紅魔戦記~カリスマの戯れ~   作:インスタントブルー

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表記する際に“大日本帝国”は少し仰々しいかな?と感じるので、“日本”と表記する事が多くなります。軍隊についても、“日本軍”であるとか、“帝国陸海軍”の様な表記をする事が多くなるかと思います。




信用ならない大賢者

「日本では快適に過ごせていますでしょうか?

私は総理大臣を務めている斎藤実と言う者です。」

 

1932年6月4日の昼頃、私、十六夜咲夜は

首相官邸内で行われている昼食会にて

この後会談を予定している

斎藤実首相に声を掛けられていた。

尤も、今回のそれは昼食会と言うより

単なる会食に近いとは感じるが。

参加者が少人数である事や

立食形式で無い事を考慮すると

それが妥当な表現だろう。

そして、この会食はこの後の会談の前哨戦。

ただ和気藹々と食事をする訳では無いのだ。

 

私は改めて参加者を確認する。

今回こうしてテーブルを囲んでいる

ルーマニア側の参加者は

私、アリス、メアリーの3人と

案内人を務めている隼一であり、

日本側の参加者では斎藤首相の他、

大蔵大臣を務めている高橋是清、

陸軍大臣の荒木貞夫が参加している。

人数の関係上気まずそうに

上座に座る隼一が若干不憫だ。

 

これでも一応本職が使用人の私は

給仕に料理を運ばせている状況に

若干の違和感を覚えながらも、

斎藤首相の自己紹介に応じる。

 

「こちらこそ、本日はこの様な席に

お招き頂きありがとうございます。

私は東欧にあるルーマニア王国で

レミリア・スカーレット女王陛下に

お仕えさせて頂いている、

外務大臣の十六夜咲夜です。

本来この様な場には女王陛下自ら

赴かれるのが筋であるとは思うのですが、

女王陛下は吸血鬼でございますので

貴国日本への渡航が少々難しく、

今回は私が赴かせて頂く事となりました。

幸い皆様方の献身的な働きのお陰で

日本では快適に過ごさせて頂いています。

本日はどうか、宜しくお願い致します。」

 

私は深々と頭を下げ、アリスとメアリーも

それに続いて同じ様に頭を下げる。

 

「まぁまぁ、そこまで畏まらなくても。

貴国ルーマニアの事については

色々と聞き及ぶ機会がありまして、

素晴らしい経済政策をしていると伺っていますよ。

貴国の女王陛下も十六夜殿も、流石ですね。」

 

私達が下げた頭を上げると、

首相の右に座っていた高橋是清が

お嬢様の経済政策を称賛してくる。

気が良さそうで大らかな彼は

日露戦争の際の戦費調達に

貢献した実力のある人物として

世界的にも有名であるから、

私は彼の情報を吉田から

聞くまでも無く知っていた。

彼程の人物から評価されている事は

間違い無く名誉な事なので

是非帰国したらお嬢様に伝えよう。

私は彼に感謝の言葉を伝える。

 

「お褒め頂き光栄でございます。

しかし、それもこれも女王陛下の功績です。

私は国家の財政や経済を担当していますが、

政府支出の増加は女王陛下の発案ですから。

それに、こちらも貴国日本が恐慌によるデフレから

世界に先駆けて脱出した事は伺っています。

そして、それは貴方様が主導した政策であると。

素晴らしい成果であると考えています。」

 

「美しい十六夜殿に褒められるとは。

長生きはしてみる物かもしれませんな。」

 

私の褒め言葉に、彼は笑う。

もう結構な年だとは思うのだが、

その笑顔は随分と若々しく感じる。

私が彼の笑顔を見ていると、

真顔の斎藤首相が声をかけてくる。

 

「所で十六夜殿。本日はこの後会談の予定ですが、

具体的にどの様なお話をするおつもりなのですか?」

 

「恐らく、首相が想像している通りかと考えます。」

 

斎藤首相の質問…と言うよりは確認に

私は敢えて即答はしなかった。

ここで敢えて斎藤首相に

その言葉を言わせる事によって、

日本側の現状認識を探る為である。

斎藤首相は苦笑しながら口を開く。

 

「…十六夜殿には敵いません。

会談の主題は満州問題と対ソ関係ですね?

