紅魔戦記~カリスマの戯れ~   作:インスタントブルー

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今回はちょっとだけ短めです。


リアリティー

「ドイツが国際連盟を脱退?

幾ら張りぼて組織だからって、

それは無いんじゃ無いかしら。

わざわざ自分から孤立を深めて

一体どうするって言うのよ。」

 

「…そうね。私も愚策が過ぎると思うわ。

まるで、虐められて拗ねる子供の様じゃない。」

 

「パチェは相変わらず辛辣ね。

…お陰で脱退の理由が理解出来たわ。」

 

1933年10月15日の朝、

私、レミリア・スカーレットは

久し振りに大図書館へと足を運び

隼一からの報告書に目を通していた。

報告内容はドイツの国連脱退についてだ。

恐らく脱退の理由は、戦勝国の英仏中心の国連が

ヴェルサイユ体制を敵視するナチス政権にとって

極めて都合が悪く、許せないからでは無いかとは、

隼一含めた外務省ドイツ担当者の分析である。

…そう言われても、私には愚策にしか思えない訳だが。

私は思わず溜息をつくと、口を開く。

 

「…予め分かってはいた事だけど、

連中の狙いが透けて見えてくるわ。

要するに、連中は私達戦勝国に

どうにか“復讐”を果たしたいのよ。

国連脱退はその第一歩と言う訳ね。」

 

私がそう言うと、パチェは読んでいた本…

タイトルには『原子構造の解析』とあるな。

この本は魔導書じゃなかったのだろうか?

どうにも新しい本の様だし、

羊皮紙も使われていなさそうだ。

…まぁ、兎に角パチェは本を閉じて、

私に向き直ると口を開く。

 

「ルーマニアが戦勝国かどうかは、

極めて微妙な所だと思うけれどね。」

 

…相変わらず痛い所を突いてくるな。

確かに、ルーマニアは先の大戦において

どう考えても連合国のお荷物だったし、

深刻な戦術的敗北を幾つも喫した。

これで自らを勝ち馬に乗っただけで

戦勝国と言うのは正直詐欺にも聞こえる。

…しかし、私に言わせて見れば

先の大戦の認識は決まっている。

 

「ルーマニアは確実に戦勝国よ?

その証拠に領土も結構広がったのだし。

完璧な戦略的勝利と言えるわ。」

 

“戦争とは他の手段をもってする政治の継続である”

…とは、かの有名なクラウゼヴィッツが

著書の『戦争論』で述べた所であるが、

どんなに無様に戦場で負けようと

最終的にルーマニアは領土を獲得したのだ。

ルーマニアは確実に勝利していると言えるだろう。

胸を張ってそう言える私に対し、パチェも口を開く。

 

「…まぁ、私もレミィの見解に賛成だけど、

大半の人間はそうは思っていない筈よ。

彼等から言わせてみれば先の大戦は、

“ルーマニアは戦術的敗北の数々によって、

国際社会に恥を晒す羽目になってしまった“

…って認識している事は間違い無いでしょうね。

少なくとも、フランの見解はそうだったわ。

…あの子は陸軍と空軍を率いる大臣として、

次の戦争であんな醜態は晒さ無い様に

懸命にやれる事をやっているわよ?

いつ来るかは分から無いけれど、

そこに人間が存在する限り

戦争は絶対に無くならないからね。

フランは敗戦から学びを得ているの。

そう、レミィとは違ってね。」

 

「…パチェは一言余計なのよねぇ。」

 

「そりゃ結構な事ね。魔女冥利に尽きるわ?」

 

私が自信を持ってした発言に対して

パチェは賛同の意を表明しながらも、

フランの話を持ち出しながら

私にチクリと口撃を加えてくる。

相変わらず口の悪い親友に対して

思う所が無い訳では無い物の、

私と比較した時にフランの働きぶりが

凄まじい事もまた確かだろう。

最近のフランは、昼は日傘を持って

錬成魔法の応用で生み出したと言う

ペガサスの品種改良に勤しみ、

夜は王立空軍近衛部隊に対して

熾烈な弾幕訓練を課している。

一体いつ睡眠を取っているのか、

そもそも睡眠を取っているのか、

何れにしたって私には

皆目見当もつかない献身ぶりだ。

幾ら吸血鬼が頑丈と言ったって、

それはあくまで睡眠を要しない

と言う意味では決して無い。

私は6時間睡眠だと翌日眠いぞ。

…そうして、私がフランについて

あれこれ考えていたその瞬間、

眼前にルーマニアで最も

過労に苛まれている人間が現れる。

彼女、十六夜咲夜は端的に言った。

 

「お嬢様、先程外務省に赴き

隼一から確認を取りました所、

訪問を予定していました

ゲッベルスの来訪日程が

正式に決定したとの事です。」

 

