リボーンファンタジア 立香編 推しの子は月にいる 作:ワフこねこ
⚠️Attention⚠️
この物語は
『Fate/Grand Order 奏章Ⅲ』
のネタバレが含まれます。
大丈夫な人は、どうぞこの先へ
◇◇◇◇◇
ルビーとマシュ、月山さんがあることを決めた翌日の夜。
「大胆だな……! ここでボカシ効果を使うとは!」
オリエンタルなホテルの一室で、映像スタッフのアントニーさんとプロデューサー・Mとともに、ドラマの映像編集を手伝わされている。とは言っても、アドバイス程度のものだが。
「よ、順調か。これジナコからおすそ分けだぜ」
「あ、サハラさん! お疲れ様です!」
AIのスタッフたちは入ってきたサハラさんを出迎え、嬉しそうに飲み物を受け取る。皆に配り終えたサハラさんは、物珍しげにスタッフが編集した画面をのぞき込む。
「おー、旧人類もキーボードとかマウスを動かして動画作るのは一緒なんだな」
編集スタッフのスタッフは口々に明るい表情で自慢し始める。
「はい、そこは同じなんですけど、星野さんったら、私たちには全くない発想でワンシーンを切り抜いたり、効果つけたりするんですよね。今まで旧人類がやってた『仕事』って意外と楽しいかも。この前のアイさんのシーンとか、他の人にも喜んでもらえてさ!」
「旧人類って、エンタメをアイドルや俳優とか、仕事にしちゃうんだねー。スゴイや!」
なんだか、照れ臭い感じがする。すると、後ろから来たスタッフが、サハラさんに神妙な面持ちで話しかける。
「あ、ジナコさんにもきっちり言っておいて下さいよぅ。ずっと部屋から出てないと、体が錆びちゃうって。オイラ心配で、夜しか寝れないよぅ」
「そりゃ普通だろ……。まあ、アイツは、大丈夫だ」
スタッフたちは各々楽しく話をしていたが、やがてスタッフの一人がこうつぶやき始める。
「これで俺たち、大事なモノを思い出せるといいんだけど……」
「私も」
「俺もだ」
皆ワクワクとした表情がどんどん消え去ってしまう。サハラさんは何やら言いたげにしていたが、黙っているようだ。
そういえば、他のAIたちもそのようなことを口にしていた。
気がかりではあるが、その程度の悩みぐらい、人間もある。悩むまでもないか。
◈
撮影もいよいよ大詰め。終盤のクライマックスであるサーヴァントたちの最終決戦のシーンが近づきつつあった。カルデアのアクション担当である伊織さんとヤマトタケルさんだけでなく、カルデアのサーヴァントたちも集まって厳しい指導が行われた。
英雄たちからモノを教えてもらう機会などそうそうないため、俳優たちは一段と殺陣の稽古に励んでいる。
残念ながら、俺の役はアクションシーンがほとんどない。だが、本音を言えば教えてもらいたい。もうすぐ舞台があるため、殺陣の基本をわずかな時間だけでも、是非とも。あの剣筋がキレイと感じた、伊織さんに。
ただ、あの人も忙しい。やはり、迷惑になるだろう。いや、でも折角の機会が……。
悩んでいると、5人ほどの俳優たちからの質問責めをかわしてきた白野さんが、ニコニコで背中を押してきた。
「アクアさん。立香から聞いたけど、今度、舞台で殺陣をするんだよね。せっかくだし、伊織やヤマトタケルに色々教えてもらったらどうかな」
「そうは言われましても……」
踏ん切りがつかない俺の様子を見かけてか、伊織さんが近づいてきた。いたのか、気が付かなかった。
「アクア殿。俺の方がお願いしたい。模倣とはいえ、現代の人間に何かを指導することは英霊の身では滅多にない身だ」
「……伊織さんがそこまで言うのであれば。 お願いします!」
1時間後。俺は地べたで唸っていた。完全に舐めていた、体力には自信があったというのに。調子に乗って、白野さんにも李書文とかいう人仕込みの徒手空拳を教えてもらったのが悪かったか。
「すまない、少しばかり熱を入れすぎた。……まだ指南していない者がいたな。アクア殿、しばらく休むといい」
「はい。ありがとうございました……」