勿論、詳細は後程話すつもりですよ。

ただ、私にも立場がありますから。」

 

そう言う斎藤首相は、ここまで一言も発しない

首相の左に座っていた荒木陸軍大臣を

恨めしそうな目でもって見つめる。

目線を向けられた彼は箸を置いて、

私に対して口を開いた。

 

「満州国は五族協和の王道楽土を掲げる

平和的で融和的な素晴らしい国家です。

近隣の国家として我が国としても

関係を深めて行きたいと考えています。

これは我が国の臣民も望んでいる事です。」

 

そう言って、彼は胸を張る。

まぁ、この様なリアクションをされる事は

私としても予め分かっていた事だ。

とは言え、彼が陸軍大臣と言うのは

大いに問題があると私は思うが。

少なくとも吉田からの情報によれば、

荒木と言う人物はただでさえ

実務能力が欠如しているばかりか

偏った思想に傾倒しており、

部下を甘やかす事によって

自分の取り巻きを多数作り

中央へ送り込もうとする様な人間らしい。

吉田自身これらの情報の多くが

又聞きによる物であるとしていたので

本当にそうであるかは知らないが、

もし本当ならばかなりの問題人物だ。

彼自身が不穏分子であるだけで無く、

取り巻きを作る事も悪質極まりない。

まして、実務能力に欠けるとすれば

取り巻きを制御出来なくなる可能性すら

ありそうに思えてくるし。

 

…尤も、私が何を言った所で

単なる内政干渉でしか無いので

私は一度思考を打ち切る。

取り敢えず、今私が考えるべきは

満州問題についてなのだ。

現状ルーマニアはこの問題において

日本を擁護するつもりであるが、

それはあくまで日本の勢力圏拡大が

満州で止まると言う前提に基づいている。

そうであれば対ソで英米を説得する事で、

恐らく日本は諸国の不興を買わずに

勢力圏の拡張を成し得るからだ。

日本の満州への拡大はルーマニアにも

対ソ連の観点から利益になるし、

これはルーマニアの国益にもなる。

利害関係が一致している以上、

議論の余地は十分にある筈だ。

 

…まぁ、この辺の具体的な話は

後ですれば良い話であろう。

私は荒木の見解に雑に相槌を打つと、

運ばれてくる食事を口へ運んだ。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

その後私達3人は食事を済ませ、

首相官邸内の別室へと案内されていた。

書記官が1人いるが、記者はいない。

いよいよ首相との会談本番である。

日本側、ルーマニア側の3人と案内人の隼一が

それぞれ用意された椅子に座ると、

早速首相が切り出してくる。

 

「改めまして、本日はお越し頂き

誠にありがとうございます。

時間も限られている事ですし、

早速本題に入ろうではありませんか。」

 

“時間も限られている”か。

事私にだけは適用されない

前置きについて考えつつも、

私は首相に促された通り本題に入った。

 

「では本題に入らせて頂きます。

私達の要求は単刀直入に申し上げますと、

貴国日本と同盟関係を構築する事です。

我が女王陛下はソ連に対抗する為にも

この同盟は必須であると考えており、

結んで頂く事が出来た暁には

相応の対価も用意させて頂きます。」

 

私がそう言うと、首相の傍に座っていた荒木が

ニヤリと笑い私に質問してくる。

 

「詰まる所、ルーマニアはソ連を仮想敵国に

我が皇国の力を借りたいと考えている…

と言う認識で宜しいでしょうか?」

 

