「…我ながら凄い物を創った気がするわ。」
1932年1月31日、私十六夜咲夜は
遂にバベルの塔を完成させるに至っていた。
天まで届くと言うと流石に大袈裟だが、
高さ5000mを誇る世界一の摩天楼であり
一際目立つ建築物には違いない。
…正直使い道はよく分から無いが、
眺めは良いから展望台にはなるだろう。
お嬢様肝煎りなのだから必ず成功する。
…私は塔に対する考察を
さっさと切り上げると、
塔に背を向け時間を停止し、
次の業務の為予め指定された
ブカレスト近郊の喫茶店に移動する。
何でも、お嬢様の方から私に
どうしても紹介したい男性がおり、
暫くその男性と一緒になって
仕事をして欲しいとの事だそうなのだ。
正直余り気は進まないのだが
お嬢様の指示は絶対であるし、
重要な仕事になりそうらしいので
気を抜くつもりも無かった。
~~~~~~~~
時間が止まった世界を暫し移動し、
目的の洒落た喫茶店の目の前にて
私は時間停止を解除すると
さっさと店内に入り込む。
正直言ってこうした会合に使うには
格が不足している店ではあるが、
別に盗聴されて困る様な話を
するつもりも無いので構わないだろう。
私は女性店員に声を掛ける。
「こんにちは。2名で予約している
“十六夜”と言う者なのだけど。」
「十六夜様ですね!でしたら、
あちらのお席におかけください。」
私が早々に掛けた圧に怯む事無く
笑顔で案内して来た店員の指示に従い
件の男が腰掛ける席の前方に掛ける。
一応私は国家の要人ではあるのだが、
この店は最近度々訪れるので
私を見て驚く者はいないようだ。
いずれにしても、話が早い様で何よりである。
「…ご注文は如何なさいますか?」
「そうね、アイスコーヒーを
1杯頼んでも良いかしら。
砂糖やゼリーの類は不要よ。」
「畏まりました。」
恐る恐る注文を伺って来た店員に、
私はコーヒーを1杯注文した。
紅茶は私が淹れた方が味が良いので、
専らこの店ではコーヒーを注文している。
まぁ、いつも通りといった所か。
そうして一息ついた私を見やって、
早速スーツ姿の男が話しかけてきた。
「…お会い出来て光栄です十六夜さん。
既にご存知の事とは思いますが、
私の名前はゲオルゲ・ゲオルギュ=デジ。
肩書きは…余り大っぴらには言えませんが
元共産党員と言った所でしょうか。
しかし私は相当運が良い人間の様で、
陛下に随分と評価して頂けました。
今回共に仕事をさせて頂ける事を
楽しみにさせて頂いております。」
…そう言って頭を下げてくるデジ。
彼の自己紹介にもあった通り
彼は元共産党員の肩書を持ち、
大規模な労働争議への参加や
共産活動の過去を持っている。
ルーマニアの政治体制を鑑みれば
常識的に考えてこんな人物と
重要な仕事をする事は無い筈なのだが、
今回お嬢様は新しい業務を割り振るに辺り
この男に運命を感じたらしいのだ。
…お嬢様の人物眼はかなり正確なので、
この何でもなさそうな男にも
何か特別な物が隠されていそうだ。
尤も、正直私には分から無いが。
「…頭を上げて頂戴。これから暫くの間
一緒に仕事をして行くの以上、
私とは同僚になるのだからね。
具体的な仕事の内容については
お嬢様から聞いているでしょう?」
「勿論です。福祉大臣ですよね?
