紅魔戦記~カリスマの戯れ~   作:インスタントブルー

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軍令部の敗北

夏真っ盛りの1932年8月10日

うだるような暑さの帝都東京、

明治宮殿車寄を入って右側の

「東一の間」には続々と要人が集まっていた。

その人数は実に55名にも登り、

内閣総理大臣の斎藤実、以下国務大臣として

外務大臣内田康哉、内務大臣山本達雄、

大蔵大臣高橋是清、陸軍大臣荒木貞夫、

海軍大臣岡田啓介、司法大臣小山松吉、

文部大臣鳩山一郎、農林大臣後藤文夫、

商工大臣中島久万吉、逓信大臣南弘、

鉄道大臣三土忠造、拓務大臣永井柳太郎が列席、

枢密院からは議長の倉富勇三郎、

枢密顧問官として伊東巳代治、金子堅太郎、

久保田譲、富井政章、石黒忠悳、

黒田長成、古市公威、江木千之、

櫻井錠二、荒井賢太郎、石原健三、

鎌田栄吉、鈴木貫太郎、石井菊次郎、

水町袈裟六、岡田良平、有馬良橘、

原嘉道、窪田静太郎、栗野慎一郎、

元田肇、鈴木荘六が出席、

元老の西園寺公望、内大臣牧野伸顕、

陸軍参謀総長の閑院宮載仁親王、

陸軍参謀次長の二宮治重、真崎甚三郎、

植田謙吉、杉山元、西尾寿造、

今井清、多田駿、中島鉄蔵、沢田茂、

海軍軍令部総長の伏見宮博恭王、

海軍軍令部次長の高橋三吉、加藤隆義、

嶋田繁太郎、古賀峯一、近藤信竹も

今回の参加者に名を連ねており、

元首たる昭和天皇陛下のお姿もあった。

そう、錚々たる出席者の一覧から

察する事が出来る通りだが、

今から御前会議が開催されるのだ。

(と言っても、殆どの参加者は

ただ参加しているだけであって、

実際に発言する者は限られたが。)

 

当然の事ではあるのだが、

皆、陛下を前に緊張した面持ちだ。

張り詰めた沈黙の中、陛下が口を開く。

 

「…皆、よく集まってくれた。

今から、御前会議の開催を正式に

宣言させて貰おうでは無いか。

今回、朕は帝国、及び臣民の

行く末を案じて、外交について

見解を述べさせて頂きたいと思う。

具体的には、ルーマニア政府から

現在提案を受けている、

満州及び中国租界の門戸開放と引き換えに、

ルーマニアが石油資源の無償提供を

約束すると言う件についてである。

朕は、ルーマニア政府の提案を受け入れ、

英米との関係を改善すべきと考えるが、

ここで皆の見解を伺いたいと思う。」

 

…独特な抑揚を付けながら述べる

昭和天皇陛下の威光を前にして

多少なりとも参加者が委縮する中、

皇族であれば関係無いとばかりに

海軍軍令部総長の伏見宮博恭王が

席を立ち、その空気を打ち破った。

 

「軍令部、引いては海軍全体として

今回の件に関する見解を申し上げます。

率直に申し上げて、ルーマニア政府の提案は

却下するべきであると存じます。

まず第一に、この提案の内容は

英米に対する譲歩を迫る

内容でありましょう。

一戦交えるでも無く譲歩する事は

我が国の沽券に関わる大問題。

飲むべきではございますまい。

第二に、ルーマニア政府の信用です。

かの国は東欧の小国であるばかりか、

統治者が妖だと言われている国です。

石油につられ騙されてはなりません。」

 

“海軍としては提案に反対である”