…荒木の口調や表情にイラっとして

思わず滅多刺しにしたくなる所を

理性でグッとこらえる。

要するに、荒木は今の発言で

小国ルーマニアに対して

日本の優位性を誇示した訳だ。

私達が提案した同盟関係の主導権は、

あくまでも日本にあるのだと

荒木は言いたいのだ。

…とは言え、荒木の現状認識には

些か問題があると思われる。

確かに日本は列強諸国の一員であり

ルーマニアは東欧の小国だが、

首都クリムソンの光景を見たら

東京のそれ何て比較にならない筈だ。

荒木がバベルの塔何て見ようものなら

卒倒してしまうのではなかろうか。

それに、少なくとも空軍力において

ルーマニアは世界最先端を行っている。

独立した空軍組織を持たない日本等

ルーマニアの足元にも及ばない筈だ。

私は全てを表情に出さず荒木に答える。

 

「概ねその認識で問題ありません。

我が国は貴国日本と同様に

ソ連を仮想敵国として

考えておりますから、

同盟締結は貴国日本にとっても

利益になる物と思われますが、

荒木大臣としては不服でしょうか?」

 

私が荒木に話を振って荒木が口を開きかけた時、

斎藤首相がそれを遮って発言する。

 

「…発言を遮ってしまい申し訳ございません。

やはり、同盟締結と言う重大事に関しましては

首相である私が議論を受け持ちましょう。」

 

その瞬間、荒木は酷く顔を顰める。

理由は何と無く想像がつくな。

発言を遮られた事もそうであろうが、

斎藤首相が海軍出身と言うのも大きそうだ。

いずれにせよ首相がそう言ったので、

私は首相へと改めて話を振った。

 

「…では、この同盟案につきまして

首相はどの様にお考えでしょうか?」

 

首相は私の問いに即座に返答する。

 

「…勿論条文の詳細にはよりますが、

前向きに検討する価値はあると思います。

ただ、我が日本は陛下が治める国家ですので、

私が納得したからと言ってすぐに

物事が進むのかと言えば必ずしも

この限りではありません。

それこそ、先程十六夜殿に仰って頂いた

対価次第と言う事にはなりましょう。

対価とは、如何様な物で御座いますか?」

 

値踏みする様に私を見る首相。私は口を開く。

 

「条文に関しては、ソ連のみを対象とした

二国間同盟と言う形になります。

我が国と貴国のいずれかが

ソ連と交戦状態になった際に、

もう一方の国がソ連に宣戦すると言う物です。

この同盟を結んで頂けました暁には、

貴国に我が国で産出される

石油生産量の1割を提供する事と、

貴国での満州での行動について

支持する事を約束させて頂きましょう。」

 

「…成程、それは魅力的です。」

 

思わず目を細める斎藤首相。

しかし、話はまだ終わっていない。

 

「…但し、この同盟を締結するに辺り

貴国にもお願いしたい事が御座います。

貴国の領土拡張を満州までに

留めておいて頂きたいのです。

又、新しく獲得するであろう

満州の利権は、欧米各国にも

開放して頂きたいのです。」

 

私がハッキリそう言うと、

荒木が私を強い口調で非難する。

 

「…十六夜殿は皇国の対外政策に

口を出すおつもりなのですか?

そうだとすればこれは心外です。

到底受け入れる事は出来ない。」

 

顔を真っ赤にする荒木の背中を

斎藤首相が軽く叩いて諌める。

空気は明確に悪くなったが、

私は言うべき事はしっかりと言う。

 

「申し訳ございませんが、

これは同盟締結の必須条件です。

そして、我が女王陛下の言によれば

貴国にとってはこれが

最善の選択である筈であると。」

 

私の言葉に、首相が言う。

 

「…もしそれが必須条件であれば、

私はとても貴国との同盟締結には

賛成しかねる物であります。

少なくとも、対価を積み増して

頂かない事にはそうなります。」

 

「…では、同盟締結に際する

石油の提供は生産量の2割まで

積み増しを行う事にしましょう。

更に、これは現時点では未だ

不確定要素も大きい所ではあるのですが、

女王陛下は同盟国の英国と協力して

貴国と米国との同盟締結についても

貴国がもし希望される場合は

後押しさせて頂きたいと仰っておりました。

少なくとも、貴国にはくれぐれも

孤立主義的な政策を改めて、

協調主義的な政策に移行する事を

お願いさせて頂きたいのです。」

 