どう考えても疲れているだろうに

私の前では疲労を見せずに語る咲夜。

肌にも艶がキチンと出ている。

私は内心彼女を称賛しながら口を開く。

 

「…ありがとう咲夜。具体的にゲッベルスは

いつ紅魔館に来る事になっているのかしら?」

 

「11月23日です。お嬢様のご指示通り、

紅魔館内での謁見と会談、

そしてバベルの塔見学を

日程には組み込んでおります。」

 

「それは何よりよ。流石の手際の良さね。

…それと、広田の方についても

何か隼一に聞いているかしら?」

 

「広田に関しては、日程は未定との事です。

お嬢様のご指示通り広田の訪問に合わせ

三国同盟の調印を行う為には

事前交渉が必須となりますから、

現在は英国側と日本側に働き掛けて

三国同盟案についての調整を

行っている最中との事でした。

日本側の反応は概ね良好だそうで、

現在は英国側と交渉中だそうです。

どうも、英国側には我が国に対して

警戒感を持っている議員がいる様でして…。

ただ、そうした議員の抑え込みには

少々時間を要すると思われる物の、

反ソ連のみならず反独にも

日本を活用出来る事に対しては

期待する向きも大きいそうで、

事前交渉は無事終わりそうであると。」

 

“元”外務大臣として的確に

交渉の内容を端的に話す咲夜。

英国は民主主義国であるから

一定の時間が掛かる事は分かっていたが、

如何にか交渉がまとまりそうで何よりである。

まぁ、客観的に見て英国が失う物よりも

得る物の方が多いであろう同盟案であるし

乗って来ないと困る訳であるが。

私は咲夜に対して尚も質問する。

 

「…具体的にどの位かかるかは

言っていなかったかしら?

今年中に纏められると良いのだけど。」

 

「こればかりは相手がある事ですので

あくまでも予測になりますが、

隼一はクリスマスパーティーに合わせ

調印式を行なう事が出来る様に

纏めていると報告してくれました。」

 

「…そ。なら、そうしましょうか。

今年のクリスマスパーティーは

多分日英関係者だけの出席になるから

招待状は日英の関係者だけで良いと、

隼一にも伝えておいて頂戴。」

 

「畏まりました。」

 

汗一つ流さず凛々しい顔で言う咲夜に

私は淡々と仕事の話をした。

正直雑談に興じたい所ではあったが、

咲夜の仕事量を考えた時に

余計な時間を使わせる事は憚られる。

…そして、咲夜は私に一礼すると、

時間を停止させその場から消えてしまう。

隼一に私の指示を伝えに向かったのだろう。

仕事が早くて助かると言う物だ。

私が相変わらず有能な咲夜に感心していると、

本に視線を落としているパチェが口を開く。

 

「…咲夜は本当に偉いわよね。

レミィよりも仕事が早いわ。」

 

「時間を停止出来る咲夜と

仕事の早さで比べないで頂戴よ…。

それに、本を読んでいるパチェに言われても

正直説得力に欠けているのだけれど?」

 

私だって言われっぱなしじゃ無いんだぞ?

相変わらず本から視線を離そうとしない

根暗の紫もやしに言い返して見れば、

パチェは肩を竦めて主張して来る。

 

「仕方無いわ?私の仕事の半分は読書なの。

例えば、この本は複製魔法の改良研究に

大いに貢献してくれているのよ?」

 

パチェは私にそう言って、

『原子構造の解析』を見せて来る。

そこには、訳が分からない図解と

複雑な魔法式と術式が記されていた。

私はそれを見て驚いてしまう。

 

「…その本、魔導書だったのね。

本の見た目もタイトルも、

魔導書には見えなかったのに。

お陰で、内容がさっぱり理解出来ないわ。」

 

私は魔女では無いのだから当然だ。

パチェ、アリス、メアリー、フランなら

分かる内容なのかもしれないが、

内容の難解さを鑑みれば

少なくともエライザには無理な代物だろう。

私が両手を上げて降参の意を示すと、

パチェは私に向かって口を開く。

 

「レミィは根本的に勉強不足なのよ。

大体、仮に中身が魔導書じゃなくても

レミィには理解出来無いでしょうが。」

 

「…確かにそうかもしれないけれど、

わざわざ言わなくたって良いでしょうに。」

 

「悪く思わないで頂戴?忠言って奴よ。」

 

「はいはい、分かってるわ?」

 

親友に指摘され、私はふと考える。

私も魔導書を読んだ方が良いのだろうか?

