「どうかしら?高さ10万メートルの世界は。」
1933年11月24日、バベルの塔の最上階展望台に
私、レミリア・スカーレットは咲夜と共に
ヨーゼフ・ゲッベルスを招待していた。
彼は私の問いに対し、どこか感慨深そうにしている。
「…地球は確かに丸かった。
ただ知識としてそうである事と、
こうして眺めるのとでは
天地の差がある様に感じられます。」
「…まぁ、それぐらいしか分からないけどね。」
私は肩を竦め、再び窓へと視線を向ける。
そんな中、ゲッベルスは口を開く。
「…スカーレット女史は、
この塔の最上階を初めて訪れた時
どの様な事を考えたのですか?」
「私?…そうねぇ、初めて来た時は
やけに遠いなって思ったかしら。
夜で景色は見えなかったから。」
正直言って、がっかりしたのは確かだ。
来る前はもうちょっと立派な何かが
見えるんじゃ無いかと思った物だが。
私が回想していると、ゲッベルスは続ける。
「…突然ですが、スカーレット女史は、
この様に考えた事はありますか?
人間等、地球の前では矮小な存在だと。
或いは、吸血鬼や魔女の前では
矮小な存在であるのだと。」
神妙な面持ちで問い掛けるゲッベルス。
私は彼の問いに正直に答える事にした。
「…考えた事が無いと言えば、
それは嘘になってしまうわ。
だけど、今は別にそうは思わないのよ?
寧ろ、私達の方が矮小何じゃ無いかしら。」
「…人間は吸血鬼や魔女を超えたと?」
「超えたも何も、ただの一度だって
私達は人間を超えた事何て無いのよ。」
私がそう言うと、心底意外だとでも言いたげに
ゲッベルスは私に向かって問い質してくる。
「…私は空も飛べなければ、強くもない。
挙句、魔法によって足を治療して貰う事で、
漸く並みの人間と同じレベルに立つ事が出来る。
私が人間としてこの世に生を受けた事に
誇りを持っている事については事実ですが、
スカーレット女史を超えた等とは微塵も思いません。」
「…私は別に、そう言う意味で言った訳じゃ無いわ。
私が空を飛べる事も、人間より強い事も、
“私達”が人間を超えた証明にはなりやしないの。
…私は心底、人間が強大だと考えている。
勿論、客観的な証拠だってあるのよ。
あくまでも歴史的な事実として、
人間は遥か太古の時代から吸血鬼や魔女を恐怖し、
地の果てまで追いかけて迫害を続けていたわ。
それで死ぬ事は無かったけど、苦労はしたし、
何より、妹のフランは悪意に傷つけられた。
…結局、物理的な強さや特殊な何かがある事が
この世界の全てでは無かったと言う事よ。
あの頃の私達には、“孤立”って言葉がピッタリ。
私達だって万能な存在では無い訳だから、
生きていく為には誰かの協力が必要よ。
四六時中血を吸っている訳でも無いからね。
だけど、私達は誰からも恐れられて、
手を差し伸べてくれる存在何て居なかった。
…そして、人間はそんな中、つい130年程前から
神々を殺す戦いを始めて、遂に勝利したわ。
正直、煙を吐き出して機械を動かそう何て、
私達には考えもしなかった話よ。
そんな中で、私達は何も変わる事無く
無為な日々を送っていたと言う訳ね。
…そう、あの1930年7月4日までは。」
…ゲッベルスは、私の昔話に対して
興味深そうにしながら聞き入っていた。
私が言葉を切ると、彼は再び問うて来る。
「…ですが、現在のスカーレット女史は
決してそうでは無い様に見受けられます。
ルーマニア女王として国民を率いている。
優秀な配下も多数抱えている上に、
2国の同盟国まで抱えている。
嘗てそうだとおっしゃった時とは異なり、
孤立しては居ないのでは無いですか?」
「そうね、孤立しては居ないわ。
…私達はきちんと学んだの。
人間に“恐怖”される存在では無く、
“畏怖”される存在で無ければならないと。
その為に必要な事は、たった1つ。
私が人間、そして人間が構成した国家に
全てを捧げる覚悟で挑む事よ。」
…最初こそ遊びの意味合いもあったが、
今は別にそう言う訳では無い。
ハッキリやると決めた以上、
目的が達成されるその日まで、
全力でやり切ると決めたのだ。
私は自らの決意を再確認すると、
ゲッベルスに対して質問を投げる。
「…貴方や総統に、その覚悟はあるかしら?