私は首相にそう言うと、

椅子から立ち上がり

地面に頭をつけてお願いする。

これは所謂土下座と言う物で、

日本では懇願する際等に

使われるポーズであるらしい。

無論、お嬢様の名代として来た手前

この様な行動は不本意ではあるが、

ここで同盟を締結させないと

私がわざわざ日本に赴いた意味が

無くなってしまうだろう。

目的の為には手段を選ぶべきでは無い。

 

「さ、咲夜…?いくら何でもそれは…。」

 

アリスが後ろから小声で言うが、

私は意に返さず頭をつけ続ける。

暫くその姿勢を維持していると、

斎藤首相が声をかけてきた。

 

「…頭を上げて下さい、十六夜殿。

貴女の本気度は伝わって来ました。

あくまでも私個人としては、

貴国との同盟締結に賛成する立場として

陛下に対して上奏してみましょう。

特に、もし本当に米国との同盟を締結出来れば

我が国にとっては途方も無い外交成果です。

…実の所、我が国は先のロンドン海軍軍縮条約で

補助艦の保有量を英米が10に対して

我が国が7とされた事に対して

不満の声が非常に大きいのです。

それは偏に、我が海軍が英米を意識して

戦力を増強して来たからに他なりません。

しかし、米国との同盟を結べるとなれば

その不安は一向に無くなります。」

 

斎藤首相の言葉で私が頭を上げると、

本番になってから沈黙していた

大蔵大臣の高橋是清が口を開く。

 

「いやぁ、全くですよ。

私としても米国との同盟が

実現するとの事であるならば、

これは歓迎すべき事だと言えます。

私は首相と同じくアメリカに滞在した

経験を持っているのですが、

かの国の発展度合いには凄まじい物がある。

米国との対立は我が国の国益に反する物です。」

 

私は日本政府内に米国の強大さを

正しく認識している人間がいて安心する。

米国に赴いた経験の無い私ですら

米国がどれ程豊かな国であるかは認識している。

現在こそ大恐慌からの脱出に悪戦苦闘しているが、

1920年代にアメリカが成し遂げた偉業は

ハッキリと認めなければならないのだ。

私は首相に感謝の言葉を述べる。

 

「前向きな返事を頂き感謝致します。

我が女王陛下にも良い報告が出来そうです。」

 

そう言って私は微笑んで見せる。

しかし、一転して険しい顔で

斎藤首相は述べてきた。

 

「…ただ、断じる事は出来ません。

私から方々にこの話を通し、

陛下の判断を仰がない事には

確たる事は言えないのです。

よって、この場で約束出来るのは

対ソ同盟締結のみとなります。

我が国は石油を殆ど産出しておらず、

石油の提供は願ってもいない事ですから

これに関しては賛同を得やすいでしょう。

しかし、必須条件と先程十六夜殿が述べられた

満州関連の問題につきましては、

現時点では賛成する事が難しいです。

その点については、ご承知おき下さい。」

 

…成程、満点回答は無理と言う事か。

まぁ、これに関しては仕方無いかもしれないな。

日本と言う国は、首相及び議会の意向を

天皇やその側近が認める事によって

基本的には物事が進んで行く国家だ。

勝手に他国との条約に調印する権限を

厳密に言えば内閣は有していないのである。

とは言え日本の政治的慣行に倣えば

天皇と直接政治的に話し合う事は

しないものでもあるらしいので、

現状私が出来る事はここまでだ。

斎藤首相個人を説得出来ただけでも

悪くない成果ではあっただろう。

私は首相に対して謝意を示す。

 

「…分かりました。先程は必須事項と

話させて頂きましたが、それで構いません。

女王陛下は先程申し上げました様な

日米に英国と我が国を加えた形での

同盟関係構築を考えていますので、

前向きな対応を期待しております。」

 

