう。準備はバッチリだ。
僕はいつものように水道とガスの元栓を確認してから玄関へ向かった。
◆◇
「おはよう優樹君!」
「おはよう友奈」
「……優樹君、おはよう」
「うん、おはよう東郷さん」
友奈の明るく元気な声が空気を揺らし、東郷さんがこちらへ柔らかな微笑みを浮かべた。
「それじゃ行こうか」
「うん!」
「行きましょう」
歩き出した僕の隣には東郷さんと友奈がいる。
隣を歩く東郷さんの指先が触れんばかりの距離感だ。
「東郷さん……」
「優樹君……」
お互いの名前を小さな声で呼び合うと、胸の鼓動がかすかに速くなるのを感じた。
今日も楽しい1日になる。そんな予感がした。
◆◇
「あれ……なんだか校門の方が騒がしくない?」
「何かあったのかしら?」
「もしかして……転校生だったりして」
学校までは、ほんの数十メートル。
ざわつく声が、風に乗ってこちらまで聞こえてきた。
「転校生?でも夏凛が来てそこまで経ってないよ?」
「そうね……何が起こってるのかしら。行ってみましょう」
少し足早に校門へと向かうと、視界の先には、いかにも高級と言わんばかりの白い車が停まっていた。
バン──と乾いた音と共にドアが開く。
同時に二人の少女が弾けるように飛び出してきた。
「わっしー!あっきー!」
「須美!優樹!」
「……園子!?それに銀まで!?」
「そのっち……銀……!!」
風と共に声が走る。
僕と東郷さんは驚きのあまりに体が固まった。
開いた口が塞がらないまま、目の前の二人を見つめる。
「え……これ、夢じゃないのか……?」
「現実だよ。アタシも園子も……ちゃんとここに立っているじゃん」
あっけらかんと笑う銀。
僕たちの隣で東郷さんと抱き合う園子。二人の柔らかい声と微かな泣き声が聞こえてきた。
これは夢や幻なんかじゃない。
二年前のお役目を共にした仲間が……目の前に存在している。記憶を取り戻した今ならば、あの時の誓いも、痛みも、友情も昨日のことのように思い出せる。
「銀……」
僕の脳裏に浮かぶのは……散花で両目の視力を失った銀の姿……記憶の無い僕に、手を握ってほしいと差し出された銀の右手が……。
「良かった……銀が生きてて……本当に……良かった……」
言葉と共に、ずっと抱えてたものが落ちていく。
二年前の僕は……ちゃんと守れたんだ……みんなを……銀を……
「優樹……」
僕の名前を呼ぶ銀の声は……少しだけ震えていて……どこか泣きそうな声にも聞こえた。
◆◇
「お疲れ様で〜す。友奈、東郷入りまーす!」
「ちょっと遅れて優樹も入りまーす」
勇者部の部室に入室する友奈と東郷さん。そして今の東郷さんはもう──あの時のように車椅子じゃない。
「おつかれー」
「お疲れ様です」
「やっと来たわね」
僕も少し遅れて入ると、先に来ていた風先輩と樹ちゃんそれから夏凛が揃っていた。
金曜日以来で久しぶりのように感じる部室の空気。
つい先日、僕はここで東郷さんに告白をしたのだ……。
あの時の事を思い出すと胸の奥がジンと熱くなり、ふと東郷さんの方へ視線を向けると、お互いに目が合った。
優しく微笑む東郷さんの表情に、僕の頬は赤く染まった
「……優樹。東郷と一緒だからって部室に甘い空気を漂わせるのはやめてくれる?」
風先輩の鋭いツッコミが空気を切り裂いた。
「す、すみません……」
羞恥に押され、思わず頭を下げてしまう。
「全く……アンタ達の仲が良いのは結構だけれど、そういうのは互いの家でやってほしいわ」
「へ〜?夏凛さん珍しく良い事言うじゃないの〜?で、優樹くん?もうお家デートは済ませたの〜?」
ツンとした態度で刺す夏凛。
ニヤニヤと根掘り葉掘り聞こうとする風先輩。
その瞬間、東郷さんが懐からお灸を出しながら微笑んだ。
「風先輩……あの時、覗いてた事、まだ反省してないようですね……でしたら──少しお灸を据えて差し上げます」
声はお淑やかなのに目が笑っていない……これは本気だ……!風先輩逃げて……!
