紅魔戦記~カリスマの戯れ~   作:インスタントブルー

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瀕死の病人

「お嬢様、ヨーゼフ・ゲッベルス殿がお越しです。」

 

「構わないわ。通しなさい。」

 

冷え込みも随分厳しくなって来て

雪が降り続く1933年11月23日の11時過ぎ、

紅魔館の執務室に私、レミリア・スカーレットは

ヨーゼフ・ゲッベルスを招き入れていた。

ドイツ人男性としては小柄に感じる彼の身長は、

流石に私よりも高い物であるにせよ

彼の前を歩く咲夜と同程度の物であり、

何なら若干咲夜の方が高いかもしれない。

暫く前の事だから正確な数字かは分からないが、

確か咲夜は167㎝位って言っていた気がするし。

…私がそんな表面的な考察をしたのも束の間、

ゲッベルスは私に向かって執務机越しに

右手をスッと差し出してくる。

 

「お初にお目にかかります、スカーレット女史。

私が、ドイツ国にて国民啓蒙・宣伝大臣を務める

ヨーゼフ・ゲッベルスと申します。

本日は、貴国への訪問と

謁見の許可を下さりまして

大変ありがとうございました。

短い間ですが宜しくお願い致します。」

 

丁寧な口調で微笑むゲッベルスに

私は握手を返しておく事にする。

…誰かに仕込まれたのか、或いは自然な物か。

いずれにしても、評判通りに出来る奴の様だ。

本職では無い筈だが、心得ていると言えよう。

肩書き的には“女王”である私に対して、

“所詮”宣伝大臣に過ぎないゲッベルスが

対等に握手をする等普通は有り得ないのだが、

この男は躊躇なくそれを実現させてしまう。

こちらが握り返さないと言うのは

幾ら何でも余りに心証が悪いので、

私としては思惑に乗らざるを得ないのだ。

癪に障るが、まぁ別に構わないだろう。

私は微笑みながらこう返しておく。

 

「ルーマニア王国女王、レミリア・スカーレットよ。

こちらの方こそ、宜しくお願いするわね。

短い間だけど、きっと印象に残る旅になるわ?

さ、疲れるでしょうし、座って頂戴。」

 

私がそう言った瞬間、執務付けが横にどけられ

中央にはローテーブルとソファーが出現する。

私は彼を手で促し私の向かいに座らせると、

瞬間、私達の目の前には紅茶が現れる。

これは演出が好きそうな彼に対する

咲夜からの完璧で瀟洒なサービスだ。

目を丸くするゲッベルスを見て

まるで悪戯が成功した時の様に

上機嫌になった私は、彼に質問を繰り出す。

 

「貴方はドイツ人なのだから、

珈琲の方が好みだったかしら?」

 

「お気遣い頂きありがとうございます。

しかしながら、私はかのフリードリヒ大王程

熱心と言う訳でもありませんから、紅茶で結構です。」

 

「…アイツ、自分は珈琲が好きな癖に

国民には珈琲を禁止する何て言う

とんでもない奴だったと記憶しているわ。

あんなの暴君よ暴君。私は嫌いよ?」

 

…あれは確か1777年の事だったか。

彼はコーヒー禁止令を発布したのだ。

発布の理由は貿易収支の改善だったそうだが、

だったら自分も我慢したらどう何だと

当時激しくツッコミを入れた記憶がある。

私が昔の事を思い出していると、

ゲッベルスは胸を張って述べる。

 

「しかし、フリードリヒ大王は英雄であり

名君でもあったと私は評価しています。

そしてそれは、ドイツ国民の全員が

須らくそう評価すべき事実でもあるのです。

無論、総統閣下も大王を高く評価しています。」

 

「そうなの?彼の成果は私からすると、

殆ど彼の父親の成果だと思うのだけど。

内政と軍事を彼の父親が整備していたから、

彼は大王と呼ばれる名君になる事が

出来たんじゃ無いかしら?」

 

「…フリードリヒ・ヴィルヘルム1世、

通称“兵隊王”と呼ばれる人物の事でしょうか?

スカーレット女史はよくご存知でいらっしゃる。

…ですが、彼は粗暴な王だったと伝わります。

その点については如何お考えなのでしょうか?」

 

「彼が粗暴である事の一体何が問題?

