僕が今いる場所を言葉に表すのならば……何と言うべきなのだろうか。
黒く、暗く、自分が自分で無いような感覚だ。
「……」
なんとなく意識をしてみると、自分の輪郭が作り上げられるのを感じた。
「……なんだろう」
何かが抜け落ちていく。それが何かはわからない。
でも、何か大切なものだった気がする。
「みゃあん」
どこからともなく、鳴き声が聞こえた。
「この声……」
知ってる鳴き声、でも思い出せない
刹那、まるで暗闇に光を照らしたように、白いシルエットが浮かぶ。
「……君は」
シルエットの正体は……白猫だった。
「にゃあん」
「君は……千──」
意識がぼやけ、世界が真っ白に染まった。
◆◇
「ん……朝か……」
早く起きなきゃ……今日は
僕はベッドから起き上がり、いつものように準備を始めた。
朝の筋トレに始まり、洗濯等の家事だ。
「……さっきのなんだったのかな」
おそらくは夢なんだろうけど……とても不思議な感覚だ。
あの猫はひよっとして……
「……いや、思い過ごしだな」
きっとそうだ。
「優樹くーん!!」
「友奈か」
外から友奈の元気な声が聞こえてきた。
時計を見ると、もう学校へ行く時間だった。
「今行くよ!」
◆◇
「おはよう優樹くん!」
「おはよう友奈」
いつものように挨拶を交わし、学校へ向かう。
友奈とこうして学校へ行くようになったのは最近の事だ。
「……」
「──優樹くん?」
「うん?」
「優樹くん、何か悩んでる?」
「……いや、大丈夫」
大丈夫だと返す声は、ワンテンポ遅れて空気に乗った。
僕の答えを聞いた友奈は、なら良かったと言って、いつもの笑みを浮かべた。
「今日はどんな依頼が来てるかな?楽しみだね!」
「そうだね、園子と銀も入部したから百人力だよ」
◆◇
「よーっす、友奈、優樹」
「おはよう銀」
「銀ちゃんおはよう!」
教室で出迎えてくれたのは銀だ。園子は──
「園子……」
園子は机に突っ伏したまま動かない。でも時折寝息が聞こえてくるからいつも通りだ。
「んぅ……あっきー、ゆーゆーおはよー……すぴー……」
そして寝言のように零れたのは、挨拶だった。
「おはようそのちゃん!」
友奈は気にせずに挨拶を返した。
今日も楽しくなりそうだ。
◆◇
「優樹、明日良いかしら?」
「ん、良いよ」
明日は勇者部もお休みだ。
そして夏凛からのお誘い……いつものやつか。
「うん?優樹、夏凛とデートか?」
「「違う!!」」
銀の突拍子も無い言葉に、僕と夏凛が同時に否定した。
「息ぴったりじゃん」
「なっ……ち、違うわよ!ただ私の日課に付き合ってもらうってだけよ!」
「鍛錬?」
頬をほんのり赤く染めた夏凛が銀に鍛錬のことを説明していた。デートでは無い……な……
「なるほどなぁ。ねえ、それアタシも見に行って良い?アタシの端末を受け継いだ勇者がどんな風に戦うか見てみたい!」
「見せ物じゃないわよ……って、受け継いだ!?」
銀から自分の端末の真実を告げられた夏凛は驚愕の声をあげていた。
「……そういえば、あの時の銀って義輝と戦ってたね」
言葉と共に、二年前の光景が流れ込んでくる。
僕たちが
「そう、なのね……元々持ち主が居たとは聞いてたけど……あんただったとは」
どうやら夏凛は持ち主の事は知らされてなかったみたいだ。
……その持ち主だった銀は散花で両目の光を失って祀られてたなんて知らされるはずもないか……
「そうそう、アタシ散花で目が見えなくなってさ。アタシの代わりに戦ってもらうって言われた時は、怒ったもんだよ。また誰かを犠牲にするのかって」
「銀……」
勇者として戦って視力を失ったのに……自分の事より他人の為に怒れるのは銀らしいな……。
「そう……わかったわ。明日、優樹と一緒に有明浜に来て。」
「わかった。いつもの時間で良い?」
「ええ」
「優樹と話してる時から思ってたけど、やっぱり夏凛は優しいな」
「う、うるさいわよ……!」
◆◇
「さてと、行こうか」
今日は僕が友奈を迎えに行く日だ。
近くだし、走ればすぐだ。
「父さん、母さん、姉さん、行ってきます」
父さん達の仏壇と訳あって別々で暮らしている姉さんに挨拶をして出発した。
「フッ……フッ……」
今日は部活終わったら銀と有明浜か……そういえば夏凛の日課に付き合うのも久しぶりだな。
友奈の家までの道を走る道中、いろんな事が浮かんでくる。
今日の予定とか勇者部の事とか
「──大きな家だ」
友奈の家に到着する直前、通りかかった大きな家が目に入った。というか、友奈のお隣さんになるのか。
「……お隣さん」
それはたった一つの単語だった。
でもその言葉は、僕の胸の中に一滴の雫を落としたようだった。
「あ、そうだ友奈!」
丁度待ち合わせの時間だ!