伊織さんは、上機嫌でアクションの指導に戻った。
非常に晴れやかなキブンだ。上手く剣を操ることができなかったという課題は、元の世界に戻ったらクリアすればいい。起き上がると、ヤマトタケルが自信ありげな顔でタオルを渡してきた。
「どーだ、アクア! イオリの剣の太刀筋はスゴかっただろ!」
「? 伊織さんの剣が気になること、言ってましたっけ」
俺が疑問を口にすると、ヤマトさんはジト目で唇を曲げた。
「顔でバレバレだとも。そうだ、一応言っておく。最初にイオリの技に惚れ込んだのは私だぞ」
「そこでマウント取らなくても……。ヤマトさんと付き合いが俺より全然長いくらい、察していますけど」
「それはそうだが……。正確には違うのだ」
「違うって、何がですか」
わずかばかり逡巡した後、剣士は口を開いた。
「彼は私が出会った、昔の……江戸の聖杯戦争からの付き合いではある。が、カルデアに召喚されてから、ヤツはそのことを忘れてしまったままだ」
日本一の大英雄の気分を損ねないよう、当たり障りのない質問したはずが、本人がしょんぼりとしてしまった。
「あっ……本当に申し訳ありません! 悪いことを聞いてしまって」
「いや、良いんだ。今のあやつも、カルデアの生活に充分満足している。……ここで私が苦しむことは、なにもないんだ」
この人はウソが下手だ。声が上ずっているし、憂鬱な精神が隠せていない。伊織さんのことは、妻と伝えられているオトタチチバナヒメと同じくらい、きっと愛していることが分かる。
「あの人に自分の記憶がなくても、好きなんですね、伊織さんのことが」
「ああ。……どんな事情でも、記憶がないとしても。大事な人は、大事な人であることには変わりない。キミも、そうだろう?」
「はい。俺もそう思います」
こちらの心持ちを汲んでか、ヤマトさんは明るく俺にアドバイスする。
「キミは、何があっても手を離すなよ。過去に薄暗い何かがあったり、どうしようもない欲望があったとしても、キミの妹や仲間がいることを、忘れるな」
「はい。善処します」
聖杯戦争やらに興味があるわけではない。ただ、勘というか確証がある。いつか、彼らの苦悩は、何かしらの出来事で解決されるかもしれないと。
今はただ、2人の幸せを願おう。
◈
「カット!! クランクアップでーす! 皆さん、お疲れ様でしたーー!」
長かった撮影が今終わった。メインキャストたちにそれぞれ花束が手渡されると、スタッフ全員から拍手が送られる。その後紹介された監督は、どこか躊躇うような雰囲気もありながらもマイクを握った。
『アクアくんたちをはじめとした俳優のみんな、こんな私のわがままに答えてくれて、ありがとうございました! AI のみんな、初めてのことばかりで右往左往したと思うけど、色々自分なりに努力してくれたのがめちゃくちゃ嬉しかったです。
カルデアの皆さんも、B小町のみなさんも総選挙の合間を縫って手伝いをしてくれて本当に助かりました。アクアくんたちもさぁ! マジで……マジで……!』
後半部分の言葉は上手く聞こえにくかった。それほど、監督は自らの夢が完遂できたことに感極まっているのだろう。他のAIたちも監督の涙に誘われ口々に監督を慰めたり、泣かないでくださいと優しく声をかけている。
その後、Mさんがルビーの提案で最終回の挿入歌が『B小町』に決定したと報告すると、スタッフたちからは歓声が上がり、ルビーはますます頬をつり上げて照れくさそうにした。
みな達成感とずっとに満ち溢れた表情をしているが、俺の心にはそれだけではない感情があった。ドラマが大好評のまま、あと一回の放送で終わるということは、カルデアやアイとの別れがいよいよ目前という意味でもある。
急に辛くなってきてしまうと、ルビーが頭を撫でるよう催促してきたので、従う。わずかばかり、悲しみが薄らいでいく。
落ち着いた監督は、明日カルデアのお別れ会兼打ち上げを一同に約束した。映像スタッフもこの後すぐに最終回の編集に取りかかるので参加出来るだろう。