私にも一応魔力は存在する訳だし、

勉強すればフラン程では無いにせよ、

魔法を使う事が出来るかもしれない。

…だが、私はすぐさまその考えを放棄する。

私は、お勉強が好きでは無いのだから。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「前提として御理解頂きたいのですが、

魔法は万能で不思議な力ではありません。

魔法を使えば物理法則を超える事も出来ますが、

それは単に魔法を発動させる為の論理体系が

既存の科学と異なっているからに過ぎ無いのです。

この前提を踏まえた上でお話をお聞きください。」

 

「…分かった。じっくり聞かせてくれ。」

 

1933年10月20日、ベルリン近郊の研究室兼自宅にて。

私、メリッサ・アインホルンは

ここを訪れて来た政府のお偉いさん、

ヨーゼフ・ゲッベルスと言う1人の男に

“魔法とは何か”と言う根源的な質問をされていた。

何故こんな事を私に聞いてくるのかは分からないが、

魔女の私は別にそんな事に興味は無いので、

ソファーに腰掛けリラックスしている彼に

淡々と、事務的に説明を始める。

 

「結論から申し上げますと、

“魔力を変換する事によって引き起こされる

科学とは異なるあらゆる事象の総称、

或いはそうした事象を引き起こす方法”

の事を私達魔女は魔法と表現しています。

電気を使って灯りをつける様な物ですが、

残念な事に、魔法を使う為に必要な魔力は

多くの人間に備わってはいませんから、

魔力の無い人間が魔法を学んだ所で

決して魔法が使える様にはなりません。

…まず、ここまでは御理解頂けましたか?」

 

私は真剣に聞き入っている様に見える

ゲッベルスに確認すると、

彼はちょっと残念そうな顔をしつつも

その瞳を眩い光で煌めかせ、

私に向かって質問してくる。

 

「例えば、私には魔力が無いと言う事かね?」

 

「いえ、貴方にも魔力は存在していますよ。

そもそも、極めて厳密に定義すると、

大抵の人間は魔力を体内に保有しています。

それにも関わらず魔法を使える

人間の数に限りがある理由は、

単に多くの人間が持つ魔力の量が

魔法を使う為に必要な水準に

達していないからに過ぎません。

そして、残念ながら保有する魔力量は

単に才能によって決まっています。

後天的に増やす事は不可能です。」

 

ゲッベルスが万が一にも

私に魔法を習う事を希望したりしたら

どう考えても面倒極まりないので、

私はその様な真実を告げる。

だが、ゲッベルスの瞳は煌めいたままだ。

 

「例えば、私の魔力量は具体的にどの位だ?」

 

「正直に申し上げますと、

貴方の魔力量は一般人のそれよりも

随分と多いとは思いますよ?

尤も、魔法を使える様になる程の

魔力量は無いみたいですが。

ですから、私から魔法を習った所で

貴方が魔法を使える様に

なる事は決してありません。」

 

しかし、私がそう告げたにも関わらず、

ゲッベルスの表情は明るくなる。

もしかして、自分に都合の悪い部分は

聞かないタイプの男なのだろうか?

 

「しかし、私は一般人よりも随分と

保有する魔力量が多いのだろう?

具体的に、上位何%位に相当するのかね?」

 

「貴方の魔力量の多さを踏まえれば、

確実に上位1%には入っているでしょうね。

貴方自身は天地がひっくり返ろうと

魔法を使えはしないでしょうが、

私が作った簡易な魔道具に

魔力を流し込む事で使うぐらいなら

出来る可能性は否定しません。

ただ、私が作る魔道具何てその大半が

子供の玩具みたいな効果しかありませんし、

余り期待されても困りますが。」

 

私は淡々と事実だけを告げる。

まぁ、ゲッベルスと言う男は

断じて魔法を使えたりはしないだろうが、

同時に才能がある事も否定出来ないのだ。

少なくとも、一般人が持つ魔力量と比較した時、

彼が持つ魔力量は一線を画している。

私は魔法を教えて欲しいと彼に言われれば

絶対に受け入れる気は無かったが、

子供の玩具程度の魔道具であれば

条件次第で作っても良いとは思っていた。

その程度でお偉いさんの機嫌が良くなるなら、

私にとってもそこまで悪い話じゃ無いだろうし。

私が引き寄せ魔法でコーヒーカップを

向こうにある食器棚から引き寄せると、

ゲッベルスは目を見開いて私に言う。

 

「…私にその魔道具とやらを

作って貰う事は出来るかね?」

 

「…私は研究で忙しいので

正直言って条件次第ですが、

検討ぐらいはしても構いません。

具体的にどんな物をご所望なのですか?

それと、先程申し上げた通り

効果は所詮子供の玩具程度ですよ。」

 

…私がそう言うと、ゲッベルスは

暫しの間顎に手を当て思考を始める。

この際難題を吹っ掛けようとでも

考えているのだろうか?

