スカーレット・ルーマニアの夜明け
神亡き世界を彩る緋色が、
ありふれたその夜を伝説に変える。
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夕刻、征服者を出迎えた
紅い空、紅い霧、紅い館。
数千、数万の人間樹林が、
一切の言葉を発する事無く
狂気の勝者を高らかに称える。
苦悶の表情で息絶えた人々は
紅い狂気を征服者に知らせる。
館で眺める犯行の主は、
真っ赤なそれをグラスに注ぎ、
劇勝の愉悦に浸る。
瞬間、強大な征服者も
矮小な存在に成り下がる。
…だが、征服者はしかと見た。
自らの存在を貶めたその存在を。
―――1462年6月
果たして英雄か?それともただの悪魔か?
或いは真実か?はたまた単なる伝承か?
しかし、確かな事もある。
幻想の様な夜はまだ序章だ。
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代り映えの無い日常に飽き飽きする事も、
長く生きればあると思わない?
少なくとも、今の私はそんな状態。
自他共に認める偉大なる吸血鬼、
レミリア・スカーレットと言えども
それは決して例外等では無くて。
それと、ここルーマニアは
幾分マシであるとは言え、
人間は人ならざる物の存在を
何処かに忘れてしまった様ね。
これは由々しき事態であると言えるわ。
私は消えた訳でも何でも無いのに。
やっぱり、ここ100年程の間
館の中でのんびりしていた事が
いけなかったのかもしれない。
…勿論、この100年には収穫もあった。
妹のフランは、自らの能力を
完全とは言わないまでも、
かなり制御出来る様になったわ?
性格こそ相変わらずだけど、
発作は殆ど無くなった。
私の唯一の親友は、館の住人になった。
今は大図書館の管理人をしながら、
時折私達の為に魔法を使ってくれるわ。
彼女自身、今の生活に満足しているみたいね。
そして、自分の命の時間をも
完璧なまでに操って見せる
私に相応しいメイドも、
手に入れるに至った。
彼女はあくまで人間だけど、
私が息絶えるその日まで、
私と同じ時を生きると誓ってくれたわ。
彼女を近くに置いておけるなら、
私にはもう怖い物は無いわね。
…あぁ、門番に関しては
私の両親の時代からいるし、
特に何か語ったりはしないわ?
優秀だけど怠惰な妖怪よ。
…まぁ、100年の収穫はそんな所。
でも、まだ足りていないわ。
私が今欲している物は
紅魔館の当主何て言う
ちっぽけな肩書きじゃ無いのよ。
偉大なる吸血鬼である私には、
相応しい肩書きが必要でしょ?
刺激的な毎日を紅く彩る、
美しい相応の肩書き。
私の祖父が持っていた様な、
人間を統治する力を持つ称号。
…だけど極めて残念な事に、
現在この肩書きを持っているのは
カロルと呼ばれる無能な好色男。
彼は肩書きに相応しく無いわ?
運命を操る私は視たの。
この国はこのまま行くと、
ソビエト連邦とか言う国の
衛星国となってしまう。
そんな事態になるのは嫌よ。
ーーーーーーーーーーーーー
「…そう言う事で、咲夜。
私はこの国の女王になるわ。」
「…お言葉ですがお嬢様。
それは御冗談の類でしょうか?
或いは、本気なのですか?」
私の提案に対して、
驚いた顔を隠せない咲夜。
開いた口が塞がっていない。
この私が女王になるんだぞ?
無論咲夜もメイド長から大出世だ。
給料だって上がるのだし
もっと喜びなさいよ。
私は自らの真意を説明する。
「冗談な訳無いじゃ無い。
この私がやるのだから、当然本気よ。
カロルを暗殺して、私はこの国を統べる。
咲夜、フラン、パチュリー、美鈴、小悪魔―
皆に手伝って貰う事になるわ。
迂遠なやり方を私は好まない。
派手に、華やかにやるのよ!!!」
私は咲夜に本気度を伝えたが、
咲夜は滅多に見せない渋い顔をする。
「…私はお嬢様に絶対の忠誠を誓った身。
お嬢様がそう仰せであるのならば、
私は当然お嬢様に従います。
とは言え、国家を治める事は
館を治めるのと比べますと
天と地程の差がある事は事実です。
お嬢様単独では勿論の事、
私達全員が協力しても
難しい事業と言えるでしょう。
必然的に、外部の人間の中に
私達への協力者が必要です。
そうした活動は一朝一夕には
なしえる物では無い物ですから、
難しい物と思われますが…。」
私の提案に余り乗り気では無い咲夜。
まぁ、咲夜は咲夜なりの考えがあって
この偉大な試みに対しては
消極的になっているのだろう。
…しかし。
「そこまで難しく考えちゃ駄目よ。
私は自他共に認める偉大なる吸血鬼
レミリア・スカーレットなのよ?