今日は解散ということで、AIたちやカルデアのサーヴァントが楽しく会話しているが、月山さんと浮かない顔で別れた望月さんが近づいてきた。
「アクア……、ちょっといいかな」
◈
「うおおおおお! アイちゃん最高!!!」
何か深刻な悩みがあるのかと思えば、彼は白野さんと立香さんを誘ってのB小町のライブDVD鑑賞会をしたいだけだった。
「アクアくんがアイちゃん好きだと聞いて、DVD 鑑賞会、やろうかなって撮影中何回も考えてたんだ! サイゴのサイゴにやる時間があるなんて最高だよ!」
「そ、そうですか」
「アクアくん、アクアくん。次はどれ見たい? サードアルバムの特典DVD? バラエティー番組にアイちゃんが出てきたとこだけ切り取ったヤツもあるよ!」
テンションが高すぎて引いてしまうが、別に良いだろう。俺もアイの映像は個人的に気になる。事件に関連するモノも発見できれば御の字だ。
「ええと……じゃ、2周年ライブの方で」
「立香さんは? どれにする、どれにする?」
「で、では一番望月さんが好きなヤツで」
「えー、そんなこと言われてもなー、迷っちゃうぜ!! チャッカリムさん、ハイボールもう一杯!」
「ダメダメ。もう切らしてる。明日のスタッフさんの分まで飲むのはいけなイ」
「むぅ……! 仕方あるまいなぁ……」
望月さんは既にビールは4 杯、ハイボールは3杯呑んでいる。肉体は15歳なのに大丈夫なのかと止めたのだが、精神はオッサンだからと言っても頑なに飲み続けていた。
月山さんはというと、朗らかにお茶を飲み続けているが、手の震えから怒りが隠せていない。恋人が推しのアイドルに熱をあげていることが、気に入らないようだ。
カルデアのサーヴァントたちはいつもの見回り。Mさんにも声は掛けたのだが、マシュさんに話があるからと丁重に断られた。
白野さんは、
「このライブ、演出がいいね!」
や、
「このライブ見たら、ネロもびっくりするだろうな」
などと言って、どちらかと言えばアイドルよりも演出のド派手さやライティングに感心していた。その後も懐かしさを噛み締めながら、俺たちはDVDを堪能していたが、彼女の不満がついに爆発した。
奇声を上げながら、望月さんの目を覆ったのだ。
「もー、ヤダデスワヤダデスワ! あなたがアイさんのDVD鑑賞会にお誘いするものだから付き合っていましたけど、これ以上耐えられませんわ~!! 別れますぅ……!!」
「ああっ、ごめんねぇ~~~! 許してぇ、アキちゃんーー!」
月山さんとがギャグめいた走り方で部屋から出ていく。立香さんと白野さんはその様子を眺め、「なんか……白けたし帰ります」と部屋に戻った。
数分後、望月さんが一人で帰ってきた。塩らしい顔で。それで俺の隣に座り込み、膨れている。
「はぁ……昔より気が短くなったなあ……」
「どっちか決めればいいじゃないですか。優先順位を」
「えー、決められないよ……酔い回っていたな、ちょっと頭痛が」
望月さんは背後のキッチンに移動し、薬の水を飲み干すとすぐにソファに帰ってきた。すると、別の話題に切り替え始める。
「キミ、芸能界は好き?」
唐突な質問に言葉がでなかった。急に振られたからではない。どちらでもなく、俺には資格がないからだ。母を殺したそれらを利用しているだけ。
「……んー、まだ経歴が浅いから、分かんないか」
「望月さんはどうなんですか」
水をコップに注ぎながら、彼は即答した。
「……好きに決まっているだろ。アイドルと俳優たちが研鑽を重ねた結果を、あらゆる人々に誇示できる職業なんて、この世界でそうそうないよ」
「……」
「そうだ。かなちゃんが言ってたんだけど。元の世界に帰ったら、『東京ブレイド』の舞台やるんでしょ。しかも五反田監督の元で!」
「はい。そうなのですが……お知り合いですか」
「うん。アイツ私がいなくなってもまだ監督やってんだ。そっか……五反田さんなら、私の作品をあげてもいいかもな。私が世界からいないことになったとしても。アイちゃんをキレイに撮ってたアイツなら」