皇族と言う強く出れる立場を活かし

そう言い切り着席する伏見宮。

確かに実際の所、海軍の立場としては

ルーマニア政府の提案を受け入れる事に

大した利益が無い事も確かではある。

何故なら、この提案の可否によって

海軍予算がどうなるかが決まるからだ。

もしこの提案を受諾すれば日本の仮想敵国は

明確にソ連と言う事になる訳であるから、

陸軍予算が増額され、海軍予算は減額されるだろう。

逆に、この提案を拒否した場合は

日本の仮想敵国には英米も含む事になる。

無論英米は海軍大国であるのだから、

海軍予算は増額される事が見込まれるだろう。

…但し、海軍がその様な理屈で動くならば

当然陸軍は逆の理屈で動く訳であって。

今度は陸軍参謀総長の閑院宮載仁親王が

席を立ち陸軍の見解を述べる。

…あからさまに作文を読んでいるが。

 

「陸軍としては、今回の提案は

受諾しておくべきかと存じます。

英米と違い、ソビエト連邦の脅威は

朝鮮や樺太、満州を脅かす等深刻。

無論、英米とてソビエト連邦の事を

脅威であると見做しておりましょう。

また、ルーマニア政府の信用は確かです。

何故なら、ルーマニアが既に英国と

同盟関係を構築しているからです。

信用出来ない政府を持っている国が、

果たして英国との同盟を結べましょうか?

ここは英米と協調する姿勢を取る事によって

名より実を取るべきであると存じます。」

 

そう言って、閑院宮は着席する。

まぁ、名より実を取る等とは言っているが、

実際実を取るのは陸軍であって

少なくとも海軍は割を食うのだから、

この場では言う程説得力がある発言では無い。

そもそも、満州に勝手に侵攻した

関東軍をコントロール出来なかった

陸軍の立場はこの会議において

余り良い物とは言えなかった。

こうして陸海両軍から

皇族軍人の発言が続いた所で、

天皇陛下が口を開き、首相に話を振る。

 

「…斎藤は、この件についてどう思う?」

 

「…私、引いては内閣としては

陛下と同じく今回の提案を

受諾すべきであると考えます。

何故なら、英米との関係を改善

する事が出来るからです。

皆様にも想像して頂きたいのですが、

もしも今回の提案を拒絶して

万一英米と一戦交える場合、

石油を米国に依存する我が国は

どうやって艦船を動かすのでしょう?

艦船が動かなければ、戦は出来ますまい。

ここは有り難く提案を受諾し

満州、引いては中国の権益を

開放しては如何でしょうか?

それに、今回の提案を受諾した所で、

満州鉄道や朝鮮等の既に確保している

日本の権益を差し出す訳ではありますまい。

新たに英米等の参入を認めるに

過ぎないではありませんか。

それは、寧ろ我が国に好都合でしょう。

拓務省や満鉄の試算によりますれば

満州を開発し利益を確保する場合

莫大な資本投下を要するとの事ですが、

英米資本で満州の開発が進み発展した場合、

我が国が既に持っている鉄道利権が

更に大きな影響力を持つ事にも繋がります。

もっと言えば、満州の利権を守る為に

英米が親日的な立場を表明する事も

将来的には期待出来ると存じます。

そうした利益を予め確保したうえで、

ルーマニアからは対価として石油を

確保する事が出来ると言うのですから、

提案を拒否する理由が無いと考えます。」

 

斎藤首相のその発言を聞いて、

海軍、特に軍令部がざわついた。

斎藤首相がリベラル派である事は

広く知られた所であるとは言え、

海軍出身の首相が堂々と

軍令部の発言に反対する立場で

ものを言ったからである。

とは言え、斎藤首相の発言は

確かな根拠を持った発言である上に

陛下の意見に追従しただけの物である為

軍令部は反論する事が難しかった。

そんなざわつく軍令部を横目に、

斎藤首相の発言に首肯した陛下は口を開く。

 

「牧野はどう思うか?」

 