…残念だけど、私は彼を非難出来る程

立派な行いをして来た訳じゃ無いのよ。」

 

私は肩を竦め、過去の行いを思い返す。

粗暴であったか否かは兎も角として、

残虐であった事については否定しない。

何なら今だって敵対者に対する考えは

殆ど変わっていないと言って良いだろう。

そんな私を見つめ、ゲッベルスは述べる。

 

「…さて、私は今から“自由意思”の下で

紅茶を嗜もうと考えております。

あくまでも、私が飲みたいから飲むのです。

珈琲を禁止されたからではありません。」

 

自信満々に微笑みながら言うゲッベルス。

しかし、私は彼を牽制しておく事にする。

 

「…そう言えば、イタリアのドゥーチェは

正直に紅茶には自信が無いと述べたていたわね。

実際、貴方にはその自信がおありで?」

 

ムッソリーニは誠実な男だった。

或いは、単純な話として私に対して

ハッタリは通用しないと言う事を

理解していたからかもしれないが。

私の牽制に対し、ゲッベルスは口を開く。

 

「…スカーレット女史と比べられれば、

少々物足りないかもしれません。

私は高貴な生まれではありませんので。」

 

自嘲気味に言うゲッベルスから、

私は羨望の眼差しを感じ取った。

もしかしたら、この男から見た私の姿は

吸血鬼や妖怪、怪物等では無く、

あくまでも女王や貴族といった

肩書きに囚われているのかもしれない。

だが、もし仮にそうだったとして、

私には彼を批判する資格は無い。

極めて自然な感情であると思う。

であるが故に、私は彼に言った。

 

「…別に、舌が肥えていればそれで良いのよ。

実際、一々作法何て気にして飲んでいたら、

折角の紅茶の味が楽しめないでしょう?

作法はあくまで美味しく飲む為にあるのだから、

美味しく感じられるのなら何だって構わないわ。」

 

私はそう言って、咲夜が淹れた紅茶へと口を付ける。

その味は寸分の狂いも無い完璧な物で、

恐らくは彼に出した物に関しても同様だろう。

私がゆったり味わうのを見てから、

ゲッベルスも慎重に紅茶に口をつける。

やはり見栄を張って置きたいのだろう。

見よう見まねでやってみた所で、

紅茶が美味しくなるとも思えないが。

好きに飲めば別にそれで良いのだ。

…そんなどうでも良い事を考えていた私は、

思考を“仕事”のそれへと切り替える事にする。

別に優雅なティータイムをしたかった訳では無い。

私はゲッベルスに対して言う。

 

「…さ、改めて宜しくお願いするわ。

予め謝らせて欲しいのだけれど、

生憎、私は紅茶に砂糖は入れない派なの。

余り気を悪くしないでくれると助かるわ?」

 

「…構いません。スカーレット女史と

私達の立場の違いにつきましては、

こちらとしても心得ております。

…それに、折角お会いさせて頂けたのです。

私としても有意義な会談を希望します。」

 

一瞬顔を顰めた後、すぐさま微笑みを張り付け

私に語り掛けるゲッベルスに対して、

私は警戒心を一段高めながら話を続けていく。

 

「そう言えば、貴方達の政権獲得に対して

私達は祝意を示して居なかったわね。

遅くなって本当に申し訳無いのだけれど、

今のこの場を借りて、祝意を示させて貰うわ。」

 

「…それはそれは、ありがとうございます。

総統閣下も大変お喜びになる事でしょう。」

 

私は露程も思っていない祝意を示し、

ゲッベルスもそれを知った上で受け取る。

私は形式的な話題を続ける事にする。

 

「それと、体調の方は大丈夫かしら?

ここはベルリンより冷えると思うけれど。」

 

現在の具体的な気温は分からないが、

ベルリンより寒い事には疑いの余地が無い。

人間程寒さを感じない吸血鬼の私でも、

中々の物だと感じるレベルの寒さだ。

しかし、ゲッベルスは笑顔で答える。

 

「ご心配頂きありがとうございます。

しかし、一向に問題ありません。

何せ、モスクワよりはマシですから。」

 

「…そりゃそうでしょう。流石に相手が悪いわ?

