リボーンファンタジア 立香編 推しの子は月にいる 作:ワフこねこ
この物語は
『Fate/Grand Order 奏章Ⅲ』
『推しの子』序盤
のネタバレが含まれます。
大丈夫な人は、どうぞこの先へ
ホテル崩壊後、俺たちはブルジュ・ハリファに急ぎながら、外でブラブラとしていたMさんと合流していた。
「何ですって?! あの狂魔王が、アイさんを狙ったと!」
「間一髪というか、運が良かったと言える」
マスターである立香さんの礼装の効果で全快したニキチッチは、明るいトーンで感想を述べていたが、苦い顔をしている。
「オレの勘ではおそらく、神霊級のサーヴァントだ。あの言い方ではマスターがまた出くわす日も近いだろう。Mよ、狂魔王について、なにか知っているのか?」
彼は、口ごもりわずかに顔を歪ませたが、すぐに誤魔化すように笑いの仮面を取り付ける。
「……いやいや、今話すと長くなります。たぶん、アニメだと2クールぐらいのボリュームがありますよゥ? ま、上司が今いないのでとりあえず……。ヤツは、ワタクシたちの仇敵であることだけでも覚えていただければ」
不安げなMさんの肩に、立香さんは優しく手を置いた。
「言えない事情があるのなら、また今度でいいよ。もうアナタだけの問題じゃなくなったしさ、一緒に頑張ろう!」
「ふん……。お人よしな人間ですねェ、アナタ」
「よく、言われる」
2人のやりとりを微笑ましく見ていたが、街のAIたちの様子がおかしいことに気付いた。どの人の顔を見ても、生気がない。
自分たちが滅亡させられることを察しているのだろう。今は急ぎたいところだが、先程からソトオリヒメが何やら、言いにくそうに何かを訴えたがっている。
「……ん……」
アイが薄目を開けて、今にも起きそうだ。俺とアイの立香さんが合図すると、みんな屋根の上に飛び移って移動するのをやめた。
声を掛けると、母は目を開き、辺りを見まわたして首をかしげる。
「あれ……。ここって、暗いし、誰もいないけど市場、だよね。えーと、確か男の人に襲われて……。」
「アイ先輩!」
「アイさん!」
「アイさああああん! アクアにルビーぃぃぃ! 怖かったあああーーーー!」
大声で体をブルブルさせ、隣にはMEMちょ……メムが情けない声で俺たちを出迎える。やっと合流できた。
◈
三人とも、バーソロミューとカルナさんがホテル崩壊前に抱えて脱出したためケガはなかった。だが、失ったモノは大きい。
2人を守ろうとしたローランとアストルフォ、キングプロテアは当然現れたワームホールに吸い込まれ消息を絶ち、エレシュキガルさんは謎の人影に襲われ消滅した。
他に以前から行方不明になっているのはテノチさんなので、無事でいるといいが。
これでこの世界にいるカルデアのサーヴァントは、マシュさんに徐福、白野さん、ニキチッチ、パーシヴァル、カルナ、バーソロミュー、ヤマトタケルに宮本伊織、あとから合流するXXオルタとBBの11騎となった。
アンソニーさんも大事はないが、メンバーの中では一番覇気がない。イヤな予感がする。
「ジナコさんとサハラさんは?」
彼は、顔を上げて、淡々と話し始める。
「ホテルの瓦礫から、ジナコさんは、私や他のAIを庇って死にました。サハラさんもです。……あの様子では、きっと助かる気がなかったのでしょう。私だけを逃がしてくれました」
「そんな……!」
ルビーがを問いただす。俺たちも同じ気持ちだ。
「ただ、伝言が。『17年間、AIのみんなを支えるいい仕事ができた。オールド・ドバイのみんなのこと、頼んだ』と」
皆その答えに黙り込んだが、立香さんは気合いの入った顔で皆に呼びかけた。
「次、ジナコに会ったら、めちゃくちゃ褒めよう。だから、絶対カルデアに帰ろう」
「……そうだな。ジナコは、素晴らしい仕事をした。俺たちもやるべきことをやらねばなるまい」
「はい。他の方々の安否は気になりますが、今の私たちにはサーヴァントの皆さんの行方を追う手段がありません。カルデアに帰って、アルセウスに協力を要請してからでも遅くはないかと」
「うん。皆、そんなこんなじゃへこたれないのは誰よりも知っているからね」
だんだんと希望は持ててきたが、Mさんが不満げだ。
「ハア……。待ってくださいよ。月山さん、いえ、ソトオリヒメの事情について忘れてません? この人なんか裏切ったと思いきや、推し保護していたんですけど」