「…私も陛下の見解に賛成致します。

賛成の理由については斎藤首相と

殆ど変わりは無いのですが、

恐れ多くも、伏見宮様に

申し上げたき儀が一点ございます。

この度の提案の受け入れは、

我が国の譲歩ではございません。

客観的に申し上げて、この話は

我が国に有利な“取引”にございます。

満州や中国地域の開放によって

我が国が失うであろう利益と、

石油の無償提供による利益であれば

後者の方が大きくなりましょう。

更に言えば、満州に投下する資本を

内地に投下する事が叶えば、

臣民の生活はより良い物となる筈です。

更に申し上げますと、今回の提案は

ルーマニア政府からの提案であって、

英国や米国からの提案ではありません。

よって、我が国が英米に譲歩したとは

言えない物であると私は存じます。」

 

…天皇の側近中の側近の一人である

牧野のダメ押しとなる発言を前にして、

流石の伏見宮も反論が難しくなっていた。

形勢は明らかに軍令部の不利。

伏見宮はここが引き際と察し、

一つの方針転換を図る。

 

「…斎藤首相へと申し上げます。

軍令部は、先程の発言を撤回し

提案への賛成を支持します。

しかし、無条件の物ではありません。

今回の提案を受諾する事を理由に

海軍予算の縮小を図らないと

お約束願いたいのですが、

如何でございましょうか?」

 

陛下の意向が堅そうだと見るや、

斎藤首相に狙いを変える伏見宮。

幾ら親英米的なリベラル派とは言え、

斎藤首相は海軍出身であるから

海軍予算の縮小を言い出しにくいと

伏見宮は確信して言質を取りに行った訳だ。

…しかし、斎藤首相は慎重な人物であり、

宮様相手であろうともそれは変わらなかった。

 

「…海軍予算につきましては

今回の会議の本題から

逸れる内容でございますから、

後日ご質問内容を精査したうえで、

蔵相である高橋に答えさせます。」

 

…伏見宮の策略をいなす斎藤。

遂に、伏見宮は手も足も出なくなる。

軍令部から参加した者は全員が全員

斎藤首相を思い切り睨んでいるが、

当の本人はどこ吹く風であり、

遂に会議の趨勢は完全に決した。

それを見て、天皇が口を開く。

 

「…皆の意見を聞く事が出来、

朕は今回の会議に満足している。

それでは、皆の意見も一致しているから、

その通りにすべきと思うがどうか?」

 

天皇のその言葉を受けて、

皆が一斉に口を開いた。

流石にこの期に及んでは、

不服そうな軍令部も同調する。

 

「「異存ありません。」」

 

…かくして、御前会議にて

ルーマニア政府の提案を

受け入れる事が決定された。

日本は外交方針を決定し、

英米への接近を画策しだす。

そして、この御前会議を以って

海軍軍令部、所謂“艦隊派”が

所謂“条約派”に敗北を喫した事が

明らかになったのであった。

 

 

--------

 

 

「日本は遂に受け入れたのね。

まぁ、賢明な判断だと思うわ。」

 

「私も本当にそう思います。」

 

1932年8月31日、紅魔館内の執務室にて

私、レミリア・スカーレットは

外務大臣の宇佐見隼一から

日本に対して行った提案の同意書、

及び報告書を受け取っていた。

報告書の方を確認してみれば、

既に日本は英米に対して接触を図り

満州や中国租界への進出を認める見返りに

満州国建国への支持を求めているらしく、

対ソ連の防波堤を日本に押し付けながら

中国利権を拡大するチャンスと見做した英米からは

好意的な反応が返ってきているそうだ。

これで状況は随分と好転したと言えよう。

一通り大まかに目を通した所で、

私はルーマニア政府の新入りに

適当な雑談を吹っ掛ける。

 

「…所で、貴方を外務大臣にしてから

2日に1回は何かしら報告書が来るけど、

いったい何時寝ているのかしら?