大体、クリムソンはあらゆる点で

モスクワよりも随分とマシな筈よ?」

 

…どうせモスクワに行った事等無い癖に。

私は呆れながらも、初の外遊で拝んだ

気に食わない筆髭の顔を思い出してみる。

アイツが今頃何をしているか等知らないが、

どうせ碌でも無い事に勤しんでいるのであろう。

そんな中でもゲッベルスは笑みを崩さず述べる。

 

「しかし、“クレムリン”と“クリムソン”は

些か響きが似ているとは思いませんか?」

 

「残念ながら、似ているのは響きだけで

実際2つには大きな違いがあるのよ。

“クレムリン”はロシア語で“城塞”と言う意味で、

“クリムソン”はルーマニア語で“紅の”と言う意味よ。

それに、あの国は赤い国だけれど、私達は紅い国。

そして、あの国はまるで熊で、こっちは吸血鬼。

貴方には、果たして見分けがつくのかしら?」

 

煽ってくる相手には煽り返す。

それが私の流儀である。

私は見てくれこそこんな感じだが、

実に西暦1502年の生まれなのだ。

お前とは年季が違うんだよ、年季が。

ほんの少し顔が歪むゲッベルスに、

私は追い撃ち気味に続ける。

 

「…私はモスクワがまだ都市では無く

国だった頃をその目で見ているのよ?

余り舐めない様にする事をオススメするわ。」

 

「…スカーレット女史に不快な事を申しました。

謝罪させて頂きたい。申し訳ありませんでした。」

 

私の心からの忠告に対して

ゲッベルスは頭を下げてはいる物の、

思ってもいないであろう謝罪をする。

彼はプライドが高い人間だろうから

中々屈辱的に思ったかもしれないが、

こればかりは相手が悪かったと思って欲しい。

誰しもが無知の知を心得てはいないし、

私に対して実直かつ賢明に振る舞った

ムッソリーニの様な才覚のある人物では無いのだ。

私は一応、彼にフォローを入れてやる。

 

「ま、気にしていないし別に良いわ?

わざわざ私を煽るその胆力ぐらいは

認めてあげても構わないしね。

私、肝の据わった奴は好きよ?」

 

ニヤニヤしながら言って見せる私に対し、

ゲッベルスは一体いつまで

仮面を被り続けていられるだろうか?

私は彼の根性を試してみるが、

未だ彼は根を上げる気が無い様だ。

笑顔を張り付けたまま、述べる。

 

「スカーレット女史にお褒め頂けるとは、

私は本当に幸せ者に違いありません。」

 

…何だかんだ満更でも無さそうだし、

半分ぐらいは本当に思っていそうだな。

私は彼の性格の一端を改めて理解した。

つまり、彼は褒められる事に弱いのだ。

思ったよりも単純で分かり易い性格に、

“もしかすると、あのちょび髭はこうやって

こいつを配下にしたのかもしれない”

…等と言う考察を私は加えてしまう。

いずれにしても、これでハッキリした。

ゲッベルスと言う男は中々な演技派だが、

化けの皮を剝がせれば主導権は私の物なのだ。

少しずつ、だが確実に彼を理解しながら、

仮面を剝ぎ取り素肌を露わにしてやれば良い。

私はニコニコしているゲッベルスに問い掛ける。

 

「…所で。一応聞かせて貰うのだけど、

私ってドイツだと迫害の対象なのかしら?

私って吸血鬼だから、“人間”では無い訳だけど。」

 

「…それは、とんでもございません。

スカーレット女史が吸血鬼だからと言って

我々が迫害対象にする等と言う事は有り得ない。

それに関しましてはご安心頂きたく思います。」

 

一瞬だけためてから言うゲッベルス。

表情は未だ微笑みに満ち溢れるが、

少しずつボロが出る彼の態度から

私は着実に隙を見つけて行く。

私は少々嫌味っぽくゲッベルスに言う。

 

「あぁ、私を“嫌な女”と思うなら

それは別に構わないわよ?

多少なりとも自覚はある訳だしね。」

 

「スカーレット女史は慈悲深く

賢明なお方であると伺っております。

その様な謙遜をなさらずとも、

私は女史の魅力を理解しております。」

 

最初の二行は事実かもしれないが、

少なくとも彼はそう思ってはいないだろう。

見え見えの社交辞令に縋って

場を凌ぐつもりかは知らないが、

私は少々強く気持ちを込めて言う。

 

「…まぁ、実際どうであるかは

理解しているから一向に構わないわ。

嘗て私が権力を握る前の貴方達を

クリスマスパーティーに招こうと

招待状を書いた事があったのだけど、

その時私は貴方達の総統にこう言われたわ。

“吸血鬼を自称する精神異常者は相手にしない”

…あれは、中々に強烈だったわよ?」

 

しみじみと思い出す様に言う私を前に、

流石のゲッベルスも少々気まずそうだ。

まぁ、上下関係はよく分かったであろう。

 