私には勿体無い、しかしこれ以上無く
向いている仕事だと思います。」
私の言葉に顔を上げたデジは笑顔で答える。
そう、“福祉大臣”。これがデジの仕事であり
彼に新しく任される役職の名前である。
お嬢様は即位以来基本的に
殆どの大臣職を身内で固めて来たので
デジは初の外部人材かつ男性の大臣だ。
管轄は当然福祉事業や福祉政策。
元共産党員ともなれば
具体的にどの様な政策が必要か
自ずと理解しているだろうと言う事で
異例の抜擢となったのだとか。
…私が改めて彼の来歴を考察していると
先程の店員がやって来た。
「コーヒーをお持ちしました。」
「…ありがとう。」
提供されたコーヒーに口をつけながら、
私はデジとの会話を再開する。
「えぇ、そうね。福祉大臣。
貴方には暫く国家の福祉政策に関わる
権限の一部が与えられる事になるわ。
私が貴方の仕事ぶりをよく見ておくから
精々お嬢様の機嫌を損ねない様に。
貴方が利口でいてくれる限りは、
私も貴方の邪魔はしない様にするから。」
私は異例の大臣拝命で
機嫌の良さそうなデジに
圧力をかけてから会話を切る。
国家の要職にいきなりつけるには
経験不足な気がするのだが、
お嬢様が肩入れする位だから
頭は切れる人物なのだろう。
…とは言え、忠誠心は不明だ。
別にデジがお嬢様に歯向かって来ても
どうにでもなると言えばなるのだが、
問題に対処するのは私なのだ。
無駄な仕事を増やされては溜まらないので、
聞き分けの良い奴であって欲しい。
デジは真面目な顔で述べてくる。
「当然陛下の指示には全面的に従います。
私の人生における最大のチャンスを
みすみす逃したくはありません。
ただ、与えられた権限については
有効に活用させて頂こうと思います。」
「具体的にしようとしている事が
どんな物かは知らないけれど、
お嬢様に許可は取ったんでしょうね?」
「当然ですよ。寧ろ、原案自体は
陛下の提案に則った物ですから。」
…どうだか。デジは自信満々に言うが、
お嬢様がこの男と話した内容は
特段把握していないので真相は不明だ。
まぁ、いずれにせよ確かな事は
この男に気を許すべきで無いと言う事だ。
これからの事は分から無いが、
余り仲良くなろうとは思えない。
…私は未だ距離感を掴みかねる
デジとの会話を切り上げる事にした。
どうせ今日の業務は顔合わせぐらいなので
最低限事務的な会話だけしておけば
特段問題は無い事だろう。
多少の気まずさに襲われたとしても、
店内に漂う洒落た雰囲気が、
きっと色々と誤魔化してくれる筈と信じ、
私はアイスコーヒーを煽った。
---------
「…我々は吸血鬼に出し抜かれた訳です。
これは屈辱的な外交的敗北だ。
この責任をどう取られる
おつもりなのですか?チャーチル卿。」
1932年2月1日ロンドンのとある一室。
数十人はいようかと言う英国空軍関係者の前で、
端的に言ってチャーチルは詰められていた。
無論、詰められている原因は明らか。
チャーチルを筆頭とした親ルーマニアの議員が推進した
ルーマニアとの同盟締結に当たって条件となっていた
ルーマニアが誇る最新鋭戦闘機の設計図の提供が
思わぬ展開を迎えたからに他ならない。
…まさか、子供が描いた落書きレベルの
設計図が提供される何て。
表情が優れないチャーチルに対して、
空軍の責任者は更なる圧力をかけていく。
「…大体、おかしいと思ったのです。
通常幾ら同盟国相手であろうとも、
最新鋭戦闘機の設計図等提供はしない。
それも、世界中の空軍関係者が注目する
ルーマニアの最新鋭戦闘機の設計図ですよ?
常識的に考えれば分かる事ですが、
そんな上手い話がある訳が無いでしょう。
聡明な貴公に分から無い訳が無い。」
責任者は身を乗り出して言うが、
チャーチルは簡単には圧力に負けない。
表情こそ厳しい物であったが、
堂々と弁明を述べていく。
「…しかし、各所に確認した所
設計図面は正しい様なのです。
俄かには信じ難い話でしょうが、
ルーマニアは本当に“賢者の石”を使用して
戦闘機の製作をしているそうで。」
チャーチルの弁明に英国空軍の担当者は
全員が顔を赤くして彼を睨む。
その中でも、設計図面を実際に拝見した
スーパーマリン社の技術者はカンカンだ。
「貴公は見たのですか?
