紅魔戦記~カリスマの戯れ~   作:インスタントブルー

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作者は軍事描写が上手くありません。ご了承下さい。


グングニル

「ママ、出来たよ。」

 

「…凄いねアシュ。確かに出来てるよ。」

 

1934年10月25日、夕刻の自宅にて

私メアリーは娘のアシュリーンに

魔法の英才教育をせっせと施していた。

…最近は、毎日をこんな感じで過ごしている。

育児、家事、偶に仕事をしている感じだ。

一応1月に第二子の翔一を出産した時の

育休期間は少し前に終わっているのだが、

レミリアさんやアリスさんの配慮もあってか

振られる仕事は殆どスカーレットラジオ関係で

私は育児家事にほぼ専念出来ていた。

しかし、楽かと言われたらそんな事は無い。

勿論、家事を殆ど魔法で済ませられる分

一般的な家庭よりは随分と楽をしているが、

それでも育児は手が掛かる物なのだ。

将来は最低3人子供が欲しいのだけど、

現状では2人で手一杯と言うのが実情だった。

…そう、今日も今日とて私は二児の母。

翔一を寝かしつけて娘に魔法を教える日々。

今日は“服を着替える魔法”を仕込んでいたのだが…

どうやら、もう出来る様になってしまった。

まだアシュリーンは1歳と半年ぐらいなのに!

私は思わず、そう言わずには居られなかった。

 

「…もしかして、アシュって天才?」

 

「…そうかも?」

 

あぁ…可愛い。可愛いよ、アシュ。

キョトンとしながら首を傾げるアシュは

私譲りの青よりも青い瞳をトロンとさせている。

(アシュリーンはちょっとたれ目っぽいんだよね)

女の子はずっと可愛い生き物だとは思うし

贔屓目を抜きにしたとしてもアシュは可愛いが、

実の娘に関してはちょっと格別だな。

これに関しては隼一も認めているし、

多分誰に聞いても同じ事を言うだろう。

レミリアさんやアリスさんだって、

これだけ可愛らしいアシュの姿を見れば

魅了される事間違い無しでは無いだろうか。

…私の娘は、中々罪な女に育つかもしれないな。

 

そして、それは回想している時の事だった。

私はスカートの裾を引っ張られている事に気付く。

…何と言うか、すごーくあざといぞ!

上目遣いで物欲しそうにする娘は

恐ろしい破壊力を誇っていた物で

ついついKOされる寸前となってしまうが、

すんでの所で辛うじて意識を取り戻した私は、

動揺を抑えた上で努めて冷静に聞いてみる。

 

「どうしたのかな?アシュ。」

 

「…えっと、次の魔法も教えて?」

 

…心臓が高鳴る。ときめきを感じられる。

隼一に感じるそれとは異なる煌めきに

脳が焼かれそうになった所でふと思う。

この子は、やはり稀代の天才何じゃ無いか?

私は人間の子供の成長具合の目安何て

別に詳しく知っている訳じゃ無いけれど、

少なくとも幼い頃の私よりは賢そうだ。

いや、何なら未だに好き勝手生きている私より

現時点で賢かったりするのでは無いか…?

…まぁ、流石にそれは有り得ないだろうが、

もしかすると、これは隼一からの遺伝かもしれない。

隼一ったら、凄く頭が良いからね。

あの頭の良い咲夜さんやアリスさん、

パチュリーさんやレミリアさんだって、

隼一には一目置いているぐらいなのだ。

まともな教育を受けていない私からすると

頭の良し悪しを語るにおいて分かり易い指標として

京都帝国大学卒業(私が思うより凄い大学らしい)

と言う学歴が真っ先に目を引いてしまうのだけれど、

隼一の場合はそんな学歴をわざわざひけらかさなくても

十分知識人としてやって行けると私は思う。

…まぁ、いずれにしても、私の娘は隼一の娘でもあり

まだまだ幼いながらも随分と優秀そうだ。

私は少しだけ頭を使い思考を纏めると、

目線をアシュに合わせて、次の魔法を教える事にした。

この魔法は絶対に役に立つ筈だ。

 

「それじゃ、次の魔法を教えるね。

次の魔法は、ズバリ“清掃魔法”!」

 

「清掃魔法…?」

 