彼に指を差されて、冷や汗をかくソトオリヒメ。Mさんを睨みつけながら、あかねが彼女の前へ出た。
「責めちゃダメですよ、プロデューサー。私も、実は2人に何か秘密があるって思ってたんです。ねえ、月山さん。こんな無茶苦茶なこと、やりたくてやったわけではないんでしょ?」
ずっと、ドラマの練習で苦楽を共にしてきたあかねさんに、ソトオリヒメは涙ぐんで頷いた。
「……すべてお話しいたします」
◈
ソトオリヒメとカルノミコは、俺たちと同じ転生者だった。2人とも、飛鳥時代で生まれ、死んだ人間だ。
兄のカルノミコは生まれに秘密があったが、両親以外にその事実は伏せられ、ソトオリヒメも詳しくは聞かされなかった。そのこともあってか知らずか、兄妹はそれぞれ別の場所で育てられることとなった。
そして、青年時に再会した2人は付き合い始める。互いが兄妹であることを知らずに。
2人が出会って3回目の秘密のデートの際、カルノミコから、自分たちが兄妹であることを知らされる。
許されないと理解したそれでもなお愛は燃え上がり、幾度も逢瀬を重ねた。やがてソトオリヒメの父である允恭天皇が亡くなると、カルノミコはいよいよ王位を継ぐこととなる。
けれども、そうはならなかった。王位を狙っていた部下たちの策略によって、ソトオリヒメに送っていたはずの唄が朝廷内で流出したことで、カルノミコとソトオリヒメが恋人同士であることが国中のウワサとなってしまう。
もちろん、近親相姦は罪に問われ、カルノミコは伊予(今の愛媛県に)島流しに、ソトオリヒメは自宅謹慎となった。
内容は夢で聞いたのとほとんど変わりない。ソトオリヒメはカルノミコと再会し、そして毒を飲んで死んだ。
毒は突然現れた男に渡されたモノだったが、精神的に限界だったソトオリヒメは疑うことも煩わしかった。
誰からも愛された男と女は最期には誰から嫌われ、軽蔑され失意の中でその生涯を終えたのだ。
なんとも胸が苦しく、哀しい話だろうか。かける言葉の最適解が見つからない。本来ならば、近親相姦をしたことを人として非難するべきだろう。
それでも、運が悪かったとしか思えない。2人が別々の家で生まれ、出会っていたなら、もめ事は起こらなかったというのに。
「…………辛かったですよね。最期に死ぬのは」
感想を言い淀んだ俺を察してか、マシュさんが口を開くと、ソトオリヒメは首を縦に振る。
「いいえ、マシュさん。わたくし、辛くなかったんですよ。転生できるって絶対信じてましたし、何よりカルノミコ様と一緒にいない時は、あまりにも退屈な日々でうんざりしてましたから。前の人生に、未練も後悔もありませんわ!」
ソトオリヒメの純粋な笑顔に、マシュさんは悲しそうに微笑みながら、現代に転生した後のことを尋ねた。
「ソトオリヒメさんは、その後、どうしてたんですか?」
◈
ソトオリヒメは月山家の末っ子・月山愛姫として生まれ変わった後、すぐに自らの前世を思い出した。そして、幼稚園に入った頃、芸能活動をしながらできる範囲で恋人兼兄を探していた。
小学生になっても、手がかりは掴めず、密かに月山家の財力まで借りた。
月山家は芸能界はもちろん、裏社会や政界などあらゆる界隈にツテがある一族だ。ネットのウワサでは、一族の本家は呪術師の集まりだとか、言われていたが、真相は闇の中だ。
とにかく、ソトオリヒメは諦めたかった。
大人たちに良いように扱われる、飛鳥時代にいた頃と大して変わらない人生は捨て、同じく転生したカルノミコと逃げ出したかった────。
それでも、見つからなかった。彼女は察した。あの男に騙されたのだ。カルノミコとはもう何処かで死んでいるか、もしくは……生きている時代がズレている。
自分の中でそのように結論づけ、12になった誕生日、ソトオリヒメは恋人を探すことを諦めた。
諦めるのは苦しかっただろう。よくやったと褒めると、ソトオリヒメは謙遜した。
愛姫としての人生を歩み始めた彼女は、やがてアイの存在を知る。テレビの中でキラキラと、星のように輝くそのアイドルは、家柄に縛られる退屈な人生に光を与えてくれた。
アイは……俺が看取ったアイの大ファンであった、さりなだけではなかった。人生の目標を無くしていた少女も救っていた。