どうやって東郷さんを止めようか考えを張り巡らせていると──部室の扉がガラリと開かれた。
「こんにちはー!勇者部に入部希望の乃木園子なんだぜ〜!」
「失礼しまーす!同じく三ノ輪銀!勇者部に入部希望です!」
「──そのっち、銀」
二人が部員届けを片手に部室に飛び込んで来た。
その瞬間、部室の空気が一気に変わり、東郷は我に帰り、夏凛は園子と銀の名前を知っていたらしく驚いていた。
「えっ……乃木園子に三ノ輪銀のって……大橋の……!?」
「うん!二年前、大橋の方でミノさん達と勇者やってたんだぜ〜!」
「ちなみに今日からこの学校に転入しました!よろしくお願いします!」
園子の透き通るような声と銀の元気な声が部室中に響き渡った。
そして流れは一度収まり、風先輩の提案で自己紹介タイムだ。
「じゃあまず、あたしから行くわね。あたしは犬吠埼風 この勇者部の部長よ。乃木、三ノ輪よろしくね」
「よろしくお願いします!フーミン先輩!」
「よろしくです風先輩」
「次は私ね」
「三好夏凛よ。よろしく」
「よろしくな、夏凛」
「うんうん、よろしくね
「!?誰よ教えたの!?」
夏凛の鋭いツッコミと目線が僕たちの方へ突き刺さり僕たち全員が後ろに目を逸らした。
「じゃあ、次は私が!前に大橋で会ってるけど、改めて!結城友奈です!よろしくね」
「うん、よろしく〜ゆーゆって呼んでも良い?」
「もっちろん!じゃあ、そのちゃんって呼ぶね」
「目が見えるようになってからは初めましてか。友奈、よろしくな!アタシの事は銀で良いよ」
「うん、銀ちゃんよろしくね!」
「じゃ、じゃあ……最後は私ですね……」
樹ちゃんは少し緊張していたけど、なんとかいつも通りに自己紹介した。
「犬吠埼樹です……さっき自己紹介してたお姉ちゃんの妹です。よろしくお願いします」
樹ちゃんは緊張で声が震えていたものの、いつも通りに自己紹介する事が出来た。
「うんうん、じゃあいっつん!よろしくね!」
「よろしくな樹」
こうして新たな部員も加わった新生勇者部の活動がスタートした!
◆◇
「うーん、動けるようになってからのうどんは美味しいんよ〜」
「わかるぞ園子!アタシなんて目が見えてなかったからな、そもそも何食べてるのか全くわからなかったぜ」
場所は変わってかめや。
あの後、今日は急ぎの依頼が無いという事で、園子と銀の歓迎会をここでしようという事になり、僕たちはかめやにやってきたのだった。そして席の方だが、4人用のテーブルが2つあり、左が僕ら先代組で右が友奈達だ。
「それにしてもあっきーは見ないうちに大きくなったね〜」
「本当だよ、最後に見た時なんてもっと細かったってのに」
「僕が筋トレを始めたのは記憶を失ってからだからね。」
僕の正面に座る銀が僕の上腕をつついて来る。それは別に構わないのだけど……隣の東郷さんの目が鋭くなってるのは気のせいではないだろう……。
「銀……?私の大切な人に何をしてるのかしら……?」
「……っ!ご、ごめんって須美!」
銀が慌てふためいている姿に、僕は懐かしさを感じた。
「ふふっ……変わらないね、このやりとりも」
「うんうん、あの頃と一緒だね〜」
園子と目が合い、笑い合う。
記憶を失って一度別れてしまった僕たちだけれど、また会うことが出来た。こうやってみんな揃って、うどんを食べている。これも大橋の方に居た頃と何も変わってない。
それでもこの懐かしさがとても幸せだ。
「そういえば、園子と銀ってこっちに引っ越してきたみたいだけど、家ってどうしてるの?銀なんて向こうに家族居たじゃない?」
僕が尋ねると、銀はなんだそんな事かと言わんばかりに答えた。
「アタシのとこは全員こっちに引っ越したんだ」
「え?いつ?」
「3日くらい前だな」
「えぇ…!?」
3日前といえば、走ってたけど…見なかったな。コースが違ったのか。
「じゃあ、そのっちは?」
続けて東郷さんが園子に尋ねた。
園子が満面の笑みを浮かべながら答える。
「私はミノさんの家で一緒に住むんだぜ〜!」
「えぇ!?」