「そう、清掃魔法!お掃除の魔法だよ。

右手の人差し指で“C”ってお空に3回書きながら

綺麗になった姿を想像したら使えるからね。

上手に魔力を流せる様に練習してみよっか。」

 

「うん、分かった。…こうかな?」

 

私が使い方を教えると、アシュは必死に

小さな人差し指で空に“C”を書き始めた。

この時なるべく大文字の“C”を連想するのが

清掃魔法のコツの1つではあるのだが、

成程、流石は私の娘、大変筋が良いと見受けられる。

完璧な“C”を見る限り、明日には習得出来ていそうだ。

私は可愛らしい娘の姿を微笑ましく思っていたが、

ずっと見ていては家事が出来無いのもまた確か。

私はそろそろ夕飯作りに取り組まなければならない。

正直別に魔法で済ませても問題は無いのだけれど、

隼一は魔法で料理を作ると拗ねる事があるから、

折角なら手料理を振る舞ってあげたいんだよね。

…改めて考えると、少し手のかかる夫だな。

週休1日すら担保されない環境(深夜残業は当たり前)

で働いていてかなり稼いでくれるから

別に不満を言ったりはしないけれど。

…そんな他愛も無い事を考えた後、

私は眼前で魔法の練習に励むアシュに癒されながら、

愛する夫にも癒しを届ける為に

夫の好物である水餃子の調理に取り掛かった。

完璧な治癒魔法よりも、有効な魔法なのだ。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「…ったく。大臣も無茶言うよ。」

 

「全くです。私達の大臣は我々を

一体何だと思っているのでしょうか?」

 

「キャンパスの絵の具とかじゃ無いか?

きっと、コバルトブルーをワインレッドに

染めてこいとのご命令なのだろうよ。」

 

1934年11月21日、昼過ぎのインド洋にて。

マーガトロイド級潜水艦2番艦(以後M-2とする)

の艦長を務めている私、アンリ・エミネスクは

ついさっき始まった日英両国との

共同軍事演習の真っ只中にあって

副艦長のミルチャと雑談を交わしていた。

…無論、状況は余りにハッキリした物だが。

誰がどう見ても、ルーマニア海軍の劣勢である。

何せ、我々ルーマニア海軍が今回の

共同軍事演習開催に当たって派遣した戦力は

マーガトロイド級潜水艦1番艦(以後M-1とする)

と合わせてたったの2隻のみなのだから。

…尤も、これは致し方無い事ではあるのだが。

結局の所、幾ら最近急速に発展していたとしても

ルーマニアは東欧の新興国に過ぎない訳で、

使える軍事費には基本的に限りがあるのである。

まして、ルーマニアは陸軍国家であるから

海軍予算は原則として優先されない。

何なら、現状の予算配分でさえも

マーガトロイド海軍大臣の優れた政治力により

奇跡的に認められた物であると言えるだろう。

…とまぁ、ルーマニア海軍は現状そんな状態であり

世界に名だたる海軍国家の日英はおろか、

あのソ連海軍にすら後塵を拝していた。

…そういして、私がそんな回想をしながら

ボヤキの言葉を発していた所に、

ミルチャが苦笑しながら口を開く。

 

「…そこは、ワインレッドでは無く

虹色に染めるべきではありませんか?

ほら、大臣のイメージカラーでしょう。」

 

「…まぁ、それもそうだな。」

 

…ミルチャの言い分には一理ある。

これは、あくまで演習なのだ。

ワインレッドは案外貴重な色だから、

“本番”まで取っておくべきだろう。

そして、“本番”で我々が染められぬ様に、

今、我々が出来る事を全て行うのだ。

敗北は許されるが、怠慢は許されない。

私は迅速に頭を切り替えて、

改めて状況を副艦長に確認する。

 

「…さて、今一度状況を整理しよう。

敵は、日本海軍の駆逐艦4隻と、

英国海軍から戦艦が1隻だ。

日英は今回の演習では同陣営だから、

敵は5隻と言う事になる訳だな。

対して、我々は潜水艦が2隻のみだ。

双方の勝利条件は単純明快で、

先に2隻に撃沈判定を出した

陣営が勝利を納める事が出来る。

有り体に言えば、我々が放つ模擬魚雷と

日英陣営が放つ模擬爆雷のどちらが先に

撃沈判定を出せるのかの勝負になるな。」

 