変なことを唐突に言い出したことに、まだ酔っているのかと、言葉を出そうとしたが、喉につかえてしまう。望月さんのアイを見る瞳があまりにも美しく、目映く見えたから。
そして、その言葉から確信する。彼は……。
◈
部屋に戻ると、俺たちの借りてる部屋の隣で、アイとルビーが壁に寄りかかりながら、楽しげに話していた。かなり遠目から、B 小町メンバーとカルデア女性陣が右の廊下を曲がって姿を消す。どの人も、パステルカラーの寝間着姿だ。
「ルビー。ひょっとして女子会してたのか」
「うん! たったさっき、終わったところ。月山さんが後から合流してきたんだけどね、クッキーボリボリ食べなから、監督の愚痴言いまくってたよ! 面白かった! マシュさんの旅の話も面白かったよ」
「へえ……」
テンションが高いアイの胸元に思わずドキドキとしてしまう。
「ちょっと、お兄ちゃんどこ見てるの! そんなんじゃ、今夜一緒に寝てくれないよ!」
「えっ、えっえっえっえっ!!?」
突然のサービスに訳が分からないうちに俺は思考がぼんやりとしたまま着替えて、いつの間にかダブルベッドの真ん中で眠ることとなった。左にはルビー、右を向けばアイの顔。
「ふふ、最後の日に、ホントに後輩のルビーとファンのアクアと一緒に寝れるなんてね。じゃ、おやすみなさい!」
アイがライトを消すと、ルビーはアイの顔を見たいとわがままを言ったが、30分ほどしたらグースカしていた。撮影やダンス練習の疲れが出たのだろう。
寝られない。振り替えれば死んだ母が寝ているという興奮と懐かしさ。加えて、明日でアイが消えてしまう可能性で胸が張り裂けそうだった。
「~~~~♪、~~~♪、~~~♪」
小さく声がして、腰をポンポンとされる。ああ、恥ずかしいし、それに、ひどく哀しい。再び、アイに寝かしつけられるなんて。俺があなたの息子であることなんて、忘れているのに。生前と同じ優しく郷愁を感じさせる子守唄をなぜ彼女は歌えるのか。
哀しみは薄らいで眠気がやってきた。
別れるのはどうしようもない。せめてもの、笑ってアイとカルデアを見送ろう。眠気で意識がなくなる寸前、そう決意した。
目を開けると、現実離れした光景が広がっていた。周囲は真っ暗だが、ところどころぼやけてシャボン玉が淡く光っている。
夢の中か、この場所は。ただでさえ、信じられない状況だというのに。
歩いてしばらくしないうちに、上から巨大なシャボン玉が降ってきた。濡れるのはイヤなので避けようとするが、すぐにまとわりつかれ、覆われてしまう。
すると、光景は変化し、遠方には山とのどかな川が流れ、手前の方には昔の日本の宮のような建物が写し出されていた。自分の体は幽霊のように透けている。
飛鳥時代辺りの時代の風景だ。日本の歴史は中学生レベルの知識で止まっているため、確実ではないが、多分そうだろう。
しばらく宮で忙しなく働いている人々を観察していると、視点が宮の中にクローズアップする。シャボン玉は、少女の姿を写し出した。
「この人は……」
月山さんに雰囲気が似ている人だ。夜空に光輝く満月を見上げている。豊かな黒髪に青みがかった目元。袖の広がった衣の刺繍は、息を呑むのを忘れるほど豪華で、気品に溢れている。貴人の娘かもしれない。
『ソトオリヒメ様、まだ空の向こう側でカルノミコ様を想っているのですか。幽閉された身なのですから、もう少し他の御遊びなど……』
隣の年老いた侍女が口を開くと、娘……ソトオリヒメは整った眉を潜めた。
『愚問ね。あの人以外のことを考えること以外に、やることがありますか?』
この夢は、恐らくだがソトオリヒメの記憶だ。なぜ俺がこの場面を見ているのだろう。
やつれている少女のため息の音は、強く吹いた風にかき消された。外には緑の葉を付けた木が、寂しそうに揺れている。
『愛しいカルノミコ様が伊予に追放されたと聞かされた日から、鶴の声を聴くために、一日中、外の様子を伺っているのです。