人間、そして人間が構成した国家に
全てを捧げるその絶対的な覚悟は。」
「それこそ、言うまでもありません。
私や総統はドイツ、引いてはゲルマン民族に
全てを捧げる絶対的な覚悟があります。
例え、どの様な誹りを受ける事があっても
それは決して変わる事の無い物です。
ドイツ、引いてはゲルマン民族の為であれば
如何なる手段にも訴える事が出来ます。
万に一つも有り得ぬ事と信じていますが、
ドイツやゲルマン民族が世界の敵となり
今にも滅さんとしているのだとしたら、
私や総統は最後の1人となるまで抵抗し、
そして運命に殉ずる事になるでしょう。」
「…余りにも救いが無い結末ね。」
「…先程も申し上げましたが、
万に一つも有り得ぬ事です。」
…運命に殉じる、か。事私に限っては
生涯縁が無さそうな決意の仕方である。
理不尽な運命がそこにあるのだとすれば、
最後の最後まで抗おうとするのが私だ。
醜くても、惨めでも、滑稽でも、
地を這いつくばってでも生き抜いて行くんだ。
大切な家族を捨て置いて逃げ出せる程、
今の私は無責任でいて良い存在では無い。
…私は、後ろに控える咲夜を見やる。
天使の様な微笑みを見せてくる彼女は、
誇り高き、私の一番大切な家族だ。
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「今日という日を迎えられた事に感謝するわ?
大臣への就任を心から祝福させて頂戴。」
「…勘違いなさらぬようお願いします、陛下。
私達は、陛下の為では無く、主に尽くす為、
信徒を守る為、止む無くその手を取るのです。」
「…別に本音は何でも良いのよ。
私達に協力してくれるなら。」
1933年12月1日、紅魔館内の執務室では
私、レミリア・スカーレットの他
咲夜、フラン、アリスが集められ、
一人の男の就任式が行われていた。
彼の名は、当代のルーマニア総主教である
”ミロン・クリステア”だ。
彼が紅魔館にいる理由は偏に、
今日から新しく発足する事になった
ルーマニアの行政機関“教会省”にて
トップの地位である“教会大臣”として
仕事をしていく事に決まったからである。
新たに設置される教会省の職務内容は
正教会の信仰及び信徒の保護、神学研究、
人事、運営、異端審問等多岐に渡り、
その職権に関しても極めて強力な物。
その強力さは職務の範疇にある限り
女王の私ですら干渉が許されない程である。
…無論、これには疑問を感じる人間が多いだろう。
そもそも正教会どころかキリスト教全般において
吸血鬼や魔女が異端も異端であるからだ。
この場にいる面々だけで見ても
私やフラン、アリスにとっては
疑いようもなく不俱戴天の仇であり、
それは向こうとて同じ筈である。
…だが、事実として私と総主教は手を取った。
それは偏に、利害関係が一致したからに他ならない。
まず正教会の側としてみれば、
鉄衛団が私達に粛清された現状
頼れる後ろ盾が無くなってしまったので
私達の庇護が是が非でも欲しい状況であった。
宗教団体と言え結局は金と人が不足すれば
運営は立ち行かなくなる可能性があるし、
いつまでも私達を異端として敵視すれば
咲夜率いる内務省の監視の目は避けられない。
つまる所、このままでは教会の独立性が
危うくなる可能性が極めて高いのだ。
そして私としても、正教会と敵対する位ならば
飼い犬にしておいた方が余程都合が良い。
そもそも安定した治世を実現するにおいて、
無駄な国内対立は極力避けたいのだ。
教会行政への管理権を手放したとしても、
反乱や反抗が抑制されるならば別に文句は無い。
元々こちらに弓を引いて来ない限りは
教会に干渉する予定も無かったのだから。
…だが、何より魅力的だったのは、
“教会省異端調査局”の設置、
及びその運営権の獲得である。
この組織は名目上、文字通り教会省内にある
“異端を調査する”部局であるのだが、
その実態は他国に潜入して浸透工作、
反体制派への資金援助、及び武器援助、
破壊工作や暗殺…に関しては
流石にやらないかもしれないけど、
そう言った活動を担う特務機関であり、
教会省内にある部局であるにも関わらず、
陸軍省、空軍省、海軍省の下部組織として
これから運営が行われる予定なのだ。
そして、この形態は何かと都合が良い。
まさか秘密の特務機関が堂々と公的に設置され、
しかも教会省の一部局が特務機関であるとなれば
滅多な事では他国に疑われたりはしないだろうし、
宗教関係者や聖職者として通してしまえば