私がそこまで言うと、ミルチャが補足する。

 

「日本海軍から参加する駆逐艦は、

響、暁、雷、電の総勢4隻ですね。

他方、英国海軍が持って来た戦艦は

何とまぁ、あのウォースパイトです。

どうやら、同艦はこの演習が終了後に

大規模近代化改修を予定している様で、

これが改修前最後の雄姿らしいですね。

無論、幾ら威容が立派だとしても

海中の私達には関係ありませんが。

そんな私達の戦力は、M-1とM-2の2隻のみ。

尤も、数字の上では単に潜水艦2隻ですが

M-1とM-2には圧倒的なエンジンがあります。

少なくとも、逃げ足に困る事は無いでしょう。

…この勝負、流石に勝てるかは兎も角として

負けるとも限らないと私は思いますよ。」

 

「…だろうな。私もそう考えている。

それに、M-1のカタリン艦長は優秀だ。

彼がどうにかするだろうと私は思うよ。」

 

「他力本願にも程があります。」

 

「…そう人聞きの悪い事を言うな。

“全幅の信頼を置いている”と言ってくれ。」

 

「物は言いようとは、よく言った物です。」

 

ミルチャは呆れながら私を見つめて来る。

…まぁ、上下関係が極めて希薄になっていて

軍隊とはとても思えないラフさがある事が

乗組員の結束力の高さに繋がっている事は

私が思うにルーマニア海軍の最大の魅力だ。

何せ、密閉空間で戦闘を行う潜水艦の場合は

乗組員同士の結束の度合いがそのまま

戦闘において重要な役割を持つのだから。

…とは言え、これを一々私の口から

生意気なミルチャに伝えるのは癪なので、

私はさっさと話を共同軍事演習に変える。

 

「…御託は良いから、次は距離だ。

大臣特製の探知機があったろう?」

 

「はい。本艦右舷32000に駆逐艦暁、

同様に本艦右舷32500に駆逐艦響、

そのまま33000に駆逐艦電、

33500に駆逐艦雷の探知が出来ています。

他方、戦艦ウォースパイトとは

本艦左舷方向に距離36000です。」

 

「M-1とは?」

 

「本艦前方に、距離2000です。

…さて、如何致しましょうか?」

 

「…決まっているだろう。取舵一杯!」

 

直後、私の指示に従いM-2は進路を左に取る。

やはり、こちらが少数で戦いに挑む以上は

各個撃破を狙う戦略は基本中の基本であろう。

まして、M-1もM-2も最高速度は48.6ノット、

実に時速90㎞を誇っている超高速の潜水艦だ。

豪奢な王冠を被っているウォースパイトと比べ、

2倍は速い艦であると言って良いだろう。

恐らく、料理は直ぐに終わる筈だ。

…そうして、私が英国料理より至ってまともな

ルーマニア料理について考えている中の事だ。

今日一番の真剣な顔をしているミルチャが口を開く。

 

「…艦長、構わないのですか?

流石に見え見えの罠に見えますが。」

 

「案ずるな。これは流石に罠では無いだろう。

単に、こちらの魚雷を舐めているだけだ。

“戦艦の装甲”に対するある種の信仰だろうよ。

それに加え、ルーマニア海軍全体を舐めている。

我々の海軍には実績が無いのだから無理も無いが、

この油断が“本番”だったら命取りになるだろうな。

…ミルチャ、我々には絶対の武器があるだろう?

速度何かより余程頼りになる絶対の武器が。」

 

私がニヤリとしながらそう言うと、

ミルチャは若干不安そうにしながら

絶対だと言える武器の名前を口にした。

 

「自動追尾魔法付き魚雷…でしょう?