「友奈ー!」
「はーい!」
◆◇
「ねえ、友奈」
「どうしたの優樹くん?」
「友奈のお隣さんって、会ったことある?」
ふとした疑問を投げかけた。
すると友奈は少し考えながら答えた。
「んー、言われてみると会ったことないかな?でも、どうしてお隣さん?」
「なんとなく……かな?」
本当になんとなくだったが、なぜかモヤモヤする。
◆◇
「……そろそろ向かうか」
「優樹」
「銀、そろそろ行くけど、大丈夫?」
「もちろん、今日を楽しみにしてたんぞ?」
「あはは、楽しいかわからないけど、頑張るよ」
夏凛の事だし、もうアップしてるんだろうなぁ。
久々の撃ち合い……気合い入れていこう!
◆◇
「優樹、アレが夏凛?」
「そうそう。僕もここに来るのは久しぶりだよ」
最後に来たのっていつだっけな……。
「とりあえず行こう」
「遅いわよ!」
「ごめんごめん、お待たせ」
予定の時間より少し遅れてしまい、夏凛の喝が刺さる。
「全くもう、こっちは準備万端よ」
「僕も大丈夫。今日のトレーニングは済ませてるから、いつでも行けるよ」
お互い準備万端である事を告げると、夏凛からいつもの木刀を投げ渡された。
「ありがとう、久しぶりだけど借りるよ」
「ええ、銀、見てなさい。これが貴女の後継の戦いよ」
お互い距離を取り、構えを取る。
ピューっと小さく風が吹く。季節はもう冬になる頃だからか少し肌寒い。
「銀、ゴングをお願い」
「了解」
「じゃあ……始め!」
銀の合図で僕らはほぼ同時に踏み込んだ。
しかし、踏み込む速度は夏凛の方が速く、夏凛の二刀流が僕の眼前に迫る。
「──っ!」
覚えがあるようで思い出せない光景──所謂デジャヴによって反応が一瞬遅れた。
「くっ……」
ギリギリのところで木刀を差し込む事は出来たが、反応が遅れた事により押し込まれる。だが……押し切られるわけにはいかない。
「そんなモノなの!?優樹!!」
「僕は……あの時より強くなったんだよ!!ふんぬっ!」
余波の残る腕に力をいれ、夏凛の木刀を押し返す。
しかしその効果は相当の力を入れたのに木刀を手放すことなく距離を置かせる程度だった。やはり、体勢が悪かったか。
「反応が遅いじゃない?筋トレが足りてないんじゃない?」
「確かにそうかも。そういえば、僕ら屋上でこれをやった事ってあったっけ?」
さっきのデジャヴは──屋上で打ち合う光景が見えた。
でも僕はその光景を知らない。
「無いわよ。私はここでしか素振りも模擬戦もしないわ」
「だよね、変なこと聞いてごめん。今度は僕から行くよ」
そう言いながら、木刀を構え直し強く踏み込もうとした刹那──夏凛が二本の木刀を降ろした。
「……やめにしましょう。あんた、さっきの言葉もそうだけど、動きが噛み合ってないわよ」
「えっ……?僕はまだやれるけど──」
「とにかく、念のためやめるわよ!優樹、あんたは家に帰ってゆっくり休みなさい!」
「っ……」
動きが噛み合ってない……か。そんなに疲れてるのかな、僕……
「銀、悪いけど今日はここまでよ」
「うん、アタシは構わないよ。久しぶりに優樹の戦い見れて満足だよ。それに夏凛も強かったしな」