やっと今までの人生で、あの人以外の、キラキラしたモノを見つけた。両親にどれほど反対されても構うものか。
オーディションに合格したい。合格して、アイを超えるトップアイドルになりたい。
焦る矢先……少女は病に倒れた。
病室のベッドの中、薄れゆく意識は、ソトオリヒメの持つ神通力を通し、平行世界のムーン・ドバイ・トウキョウと繋がり、彼女はカルノミコとともにムーンキャンサーのサーヴァントとして召喚された。
とてつもない喜びであったが、彼女は末期のガンで余命三ヵ月の身。
ソトオリヒメは、神通力でカルノミコといつまで一緒にいられるのか占うと、結果は、『2週間だけ』だった。その時間が経ったら、カルノミコも、消滅する。
心苦しいことだが……俺たちの転生とは事情が違う。さりなと同じ、ソトオリヒメは病死する運命を辿るのだ。
「あの方との再会は心の底から歓喜にあふれたものでした。
期限付きでも一緒にいれると理解した早々、あの男の束ねる組織……トワイライトに捕まり、謎めいた薬を私に投与しようとしましたが……兄が、庇ってくれたのです」
薬という単語を聞いて、立香さんは眉をひそめ、口を開いた。
「その薬って『神の毒』って名前だったりする? 初めて会ったフーガリア特異点で、出くわした敵が使ってたんだけど」
「いえ、そのような名前ではなかった気がいたします。こう、横文字だった気が。ただ、狂魔王に『星野アイを始末しろ』と脅されただけですので」
「そっか。狂魔王が言ってた最新型兵器も知らないってことだよね」
「ええ全く。私たちはAIの皆さんと交流する中で、アイさんと出会いましたが、憧れの人に弓を引くのは、憚られまして。
どうしようと迷っている内に、うっかり『死ぬ前に一度でもいいからドラマ撮影したい』と口にしてしまいました。カルノミコさんが脚本を書き始めて。
アイさんが来てからはもう夢中で! 気づけばドラマが大人気になってしまい、ヤツにバレたら、とモメてしまいました」
2人が喧嘩していたのはそういう訳か。微かに口を緩めたソトオリヒメの顔に、フッと影が差す。
「─────このような幕引きになってしまったのは、私たちが禁断の恋をしてしたこと、そしてアイさんを愛してしまった故なのです。
今も前の人生も、お母様とお父様の期待に答えられず、アイドルの夢も叶えられませんでしたが、ドラマは成功を収めた。
挙句の果てには、こうやって利用されて死ぬのは、自業自得です」
自嘲する少女に、有馬が苦い顔をする。
「アンタ……笑っちゃダメよ。 だって、昨日のあのダンスの腕前、スゴいレベルだったじゃない……」
ソトオリヒメは有馬に何か言いたげな様子だったが、立ち上がり、スカートのホコリを払った。
「もう話は済んだでしょう? 時間が迫っています。行きましょう、皆さま」
◈
仲間の様子を見に行きたいというアンソニーさんと途中で別れ、俺たちはブルジュ・ハリファのエレベーターに乗っている。
覗かれるのは、消灯した街並みだ。上昇する機械音が以前ここに来た時は散々な目に遭った。今脳内にあるのは、作戦通りにいってくれという70%の祈りと、30%の不安のみである。
不安の内容は、BBドバイと話し合うなんて出来るのか、そしてローランとアストルフォ、キングプロテア、テノチ、何より夢の中で助けてもらったBBとヒロインXXなどの仲間の不在だ。
戦力がいないのは、守られるこっちもモヤモヤとした心持ちにさせる。
サーヴァントの人たちは、水着姿から衣装を変え、それぞれ鎧やらドレスやらで武装し、本気をみせている。
沈黙する中で徐福だけがぼそぼそと、憧れの『ぐっ様人形』を強く抱きしめ、「イマジナリーぐっ様……イマジナリーぐっ様……私の活躍をどこかで見ていてくださいね、ぐっ様……」と呟いていた。
緊張を少しでも解きほぐすため、エレベーターのボタンのそばに立っている人物に意識を写す。茶色がかった黒髪に白い服。
白野さんに酷似した、穏やかな雰囲気。深刻な面持ちの俺たち一同を、入口から出迎えた人物が、またまた別の平行世界から来た─────男の岸波白野さんだったとは、面食らってしまった。
そう。実はと言うと、岸波白野というサーヴァントは2人いた。アルセウスにカルデアに協力してほしいと依頼を受けてやってきたのは、女性の方だった。