その、“賢者の石”とやらを。
本当にそんな物が存在するのか、
万が一存在している物として
一体どんな成分で出来ているか。
“技術者”の私には分かりかねます。
そう、私は錬金術師や魔術師では無く、
あくまでも技術者なのですよ。
仮に存在を主張するおつもりなら、
賢者の石をここに持って来て頂きたい。」
技術者として堂々と物申した彼に対し、
チャーチルは“待ってました”とばかりに
手元から“それ”を差し出した。
「貴方の目にこの石が見えるのかは
正直言って疑わしいですが、
少なくとも私が見た所によれば
“賢者の石”は存在しています。
今回の件で私の呼び出しが決まった後、
ルーマニア大使館に問合せを行いました所、
偶然賢者の石が1つあると聞き及び
急遽借りてまいりました。」
それを見て担当者は全員目を丸くし、
カンカンにキレていた件の技術者が
強引にチャーチルから賢者の石をひったくる。
粗暴な行為にチャーチルは眉をひそめたが、
技術者は気にせず話を続ける。
「…石は緊急で解析に回させて頂きます。
我が社と英国の威信にかけて
成分を明らかにしなければなりません。
ルーマニア大使館には返却まで
少々時間を要すると伝えて頂きたい。」
そう言って後方の担当者に
石を任せた技術者に対して、
チャーチルは冷めた声で述べた。
「…分かりました。大使館にはその様に。
至急この事を伝えて参りましょう。
何せ、先方には今日1日と言って
無理を通して来たのですからな。」
…嫌味ったらしく物を言い
体よくチャーチルは退室する。
全員これ以上チャーチルと
会話したくは無かったのか
誰一人引き留めようとはしない。
…室内には数秒の沈黙に包まれたが、
沈黙はフェアリー・アビエーション社の技術者が
未だ怒りが収まらないスーパーマリン社の技術者に
諭す様に話しかけた事によって破られた。
「…なぁ、同じ技術者として言わせて欲しい。
その“賢者の石”とやらを解析した所で
ハッキリ言って無駄だと思うぞ?」
「…何だと?」
唐突に同業他社から指摘が入り、
室内の緊張感が一層増していく。
チャーチルがいた先程よりも
空気は明確にヒリついていた。
しかし、そんな空気の悪さも
当事者には気にならないのか、
話は未だ終わらない。
「あぁ。悪い事は言わない。
時間の無駄だからやめておけ。
…決して勘違いはするなよ?
俺はスーパーマリン社の技術力を
問題にして言ってる訳じゃない。
これが最早科学の範疇に
収まっていないと言ってるんだ。」
「…俺達は俺達の仕事をする。
助言は有難く受け取っておくが、
石の解析をやめるつもりは無い。」
そう言って、スーパーマリン社の技術者は
部屋を出て行こうとドアノブを捻る。
しかし、去り際に尚も声が響いた。
「…1つ確認させてくれ。知らないのか?
ルーマニアの戦闘機を設計した人間について。」
その言葉に、退室しようとしていた
スーパーマリン社の技術者の足が止まる。
「…“パチュリー・ノーレッジ”だよな?