他国への潜入だって極めて容易だろう。
仮に誰かに正体や身分を疑われてしまっても、
特に民主主義国家の大半には
信仰の自由や公的身分の保障があるので
弾圧や抑圧、制限は難しいうえ、
仮に諜報員が殺されてしまっても
“宗教弾圧”として非難が可能だ。
…そう、教会や宗教は特務機関にとって
これ以上ない隠れ蓑になり得るのである。
ついでに言えば、本当の異端審問については
教会省の“異端審問局”が担当する予定なので、
一応仕事もしている様に見えると言うおまけ付き。
私は彼らがアメリカやドイツ辺りに派遣されて
何らかの成果を上げる日を
今か今かと楽しみにしながらも、
ミロンに対して確認を加える。
「…後から言われたら面倒だから
改めてここで念押しさせて貰うけれど、
“教会省異端調査局”については、
こちらで掌握させて貰うけど良いわよね?」
「…その件に関しては好きにしてください。
私は確かに存在を知っていますが、
それ以上は知ってはならないのです。
教会とは、引いては信仰とは
そう言う性質を帯びた物なのです。」
私の確認に対し、面倒そうに言うミロン。
それに対し、フランが愉快そうに口を開く。
「皮肉な物よね?かの総主教も遂に
お姉様に屈する日がくる何て!!!」
調子に乗ってそんな事を言うフラン。
私は不機嫌そうにするミロンを見て、
フランの言説に対し訂正を加えておく。
「…教会省異端調査局については、
厳密にはフランの発案でしょ?
一応アリスも協力したそうだけど。
…それに、総主教は別に屈していないわ。
仮に屈する日が訪れるとしたら
私達で正教会を滅教する日の事を
言うのでしょうけれど、
そんな日は永遠に来ないと言えるわ。
粛清するには正教会は大き過ぎるし、
必要以上に恨みを買うだけで
別に何のメリットも無いのだから。」
「…私の心は満足するのだけど?」
「…頼むから勘弁して頂戴。
確実に反乱が起きるわ。
軍にも正教徒は多いでしょ?
貴重な戦力を消耗する程、
貴女は愚かな吸血鬼では無い筈よ。」
「そうだけど、その言い方はムカつく!」
私は頬を膨らませて不満を表現する
ちょっとあざといフランに対し、
思わず溜息をついてしまう。
そんな中、ミロンが口を開いた。
「…私はもう去っても構わないですかな?」
億劫そうにそう言うミロン。
彼に対して、私はありがた~い
“助言”をしておく事にする。
「大丈夫だけど、一応この後貴方は
福祉省に行って大臣のデジにも
挨拶しておく事をオススメするわ。
貴方からすれば異端かもしれないけど、
弱者救済は一応宗教の領分でしょ?
教会省にも救貧局を設置するみたいだし。」
「…それは大変有り難いご助言ですが、
私はこの後急ぎ主の声に耳を傾ける
必要がありますので失礼させて下さい。
今後は報告が必要な諸事項がありましたら、
連絡局の職員を遣わしますのであしからず。」
これまた少々面倒そうに言うミロン。
私は、彼を少しだけおちょくる事にする。
「…あら、貴方、デジは嫌いなのかしら?
それとも、私が嫌いだったりする?
そうだとしたら良くないわよ。
“汝、隣人を愛せよ”って教えを
何処かで聞いた事がある気がするわ。」
思いっきりニヤニヤしながら言う私に
ミロンはいい加減嫌気がさしたのか
心底怠そうな目で私を見つめると、
「…陛下に言われたくはありません。」
…その一言だけを吐き捨てると、
彼は執務室を後にする。
正直言ってちょっと心外だ。
私は隣人を愛している…と思う。
吸血鬼が日頃の行いについて
教義を基に考えてどうすると
私が自分自身にツッコミを入れる中で、
空気を変える為か、アリスが口を開く。
「…取り敢えず、教会省異端調査局については
“こちら”との繋がりもある程度前提に
なっていると解釈しても構わないわよね?
あくまでフランの所だけの独占では無く。」
「それで大丈夫よ。尤も、多分活動は
陸上での活動が中心になる関係上
陸軍メインになると思うけど。
その代わり、初代部局長に関しては
海軍から出して良いわ?」
珍しく上機嫌で話すフランに対し、
アリスが苦笑しながら返事をする。
「…人員を募るのが大変そうね。
別に部局長の出身みたいな
細かい派閥に拘りは無いし、
美鈴辺りで良いんじゃ無いかしら?
フランは当然よく知っているでしょうけど、
あの子、将軍と兼任して特殊部隊の育成も
行っているってこっちでも聞いているわよ。
評判も良いし、多分適任じゃ無いかしら?」
「美鈴は駄目!忙しいと思うわ。
それに、諜報って柄じゃないでしょ?