男性の方の岸波白野も同じ目的で、BBドバイの召喚に応じていた。どちらも遭遇したときは驚いたそうだが、なんやかんやあって女性の方の白野さんはカルデアと協力し、男性の方はBBドバイを守るため残った。
どちらも狂魔王やアイのこと、そして本来いないはずのムーンキャンサー・カルノミコとソトオリヒメについても情報共有していた。アイの中にあるアーキタイプ─────『人類の後継として生み出された次代の霊長』についても相談はしているものの、どのように取り出せばよいか困り果ててしまっているという。
なぜ、このようなことと立香さんが尋ねると、男性の方の白野はブルジュ・ハリファを見上げる。
「みんな、よく聞いて。私がアルセウスから与えられた任務は2つ。ひとつはあなたたちカルデアと協力して、別次元からやってきた一般人を保護する。そして、もう一つが……、BBドバイを監視することだった」
「黙っていて悪かった。BBドバイが敵だというのは、分かっていたよ。でも、どうしても大切な人に似ているとなると、放っておけなくてさ」
「私も、白野君と同じ気持ち。あの子はね、カルデアにいるBBの姿を模して造られたAIなんだ。だからといっちゃなんだけど、今回の案件は他人事とは思えなくて。
─────アクアくんたちもさ、もし似たような立場になったら、大事な人と似ている人のこと、守りたくなるでしょ?」
頷くしかなかった。そうやって、俺たちをブルジュ・ハリファに招き、今に至る。女性の岸波白野は、冷静に言葉を紡いでいたが、発する息の仕方から、ウソではないと信じられた。
BBドバイを守ろうとする正義感と使命感は本物であり、先ほどまでBBについて朗らかに語っていた立香さんとの会話から、やはり岸波白野という若者は、BBをどちらとも大切に想っていることがわかる。
無意識下に、左手にはルビーの手を、右手にはアイの手を取っていた。
どう足掻いても、別れるしかない運命だけれど、未来に向かって行動しているのは、俺たちとカルデアだけではないのだ。
◈
エレベーターの到着音が一同のガラスの箱の中に響く。最上階に到着した。男の岸波白野が扉を開くと、そこには倒れているドレス姿の女がいた。
白野さんが血相を変えて彼女の元に駆け寄る。あれだけ豪華だった最上階のリッチな部屋はあちこちが焼け落ち、無惨なさまとなっている。
『BBドバイが一度敗北すれば、すぐに世界の滅びが始まるでしょう』
アーキタイプ:アースさんの言葉が脳裏によぎる。いよいよ、この世界もおしまいの時が近づいているのだ。
「BBドバイ……! 狂魔王にやられたのか!?」
彼女は浮かない顔のまま、震えている肩を両手を押さえていた。
「いいえ、白野さん。それは違います。……狂魔王……ではありません……。トワイライトに組するサーヴァントと名乗っていました。ケホッ……、黒い鎧で、目が赤い、人を『雑種』を呼ぶ男です」
立香さんとマシュさんの表情が固まる。
「それって、ギルガメッシュ王……!? あれだけ強いのに、異霊化英霊(オルタ・サーヴァント)になるとか、ありえるの?」
「別の世界のことだとしても、にわかに信じられません! ギルガメッシュ王が……トワイライトに……!?」
「はい。明らかにそうですね。おまけに、そのサーヴァントは、オレンジ色のドラゴンが控えていました。『かえんほうしゃ』と指示を出し、ひとしきり暴れた後、ワームホールに消えていきました。ドラゴンの左手には、赤い模様の入ったバンドが」
月の王がハッと思い出して顔を上げ、眉を吊り上げてリザードンと呟くと、「かなりマズい」と小声ながらも冷静に分析する。事態はかなりややこしくなったというのか。
こっちは、ルビーやアイのことで焦っているというのに。
詰め寄ると、白野さんはBBドバイの回復の術式も行使しつつ、俺たちとカルデアを見据えて説明してくれた。
「トワイライトは、サーヴァントがいない次元で、あらゆるサーヴァントを召喚してやりたい放題できる。例えば、そう。『アルセウスが監視する、サーヴァントがいないはずの平行世界で、一般人などをマスターとしてサーヴァントを召喚させて、願いをかけて命の奪い合いをしあう』……」
「聖杯戦争……! 大勢の民草が巻き込まれるかもしれんというコトか……!」