確かに、マーガトロイド大臣も

絶対の自信を持っていらっしゃいました。

私にはどんな魔法を使っているか等

毛頭理解出来はしませんでしたが、

その有用性は私にも理解は出来ます。」

 

「そうだ。距離1000程度であれば、

ミリ単位で正確に追尾可能な優れ物。

ターゲットの“存在”その物を追尾する以上、

物理的限界の4800程度で発射出来れば、

それがそのまま必中距離に早変わりだ。

しかも、この魚雷の情報に関しては

英国には知られていない可能性がある。

連中、目ん玉ひん剥いて驚くんじゃ無いか?」

 

…ここで一応補足しておくと、

自動追尾魚雷と言うのはあくまで

通常の魚雷にアリスの人形が

自動追尾魔法をかけただけの代物である為、

航走距離や炸薬量は一般的な魚雷に過ぎない。

又、更に厳密に言うと4800と言うのは

あくまで敵艦との直線距離であるので、

当然ながら敵艦の回避行動によって

魚雷の航走距離が伸びる事を考慮すべきであり

厳密には意外と必中距離は短かったりする。

…ともあれ、得意気に語るエミネスクを前に、

ミルチャは当然の疑問を口にした。

 

「…確かに、艦長の仰る通りでしょう。

私としても自動追尾魚雷は信用しています。

模擬魚雷にもかけてありますから、

当てる事は難しくは無いと思います。

しかし、撃沈判定を出せる程魚雷に

威力がある物なのでしょうか?」

 

戦艦の装甲を舐めては行けない。

素人にでも分かる基本を持ち出し

疑義を呈するミルチャの見解には、

その場にいた水兵全員が首肯していた。

…しかし、艦長であるエミネスクは

完全に開き直りこう口にする。

 

「さぁな。結局、演習だと何とも言えない。

だが、俺の計算が正しかった場合

急所に数発叩き込めれば大破までは

ほぼ確実に持って行けると踏んでるんだ。

撃沈だって不可能じゃ無いだろうよ。

…それと、皆思い出してみるべきだな。

今回の共同軍事演習にはルーマニア海軍の

歴史と名誉がかかっているんだぞ?

例え撃沈判定まで持って行け無かったとしても、

あのウォースパイトの横っ腹に魚雷を当てる

実力を持った海軍と言われてみろ。

世界に喧伝出来ると俺は思うのだがな。」

 

…エミネスクの言葉に対し、

その場にいた誰もが

真剣な表情で聞き入っていた。

数十秒間の沈黙と、厳粛な雰囲気が

艦内全体を支配している。

…やがて、その雰囲気をミルチャが破り

副艦長として話をまとめにかかる。

 

「…艦長の仰る通りですね。

我々ルーマニア海軍の栄光は

今日作られるべきでしょう。

私含め、艦内の総意だと考えます。」

 

引き締まった表情で語るミルチャに対し、

エミネスクは大きな満足感を抱いた。

そして、エミネスクは艦長として、

改めてこの場で宣言をすべく口を開く。

 

「…目標、英国戦艦ウォースパイト。

舐めてかかって来てる連中の横っ腹に

“グングニル”を叩き込め!」

 

…その瞬間、M-2艦内の雰囲気は

かつて無い程の最高潮に達していた。

流石に潜水艦内で大声は出せないが、

そういった制約が無かったとしたら

皆が大声を上げていた事だろう。

M-2は、一路ウォースパイトを目指し

文字通りの全速力で飛ばし始めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

…因みに、結局海軍の共同軍事演習は

ルーマニア海軍の敗北に終わった。

模擬魚雷は戦艦ウォースパイトに

4発の命中判定が出たのだが、

撃沈判定は終ぞ出なかったのだった。

又、今回の模擬海戦においては

その間に日本海軍の駆逐艦の模擬爆雷が

M-1とM-2を撃沈したと判定されたのだが、

これはどう考えても不可解な判定であった。

何故なら、M-1とM-2は爆雷から逃れられる様に

常に日本海軍の駆逐艦4隻から

安全距離を取っていたからである。

にも関わらずこう言う判定が出された理由としては、

第一に、今回の模擬海戦の戦術的な目的が

ドイツ海軍のUボートを想定した

実戦的な戦闘訓練を行う事だった事。

第二に、日本海軍と英国海軍のメンツを守る為

ルーマニア海軍が勝利する事が構造的に

許されていなかった事が挙げられるだろう。

無論アリスは後日この結果を聞いて

日英の海軍に対して強い憤りを感じたが、

彼女は“政治”の何たるかを心得てはいたので

すぐに冷静になって受け止めていた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「最早、勝負が成立していない程だ。

…だが、機体の責任にする気は無い。

これは、純粋に私の敗北なのだからな。」

 

「…悔しいですよ。技術者としては、

今日の屈辱は絶対に忘れられない。」

 