「…その節は、スカーレット女史に

極めて侮辱的な言動をした事を

謝罪させて頂きたく思います。」

 

また頭を下げてくるゲッベルス。

…少々意地悪が過ぎたかもしれないが、

これまた中々に傑作である。

ナチズムが大嫌いなフランが見れば、

少しだけ機嫌が良くなるかもしれない。

とは言え、私はそこまで器の小さい

吸血鬼だとは思われたくない。

謝罪はしっかり受け入れる事にする。

 

「ま、別に良いわ?もう済んだ事だし。

だけど、忠告は一応しておくわよ。

私の妹は貴方達の事を正直言って

余り好いているとは言えないの。

そして、私は妹の事を愛しているわ。

何より、私達は迫害に抗い続ける。

最後まで、抵抗すると決めたの。」

 

「…スカーレット女史の決意には、

美の極致を感じずにはいられません。」

 

真顔でそう言うゲッベルス。

半分ぐらいは本音なのだろうか?

実際の所は私には分からないし、

分かろうとする気も無かった。

それに、時刻はあっという間に12時である。

さっさと昼食にするに限るだろう。

私は彼に向かいそれを聞く。

 

「…まぁ、この手の議論は疲れるし、

少し休憩を取りましょうか。

昼食はどんな物がご希望かしら?

別に遠慮しなくても大丈夫よ。

どのみち一瞬で出て来るのだから。」

 

私の質問にゲッベルスは暫し悩むと、

真剣な表情のまま述べた。

 

「…実の所、私は食が細いのです。

パン、ソーセージ、オニオンスープ等を

用意して頂く事は可能でしょうか?」

 

…こいつ、やっぱり出来る奴だな。

私は今日一番呆れた表情で言い放つ。

 

「…まぁ、その度胸だけは認めるわ?

だけど、残念だったわね。

生憎と、私はニンニク程度で

気分を害したりはしないのよ。」

 

何なら日光に当たっても死にはしないんだぞ?

丸焦げにはなるし痛いからやらないけど。

しかし、ゲッベルスは構わず言った。

 

「…スカーレット女史は肝の据わった人間が

お好きであると伺った物ですから。」

 

…こりゃまた、一本取られてしまったな。

とは言え、ありきたりな吸血鬼の解像度に対し、

私は思わず溜息をついてしまう。

この調子だと、この男の常識の中では

吸血鬼に対して十字架が有効であるとかも

本気で思っているのかもしれない。

私はこの男に証明する為にも、

昼食にオニオンスープを飲むと決意した。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「…ようこそいらっしゃいました。

私こそ“青薔薇公”メアリー・宇佐見です。

本日は短い間ですが、宜しくお願い致します。」

 

「こちらこそ、お会い出来て光栄です。

改めまして、私はヨーゼフ・ゲッベルスと申します。

ドイツで宣伝大臣を務めている男です。」

 

…不慣れな私の挨拶に答えるゲッベルス。

1933年11月23日の午後4時頃、

私、メアリー・宇佐見はドイツの宣伝大臣

ヨーゼフ・ゲッベルスと自宅にて面会していた。

…どうしてこうなったのかの経緯は曖昧だが、

何でもレミリアさんがどうしても私と

ゲッベルスを対面で会話させたいとの事で、

直前になって訪問の予定を入れて来たのだ。

未だ少々困惑気味の私を見て、

ゲッベルスを付き添って来た咲夜さんが

話題を提供せんと声を上げる。

 

「…ゲッベルス殿、青薔薇公メアリー閣下は

我が国では偉大な魔女の1人にして、

治癒魔法の達人として知られる名医です。

ご存知でしたでしょうか?」

 

…先日レミリアさんから頂いた貴族称号を

ちょっと大袈裟に語る咲夜さん。

いやまぁ、外交儀礼的には恐らく

咲夜さんの表現は正しいのだろうけど…

まだまだ慣れないと言うのが実情だ。

但し、私が呼称に対して

複雑な表情をしている事をよそに、

ゲッベルスは目を丸くして言う。

 

「…治癒魔法と言う事は、その魔法を使えば

病が完治すると言う事なのでしょうか?」

 

「…何を当たり前の事を仰るのです?