「っ……ありがと……」
銀の言葉に夏凛の照れるような小さい声が聞こえた。
◆◇
「……うーん、特に異常無いんだよなぁ」
模擬戦を終えた後、家で少し筋トレをしてみると、特におかしなところは感じなかった。例えば筋肉痛とか。今日はいつも程追い込んで無いけど。手には木刀を握った感触が残っている。これは夏凛と模擬戦をした時になるから特に異常じゃない。
「僕の知らないところで疲れてるのかな……」
明日も部活あるし、今日は早めに休もう。
体壊しちゃ元も子もないからね。
◆◇
「やっば……」
朝起きて時計を見ると、既に時刻は遅刻確定。
そしておそるおそる端末のメッセージを見ると……風先輩や夏凛からの着信が多数……。
「すぐに準備しなくちゃ……!」
今日は家事やってる時間は無い!すぐにメッセージ返して準備しないと!
『すみません!寝坊しました!』
『いつまで寝てるのよ!』
『優樹さん、急がなくて大丈夫なのでゆっくり来てください』
『優樹くんおはよう』
『あっきーがお寝坊なんて珍しいね、こっちは私とミノさんもいるからゆっくりで良いよ』
『上に同じく。怪我するなよ』
『優樹、間に合わなさそうだからこっちは先に始めてるわよ。焦らなくて良いからゆっくり来なさい』
急いで勇者部のグループにメッセージを送ると、すぐさま返信が来た。
「今日は『明日の勇者へ』を幼稚園でやる事になってたのに……!」
銀達がカバーしてくれるとはいえ、遅刻はマズイよ!
慌てながら制服に着替え、カバンを手に取る。
その時──何か僕の手に触れた。
「これは──
それはお守りだった。手のひらに収まる程度の小さなお守り……いつ付けたのか心当たりはない。
でも……このお守りは絶対に外しちゃいけない気がする。
カバンごと手に取ると、とても不思議な気分になった。
「──!?」
刹那、僕の中に何かが流れ込んでくる。
『貴方と日常を守るために使うと誓います』
なんだ……これ……誰……?
『ゆ……優樹……君……』
僕を呼ぶ人……どこか見覚えのある人……
『よくも■■と園子をやってくれたな!!』
園……子……?いや違う……この人は……
『ずっと…!優樹君と私と一緒に居てくれるって言ったじゃない‼︎』
僕の隣にいる人は──
『私は……あなたの事が──』
っ…………
『僕は東■さんが変身出来なかったとしても、足手まといなんて思わない。絶対に守り抜くよ』
「……と、う……」
この記憶は……僕の…………!
僕は……あなたを守ると……誓ったんだ!
「──東郷さん……」
そうだ、東郷さん!東郷さんはどこ!?
どうして今まで忘れてたんだ!?
一度思い出すと、ここ数日の思い出が蘇る。
なんで…誰も…
「まさかみんなも!?」
僕は必要な荷物を持ち、家を飛び出した。
一刻も早くみんなのところへ!
当話をもちまして2025年の安芸優樹の投稿が終わりました。
皆様、どうか良いお年をお迎えください。
そして、今回は薫製さんとのコラボ要素を一部、残滓という形で使用させてもらっています。
まだ見てない方や忘れられている方は【■の章】生者の章をご覧ください。
2026年も三奈木イヴをよろしくお願いします。