私の恐るべき力をもってして、
私に逆らったらどうなるか、
分からせてやれば良いのよ。
…それに、当てもあるわ?」
「当て…と、言いますと?」
「最近勢力を拡大している、
鉄衛団なる勢力と接触するわ。
連中は極めて危険な集団だけど、
王党派を敵視している節がある。
高度な組織を作るノウハウもあるし、
上手く使いこなせれば確実に
私達の忠実な手足として
よく働いてくれる事でしょう。
そこで、咲夜に頼むわ。
連中が私の計画の邪魔を
絶対にしない事を
確約させてきなさい。
連中に約束する協力の報酬は、
クーデターが成功した後
鉄衛団を重用する確約と、
幾ばくかの資金援助よ。
……もし連中があくまでも
私達に従わないと言うなら、
その時は消してきなさい。
汚れ仕事で悪いけど、頼んだわ。」
「…承知致しました。」
了承の返事だけをすると
咲夜は時間停止でこの場を去り
連中の拠点へと向かう。
…そんな時、咲夜と丁度
入れ替わりになる形で
我が妹が部屋に入ってきた。
「…あら、フラン、いらっしゃい。」
そう声を掛けると、
フランはニヤニヤしながら
私へと近づいて来る。
「聞いたよ~?お姉様ったら、
この国の女王になるんだって?
私にも協力させる癖して
お姉様だけ偉そうにする何て
私は納得しないんだからね!
そんなに面白そうな事なら、
私にも一緒にやらせてよ。」
…これは困った事になった。
ここで、女王になるのは
あくまでも私であると言えば
フランはきっと怒り狂うし、
かと言ってフランに女王の座を
譲るだ何て絶対に嫌だ。
大体、私はフランの姉であり、
紅魔館の当主と言う立場でもある。
それに、私はフランより教養があるし、
より良い政治をする自信だってある。
誰がどの様に考えても、
フランが女王になるべきでは無い。
……であるとすれば。
「…そうね、フランには是非とも
ルーマニアの大臣として
私に協力して貰いたいわ?」
その言葉を聞いたフランは首をかしげる。
「大臣…?あのね、お姉様。
私は女王をやりたいんだけど。」
「フラン、よく聞いて頂戴。
実はね、女王よりも大臣の方が
権限が大きかったりするのよ?
ほら、女王は仕事が沢山あるから、
何でも自分でする訳じゃ無いのよ。
それに、多分フランが思うよりも
面倒な仕事の方が多いと思うわよ?
そうね、フランには花形である
国家の軍事部門を任せるわ。
有象無象の人間を玩具にして
遊べるのだから楽しい筈よ。」
…私の説得にフランは
果たして乗ってくるだろうか。
「…うーん、まぁ、お姉様が
そこまで言うんだったら。
その代わり、待たせないでね?
最近ずっと退屈してるの。」
「…えぇ、分かってるわ。」
…フランの目には多少の疑心は感じるが、
如何やら引き下がってくれる様だ。
何だかんだ言ってフランの説得に成功し
私の内心は最早笑みを隠せない。
…この国は、じきに紅く染まる。
ーーーーーーーーーーーーー
「…貴方がコルネリウ・コドレアヌね?」
「…そうだが、お前は誰だ?
まさかユダヤの手先なのか?