仮にそうでは無かったとしたら、

治癒魔法とは一体何なのですか?」

 

魔法の理解をしている必要は無いけれど、

言葉の意味ぐらいは把握しておいてくれよ。

私は目の前のゲッベルスを訝しむ。

しかし、そんな私を無視したまま、

彼は興奮しながら話を続けた。

 

「では青薔薇公、貴公の腕にかかれば、

私の足も治ると言う事なのでしょうか…?」

 

期待と不安が入り混じった様な表情からは

奇跡に縋ろうとする1人の男の姿が見える。

…いや、この場合のそれは“奇跡”では無いか。

 

「無論、治りますよ。それも物の一瞬で。

折角でしたら、今ここで治しましょうか?」

 

奇跡とは、不確定要素の積み重ねによって

特異的に引き起こされる現象の事を言う。

対して、治癒魔法は原理もはっきりしている

“私からすれば”普遍的な力なのだ。

もしかして、レミリアさんが私を

ゲッベルスへと引き合わせた理由は

彼の足を治療する為なのか?

正確な所は知らないが、恐らくそうなのだろう。

いずれにしても、私は彼に問い掛け、

彼の返答もまた決まりきっていた。

 

「…宜しければ、お願い出来ませんか?

実の所、これは私にとって悲願なのです。」

 

まぁ、そりゃそうだろうな。

悲願がどうかは実際分からないが、

病気や怪我、後遺症を治したくないと

考える様な人間はきっといない筈だ。

彼の足が何故そんな状態なのかは

私には分からない事だけれど、

少なくとも彼が治したいと強く願う気持ちは

私にも強く理解出来る気がした。

…そして、私が彼に治癒魔法を使うべく

右手を振り上げる直前になって、

私はふと気になる事があり、

彼に質問してみる事にする。

そう言えば、ゲッベルスと言う男は

ドイツ政府のお偉いさん、要人なのだ。

重要な前提確認が抜けているだろう。

 

「あれ、正直今更かもしれませんけど、

貴方は魔法の存在を信じるんですね。

私は多少の心得がありますけれど、

貴方は治癒魔法がどんな物であるか、

そもそも魔法とは何であるか、

その理解が出来ているのですか?

冷静に考えれば、理解の無いままに

他者に魔法をかけられる何て

結構怖い事だと思うのですけど。」

 

そう。幾らルーマニアが“その手の”国であっても、

魔法の存在を信じる者自体がこのご時世にあって

迫害を受けかねない程の少数派なのである。

まさかゲッベルスがそう言った人間とも思えず、

私は彼に直接聞いて見る事にした。

…すると、彼はニヤリとしながら話す。

 

「私は魔法を使えないとは思いますが、

実は、最低限の心得があるのですよ。

一般的な見解に基づく魔法の定義は、

“魔力を変換する事によって引き起こされる

科学とは異なるあらゆる事象の総称、

或いはそうした事象を引き起こす方法”です。

私も、この定義は素晴らしい物だと思います。

極めて簡潔かつ正確な定義ですから。」

 

「えっ…。冗談ではありませんよね?」

 

「私は真面目ですよ。今回お話したのは、

私に魔法について教えてくれた彼女が言う

魔法の定義なる物に過ぎませんが、

私は確かに、教わった魔法の定義について、

信じるに値する物と判断しました。」

 

…恐ろしく完璧に答えるゲッベルスに、

私は思わず驚きの声を上げてしまった。

 

「…ドイツにも、魔女はいるのですね。」

 

私の発言に、彼は端的に答える。

 

「えぇ。彼女は貴公よりも少々幼く、

美しい金髪をしている少女ですよ。」

 

…金髪の魔女、そしてその少女か。

この情報は隼一経由でアリスさんや

パチュリーさんにも共有せねばならない。

私は密かに報告事項を検討し終えると、

ゲッベルスに対して疑問を投げかける。

 

「…ドイツの魔女は貴方の足に対して

匙を投げてしまったのでしょうか?

治癒魔法は簡単な魔法ではありませんから

使える者が限られる事は理解しますが。」

 

「…残念ながら、そうなります。

彼女は治癒魔法を苦手としていましたよ。

…ですが、貴公ならば可能なのでしょう?