「本当なの銀!?」
「本当だよ、アタシも昨日ウチの両親から聞いたんだ……」
園子の得意げな笑顔と銀はやれやれ顔。
変わらない二人のやり取りに思わず笑ってしまう。
「ミノさんのお父さんとお母さんに話してみたら〜二つ返事でOKだったんだぜ〜」
「まあ、両親が良いならアタシも構わないけどな」
「そういえば銀、鉄男たち元気?」
銀達と話していて思い出したのは、銀の弟たちの事。散花により大赦で祀られた事を知ってるのはおそらく両親だけだろう。まだ子供である鉄男たちからしたら、大切な姉はどうしたのかと不安だったろうな……。
「元気元気、やっと再会出来たしな。金太郎もおっきくなって……」
「そっか……あの時の金太郎ってまだ赤ん坊だったもんね」
「ミノさんの弟たちは元気いっぱいだよ〜」
「銀が良ければ今度優樹君と一緒に伺わせてもらっても良いかしら?」
おっ、それいいな。
「もちろん!いっその事、泊まりに来る?鉄男とかずっと優樹に会いたがってたしさ」
「へえ、そうなんだ」
鉄男……金太郎……久しぶりに会いたいな。
胸の奥で、そんな気持ちがそっと灯る。
◆◇
かめやを出ると、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
「じゃあ、今日は解散!各自気をつけて帰るのよ!」
「はーい!風先輩さようなら〜」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
「失礼します」
「じゃあね……」
「フーミン先輩、歓迎会ありがとうございました〜」
「ではまた明日!」
それぞれが帰路に着く。
風先輩は樹ちゃんと。友奈は夏凛と。そして僕は東郷さん達と……。
「……なんだか、あの時を思い出すね」
僕の脳裏に浮かぶのは、あの日の夕暮れ
銀達を絶対に守ると誓ったあの日だ。
「……そうだなぁ」
「あれからもう二年……早いものね」
「そうだね〜」
「そういえば〜わっしーとあっきーってどんな関係なの〜?」
「!?」
園子の疑問に、銀が顔が一瞬で真っ赤になった。
「ぎ、銀?どうした?」
「いや、なんでもない!そ、そうだな!優樹と須美の距離が近い気がするけど、何があったんだ?」
銀が誤魔化すように話を振るが、声が裏返ってる。
東郷さんは一呼吸おいて落ち着いて答える。
「そうね……銀、そのっち」
「私、優樹君とお付き合いさせてもらってるの」
「っ……」
東郷さんが僕の右腕を取りながら言った。
今となってはこういうのも珍しくないはずなのに、花のような優しい香りが鼻腔をくすぐり、どうしても緊張する。
「本当なのか……?」
銀が目を丸くする。
一方、園子は──
「お〜良いね〜!創作の意欲が湧いて来るよ〜!」
完全にスイッチが入っていた。
園子は懐からメモを取り出しながら目を輝かせた。
「その話、詳しく聞かせて!わっしーのどこが良かったとか全部!」
「え、えぇ……」
「待て園子、今度ウチでお泊まり会しよう!その時に聞こう」
「銀……」
助け舟かと期待してみたけど……全然助け舟じゃなかった……
「優樹君、私はいつでも良いわよ?」
「っ……東郷さん……」
東郷さんの指先がそっと僕の袖を引いた。
それだけで、今日が特別な一日に変わった気がした。
いつも安芸優樹の物語を読んでくださり、ありがとうございます。
今後の投稿についてお知らせいたします。
これまでは修行の為、一週間に一本を目標に更新を続けてきましたが
仕事の事や私のこの先のために今のままでは時間が取れないと判断しました。
そのため、今後は二週間を目標として執筆を続けていきたいと思います。
更新日は調整した通り日曜日を予定しています。
ご了承ください。
ですが安芸優樹の物語は、必ず終ノ章まで書き切ります。投稿ペースが変わっても、その決意は変わりません。
私にとって大切な作品ですし、目標の為にやり遂げるべき作品ですから。
何があろうとも、最後まで責任を持ってお届けします。どうかよろしくお願いいたします。
三奈木