もし私を殺そう等と思うなら、
それは賢明とは言えないな。
そんな事は出来やしないし、
神の思し召しに反するぞ?」
…反ユダヤ主義かつ、
敬虔なキリスト教信者。
暴力的な活動を是とする、
政治的指導者の一人…か。
彼のプロフィールを
脳内で思い返し、
私は彼に名乗る。
「…失礼致しました。
私の名前は十六夜咲夜。
神では無く、悪魔に仕える
一介のメイドで御座います。
今日は、私の主の命で
訪問させて頂きました。」
…私がそう名乗ると、
突然銃弾が飛んできた。
無論、その程度の攻撃で
私を殺せる訳が無い。
私は時間を停止させ、
狙撃した男の手から
銃と弾丸を奪い取り、
時間停止を解除する。
警備の担当なのだろうが、
私の前では何の意味も無い。
…しかし、引き金を引く事に
一切の躊躇を感じ無いな。
流石は鉄衛団と言った所か。
マフィアの連中ですらここまで
引き金は軽く無いだろうに。
私は鉄衛団の倫理観に感心しつつ、
高尚な交渉を開始する。
「…本日はお話に来ただけです。
尤も、貴方の対応次第では、
今日限りで貴方達の人生が
幕を閉じる訳ですが。」
…警備の兵とコルネリウは
目を丸くして驚いている。
まぁ、当然の事であろうな。
「お、お前、今何をした?」
コルネリウが問う。
何と無礼な。
「お前呼びとは失礼ですね。
私の名前は十六夜咲夜。
名乗ったではありませんか。
貴方の信じる神では無く、
偉大な悪魔にお仕えする
一介のメイドであると。」
…その瞬間、コルネリウが
隠し持っていた銃に手をかける。
…意味がある訳が無いが。
私は時間を停止し
彼の武装の一切合切を
剝ぎ取った事を確認すると、
時間停止を解除する。
「…言ったではありませんか。
本日はお話に来ただけであると。
平和的にお話しませんか?」
私の提案に、コルネリウは顔を顰める。
「…お前は、ラジム湖畔の吸血鬼、
レミリア・スカーレットのメイドか。」
「…あら、お嬢様をご存知なのですね。」
お嬢様の名を出したコルネリウ。
しかし、警備兵は口をポカンとしている。
「…勿論、知っているさ。
ワラキア公国の英雄
ヴラド3世の末裔たる吸血鬼。
吸血の際牙から血が零れる事から
スカーレット・デビルと呼ばれる
余りにも恐ろしき悪魔。
神を冒涜し続ける、恐るべき存在。
…私は、倒さねばならぬのだ。
全ては、偉大なる神の為に。」
随分と信仰熱心な事で。
これは実力行使に出ない限り、
分からないのであろうな。
「…お話だけでもと思っていたのですが、
生憎と、そうも行かない様ですね。」
「当然だろう。悪魔との取引に加担はしない。」
「…では、精々よく見ていて下さい。」
私は流れる時間を停止し、
腰を抜かし座り込む警備に
銀ナイフの弾幕を並べ、
時間停止を解除する。
「!?」
…その光景を眺めていた
コルネリウは絶句する。
私は再び時間を停止し、
警備の遺体を串刺しにし
高々と掲げると、
時間停止を再び解除する。
「…お分かりですね?」
「…い、一体何を。」
完全に動揺しているな。
「質問に質問で返答しないで頂けますか?
何、至極簡単な事ですから。
私は時間を操る事が出来る。」
私は時間を停止し、
コルネリウの背後を取ると
時間停止を解除する。
「っ…!?」
「…まぁ、こう言う事です。
貴方には選択肢等ありません。
とは言え、ご安心ください。
貴方達にとっても利益のある
素晴らしい提案なのですから。」
…上下関係が完全にハッキリし、
コルネリウは魂が抜けた様に
私の話に首を縦に振り続ける。
結局、お嬢様の計画通り
鉄衛団は完全に陥落した。
ーーーーーーーーーーーーー
1930年7月4日午前1時。
私は今からフランと咲夜と共に、
カロル2世の暗殺を実行する。
しかし、ただ殺しただけで
国内の実権を握る事は不可能だ。
そこで、鉄衛団の方に手を回し、
私達と鉄衛団による共同統治の
形をあくまで取ったうえで、
女王に即位する事になる。
「…いよいよですね、お嬢様。」
「…そうね。咲夜の完璧な仕事で、
私は速やかに支配者として、女王として、
遂にルーマニアに君臨する。」
「…結局、お姉さまは咲夜任せで
何も出来ないんだから。」
「フラン?口を慎みなさい?」
「…はいはい。」
…フランは私への態度が雑だ。
以前の様に突然発作を起こす事は
殆ど無くなっているのだけれど、
ちょっと生意気な部分がある。
…そして、私が一息つくと同時に、
咲夜が眼前から瞬時に消える。
「…いよいよ始まったわ。
ではフラン、良いかしら?」
私の確認に、フランも応じる。
「当然。さぁ、地獄を作ろう!」
ーーーーーーーーーーーーー
…1930年7月4日、ルーマニアに存在した
カロル2世を支持する王党派や現職議員は
一夜にしてほぼ全員が虐殺の限りを尽くされ
彼等は壊滅の憂き目にあった。
その後、レミリア・スカーレットは
鉄衛団の存在を後ろ盾とした
スカーレット朝ルーマニア王国の誕生を
新聞を使って大々的に喧伝。
自らの来歴や吸血鬼の存在を語り、
ルーマニア王国を覇権国家にすると
全世界に向けて宣言した。
