ありふれた|女主人公《ヒロイン》だけど、君が好き。 作:一文字 更新
薄くなった頭部をそわりと撫でながら、黒板に向けて喋べる男がおもむろに腕時計を確認した。結婚して今年で四十になったらしい。ちなみに英語教師である。
『"西北"怪我人出すなよー』
ジ、ジジ…。
予鈴のノイズが走ったのが速いか、椅子が吹っ飛さるのが速いか。乱雑に開け放たれ、勢いそのままで返ってきた扉が物悲しい。
嵐が過ぎ去ったような静けさを残す教室を後にする。
「はじめッ会いに来たぞ!」
開幕咆哮。
着替え中に扉が開かれ、ぎょっとする男子生徒だったがその声を聞くなり、ぁあ…と視線を逸らした。
はじめと呼ばれた生徒は既に着替え終えていたようで、数人のクラスメイトと目配せをし、ノックも無しに突入してきた非常識人を教室の外へ誘導する。
『結、体育の時は…?』
「ぁ…ノックをして」
『うん。次は気を付けよう』
「スン ン、わかっていゅ!」
幼児を諭すような口調になってしまうのも仕方のないことだろう。だって聞いていないんだから。
膝の上でご満悦な表情を浮かべる当人をジトっと湿った目で見つめると、途端に目が泳ぎはじめた。教室の外に置かれた備え付けの椅子がどれだけの常習犯ぷりっかを物語っている。
そんな彼女、名前を
催促に応じて頭を撫でると目を細めて身を任せてくる。まるで猫のような奴だと、教室へ走っていく後ろ姿を見送りながらハジメはそう考えたのだった。
…とりあえず、寝よう。
惰眠をむさぼるべく机に顔を伏せた。
教師の私から見れば彼女は所謂"問題児"だ。居眠り、遅刻…駄目だな頭が痛い。しかし、成績はそれなりに取っているということを忘れてはいけない。彼女は勉強が出来る。いや、授業の内容をしっかり聞いているといった方が正しいか。
目をやれば後ろに倒れていた背凭れを正し、むふーと南雲と書かれた体育着に顔を埋めていた。
いや駄目だろそれ。
胃薬の存在を内ポケットに感じる。それだけでも左脇腹の痛みがすっと引いていく気がした。
真田来那の平穏は近い。
「はじめッコレお弁当!」
針の筵に爆弾が投下された。無論、西北結である。悔しそうな表情の白崎香織には目もくれずハジメの横に机をくっつけ椅子に座った。清水は泣く泣く床に座った。
お弁当の中身は以外に可愛いらしく、タコさんウィンナーやハート型の卵焼き、彩りのレタスとミニトマト、マッシュポテト。ご飯は卵ふりかけのようだ。これにはさすがのハジメも喉を鳴らす。
『美味しそうだね。いつもありがとう』
「好きで作ってるからな」
「でももう待てないぞ!」
『それじゃ、いただきますしようか』
「うん」
新婚夫婦か。
しれっとハジメの反対側に座った白崎香織がこれ以上のリードを許すまいと"あ~ん"を決行する。八重樫雫はその幸せそうな表情と真っ赤に染まった耳を見て、にまにまと笑顔を浮かべた。
そんな時に。
『ぇ…?なに"アレ"』
足元に巨大な幾何学模様の所謂、魔法陣が出現した。
『皆さん、教室の外へッ』
そんな声も虚しく教室内の全ての人間が光に包まれる。後には食べかけのお弁当と誰も居ない教室が残された。
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