私は席を立ち、頭を下げる。

アリスとメアリーもそれに続いた。

斎藤首相が私達に声をかける。

 

「…こちらこそ、本日はありがとうございました。

詳細については、別途後日大使館の方から

連絡をさせて頂こうと考えておりますので、

どうかご承知おき下さい。」

 

そう言うと、首相は軽く頭を下げ、

荒木と高橋もそれに続いた。

3秒程彼らが頭を下げた後、

案内人の隼一の声がかかる。

 

「…それではルーマニア外交団の皆様、

ホテルまでご案内させて頂きます。」

 

…そうして、訪問3日目に予定されていた

最大の仕事である首相との会談が終わった。

今回の会談はルーマニアにとって

大きな意義があると私は信じている。

 

 

---------

 

 

首相との会談を終えたその日の夜の事。

私、十六夜咲夜は宿泊している帝国ホテルにて

今日の会談の報告書作成を終えて、

漸く睡眠の準備に入っていた。

今日は精神的に疲れたから

さっさと寝て明日に備えよう。

 

…そう。それは私がまさに

ベッドに横になろうとした

その瞬間に起きた事だった。

 

「…初めまして。私は八雲紫。

ちょっとお時間良いかしら?」

 

…八雲紫と名乗ったその女は、

紛れもなく空中に出来た裂け目から

上半身だけを乗り出して

私に話し掛けて来ている様だ。

私は反射的に時間を止め、

冷静になって状況を整理する。

これでも私は吸血鬼に仕えて

3人の魔女が身近にいるのだ。

超常現象の類には慣れている。

私は取り敢えず仮説を立てる事にした。

まず、これは恐らく何らかの力による

超常現象の類であるのだろう。

空中に裂け目があり、そこから身を乗り出す。

少なくとも、こんな不可思議な現象を

超常現象以外で説明する事は私には無理だ。

そして、もしそうである場合には

その力を行使しているのは十中八九この女だろう。

実は身を乗り出しているこの女はダミーで

実際には裏に別の者が潜んでいる可能性も

検討する必要はあるのかもしれないが、

そこまで考えると際限が無くなってしまうので

一旦その可能性は消去しておく。

…そして、ここまで仮説が立てられたら

次に考えるべきはどう対処するかだ。

これはあくまで私の判断だが、

ナイフは必要無いだろう。

何故なら、この女は第一声で

“ちょっとお時間良いかしら?”

と私に言ってきたからだ。

少なくとも、この女の目的が

私の命を狙う事だったとしたら、

問答無用で奇襲する筈だ。

である以上、友好的かは兎も角として

即座に命を奪う事はしないだろう。

それに、この女が空中に裂け目を作る様な

存在であると仮定した場合、

まず間違い無く相当強力な筈。

安易に戦うのは危険な相手だ。

…私は思考を整理し終えて、

慎重になりながら時間停止を解除し

その女の質問に答える。

 

「…構いませんが、手短にお願いします。

私は名前を十六夜咲夜と申します。

ルーマニア女王、レミリア・スカーレット陛下に

お仕えしている一介のメイドで御座います。

本日はどの様なご用件でしょうか?」

 

可能な限り焦りを見せてはならない。

可能な限り隙を見せてはならない。

可能な限り、本音は言わない。

私はその女…紫とか言っただろうか。

紫に対して目的を質問してみる。

すると紫は少しだけ顎に手を当て考えた物の、

私に対してこう述べてきた。

 

「そうね…。用件は勧誘かしらね?

貴女が仕えているお嬢様にとっても

損をする話では無いと約束するわ。

今日は話だけでも構わないから、

聞いていってくれないかしら?」

 

微笑みながら告げる紫。

その前向きな表情とは裏腹に、

凄まじい妖力と殺気を感じるのは、

私が最早人間の身でありながら

人ならざる存在である事の証明だろうか。

私は紫に対する警戒度を最大レベルに引き上げ

平静を装いながらその質問に質問で返す。

 

「…もし断ったら?」

 

「私がわざわざ口に出さなくとも

聡明な貴女なら分かるでしょう?