時間を止める事が出来る咲夜ですら

ここまでの仕事はしていなかったけれど。」

 

上司と部下…よりは一応重い関係だが、

上司として私は彼の健康を気遣う。

運命が証明する以上彼は有能だが、

彼はあくまでごく普通の人間なのだ。

現状ルーマニア政府の重要人物の労働環境は

下手をすれば産業革命初期の炭鉱夫より

劣悪そうな物である事が想像出来るので、

過労で倒れる事は有り得ない話では無い。

ルーマニア政府がありとあらゆる全てを

属人的な能力に依存している以上、

そんな事になると困ってしまうのだ。

しかし、彼は相変わらず涼しい顔で言う。

 

「いえ、全く寝ていません。

ルーマニアに来てから一睡も。」

 

「…見え見えのジョークは良いのよ。

貴方は普通の人間な訳でしょう?

きちんと寝ないと駄目何じゃない?」

 

私がそう言うと、彼は苦笑する。

 

「陛下もよくご存知ではありませんか。

私の嫁にかかれば睡眠不足による弊害は

一切合切無くなってしまうのですよ。

“疲労回復魔法”様様と言った所です。

…それに、お恥ずかしい話なのですが、

彼女は私を馬と勘違いしているのか

どうやら私を寝かせる気が無い様で。

その気にはさせてくれますから、

才能のある騎手だとは思いますが。」

 

少し頬を染めながら言う隼一。

それを聞いて、私は呆れてしまう。

私の前でこの男はよくもまぁ

こんな破廉恥な話が出来る物だ…。

 

「…そ。愛されてるわね、貴方。

確かにあの魔法にはそんな効果もあるって

アリス辺りから聞いた気がするわ。

妖怪ですら睡眠が必要だってのに、

何とも便利な魔法だ事で。

…それと、彼女が身籠った時は

私にきちんと報告しなさいよ?

確かに私は吸血“鬼”だけど、

流石に妊婦に鞭を打つ程鬼じゃ無いの。」

 

私がそう言うと、隼一の視線が上向く。

 

「勿論陛下には報告させて頂きます。

恐らくは、そう遠くない内に。

…それにしても、折角であれば

私達の子供達には歴史に残る様な

立派な人間になって欲しい所です。

陛下は長命だと伺っておりますから、

子供達の事も宜しくお願い致します。」

 

「あら、贔屓のお願いかしら?

ま、確かに2人には助けられているしね。

ルーマニア政府は人材不足だし、

“有能”なら優先的に使うとだけ

約束はさせて貰おうかしら。」

 

…子供、か。私は長命の吸血鬼であるから

暫く縁が無さそうなのは間違い無いな。

私は生産性の無い考察を一瞬で放棄して、

隼一に向かって指示を出す。

 

「…まぁ、子供の件については別にいいのよ。

取り敢えず、今貴方がすべき仕事について

指示を出すからよく聞いていなさい。

まず、予め約束していた分の石油を

日本へ取り急ぎ送る事にしましょう。

年間産出量の2割って約束だけど、

輸送船が足りていないって

アリスから聞いているから、

足りない輸送船は日本から

派遣して貰う事にしましょうか。

仮にも島国なのだから、

輸送船位ちゃんとあるでしょう。

石油の2割を無償提供するのだから、

きっとその位言っても許される筈だわ。

その事を日本外務省に伝達しておいてね。」

 

「承知致しました。」

 

隼一は背筋を伸ばしてから礼をすると、

穏やかな足取りで執務室から出ていった。

 