あの人、鶴の鳴く声が聞こえたら、自分の名前を尋ねてと詩を詠んで約束してくれましたから。でも、全く聴こえないわ』
侍女は渋い顔のまま、冷徹に言の葉を紡いだ。
『ハァ……。ソトオリヒメ様、気を保って下さいませ。貴女方は罪人。第一、あのような戯言、カルノミコが逢い引きの言い訳をしたいに決まっています。
ああ────あなた方の存在は、神々がお許しにならない。来世生まれ変わったとしても、オオトモヌシの天罰が降るに決まって……!』
はっと言葉を飲み込むと、侍女は慌てて謝罪をする。ソトオリヒメは意に介さず、紙に何かをしたためると、筆をコトリと置いた。
『気長(けなが)くなりぬ やまたづの迎へは行かむ 待つには待たじ……』
上の衣を脱ぎ捨て、彼女は決心した。
『もう限界です。私はあの御方のところへ行きます。お母様や他の親戚には秘密にしておいて下さい』
『……承知しました。もう私から申し上げることはなにもありません。さようなら、ソトオリヒメ様』
侍女が悲しそうな顔をして静かに立ち去ると、ソトオリヒメは再び外を眺める。
『初瀬川と三輪山。今宵で見るのも最後ですね。ああ────カルノミコ様に早く申し上げたい。ここには私たちの居場所などありません。貴方と命を絶ちましょう、と』
涙声でソトオリヒメが呟くと、背後からイヤな音を立て、気味悪い極彩色の円が出現した。中から、男が姿を表した。ソトオリヒメは怯え、後ずさる。
『な、何奴です!?』
黒い布を被った人は、優しくも美しい男の声で、彼女に呼び掛ける。
『驚く必要などありません。私はアナタの力になるために来たりし、異界の術師でございます』
「異界……?」
「貴人には、貴人らしい、特別な、より良い死に方がありましょう────』
◈
目の前の視界が滲み、泡から弾き出される。咄嗟に踏ん張って転ばずにすんだが、考える間もなく斜めからナイフが飛び出してきた。回避したが、左手に負ったかすり傷がヒリヒリと痛む。
ドクロの仮面を被った、集団。久方ぶりのシャドウサーヴァントの襲撃だ。夢の中であるなど、信じられない。
周囲は光源が小さいながらも浮遊しているため、モノの輪郭は何とか、捉えられる。辛うじて躱せるぐらいの体力はある。
問題は誰も彼もが速すぎて、胸元にナイフの先が突き刺さる寸前であるところだろうか。
夢の中で死ぬ……と焦った瞬間、オレンジ色の髪の少女が俺の前に飛び出した。光弾がナイフを弾き飛ばす。
「立香さん!? どうしてここに!?」
「何か夢見てたらいつの間にかこんなとこに……。こういうの慣れてるから平気だよ」
「また助けられるなんて、ホントにありがたいが……。慣れてるってオイ……」
そうツッコんだら、敵がボールほどの大きさの土星に潰され、消えていった。俺の近くにふわりと降り立ったのは、レオタードの宇宙服を着た、紫色の髪をなびかせる……。
「センパーイ! 頼もしいBBちゃんが、助けに来ましたよ~!」
「BBちゃん! うわあ、久しぶり!」
近づいてくる彼女に立香とともに手を振ると、敵は大量の光線であっという間に全滅してしまった。その余波で、BBちゃんが吹っ飛び、床に頭をぶつける。
「ちょっと! 痛いじゃないですか!」
虚空に向かってぷんすか怒る彼女のそばに、女性が現れる。白と青のドレスに端正な顔立ちの人だ。
「すみません。夢での加減が分からなくて」
「あ、貴方は……?」
質問した俺の顔を、興味ありげに見つめながら女性は名乗った。
「アーキタイプ:アースです。アルセウスの使いですが、残念なことにこの世界ではこのようにしか顕現できず……。外部のサーヴァントから邪魔が入ってしまって」
あれこれ見たものを早速説明すると、アーキタイプさんは深刻な顔で今までの前提をひっくり返すほどの話を俺たちに告げた。
「BB ドバイを倒しても、異常は解決しません。このままでは、ムーン・ドバイ・トウキョウは明日、アイさんとともに消失します」
この世界がアイと一緒に消失?