だとしたら勘弁願いたいのだが。

私が数分間不安に感じていると、

ゲッベルスは口を開いた。

 

「これはあくまで仮定の話だが…

君が作る魔道具の力があれば、

私の足を治す事は可能なのか?」

 

「魔道具では難しいと思いますよ。

魔法を使えば不可能ではありませんが、

生憎治癒魔法は苦手な物でして。」

 

私がそう言ってやった瞬間、

ゲッベルスの顔が露骨に歪む。

気にしていたのだろうか?

しかし、無理な物は無理なのだ。

魔法と言えども法は法。

別に万能な手段でも何でも無い。

少なくとも、私達魔女にとって

魔法はファンタジーでは無く、

ありのままのリアリティーなのだ。

ちょっと気まずい空気の中で、

ゲッベルスは再び切り出して来る。

 

「…私は宣伝を仕事にしている。

演説の際、誰もが思わず聞き入る様な

そんな魔法を必要としている。

まるで、幻想に足を踏み入れる様な

特別な体験を提供出来る魔法を。

私は魔法に対する可能性を諦めない。

それが子供の玩具程度であっても、

確かに“魔法”の1つである事、

そして、それを私が使える事が

絶対に必要不可欠なのだ!」

 

突然熱っぽく語るゲッベルスを見て、

私はふと思った事が口をついてしまう。

 

「…確かに、魔法みたいですね。」

 

私は自分の本音が無意識の内に

口をついて出て来た事に少々驚くが、

ゲッベルスが見せる顔は

私よりも遥かに驚いていそうだった。

彼は私に向かい興奮しながら語る。

 

「そうだろう?宣伝とは、偉大な芸術であり、

偉大な魔法に他ならないのだよ!!

…私は決して、魔女では無いかもしれない。

私は、魔力が足りないかもしれない。

私は、歩く事が不自由かもしれない。

…だが、それの一体何が問題なのだ?

私の仕事は聴衆に魔法をかける事だ!

だが、私はより強力な魔法を欲している。

誰の為か?私の為か?いや、違う!

ひとえに、それは聴衆の為だ!!!

…君も、この魔法の神髄が分かるのだろう?

であれば、この私に協力するんだ。

私の魔法をより強力にする為の、

一滴の調味料を私に授けてくれ。

…さぁ、メリッサ、想像してご覧?

報酬は、私の側で見える景色だ。

聴衆の大歓声に包まれながら、

熱狂に身を委ねてみるんだ…。

倒錯する様な圧倒的な快楽を、

絶頂する様な栄光の瞬間を、

私は君に与えたいと思っている。」

 

…協力するのかしないのか、

私の中で、返事は定まった。

否、定められていたのだろう。

理由は、言わなくても分かる筈だ。

 

「…分かりました。協力しましょう。

余り派手な事は難しいですが、

皆があっと驚く魔道具を作成してみます。

…貴方は何と言うか、面白い方です。

私は貴方に賭けてみたくなりました。」

 

私にここまで言わせる何かを、

私は確かに感じ取る事が出来た。

恵まれながらも飽和している毎日も、

この男なら変えてくれるかもしれない。

研究にも刺激は確実に必要なのだ。

根拠や理由がある訳でも無かったが、

彼を盲目的に信じてみたいと、

私には不思議とそう思えた。

ゲッベルスは興奮しながらも、

少々身を乗り出し、私に囁く様に言う。

 

「ありとあらゆるファンタジーは、

ありとあらゆるリアリティーになる!

君と私の手によって…!!!」

 

私の脳内に侵食する言葉の力に、

確かに魔法が感じられた。

誰かに魔法をかけられたのは、

今日が生まれて初めての事だった。




戦争論…わざわざここで書かずとも多分皆知っているクラウゼヴィッツの名著。国家指導者なら須らくせめてその概要ぐらいは理解しておくべき一冊であり、無論レミリアも概要ぐらいは知っている。

ゲッベルスの足…ゲッベルスは、4歳の時に右下腿部に小児麻痺を患い、手術する事となった。そのためゲッベルスの発育は著しく遅れ、左右で足の長さが異なり、歩行がやや不自由な身体障害者となった。ゲッベルスは生涯にわたって整形医療具に萎えた足を包み、それを後ろに引きずるように歩くことを余儀なくされた。彼の生きた時代背景や生育歴を鑑みれば、魔法にすがってでも治したいと考える気持ちは十分理解出来る。

ゲッベルスの演説能力…わざわざ作者が説明するまでも無く、とても上手い。少女のメリッサが一瞬で墜ちるのも理解出来る。気になった人は”総力戦演説”で検索してみよう。現代でもあの演出は十分通用すると思う。
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