設計図の左下にそう書いてあったが。
そいつが一体どうしたんだよ?」
聞き返してくるスーパーマリン社の技術者に
フェアリー・アビエーション社の技術者は
極めて簡潔に説明を加えた。
「俄かには信じ難い話だが、
この際ハッキリさせておこう。
彼女は“魔女”だ。それも、本物のな。
私は先程設計した”人間”と言ったが、
敢えて存在を再定義するなら
彼女は最早人間ですら無いだろう。」
その言葉を聞いて、彼以外のこの場の全員が
パチュリーが魔女であると言う言説を鼻で笑う。
…厳密に言えば一部の者は理解していたが、
そうした者も本気で納得はしていなかった。
もっと言えば、納得したくなかったのだ。
彼の言説をここで認める事は
敗北宣言を意味しているのだから。
そうした空気感が支配する中で、
彼だけがあくまでも本気だった。
「…信じないならそれは自由だ。
俺だって出来るなら信じたくない。
神は信じているが、悪魔は信じてないからな。
だがな?事実は受け止めるべきだと思うぞ。
俺も大半の事象は伝聞でしか無いが、
連中は確かに我々の常識の大半を
容易に覆す事が可能らしい。
少なくとも、チャーチル卿は
それを実際に体験している筈だ。
…認めたくは無いだろうが、
あの国に我々の常識や理論は通用しない。
賢者の石の成分は理解出来ないだろうし、
理解出来たとして我々には作れない。」
彼がそう言った瞬間、
スーパーマリン社の技術者が
烈火の如く怒鳴り散らした。
「敗北主義者が何を言う!
栄光の英国空軍の技術が
あんな東欧の小国に劣る物か!!
あんたらにはガッカリしたよ!
俺達は必ずやってやるからな!!!」
言い切った瞬間、彼は乱暴にドアを開けて
体面を気にせずに部屋を出て行く。
…凍り付いた室内の雰囲気に、
全員が気まずそうに
下を向くしか無かった。
---------
「存外冷え込みが厳しいわね。」
1932年2月10日の夕刻、
私レミリア・スカーレットの姿は
ジュネーブの国連本部前にあった。
一応ここには美鈴と共に来たのだが
現在は私だけがここに居る。
まぁ、実際美鈴はオマケみたいな物で
何と無く連れて来ただけであり
別に居なくても困る事は無い。
…通常仮にも国家元首ならば
お付きの者が数名常駐する物だが、
私は自らの戦闘能力に自信があるので
警備等と言う存在は不要なのだ。
私としても身軽に動ける方が好ましいし、
特段不満がある訳でも無い。
…それでまぁ、何故私がこんな所に
わざわざ赴いたのかと言うと、
吉田から話があると連絡があったからだ。
…日本は最近新しい外務大臣に
芳澤謙吉と言う男が指名されたと
咲夜から聞いていたのだが、
現在の日本の優先事項は
満州での事態の収拾であるし、
欧州の、まして東欧に時間を掛ける
余裕は存在していないのだろう。
結局、当分の間は吉田を使う事になりそうだ。
私が寒さをかみしめながら待っていると、
彼は早速私の前に姿を現した。
ここだと東洋人は目立つから、直ぐに分かる。
「これは、お待たせしてしまい
申し訳ありませんスカーレット女史。」
苦笑しながら私に日本語で
声をかけてくる吉田。
私の日本語が堪能である事は
彼もよく知っている訳であるし、
ジュネーブでコソコソ話をするなら
英語よりも日本語が適切だろう。
…それにしても、流石吉田と言った所か。
度胸には素晴らしい物があると言えよう。
別に大して待った訳では無いが、
この私を待たせるとは。
「…御機嫌よう茂。
一応注意しておくけれど、
次からはもっと早く来なさいよね。
私は麗しき女性であり、
誘われた側なのだから。」
「…その通りですな。
本当に申し訳無い。」
苦笑しながらそう言う吉田を見やると、
私は偶然近くにあった
適当な飲食店に入る事にする。
本来はもう少し機密性がある店が
良いのだとは思うのだが、
別に問題は無いだろう。
…まぁ、実際の所は食欲を
優先しただけではあるけれど。
外観からして肉料理店であろうその店からは
香ばしい匂いがここまで立ち込めており
私はそれに抗えそうに無かった。
~~~~~~~~
「それじゃ、ミディアム2つで。」
「…畏まりました。」
肉料理店らしく、メニューを見れば
その殆どがステーキかハンバーグだった。
私達は早速ステーキを注文する。
見るからに店員は私の翼に
驚いている様であったが、
特に触れない事にしたらしい。
…店員が下がった所で、
吉田は少しだけ気まずそうに
早速本題を切り出してきた。
「いきなりになってしまい
スカーレット女史には
大変申し訳無いのですが、
余り時間は無いのです。
早速話をさせて頂きます。」
…本当にいきなりだな。
とは言え、別に悪い気はしない。
ゆったりした会食での
腹の探り合いも良い物だが、
私はストレートな物言いが好みだ。
話が早くて助かると言う物である。
私は首肯して、吉田に話の続きを促した。
「我が国が満州で行っている事は
当然女史の耳にも入っている事でしょう。
最近、それについての新しい情報が入りました。
何でも、一部の者共が満州に独立国家を
建設しようと目論んでいるそうで、
それがかなり現実味を帯びているのです。」
「…それはまた唐突な話ね。独立国家?」
思わず聞き返した私に対し
吉田は首定して説明を重ねて来る。
「そうです。…女史はかつて、
中国に清と言う国家が存在した事を
覚えていらっしゃいますかな?