 

~~~~~

 

 

「…お嬢様、こちらをお受け取りください。

頼まれておりました報告書になります。」

 

…私が一息つこうかと思った矢先の事だ。

目の前に咲夜が現れ、報告書を手渡してくる。

内容は、先のドイツでの議会選挙で

第一党の座を獲得したナチ党と、

党首のアドルフ・ヒトラーについてである。

よく出来た報告書を確認して、

私は咲夜の成果を労った。

 

「報告書の提出ありがとうね、咲夜。

本当なら今回の仕事は外務大臣の

隼一に任せるべきだったのだけど、

今回だけは許して貰いたいわ。」

 

…私がそう言った瞬間である。

執務室のドアが随分と乱暴に開けられて、

可愛らしい私の妹が入室してきた。

最近勝手な入室がやけに多いので、

私は先手を打って注意する。

 

「…フラン?前も言ったでしょう?

暫く陸軍予算の増額はしないって。」

 

私はそう言ってフランを諌めたが、

彼女は私の発言を思い切り無視して、

私のデスクに一冊の本を叩きつけると、

外まで聞こえんばかりの大声で叫んだ。

 

「お姉様はこの本を見ても

同じ事が言えるのかしら!?」

 

私はフランが叩き付けた本の

表紙に書いてあるタイトルを読む。

そこにはドイツ語で、

“Mein Kampf”とあった。

私は頭にクエスチョンマークを浮かべ

フランに向かって聞き返す。

 

「“我が闘争”…?何よ、この本は。」

 

「著者を見てみなよ!!!」

 

私はフランにそう言われて著者を見ると、

そこには確かに“アドルフ・ヒトラー”

と記載されているでは無いか。

成程、ナチ党党首の著作と言う訳だ。

…しかし、私が咲夜を見やると、

咲夜はウンザリした様な苦笑の様な、

その中間らしき表情をしている。

咲夜とフランの様子から察するに、

この本の内容はどうしようもない物らしい。

とは言え私はこの本の内容を知らないので、

取り敢えず大まかに内容を把握する為

パラパラとページをめくって見る事にした。

 

~~~~~

 

…まぁ、何と言うか、これは酷い。

私は5分でこの“ゴミ”に対する興味を失った。

私はただ端的に、書籍と呼ぶには

余りにもおこがましいと思われる

紙とインクに対する敬意に欠けた

“ソレ”について批評する。

 

「…ま、書いた人間の程度が知れるわね。

“彼”と同じ差別主義者にしてみたって、

こいつの場合趣味が絶望的に悪いわ。

パチェはこの本について何て言ってたの?」

 

「…お姉様に読ませた後に

焼却処分するんだって。

ま、当たり前だよね!!!」

 

「…“知識”を具現化した様な奴にすら

匙を投げられる何ていよいよお終いね。

あの図書館から見捨てられた本何て

私は見た事も聞いた事も無いわ。

あの図書館の蔵書の中には

聖書さえあるって言うのに。」

 

相変わらず顔は真っ赤にしつつも

本をぶん投げて少し落ち着いたフランに

ありったけの酷評を伝えて共感を示す私。

…しかし、それとこれとは別なのである。

 

「…それで、フランは要するに

こんな本を出すドイツは危険だから

陸軍予算を増やそうって言いたい訳?」

 

「そんなの当たり前でしょ!?

大体、元々ルーマニアはロシアを

警戒しているって話な訳でしょ???

ドイツとロシアにもし攻められたら

ルーマニア何て消し飛んじゃうよ!!!」

 

「フラン、ロシアじゃなくてソ連よ。

ロシアは革命によって処分されたの。

1917年、ゴミ箱にポイされたのよ。」

 

「別にちゃんと伝わってるんだから

どっちだって良いでしょ!?」

 

…一瞬で落ち着きを失い

怒り心頭で顔を赤くするフランに

私は困り果て、咲夜の方を見る。

私からの視線を感じた咲夜は

大いに困ったと言う顔をしていたが、

私の意図を汲んで口を開く。

 

「…確かにそうですよね、妹様。

ドイツは危ないかもしれません。

ですが、落ち着いて頂けませんか…?

実際、まだこのどうしようもない男は

ドイツで大した権力は持っていません。

精々お仲間が選挙で多少頑張っただけです。

ですから…陸軍予算の増額については

この男が権力を握ってからでも

問題無いのではありませんか?