ぽかんとするXXオルタの感情を代弁するかとのように、立香さんは目を見開いた。
「え、どうしてこの世界までも……」
「はいはーい。ここからは可愛いセンパイと人類のために、BBちゃんが丁寧に説明しますね♡」
◈
アイがこの世界にやってきたのは、全くの偶然だった。BB ドバイは、世界の滅亡を防ごうと様々な世界のデータを閲覧した。その中でカルデアを無理やりラスボス決定戦などに参加させるという悪巧みを思い付いた。
そして、俺たちを召喚したのだが……、偶発的に死んだはずのアイがハリファに幻霊として召喚され、地下にあったアーキタイプという『人類の後継として生み出された次代の霊長』とうっかり合体してしまった。
アーキタイプは自然発生しなければならないもの。俺たちの目の前にいる彼女もその一人で、生物種の頂点に位置する存在だ。しかし、この世界の人類はAIの技術を応用し、人工的に産み出してしまった。
「その事実は、我々の次元におけるルールに反します。この世界は、剪定事象に該当し、既に滅ぶことを運命付けられている。こればかりは、私たちには」
絶望感と怒り。それだけが心を満たしていく。
「……なんだ、それ。……今まで出会ったAIたちも、私たちも、このまま死ぬしかないってことか?」
「ええ。BBドバイが一度敗北すれば、すぐに世界の滅びが始まるでしょう」
アーキタイプの言葉を聞いた立香さんは、複雑そうな顔をし、ただ考える。俺たちもこのまま元の世界に帰れない。だとしたら。
「アイは……アイはどうなるんだ。幻霊はいずれ消える存在だと立香さんに聞かされて」
「アイさんからアーキタイプを取り出したあと、打ち上げれば良いのです。最も……時間があるかどうか、ですが」
沈黙する俺たちに、アーキタイプは悲し気につぶやく。
「『トワイライト』……。BBドバイが彼らの世界の情報を閲覧しなければ……」
組織の名前を聞いた途端、立香さんの顔に警戒の色が浮かぶ。
「トワイライト? どういうヤツらか知ってるのか」
「うん。前の特異点で、聖杯を持ったエリカちゃん……子どもを連れ去ろうとしたヤツらだよ。何でそんなことをしているのか、分からないけど」
「ろくでもなさそうな組織だな。アーキタイプさん、トワイライトって……」
俺が質問する前に、アーキタイプさんの体が薄れていく。ちょっとだけ残念そうな彼女は早口で、俺たちに要点を伝えた。
「私は、ここまでのようですね。アクアさん、カルデアの皆さんを信じてくださいBBさん、XXオルタさん。 後は宜しくお願いします」
「もっちろんです! センパイを守るのは、カルデアのサーヴァントとしての義務ですからね!」
「頑張りますー。早くカルデア帰って、おはぎ食べたいですから」
BBもXXオルタも自信満々の笑顔で答える。アーキタイプは、一転非常に真剣な表情で立香さんに向き合う。
「貴方は再び彼らと戦うことになる。もう知ってしまった以上、余程のことがない限り、トワイライトに狙われ続けることになる。振り返ることは許されません。
歩みを止めることは異界からの敵に対する隙を見せることです。この件が片付けたら、やることは理解していますね?」
「……任せてください! 私は、もう覚悟を決めてます。それに、みんながいますから!」
立香の笑顔に金髪の女性が微笑む。だいぶ体の方も消えてきた。
「……さようなら、愛すべき人間たち。貴女方がよき未来を歩めるよう、私は願っています」
意識が薄れゆく。BB ドバイに気絶させられたときよりかは、優しい意識の遠退きかただった。
◈
「お兄ちゃん! 起きて! 起きて!」
目覚めると、余裕がないルビーの顔が見える。
「なんだよ、打ち上げは夜からだろ。色々あって疲れてるから、もう少し寝させてくれ……」
「そんなのどうでもいいから! 外見てよ!」
妹に叩き起こされたので、イヤイヤ窓のカーテンを開ける。違和感は確かにそこにあった。
「まだ……夜? 街の灯りが消えてる。停電か?」
「……BBドバイが何か企んでる?」
隣の部屋から不快な低音が聴こえた。同じだ、夢で聴いたポータルの音と。たしか、夢ではポータルが開いて、中から怪しげな男が現れていた。
アイは大丈夫か?