前代未聞である吸血鬼のクーデターに
過激派集団の鉄衛団が加担した事には
大半のルーマニアの国民が震撼した。
彼女を撮影した写真の中には、
確かに牙と羽根を持った
幼女が写り込んでいて、
彼女が人ならざる者である事に
最早疑いの余地は無かった。
…但し、可愛らしい容姿を見て
彼女の魅力に倒錯する者も
一定数発生した事は事実である。
レミリアは即位したその日に
ルーマニアの首都をブカレストから
ラジム湖畔の紅魔館周辺に移転すると決定。
中央省庁は一端全てを解体し、
レミリア主導で再編成すると発表した。
…この物語は、レミリア・スカーレット率いる
ルーマニア王国の紡いだ戦いの記録である。
ーーーーーーーーーーーーー
…ルーマニアで起こった
余りにも歴史的な政変は、
当然モスクワにおいても
大ニュースとして扱われる。
クレムリンの一室に、
男と部下の姿があった。
「…同志スターリン、
信じ難い報告があります。」
「…ルーマニアの件かね?」
「…はい。」
ヨシフ・スターリン。
悪名高きソ連の独裁者。
そんな彼にとってみても、
この問題は重大な関心事だった。
「…どうも、鉄衛団なる
反ユダヤ、反共過激派組織が
吸血鬼を王として祀り上げ、
政権を奪取したのだとか…。
ルーマニアは隣国であり、
安全保障上の脅威です。
この問題につきまして、
同志スターリンのお考えを
お聞きしたく存じます。」
「…我が国は一国社会主義を掲げ
五カ年計画の真っ最中だ。
ルーマニアは小国であり、
暫くは放置して構わないだろう。
…所で、各国の動きはどうだ?」
「は!アメリカ、イギリス、フランス、
イタリア、ドイツ、日本…
連中は恐慌の波に飲まれ
大打撃を被っております!
我が国ソ連は優れた計画経済にて
資本主義国どもの一歩先を常に歩き、
進歩を続けております!!!」
「…良いだろう。
くれぐれも、抜かりなく
目標を達成してくれたまえ。」
「はっ!同志スターリン!」
…勇ましく宣言すると、
報告者は退室する。
それを確認したスターリンは、
暫しの間思考に耽る。
(私は無神論者である。
神も悪魔も信じはしない。
ただ、目に見える現実のみを
心から強く信奉している。
…であるのならば、
あれは一体何だと言うのだ。
偶像化された吸血鬼等
存在してなる物か。
あれは格好を真似しただけの
幼気な女性に過ぎ無いのだ。)
ーーーーーーーーーーーーー
1930年7月8日の朝。
ブカレスト郊外の自宅にて、
私は紅茶を嗜みながら
新聞を読み耽っていた。
中心部から外れた森の中に
居を構えている私にとって、
少しでも世相を知る事が重要だ。
私の名は、アリス・マーガトロイド。
人呼んで、ブクレシュティの人形師。
大層な二つ名の通り、私は人形師…
厳密に言えば、人形遣いと言った所か。
私は七色の人形遣いとも呼ばれるし、
人形師だと人形作成だけで完結してしまい、
使っていたり操っていたりと言う意味が
正しく伝わらない気がする。
まぁ、それは兎も角、
私は人形を作成し売り捌いたり、
人前で人形劇を披露する事で
生計を立てて暮らしている。
とは言え、私は睡眠や食事を
一切必要としないので
大抵研究や遊興にしか金銭を
使っていない訳であるが。
そして、ブクレシュティの人形師と
言われていたりする割に、
私は元々ルーマニア人では無く、
元々はフランスで暮らしていた
一介のフランス人である。
フランスに住んでいた頃は
オルレアンやパリを転々としていた。
ここブカレストに来たのは、
今からおよそ5年と少し前。
私が世話になっている
高名な魔女に誘われたからだ。
…そして、今日は件の魔女を
自宅へと呼びつけている。
約束の時間に呼び鈴が鳴り、私はドアを開ける。
寝巻の様な紫色の衣装に身を包む魔女。
彼女こそ、七曜を操るとされている
伝説的な魔女、パチュリー・ノーレッジだ。
「…いらっしゃい、パチュリー。
流石に用件は分かるわよね?」
パチュリーは少し咳き込む。
「…久し振りに家から出て疲れてしまったわ?」
「貴女の家じゃ無いでしょうに。」
私のツッコミにパチュリーは苦笑する。
「…あれは私の家よ。借家だけど。」
「そうね、家賃はタダの借家。」
「…図書館の管理料が家賃なのよ。」
「使い魔にやらせている癖に?」
「当然。召喚したのは私だしね。」
…パチュリー・ノーレッジと言う魔女は
魔法の腕を買われて吸血鬼と仲を深め、
吸血鬼の屋敷内にある大図書館にて
管理人業を務める居候である。
パトロンがいる彼女の生活は、
気ままに一人で暮らす私のそれより
随分と豊かな物である様に感じた。
それでも、捨食・捨虫の魔法を
身に着けるに当たっては
彼女の力にも助けられたので
私としては頭が上がらない。
私は軽口を切り上げ、本題へと入る。
「…それで、分かるわよね?」
「…えぇ。レミィの件でしょ?」
「そうよ。本当にどうするのよ。
…時代はもう変わったのよ。
もう人ならざる物が世界を動かす
時代は二度とやって来ないの。
人間に近しい私達魔女ですら、
日陰者として生きているのよ?