であれば、私としては期待を禁じ得ない。

実際、私にはもう手段が殆ど無いのです。

あらゆる医者が匙を投げた私の足に対し、

施しを授けられるのは貴公しかおりますまい。」

 

圧を高める様に言うゲッベルス。

そして、咲夜さんもそれは同じであった。

…御託は良いからさっさと治せと言う事か。

私は咲夜さんの圧に肩を竦めると、

魔法を発動させるべく右手を振った。

無論、結果は決まり切っている。

 

「…ま、成功かな?」

 

「…貴公に対し、深く感謝致します。

…いや、それでは足り無いでしょう。

生涯忘れぬと、今ここに誓います。」

 

冷静そうな語りとは裏腹に、

ゲッベルスは顔を紅潮させて、

見るからに冷静さを失っている。

私からすれば大した事は無いが、

これだけ喜んで貰えるのであれば

やる価値はあったのかもしれないな。

私は興奮気味に語るゲッベルスに聞く。

 

「…どうですか?足が治った訳ですけど。

貴方にとっては悲願だったそうですが。」

 

「…今の今まで、この世界の誰も彼もが

私の足を嘲笑こそすれ、救済はしませんでした。

私は見捨てられ、しかし復讐を誓ったのです。

ですが、貴公は私の足を笑う事は無く、

挙句私を救済してみせました。

“青薔薇公”…貴公は一体何故そうまでして、

私の様な人間に救済を与えるのですか?

一体何故、貴公は魔法を使われるのですか?」

 

あくまで私の質問には答えようとせずに、

私に対して質問をかましてくるゲッベルス。

彼は恥も外聞も忘れて飛び上がっており、

早速足のリハビリに注力しているみたいだ。

私はその姿を見て少しだけ嬉しさを感じつつ、

慎重に彼の問いに対する答えを考える。

…しかし、頭によぎるその答えは、

その全てが須らく酷い物であった。

とは言え、答えないと言う訳にも行かない。

2分、3分と経過する中で、私は言う。

これに尽きると、言わんばかりに。

 

「…単純に、誰かの役に立ちたいからです。

私が貴方に魔法を使う理由何て、

所詮その程度の物何ですよ?」

 

「…それは、余りに献身的過ぎませんか?

素人の私から見ても、貴公には素晴らしい

魔法の腕があると見受けられますが。」

 

…“献身的過ぎる”か。それは明確な誤解だ。

もしもそうであったとしたならば、

どれだけ良かっただろうとすら思う。

私は少々思考し、彼の質問に答える。

 

「…私は、自己中心的な人間です。

“無個性な弱者でいる位なら、

誰にもない魔法を持つ瀕死の病人でいたい“

単に、そう願うだけですから。」

 

…その時に吐き出された言葉は、

自分でも信じられない程

自虐的な物だった気がする。

ただ何時の間にか、口に出ていた。

ゲッベルスどころか、咲夜さんまで

私の言葉に思わず唖然としている。

ゲッベルスが私に向かい口を開く。

 

「…貴公の魔法で、瀕死の病人を

治癒する事は出来るのですか?」

 

…随分と野暮な事を聞く物だ。

私の答えは決まりきっている。

 

「恐らく可能だとは思いますが、

仮に出来たとしてやりませんよ。

数少ない私の願いや存在意義を、

自分自身で否定したくありませんから。」

 

「…貴公は、正真正銘の魔女です。」

 

つい先程救われたと言うのに、

引くように言うゲッベルス。

何なら、咲夜さんもそんな顔である。

私からすれば咲夜さんも似たような発想で

生きている気はしないでも無かったが、

私はただ、冷えた空気の中で自嘲気味に呟く。

 

「…よくご存知で。私はメアリー・宇佐見。

貴方もよく知る、魔女の姿その物です。」

 




兵隊王…作者からすれば、フリードリヒ大王より余程大王にふさわしい存在。フリードリヒ大王の成果はその大半が単に彼が築いた物を利用した物に過ぎず、挙句フリードリヒ大王が7年戦争で国家を滅亡一歩手前まで追い込んでいると言う事実を鑑みれば、私は兵隊王こそが大王であり、フリードリヒ大王はどんなによく見ても凡君であり、暗君にすらなり得ると思う。

吸血鬼の弱点…沢山あるのは事実だが、実際に死に至る様な類の弱点は案外少ない。精々気分が著しく悪くなったり、極めて強烈な痛みを感じたりする程度。弱点と言うよりは、”苦手としている”と言うニュアンスの解釈を本作では採用している。

ゲッベルスの足…メアリーによって完治しました。帰国したら驚かれるかもしれませんね。彼の拗らせた内面も良くなると良いのですが、余り期待はしない方が良いかもしれません。

今後出番を増やして欲しいのは?(キャラクターの役職は一応加味しておいてください)

  • 十六夜咲夜
  • アリス・マーガトロイド
  • その他(感想やメッセージで教えて下さい)
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