1934年11月21日紅海沖合、

空母鳳翔の艦内にて2人の男が

先の共同軍事演習で行われた

模擬空戦について振り返っていた。

男の名は、それぞれ源田実と堀越二郎。

両名は一昨年、ルーマニア空軍が保有する

輸送機を見学させて貰った関係で

最新鋭のルーマニア機に対して

高い知見を持っていると評価され

今回日本海軍から共同軍事演習における

模擬空戦を完全に一任されていたのであった。

…尤も、源田、及び源田が操縦した

三式艦上戦闘機は無様に敗北したのだが。

しかも、ルーマニア機には2度もである。

悔しそうに拳を握り締める堀越を前にして、

源田が模擬空戦を振り返り敗因を分析する。

 

「…取り敢えず、ルーマニアの戦闘機、

“スカーレット・デビル”と言うのだったか?

あれの性能の高さについては言うに及ばない。

特に技術者の君にとってはよく理解出来た事だろう。

…1度目の空戦でかの機は圧倒的な速度で上昇し、

私が見失ったタイミングで一方的に射撃してきた。

当然私は瞬時にそれを避ける訳だが、

敵弾はまるで追尾してくるかの様に進路を変え、

結局機の横腹に直撃弾を食らってしまった。

これがもしも戦場であったならば、

私は確実に靖国に行っていただろうな。

確かに、1度目の空戦に限って言えば

機体性能の差が勝負を決したと言えるだろうよ。」

 

「…これは、私達技術者の責任です。」

 

穏やかに語る源田の言葉に対して、

堀越は頭を下げながら

謝罪の言葉を口にした。

しかし、源田は堀越を諭した。

 

「…そう気負うな。無論機体性能は

向上を図り続けて欲しい所ではあるが、

今回の模擬空戦は私の敗北なのだから。

…君も、2度目の空戦は見ていただろう?

…2度目の空戦は1度目とは完全に異なり、

低空での格闘戦の格好となっていた。

真正面に迫るスカーレット・デビルに対し、

私は背後を取る為に急上昇を掛けたんだ。

“このまま機体を反転させれば背後が取れる”

私はその瞬間そう確信していたのだが、

それは流石に向こうのパイロットも読んでいた。

…結局、私は一向に背後を取れ無かった物だから

敢えて正面に迫る事を受け入れる事にして、

仕方無く相撃ち覚悟で射撃をしてみる事にした。

…しかし、私が放った弾は一発も当たる事は無く、

こちらだけが被弾する羽目になってしまった。

…更に言えば、2度目の空戦において

スカーレット・デビルのパイロットは

敢えて優れた機体性能を使おうとしていなかった。

速度も高度も、私達より多少上回る程度。

英国が持って来た新鋭機と同程度だった訳で、

少なくとも、機体性能の差を意図的に

目立たせる様な戦い方では無かった。

…となると、向こうの意図は明々白々。

純粋な操縦技量で勝負を挑もうとして来た訳だ。

そして、その上で私は敗北を喫した。

…極めて悔しいが、これもまた結果だ。」

 

…源田は、実際にパイロットとして

今回の模擬空戦を担当しただけあって、

その表情は堀越より余程悔しそうに見える。

堀越にとっては、技術者の自分よりも

パイロットの源田が悔しがってくれた事が

救いである様に感じられた。

…だが、ここで模擬空戦の総括は終わらない。

堀越は源田の話に疑問を抱き、口を開く。

 

「…心中、お察し致します。

しかし、何故2回目の空戦においては

相撃ち覚悟で正面から撃ったにも関わらず

こちらだけが被弾判定を出されたのですか?

撃墜判定の有無なら百歩譲って分かりますが、

向こうは被弾判定すら出ていないではありませんか。」

 

…常識的に考えて、一方だけが被弾する事は

正面から撃ちあう限り有り得ないだろう。

どんなカラクリがあるのかと勘繰るのは

至って自然な疑問ではあると言える。

…そうして、堀越が源田に疑問を提起すると

源田は悔しそうに真相を語りだした。

 