今更吸血鬼が女王になるって…。
あの吸血鬼に何が出来るの?」
私は以前館に訪れる機会があり、
レミリア・スカーレットと話した事がある。
あの非常に気まぐれな吸血鬼に、
ルーマニアを治める力があるとは
とてもじゃ無いが思えないのだ。
流石のパチュリーも顔が曇る。
「…実際どうかは分からないわ。
私は信じる事しか出来ない。
一応、国内は鉄衛団のお陰で
良くも悪くも統率はされる筈。
幸い今は恐慌の影響が余りに深刻で
ルーマニアを含めて各国とも
政治的な余裕がまるで無いから
干渉も少ない様だけれど…
最低限、ソ連との関係だけは
キチンとしておくべきでしょうね。
あそことはベッサラビアの件で
いざこざがありそうだから。」
パチュリーの現状認識は
私のそれとほぼ同じであった。
要するに、”良いのは今だけ”と言う事だ。
「…各国が恐慌に混乱する
2から3年の期間中までに、
対外的な脅威を減らして
国内を安定させないとね。
…はぁ。本当に困っちゃうわ?
私の平穏な暮らしは
一体いつになったら
担保されるのかしら。」
愚痴りたくもなる物だ。
もし今回の件で他国との
戦争にでも発展したら
あの吸血鬼は一体全体
どうするつもり何だか。
私は確かに魔女ではある物の、
戦闘力に関して言えば
あの吸血鬼の足元にも及ばない。
まぁ、吸血鬼が強過ぎるだけで
私も相応の戦闘技術はあるけれど。
「…そんなアリスに、
悪い知らせがあるわ。」
パチュリーが急に真剣な眼差しで
私をジッと見つめて来る。
…相当悪い知らせなのだろうか。
「…何かしら。」
「ルーマニアの首都が
ブカレストから移転したのは
アリスも知っているわよね?」
「それは知っているけれど…
一体それがどうしたと言うの?」
「…レミィは内陸部のブカレストより
黒海沿いのラジム湖畔の方が
物流に便利であると述べたわ。
本音はただ紅魔館を名実共に
ルーマニアの中心にしたいって
話ではあるのだけれどね。」
「…まぁ、そんな物だと思ったわよ。
あの吸血鬼の考えそうな事ね。」
パチュリーは苦い顔をする。
「狙いは別に構わないのよ…。
問題は、吸血鬼が種族として
流水、取り分け海が苦手って事よ。
レミィは行政機関を早い内に
再編するって言ったのだけど、
海軍組織のトップが人材不足でね。
首都が海に面しているのに
海軍がまともにいないのでは
流石に話にならないでしょう?
そこで、レミィとしてはアリスを
海軍組織のトップにしたいのだとか。」
…は?まるで分からない。
私は海軍に関係する事何て
全く知識が無いのだけれど。
大体、何故私が魔女から軍人に
転職しなければならないんだ。
…私は不満を表情に出す。
「…私は海軍に関係する
知識や経験が全く無いわ?