中国生まれだし、あの感じだと
出来る任務は威力偵察だけじゃ無い。
あれじゃ全然潜入出来っこ無いわ?
大体、海軍で美鈴の評判が良いのは
優秀な軍人だからじゃなくて、
スカーレットラジオに暇があれば
投稿しているからでしょ?
海軍だってずっと海にいる訳じゃ無いし、
聞いているんじゃ無いかしら?」
…フランの的確な指摘に対し、
アリスは深い溜息をついている。
まぁ、アリスはスカーレットラジオの
運営もやっている訳であるから、
美鈴が投稿をしている事も知っている筈だ。
最近は紅魔館にもラジオが出来たから
私も時々ラジオに耳を傾けているぞ。
私がいつかラジオに投稿しようかと
薄っすらと考える中、アリスが嘆く。
「…つくづく、人材不足ね。
確かに美鈴は適任じゃ無いわ。
それに、彼女の知名度の高さも問題ね。
優秀かそうでないかもそうだけど、
特務機関のトップの名前が
広く知られていたらマズいわよね。」
「ホント、その通りだと思うわ。
取り敢えず、特務機関の人員に関しては
その内集まるんじゃ無いかしら?」
「…念の為に確認をさせて貰うわ。
フラン基準の“その内”じゃ無いわよね?」
…そう言って、両者とも顎に手を当てて
人員問題について真剣に考え始める。
まぁ、大切な事には違い無い。
特務機関には当然ではあるが、
極めて優秀な人員が必要である。
それも、特殊な訓練を受けた人員が。
格闘術や人心掌握に語学と言った
諜報員の基礎的な素養の数々に加えて、
教会省異端調査局の職員として潜入する関係上
神学の知識まで必須になってくるからだ。
無論、あくまで異端調査局であるのだから
正教会の知識に加えて数多存在する
異端についての知識だって欠かせない。
人材が少ないルーマニアにとっては
中々に重い業務負担ではあるが、
勿論これには解決策がある。
…要するに、そう言う事だ。
私は咲夜に対し声をかける。
「…咲夜、優秀な貴女なら
当然察しているでしょうけど、
今日貴女を呼んだ理由は他でも無い。
内務省から語学か神学に秀でた人材を
選んで引き抜かせて欲しいのよ。
特に、ドイツ語と英語が上手い者は
重点的に選抜する様にして欲しいわ。
多分、主要なターゲットは
ドイツとアメリカになるから。
具体的な手段についてだけれど、
教会省異端調査局の方に
出向の形を取ってくれるかしら?
彼らが望むならそのまま移籍でも良いけど、
こっちはこっちで人員は集めるし。
…私としても咲夜の負担を増やすのは
中々に心苦しい話なのだけれど、
これは絶対に必要な事なのよ。
もし足りなかった場合には、
隼一にも話をつけて外務省からも
人員を出す様に要請しておくから。」
…今更言うまでもない事であるが、
咲夜は恐ろしい激務をこなしている。
無論それ故に心苦しいが、
咲夜は誠実かつ、忠実な存在だ。
彼女は私の指示にただ一言。
「…畏まりました。必ずや早急に。」
そう言って、頭を下げてくる。
私は本当に大切な存在を持った物だ。
…いずれにしても、これは大きな一歩になる。
ルーマニアの特務機関が世界有数の
強力な組織として歩みだす最初の一歩に。
正教会…東欧で主流であるキリスト教の宗派の1つ。レミリアの様な異端を疎ましく思っていたが、教会の独立性を守る為に、止む無くレミリアの手を取る決断をした。
ルーマニア総主教…ルーマニアにおける正教会のトップと雑に捉えて構わない。
ミロン・クリステア…実在した1933年におけるルーマニア総主教。
教会省異端調査局…教会省に設置される部局の1つにカモフラージュされたルーマニア軍の特務機関。尤も、カモフラージュとは言っても堂々と教会省の庁舎に看板を掲げて設置される部局ではあるが。宗教組織や教会を隠れ蓑に政治工作や陰謀を働くのは如何にも悪の組織にありそうな設定だと思うし、多分実際にかなり有効であると思われる。特に、民主主義国家やそれに準ずる政治体制の国家相手には無類の強さを発揮しそう。具体的にどんな事をやるかは今後の展開に期待。
今後出番を増やして欲しいのは?(キャラクターの役職は一応加味しておいてください)
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十六夜咲夜
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アリス・マーガトロイド
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その他(感想やメッセージで教えて下さい)