「…何て事は無い。向こうのパイロットは

“横滑り”を行う事で進行方向と機首の向きを

右方向にほんの僅かだけずらしていたんだ。

こちらが真正面から撃ち合いをしようって

吹っ掛けたその瞬間、向こうは若干右へ動く。

目の錯覚だと感じる位しかズレない物だから、

気付いた時には既に遅かったと言う訳だな。

…私は、明確にパイロットとして敗北を喫した。

今回の敗北は、それ以上でもそれ以下でも無い。

私の腕が足りていなかったと言う事だろう。」

 

「…まさか。源田さんの操縦能力は確かです。

海軍内でも評価が高いではありませんか。」

 

源田の言葉を受けて擁護する堀越。

しかし、そんな堀越を源田は手で制し、改めて述べる。

 

「御託は結構。これは私の問題なのだから。

…それとだ。これは模擬空戦の終了後に

ルーマニアのパイロットから

聞いた話になるのだがな、

どうもルーマニアの空軍のパイロットは

苛烈な弾幕の嵐を回避する訓練を

毎晩の様に繰り返している様なのだ。

それも、弾幕を放っていると言うのは

ルーマニアで空軍大臣を務めている

“フランドール・スカーレット”閣下だそうだ。

彼女は吸血鬼として、弾幕火力に於いては

姉であるレミリア女王をも凌ぐと言うから、

その凄さを伺い知れると言う物だ。

私に語る時の怯えようからしても、

その火力は本物のそれなのだろう。

…まぁ、何れにしても確かな事は

彼らは日常的な訓練の質において

我々を遥かに凌いでいると言う事だ。

訓練量がお互いに似通っていれば、

技量の高低を決定するのは必然的に

訓練の質となる事は最早必定。

私の操縦技量は、彼に負けていた。

私、いや、我々は質の面で敗北したのだ…。」

 

「源田さん…。」

 

「…まぁ、良い。勝敗は決したのだ。

今回我々に課された使命の1つには

無論模擬空戦での勝利も含まれてはいたが、

最大の使命は戦訓を得る事であるからな。

戦訓を得る事が出来た以上、結果は上々だろう。

…さて、君が技術者としてこの模擬空戦に

心を痛めたと言うのであれば、

今回の戦訓をキチンと踏まえた上で

私から2つ程要求させて貰いたい。」

 

源田はそこで一度言葉を切ると、

堀越は息をのんで続く言葉を待つ。

真剣な目の堀越を見て、源田は語りだした。

 

「…第一に、発動機の改良をお願いしたい。

何もスカーレット・デビルの水準までとは言わないが、

どうか英国が出してきた新鋭機より速くして欲しい。

現状ではこちらが遅過ぎる物だから、

追い掛ける事すらままなっていない。

第二に要求するのは、高高度での飛行性能だ。

…発動機の進化の速さを見れば大凡予測出来るが、

これからの空戦は、きっと高速化が進んで行く。

恐らく、そうなった時に大切になるのは、

敵より少しでも高高度に陣取った上で、

敵機を見つけた瞬間に急加速を掛け

一撃で敵機を仕留める能力に他ならない。

要するに、一撃離脱戦法の時代が来ると言う事だ。

…これは私の信条には反する事であるのだが、

この際格闘性能は二の次で構わないだろう。

そもそも、速度と高度が不足している場合は

格闘戦に持ち込む事すら不可能である事が

今回の模擬空戦で証明されたと言って良い。

…大変難しい要求である事は百も承知だが、

どうにか三菱の方でも研究、挑戦して貰いたい。

君が日本の航空戦力に新しい風を吹き込んでくれ。」

 

真剣に、確信めいて語る源田。

堀越もまた、技術者として応える。

 

「…分かりました。現状では

何とも言え無い部分もあるのですが、

私としても、今回の模擬空戦の結果は

絶対に忘れられない物があります。

具体的にどの様な方法があるか、

私なりに検討してみましょう。」

 

「…頼む。私は君に期待している。」

 

…源田は、微笑みながら語り掛ける。

この瞬間、重苦しい空気感が

少しだけ和らいだ様に感じられた。




ルーマニア陸軍…共同軍事演習の描写では触れなかったが、結論から言うと模擬戦では英国陸軍と引き分け、日本陸軍に敗北した。今回ルーマニア陸軍は精鋭部隊や精鋭師団、特殊兵装等を一切エジプトに持って来なかったのが理由。

艦艇…そこそこ日本でも知名度がある艦艇を選びました。
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