俺はルビーより先に廊下に飛び出していた。
隣の部屋に到達すると、バーソロミューさんがうめき声を上げていた。腹から流血している。ニキチッチさんが衝突し、一部崩れ落ちた壁は、気味の悪い赤と黒に蠢いている。
そして、アイは、赤い髪の男の側で意識を失い倒れていた。
「おー、遅かったね、星野アクアくん」
例の、狂魔王に違いない。確信した途端、威圧感に押され、怒りと絶望が脳内でぐるぐると渦巻き、飛び出しそうになる。
「……落ち着いて、アクアさん! 絶対、何とかするから!」
かろうじて立つ立香さんの声で、冷静さを取り戻す。
「……り、立香ちゃん……!」
「……立香さん!」
俺たちはなにもできない。ただ、この奇妙かつ腹立たしい状況を打破してほしいと祈るだけだ。
「……生憎、貴様らと戦う気はない。アレの命令で、アイの魂を確保しにきた」
「……アレの命令? それって、BBドバイのこと?」
小馬鹿にするように、鼻を鳴らした男の口調は、突然尊大なモノに変化する。
「違うな。あの女は利用しているだけだ。愚鈍な理想に手を貸すとでも思うか。おっと────」
疑問を口にした立香さんの胸を狙い、ビームが放たれた。妹が悲鳴を上げる前に、マシュの盾がすぐに防ぐ。
撃ったのは狂魔王ではない。斜め後ろ、何者かの気配がある。ゆっくりと、出てきたのは青年と少女。
女性は夢で見た人物とまるで同じ格好の、袖の広がった和服を纏い、男はヤマトタケルと類似した出で立ち。左手で剣を握り、苦しげな顔を背け、瞼を閉じている。
確信したくなかった。秘密があるなどと、思いたくなかった。でき得ることなら、朧気で考えていた推測など当たって欲しくなかった。
だが、立香に攻撃をしようとした以上、敵とみなすしかない。
「月山さん、望月さん……、やっぱり隠していたんですね。サーヴァントであることを」
冷静さを装って尋ねると、月山さんは涙で瞳を潤ませながら、謝罪した。
「ごめんね、皆。騙しててごめんね。私たちは、狂魔王さまの命令には、あの人の命令には従わないといけないから……」
マシュは歯を食いしばって首を振った後、気持ちを切り替え、冷静になる。
「月山さん、望月さん。答えてくれなくても構いません。アナタの真名を、教えてください」
男と女は顔を見合わせ、頷いた。
「私の真の名は、“ソトオリヒメ”」
「私は“カルノミコ”。クラスは……月の癌。『ムーンキャンサー』」
暗い顔をしている二人に、隣のルビーは声を絞り出そうと息を吸い込み大声で叫んだ。
「ムーンキャンサーとか、トワイライトとか、事情はよく分かんないけど……、ソイツに脅されてるんでしょ! 言うこと聞く必要なんて」
ドアの向こうから、激しく壁を叩く音とマスターと呼ぶ人たちの声が聞こえる。
「チッ、月の王に気づかれたか。任務を諦める他ないか。だが……、任務を放棄した貴様らは、処断しなくてはならない」
突如、カルノミコさんの胸から剣の切っ先が飛び出した。突然の出来事に誰も対応出来ない。
ソトオリヒメが恋人の名を呼び、倒れようとする男の肩を支えるが、ありえない異変が発生した。霊基の体であるはずの彼の体が糸のようにほどけ、同時に地響きが起き始めたのだ。
「なんだ……何が起きている……!」
「責任を取れ、カルノミコ。どうせ短い生命だったのだ、最新型兵器の研究材料にでもなっておけ。……さらばだ、カルデアのマスター。またすぐに会おう」
「ううう……あああああ!!!」
カルノミコは完全に空間に消え、紫の壁ごと部屋が崩壊していく。すぐにパーシヴァルさんが助けてくれた。呆然とした表情でいるルビーも彼に抱き抱えられている。
気を失っているアイは残されたソトオリヒメにおんぶされ、崩壊しつつあるホテルから飛び出している。
目の前が埃で埋め尽くされ、見えない。
状況は一変した。街の灯りはすべて消え、電気は全て使えなくなった。アイは消えかかり、ムーン・ドバイ・トウキョウは、再び『ムーン・キャンサー』という現象により滅びの時が近づいている。
その現象とやらと合体してしまった望月さんはサーヴァントとして死に、俺たちも元の世界に帰れず、そのうちのたれ死にする。
残された道はただひとつ。
BBドバイを問い詰め、協力してもらうしかない。
To be continued ……
すみません、更新が遅れてしまいました。まさか半年も投稿できずにいるとは……。私生活がどうしても立て込んでおりまして。
この1年間のアクアたちの話もいよいよ、クライマックスです!
年内中に終わるのか分かりませんが、最後まで頑張っていきますので、応援宜しくお願い致します!
次回の更新は12月頃の予定です。