ありふれた|女主人公《ヒロイン》だけど、君が好き。 作:一文字 更新
体が冷たい。長らく水に浸かりすぎた。無事を確認し合うと僅かな体温を奪っていく衣服をさっさと脱ぎ、手早く乾燥させる。空いた時間を装備の簡易的な点検と補充に使う。
「ハジメ」
『うん。わかってる』
ここはおそらく迷宮の深層。ベヒモスですら、あの天之河光輝の攻撃が通らなかったのだ。倒すことよりもまず、避けること、逃げることを考える。
階層に来て初めて遭遇したのは五頭からなる狼型の魔物の群れ。大きさは大型犬ぐらいで尻尾が二本。群れの首領とみられる個体は一回りほど、体が大きい。
何らかの指令を出したのだろう。群れが散開し、両脇にある岩陰に身を潜めた。それからどれほどの時間が経っただろうか。唐突に気配察知が反応する。
通路の奥から姿を表したのは、狼型の魔物…二尾狼よりも一回り小さな兎型の魔物だった。
しきりに鼻をピクピクと動かして、匂いを警戒しているのだろうか。
『グルァッ』
兎が一瞬、後ろを振り返った。仕掛けに出る二尾狼。最初に攻撃に出たのは群れの首領。矢のように地を駆け、その頭を噛み砕かんとする。
襲撃に気付き、一歩遅れて戦闘態勢に移る兎。華麗なバックステップで奇襲を躱す。
飛び退いた兎の真後ろ。バチバチと弾けるような音が鳴る。狼型の二つに分かれた尾が逆立ち、放電していた。
『『グァァッ!!』』
交差するように放たれた電撃。それと同時に身を潜めていた最後の二匹が左右からの強襲をかける。
『キュァッ!』
電撃を"空を蹴って"回避した兎。強襲をかけた二尾狼をブレイクダンスのような動きで粉砕した。
しかし、兎の躍進もそこまでだった。
『キュッ!?』
粉砕された二尾狼が意識を手放す前に電撃を放ったからだ。体が麻痺した兎は体を"両断"され、呆気なく命を散らした。
ここを離れた方が良い。そんな感覚がピリピリと肌を刺激し、ぶわりと鳥肌が立つ。
『『クゥーン』』『クゥグルァ』
二尾狼の様子が変だ。戦いに勝ったというのに、尻尾を又の内に隠して…震えている。
首領を残し、走り去る二匹の二尾狼。
『グルルルル…』
それは、熊のような魔物だった。異様に長い腕とその先に三十センチを超える爪があることを除けば。
電撃を纏い突撃する首領。
まだ距離が離れているのに腕を振るう爪熊。轟と唸る風切音がここからでもはっきりと聞き取れた。
首領が唐突にサイドステップを挟んだ。
「…まさか」
『ユイ…』
攻撃が掠ってもいないのに、首領の首から肩までの肉が削り取られている。致命傷だ。しかし、首領は構う素振りも見せず爪熊に飛びかかる。
「ハジメ…」
『うん。やろう』
その戦いをひっそりと眺める二匹の鼠が、岩陰から覗く目を爛々と光らせていた。