そこの最後の皇帝だった男を
担ぎ上げるつもりの様なのです。」
…成程。かのラストエンペラーか。
流石に名前までは覚えていないが、
確か暫く前に革命が発生し
退位させられたと記憶している。
まさか、今そんな事になっていた何て。
私は吉田に確認を取る。
「貴方が今してくれた話を整理すると、
日本は満州に独立国家…と言う建前で
新しい傀儡国家を打ち立てて、
満州を完全に日本の勢力圏としようと
目論んでいるって事で良いかしら?」
「流石は聡明な女史ですな。
その理解で問題ありません。
…正直、人聞きが良くない話なので
どなたか他の要人の方には
建前で語って下さると有り難いですが。」
ストレートな解釈に異を唱えず
言い切って来る吉田。
まぁ、わざわざこの話を
私に伝えてきた理由は明白だな。
「…要は、今後国際社会が何を言おうと
日本の満州での行動を容認しろって
私に言いたいんでしょう?」
先手を打って確認する私に対して
吉田は気まずそうに応じてくる。
「そうです。本日はそれをお伝えしたく。
本来この様な重大案件を担当するのは
外務大臣が良いかとは思うのですが、
生憎と日常業務に悩殺されていまして。」
やはり、日本の外務大臣は多忙らしい。
尤も、私としても初見の外務大臣よりも
吉田の方が話していて断然楽なので
一向に問題が無いと言えばそうなのだが。
…何より、吉田の要請への返答は
既に決まりきっているのだ。
「まぁ、約束だから別に良いわよ。
元より満州に関しては日本寄りの立場を
国際社会に表明するつもりだったし。
…流石にここまで大掛かりにやるとは
私は思っていなかったのだけれど、
あの辺を日本が抑えておく事は
私達にとっても利益になるからね。
対ソ連で考えれば、英仏辺りも
表向きに関しては兎も角として
そこまで強く言わないでしょう。
唯一ケチをつけそうなのは
アメリカ辺りだろうけど、
その辺りの対米戦略については
こちらの知る所では無いわ。」
「いやはや、ご協力感謝致します。
満州の件が上手く行った暁には、
本格的に貴国との同盟締結も
視野に入ってくると思われます。」
頭を下げて謝意を伝える吉田。
まぁ、予定通りと言った所だろう。
元より日本を対ソ同盟に引き込む為に
満州の件については協力するつもりだったのだ。
吉田だってそれを分かっていたから
私にこの様な極秘情報を渡したのだろう。
…但し、一応釘は刺さねばなるまい。
私としては、日本が好きに動いて
対米関係や対英関係を拗らせると
それなりに困った事になるのだ。
私は吉田に対して忠告しておく。
「…とは言え、危ない橋を渡るのは
もうこれっきりにすべきね。
貴方は聡明だからこの事について
理解していると思うけど、
欧州諸国は本質的に日本の中国進出を
かなり警戒している節があるわ。
それに、日本にとって中国と事を構えても
得る物は殆ど無いと思うわよ。
それどころか、総合的に考えれば
失う物の方が多いとすら思うわ。
経済的に苦しいのは分かるけれど、
少なくとも石油位なら私達が
ある程度融通を利かせられるから
利口の良い国家でいて頂戴ね。
幸い、ルーマニアは石油よりも
便利な物が存在しているから
相当な量を供給出来る筈よ?」
私がそう言うと吉田は、