断った場合、貴女を殺すわ。」

 

微笑みを崩そうともせず述べる紫。

残念ながら、その返答からも分かる通り

私に選択肢は無いらしかった。

私は時間を停止させる事が出来るが、

これで逃げられるとも思えない。

それはこの殺気からしても明らかだ。

私がお嬢様にお仕えしてから間もない頃

妹様が発作で狂気を振りまいていた時に

私が感じた殺気よりも紫の方が明確に上だ。

当時の私であれば、卒倒しかねなかった

レベルの殺気に充てられては仕方無い。

私はお嬢様の所有物であるから、

勝手な判断で死ぬ事は許されないのだ。

私は大きな溜息をついて、紫に伝える。

 

「…話を聞きましょう。」

 

「それで良いのよ♪」

 

上機嫌の紫。本当にやりにくい。

私が恨めしそうに紫を見ると、

彼女は楽しそうに語り始める。

 

「…そうね、何から話そうかしら。

まぁ、まずは改めて自己紹介を。

私の名前は八雲紫と言うわ。

尤も、これはペンネームみたいな物で

本名は別にあった筈なのだけれど、

最近は使っていないからすっかり

忘れてしまったのよね。

そして、見てもらえれば分かる通り

私は境界を操る程度の能力を持っている。

この裂け目の様な物はスキマと言って、

内部は別の空間として成立しているわ。

私はこのスキマを操る事が出来る。

当然、貴女の使うナイフだって

スキマに隔離して防ぐ事が出来るわ。」

 

私は思わず息を飲んだ。何と言う事だ。

予め分かっていた事とは言え、

私では対抗しようが無い事実を

改めて突きつけられた私は

少々ショックを受けたが、

冷静に紫の話の続きに耳を傾けた。

 

「…取り敢えず、私の紹介は

こんな所では無いかしら。

それじゃあ、本題の勧誘に入るわね。

…貴女達、紅魔館のメンバー全員で

幻想郷に移住してみる気は無いかしら?」

 

私は紫の言葉に問い返す。

 

「幻想郷……とは何ですか?」

 

「幻想郷は、妖怪と人間が共存する理想郷を建設する為に

1868年に私が賢者達と作った箱庭であり、楽園の名前よ。

私の能力を十分に活用すれば、不可能な所業では無かったわ。

幻想郷は産業革命で十分な量の畏れを得られなくなった

古今東西の妖怪や神等の存在を秘匿する為に、

この世界から結界で隔離する形で存在しているの。

貴女の仕えるお嬢様にも、是非幻想郷の住人に

なって欲しいと私は思っているわ。」

 

うふふと口を扇子で覆い笑う紫。

私は紫の説明を何とか咀嚼する。

考えても分から無い事は、

額面通りに解釈する事が最適解なのだ。

…取り敢えず、紫の言う幻想郷とは

畏れを得られなくなった妖怪を

保護する為の異世界であるらしい。

取り敢えず、お嬢様には殆ど

縁が無さそうに感じるな。

私は紫の機嫌を損ねない様に

慎重に自らの意見を伝える。

 

「…お嬢様には伝えさせて頂きますが、

紫さんに説明を頂いた通りに

物事を解釈させて頂くと、

お嬢様には縁が無いかと思います。

お嬢様は世界から畏れられている

偉大なる吸血鬼でありますし、

それは妹様も同じですから。」

 

私がそう言うと、紫は

一層身を乗り出してきて

私の顔に迫ってくる。

 

「…何も今すぐにとは言わないわ。

あのお嬢様が今何をしているのかは

私の知る所でもあるのだから。

だけど、これが50年後、100年後と

時が流れていく中にあっては、

必ずしもその限りでは無いのよ。

何時の日か、必ずその時は来るの。

いざという時に、幻想郷の存在を

心に留めておいて欲しいわ。」

 

