芦田さんの家はとても普通の一軒家だった。
ほぼ更地と化している東京都内、だけど、栃木に来ると東京の凄惨さを忘れるかのような平穏さがあった。
「ふあーあ……。いつまで私たちは見張ればいいのかしらね」
「さぁ……。出産するまで?」
「結構かかるじゃない。つきっきりっていうのもなんていうかもどかしいわね」
「まぁねぇ」
昼間、欠伸をしながら件の呪霊が来るのを待っていた。
だがしかし、呪力すら感じない。芦田さんも呪霊との子を孕んでから化け物の夢を見なくなったと言っていた。
芦田さんのお母さんにも事情を説明し、納得は行かなさそうだったが芦田さんの選択を尊重するようだ。
「化け物との子……。意思疎通が可能なんですか?」
「わかりませんねー。私らもいかんせん初めてなもので。対話が可能、意思疎通が可能だったらそのまま生存させるかもしれないですけど、もし対話が不可能であればその、殺すかもしれません」
「そうですか……。……その、やっぱり無理ですか。今堕ろすことは」
「無理じゃないとは思いますが……。本人がそれを望んでいませんからねー」
わが子を心配する親の気持ち、生まれてくる子に罪はないと信じて希望を持つ芦田さん。あるべき親子の姿があってちょっとうらやましくも感じた。
「私としては本人の選択を尊重したいと思っています。お母さんが心配でも、芦田さんは産むことを選んだ。その先の責任は私たち呪術師が取ります。どんな結末であれ、受け入れてもらうということはすでに本人には伝えてあります」
「……そうですか」
「心配ですよね。やっぱ」
釘崎さんって外面のいい顔できるんだぁ……。いつもオラオラしてる感じのイメージしかないから想像つかなかった。
そう思っていると感づかれたのかぎろりとこちらを睨んでくる。
「おかあさーん。洗濯もの干したよ」
「ありがとう」
庭先で、私と釘崎さんがゆったりしていた。
「こちとら毎日徹夜だわー……。稲荷はいいわねぇそんな式神の姿だから美容とか気にしなくていいし」
「まぁねぇ。そこは楽。まぁ、生前もそこまで気にしたことないけど」
「夜更かしは美容の大敵なのよ。早いとこ終わらせて帰りたいわねー」
「ある程度で見切りつけて報告してもいいんじゃない? そこは伊地知さんと相談かな」
「そうね。ここ一週間は呪霊の襲撃もないし、もう安全……なのかしら」
やる気なさげに釘崎さんはまた欠伸をしていた。
すると、その時、少し呪力を感じた。
「稲荷、今の感じたわよね?」
「うん。物置にいるね」
「こんなすぐ近くにいて気づけなかったの悔しいわね」
「それなりに知能があるんじゃない? 呪術師だと気づいて敢えて身を隠してたような気もする。狡猾だね」
「用心していきましょう」
釘崎さんは金づちを構え、物置の扉を開ける。
物置には達磨が置いてあり、片方の目だけが塗られていた。だがしかし、呪霊の姿はない。
「あれ、いない?おっかしいなー。確かに感じたんだけど……」
「釘崎さん、やばい!」
「えっ!?」
物置を開けることがトリガーだったのか、足元の空間が変化していく。
空間が変わっていくような感じがする。これは……。
「呪霊の領域……。また強そうなのがきたじゃない」
「ここは……?」
思わぬ声に私たちは背後を振り向く。
そこには芦田さんのお母さんと、芦田さんが立っていた。
「やばい! 巻き込んじゃった! 稲荷! 領域展開して守ってやって!」
「オッケー」
呪霊が芦田さんのほうに襲い掛かっていく。
「ま、まま、ママァ」
「ば、化け物! 夢で見た化け物……!」
「こいつがか! ちっ!」
釘崎さんは呪霊を金づちで叩くが避けられる。
「稲荷! 早く領域展開しなさいよ!」
「やろうとしてんだけど、問題がある」
「問題?」
「術式の必中化の相手を選べない。だから芦田さんたちにも当たっちゃうかも」
「あーーーーっ! そりゃ駄目ね! じゃあ、地力でやるしかないってことか!」
釘崎さんは釘を取り出し構える。
私も領域を展開するのは諦め、呪霊と向き合った。この領域は術式が付与こそされてない未完成の領域といえる。が、領域は領域であり、領域のバフが相手に入っている。
こういうのばっか当たるな私って!
「おら!」
私は呪霊にかみついた。
鋭い牙が呪霊の腕を噛み千切る。マズイ。
「よくやったわ! 相手も悟って逃げそうだけど、私相手から逃れると思うなよ!」
逃げようとしている呪霊の噛み千切った腕を拾い上げ、そしてそのまま釘崎さんはそれに釘を打ちこむ。
「芻霊呪法”共鳴り”!」
呪霊に遠隔攻撃。
領域はすでに解け、私はそのまま狐日を放って焼き払う。呪霊は消えていったのだった。
「ふぅ。一件落着ね。領域を持っていたからどうしようかと思ったけど案外何とかなったわね」
「だねぇ」
「た、助かったんですか?」
「そうよ。あの化け物が夢で見た化け物なら、あの化け物が父親ってことになるわね」
「あの化け物が……」
「夕菜。嫌でしょう? いやなら堕胎させるっていう手段もあるのよ」
「……うん」
芦田さんは深くうなずいた。
ま、現実を見ればこうもなるか。