それこそ、鉄衛団の人間を
適当に置いておきさえすれば
問題も起きないのでは無くて?」
「…まぁ、聞くだけ聞いて?」
私は憮然とした表情で、
パチュリーの釈明を聞く。
「…まず、国内の省庁のトップは
その殆どが家のメイド長の十六夜咲夜よ。」
「…は?あの子過労死するんじゃ無いかしら?」
館に訪れた時も話し込んだりする事は
特段無かったメイド長の咲夜だが、
控えめに言って美女だったから
ハッキリと記憶に残っている。
「…まぁ、そう思うのも無理無いわ。
幾ら時間を操れるから言っても、
彼女が人間に相違ない以上
体には尋常じゃない負担が
重くのしかかる事になる。
私もいくつかは兼務だけど、
彼女と比べてしまえば
些細な問題に過ぎ無いわ。」
「…と言うか、何故鉄衛団の人間を
トップに起用しないのよ。
現状が人材不足なのだから、
登用すれば良いじゃ無い。」
私がそう言うと、パチュリーは肩を落とす。
「…結局、鉄衛団は過激だから
まるで信用が置けないのよ。
そもそも、私たちは存在からして
キリスト教に喧嘩を売ってるからね。
キリスト教を大切にする鉄衛団には
いつ裏切られてもおかしくないわ。
だから、治安維持以外の省庁や機関は
私達がトップとして鉄衛団を
監視する方向にシフトしたって訳。
今後は妥協もする予定だけど、
少なくとも、陸軍、海軍、空軍に
関わる部分のポストは渡せないわ。
私達に歯向かってきたら面倒だもの。
…それで、アリスになったのよ。
私が知る限り、本物の魔女は
ルーマニアに私と貴女しかいない。
一定の魔法技術の高さがあれば、
問題は無いと思うのよね。」
…私は溜息をついてしまう。
「…無茶苦茶な論理ね。
けど、パチュリーじゃ駄目なの?
私でも構わないのであれば、
当然務まるわよね…?」
パチュリーは視線を逸らす。
「…アリスが断固拒否なら
私が兼務する事になるわ。
だけど、私の当たる仕事は
技術の研究についてだから…
これ以上何かを兼務するのは
避けたいと思ってるのよ。
もしもアリスが引き受けるなら、
研究資料は貴女にもあげるわ。
だから、受けてくれない?」
…とても魅力的な提案だ。
魔女と言う生き物にとって、
研究情報の開示と言う条件は
数百万ドルよりも高価なのだ。
しかも、あのパチュリー・ノーレッジの
研究情報ともなれば目が眩む。
…私の意思は砂の城の様に崩れ去った。
「…その条件なら、引き受けましょう。
だけど、期待は全くしないでね?
私の海軍への現状認識は、
力の無い大半の人間が
巨大な船で攻撃すると言う
程度に過ぎ無いのだから。」
「…大丈夫よ。そしてありがとう。
さ、いきなり悪かったわね。
積もる話もある事だし、
今度は貴女の研究について
聞かせて貰おうかしら。」
「…分かったわ?こっちに来て?上海。」
「シャンハーイ!」
…結局、この日は夕方まで
パチュリーとの世間話を楽しんだ。
…海軍か。と言うか、軍か。
あの吸血鬼の戯れのせいで、
余計な仕事を押し付けられた。
けれど、これもまた経験か。
私達魔女も含めて、人ならざる物は
人間が普遍的に動かしていた
組織や武器には疎い物だが、
これを機に勉強してみるか。
私は早速検索魔法を使い
海軍について書いてある
書籍を探し出し、今夜にも読む事にした。
コルネリウ・コドレアヌ…ルーマニアの政治家。20世紀前半のファシスト組織、鉄衛団の指導者。
カロル2世…ルーマニア国王。好色だったり、浪費家だったり、亡命したり、何かとお騒がせな人。
ルーマニア鉄衛団…ナ○スよりヤバイ何て話もある位滅茶苦茶ヤバイ組織。危険。
唐突に権力を奪取するレミリア・スカーレット…完全にご都合主義設定。一応実力的には実行は可能なので、成功する事その物は不思議では無い。
可哀想なルーマニア国民…作者はお姉さんが好きなので断じてロリコンではありませんが、実際この時点ではレミリアの良い所は容姿位の物だと思います。
史実のルーマニア…詳細は調べてみて下さい。小さい国ですが、油田で有名でした。
1930年代…世界恐慌の影響で資本主義国の経済は軒並み崩壊。吸血鬼が国を乗っ取るだ何て気が狂ったニュースにかまけている余裕はありません。他方、計画経済のソ連は躍進を遂げていました。但し、ウクライナが犠牲になっています()
ブカレスト…ブクレシュティとも呼ばれます。