そう言って、紫は距離を戻す。

そして、改めてこう言った。

 

「…今日は遅いし私は寝るわ。

貴女も今から寝るのでしょうし。

返事はすぐにはしなくて良いわ。

事私達には時間があるし、

じっくりと考えれば良いのだから。

またいつか、誘いに来るわね。

それじゃ、おやすみなさい。」

 

…そうして、紫の姿と共に

空間の裂け目は消えていった。

私は面倒な女に絡まれた事に

大きな溜息をつきつつも、

眠気が強くなって来たので

嫌な出来事を忘れる為にも

さっさと眠りについた。

 

 




斎藤実…海軍穏健派の長老として知られる、この会談時点での日本の首相。粘り強い性格、強靭な体力、本音を明かさぬ慎重さが高く評価されていたそうだ。英語力が高く、アメリカ駐在の経験を持っている。但し、史実の斎藤は国連脱退を表明する等日本を戦争の道へと推し進めた人物である。勿論この作品での斎藤首相もリベラル派ではあるのだが、あくまで調整型のリーダーらしく軍内部の強硬派、国民世論、陛下の意向には気を配って物事を進める。

高橋是清…この会談時点での日本の大蔵大臣。元総理大臣であるにも関わらず、大蔵大臣としての評価の方が高い。日露戦争の戦費調達のための外債募集を成功させたことで、近代日本を代表する財政家として知られる。又、高橋是清のもう一つの業績として、現代では経済学の常識とされている不況時における最適解、積極財産政策の推進を語らない訳には行かないだろう。高橋は金輸出再禁止、史上初の国債の日銀直接引き受け(石橋湛山の提案があった)による政府支出の増額、時局匡救事業で、世界恐慌により混乱する日本経済をデフレから世界最速で脱出させたのだ。これは実にケインズが「有効需要の理論」に到達したのとほぼ同時期、『一般理論』刊行の4年前であり、その先見の明たるやと言う話である。作中でもレミリアの経済政策を評価していた。無論、作者の評価も非常に高い人物である。

荒木貞夫…皇道派の代表格として知られる当時の陸軍大臣。おおらかな人柄で知られた荒木は青年将校と親しく交わり派閥を形成するが、この後の末路は知っての通り。陸軍大臣としての実務に疎く、予算の査定では海軍に丸め込まれて減額されるなど、幕僚クラスには「良い上司」ではなかったそうだ。かの石原莞爾は荒木の無責任と無能ぶりが我慢ならず、徹底的に嫌っていたとか。作者の評価は、日本陸軍における典型的な無能枠と言う評価である。現場での戦功の割に随分と出世した所を見るに、一応口だけは達者だったのだろう。社会的評価は兎も角、彼は出世競争の勝者なのである。

満州問題…斎藤首相はリベラル派の首相であり欧米諸国の不興を買う事は避けたいと願っているが、あくまで担がれたリーダーなので軍部内にいる過激派の意向に面と向かって異を唱える事は難しい。それでも、ここで思い切ってルーマニアとの同盟を選択した事は運命の決断になり得る物だろう。

咲夜の土下座…咲夜は確実にプライドが高い人間だが、それでも彼女自身元来レミリアの従者であり、主の命令を遂行する為に必要ならば頭を下げる事も厭わない。

アメリカとの同盟締結…モンロー主義を掲げるアメリカに対して、レミリア率いるルーマニアは日本との同盟関係の構築を働き掛ける。これは相当難易度の高いミッションだが、果たして実現する事が出来るのだろうか?実現したらビスマルク級の外交上手と言えそう。

八雲紫…遂に登場した幻想郷の大賢者。レミリアを幻想郷に勧誘しに来た。幻想郷の解釈や紫の過去については完全に独自設定です。独自設定採用の理由は、原作設定においても幻想郷成立の歴史に矛盾点が生じている所にあります。尤も、歴史を改竄可能な慧音先生の存在を踏まえた場合、多少の矛盾点は許容されそうではありますが。

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