お嬢様もそう思いますよね?」

 

咲夜は懇願する様な目で私を見る。

どうにか妥協せよと言う事か…。

とは言え、陸軍予算は増やしたくない。

現時点でも既に結構増額しているし、

陸軍は海軍や空軍と違って規模が大きいので

予算を拡大すると際限が無いのである。

…それでも、私としてもこの書籍を読んで

ドイツの危険性については認識出来た。

その強大さについても、先の大戦で

ほぼ全世界の国家を敵に回しながら

4年以上抗戦したと言う過去から明らかだ。

取り敢えず私がここは引き下がるべきか。

 

「…そうね、もしそんな事があれば

陸軍予算の増額を決定しましょう。

だけど、増額分は経済成長率次第ね。

流石にこれ以上は増やしたく無いし。

現時点で国家予算の約半分が軍事費なの。

更に言えば、陸軍に割り当てた予算は

軍事費全体の約6割を占めているわ。

それを理解した上で約束したいと言うなら

私としてもここは妥協しましょう。」

 

私が陸軍予算の増額幅について

限界ライン二歩手前位の条件を提示すると、

フランは不服そうにしながらも首肯する。

 

「…まぁ、それでも良いよ。

だけど、これは約束だからね???

もしお姉様が守らなかったら

ただじゃ済ませないんだから!!!」

 

…フランは乱暴にそう言って

“我が闘争”をひったくると執務室を出る。

きっと図書館で焚書でもするのだろう。

取り残された私が咲夜を見ると、

咲夜は気まずそうにこう言ってくる。

 

「お嬢様…。これはあくまで

私の拙い予測に過ぎないのですが、

きっと“アイツ”は政権を取ると思います。

それも、そう遠く無い未来の話です。」

 

…咲夜のその言葉は、

私に大きな溜息をつかせるに

十分足る力を持っていた。

もし私が吸血鬼ではなかったら、

思わず卒倒していたかもしれない。

 




御前会議の参加者…今になって思えば、幾ら何でも全員書く必要は無かった。特に枢密顧問官。

陛下の描写…本作における陛下は史実よりも積極的に発言なさるお方として描写させて頂く事が多々ある。しかし、これをご了承願いたい。

艦隊派と条約派…大日本帝国海軍内の派閥。ロンドン海軍軍縮条約を巡り「条約妥結やむなし」とする条約派(海軍省側)とこれに反対する艦隊派(軍令部側)という対立構造が存在しており、海軍内での主導権を巡ってやりあっていた。本作品では艦隊派が敗北を喫した。

牧野伸顕…天皇陛下から篤い信頼を勝ち得ていた内大臣。陛下の側で仕えつつも立場的にはリベラル派の人物であり、作者からの評価も極めて高い。どの位高いかと言えば、”今の日本の政治家も牧野の様な立派な人物ばかりであれば良いのに”と思う位。戦前のリベラル派には戦後の似非リベラル派と違って立派な人が多い様に感じます。

馬と勘違いされる隼一…真面目そうな隼一だが、この話をレミリアにジョークとして使う時点で嫁に毒されている事は明らか。疲労回復魔法をかけられた筈なのだが、睡眠不足で常識が吹き飛んだのだろうか。可哀想。

我が闘争…ナチ党指導者のアドルフ・ヒトラーの著作。全2巻で、第1巻は1925年、第2巻は1926年に出版された。ヒトラーの自伝的要素と政治的世界観の表明などから構成されており、ナチズムのバイブルとなった本。生まれながらに人ならざるものとして疎まれてきたフランにとって、差別主義者は不俱戴天の仇。レミリアにも同じ様な感覚はあるが、こちらは割とその辺に折り合いをつけて向き合っている。

ルーマニアの国家予算…来年度、1933年の予算は約半分が軍事費、約二割がインフラ建設費、残りが社会保障費に充てられる予定。錬金術が使える事を良い事に急速に財政出動をしているのでインフレ率が高まっており、流石のレミリアも少しだけ不安になっている。一応咲夜さん曰く財政は健全らしいです。


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