まるで苦虫を嚙み潰した様な顔をする。
自国の外交方針を憂いているのか、
或いは戦略資源に恵まれない
窮状について思いを巡らせているのか。
実際の所は吉田にしか分から無いが、
親英米派と言われる彼がするその表情からは
日本の内情が察せられそうである。
「…女史の仰る通りなのです。
この言葉を本国の者共にも
理解して頂きたいのですが。
女史が我が国の政府にいればと
最近よく考えてしまいます。」
「…まぁ、その辺りの啓蒙は
貴方がこなすべき仕事よ。
日本にだって、貴方がしたい
話が分かる人間はいるでしょう。
地道にやっていく事ね。」
「…それもそうですな。
本当にらしく無かった。
弱気過ぎたかもしれません。」
今日何度目かの苦笑する吉田。
私はもう一つ助言をしておく。
「まあそうね、取り敢えず、
今すぐに貴方がすべきは
話が通じそうな軍人とコネを作る事ね。
貴方は官僚だから政治家とのコネは
ある程度はどうにかなるかもしれないけど、
きっと軍人は貴方みたいな人間を
好きにはならないでしょうから。
いざと言う時に頼れる人間を
作る様に心掛ける事ね。」
「…それは、善処させて頂きます。」
…この助言は吉田の運命を覗いた時
見えた物の1つなのだ。
私のした助言に対して
吉田は一瞬嫌そうな顔をしたが、
きっと彼には必要な事なのだ。
私から見るに日本と言う国は
軍人の影響力が割とあるので、
吉田の様な文人に出来る事は
案外限られているだろう。
その辺りの人脈やコネを作り
いざと言う時に根回しが出来る様に
影響力資源を持っておくべきだ。
「…大変お待たせしました。
ミディアムのステーキ2つです。
ごゆっくりお召し上がりください。」
「あら、ありがとう。」
…私が考察を重ねていると、
丁度店員がステーキを運んで来る。
まぁ、堅苦しい話ばかりしていると
中々に疲労が溜まってくるのだ。
話の続きは食べながらしよう。
早速出されたステーキに
ナイフとフォークを入れながら、
私、レミリア・スカーレットは
吉田から満州問題の詳細や
日本にいる有力な政治家や軍人の
思想や立場等の背景事情を
逐一聞かされるのだった。
ゲオルゲ・ゲオルギュ=デジ…共産主義化した史実の戦後ルーマニアで実験を握った人物。日本で戦後ルーマニアの人物と言うとチャウシェスクが有名だが、彼以前に権力を握っていたのがデジである。東側陣営でありながら西側諸国との関係を構築する等、チャウシェスクの政策に与えた影響も大きかったと言われている。有能か無能かの二択で言えば、有能な人物だったのだろう。
スーパーマリン社…かつて存在したイギリスの航空機メーカー。第二次世界大戦時のイギリス空軍の主力戦闘機、スピットファイアを製造したことで知られる。
フェアリー・アビエーション社…、20世紀前半に設立されたイギリスの航空機メーカー。タイプIII、ソードフィッシュ、ファイアフライ、ガネットなどいくつかの有名な軍用機を開発し、イギリス海軍艦隊航空隊へ航空機の供給をしていた。
芳澤謙吉…大日本帝国きっての亜細亜通の外交官として知られ、日ソ基本条約締結による日ソ国交回復等に関わる。義父は犬養毅であり、犬養内閣においては外務大臣を務めた。残念ながら、本作品で彼の出番は殆ど無さそう。