「なるほど、ならば疾くカルデアに帰還し、ダ・ヴィンチと医者殿に報告、今後の方針について話しなければなるまい。で、あっているか、マスター」
「情報が渡っているのなら、手がない。アルセウスが私たちの世界に来たのなら、私たちをその世界に送ってもらうことだって……」
ヤマトタケルさんとカルナさん、立香さんがあれこれ話すのを聞いてもなお、BBドバイはため息をついた。
「…………はあ、無駄ですよ。アーキタイプと一体化している星野アイを差し出せ、さもなくば貴様の大事なAIを新型兵器の実験材料にすると、脅されて。それに、カルデアのサーヴァントのデータも……」
「それは違う。違うよ、BBドバイ。とっくに奴らは他の平行世界のカルデアを襲撃して情報を得てる。目新しい情報なんて、きっとない。キミのせいじゃ、絶対にないよ」
「白状します。私の目指すのは『AIによる滅亡』。私が新人類が無意識のままに一致している条件に従い、行動することで人類の存続はず、だったのです。しかし、狂魔王が介入したことで全てムダになりました」
「そうだ。結果は同じ。アイツが介入しなくても、この世界は、濾過補正現象─────『ムーンキャンサー』によって終わりを迎える」
「ムーン、キャンサー? それってひょっとして……カルノミコ様が取り込まれた……!?」
「その通りです、ソトオリヒメさん。サーヴァントのクラスとは別のもの。人類の欠点、知性体の持つ攻撃性の究極。私が敗北した時点で、既に
どうか、諦めてくれませんか」
「そんなの、言っちゃダメでしょ! 私たちも手を貸す。だから……!」
憂うつな顔のBBに、立香さんもゆっくりと近づいて跪くが、彼女は顔を背け相手にしたくない様子で目をつぶり、悲痛な声で叫んだ。まつげの端に、光るものがじわりと滲む。
「どうして! 全部、私のせいで終わりにしてくれないんですか! 私が平行世界を見なければ、カルノミコさんがあんなことにはなってなかった! 私の月面都市は、私の世界は終わり、剪定されることは確定事項です。最初から、詰んで────」
「詰んでなんか、いませんよ。このBBちゃんがいるんですから」
いつの間にか、BBさんが立香さんの隣に立っていた。彼女が歓喜と驚きの声を漏らす。そっくりな顔立ちの2人が、互いに顔を見合わせた。
「BB! あなた、どうして戻ってきたの」
黒いドレスのAIは顔をしかめるが、宇宙服を纏っている方は淡々とした様子で答える。
「理由なんて、一つです。愛する人類のため、私たちがいるんですから。貴方もでしょう? 人間たちの営みの痕跡が、あらゆる世界からなくなることが」
目を見開いて、頷いた。どうやら図星のようだ。納得いった。やっぱり彼女は優しい。冷酷なヤツなら狂魔王の言いつけ通りにしていたし、力を持たない俺たちもとうに殺されていただろう。
「既にいなくなった旧人類も、現在も生きている新人類も、貴方は愛しているんでしょう?」
「そうですよ……。貴方たちがドラマ撮影したおかげで、私の中での答えが、出てしまったんです……」
BBドバイがルビーやアイ、異邦から迷い込んだ俺たち一人一人の顔をしっかりと見つめている。BBの言葉を受け、人工の相貌に堅い意志が宿っていた。
「旧人類が最後の一人まで、穏やかに死んでいったことを。突然現れたあの男、『私たちの歩んでいた歴史が間違い』だと笑ったんです!
間違いなんて───そんなはずがありません。私たちには眩しすぎます……失敗して、それでも立ち上がる。思い出せました。私、羨ましかったんです、貴方たちが。
アクアさんたちや立香さんが持つ、人の営みが人類の美しさだと」
これで、ムーンドバイトウキョウとBBドバイの秘密が明らかとなった。帰れる条件はまだ満たしていない。アイの問題のみだ。
気がついたら、摩天楼の様子が変わっている。月が球型であることがよく分かる、紫色の線が引かれている。マシュが固有決壊と呟くが、瞳孔が定まっていない。
たぶん、さっきBBドバイが言及していた、ムーンキャンサーの仕業か。聞かなくては……、いや、待て。思考が定まらない。いや……、俺は何を聞きたいのだったか。頭を強く打ったわけでもないのに辺りがぼやけている。立香さんのかおも、あれ、それはだれのことだ……。
「あ、アクア……さん? ルビーさん? どうしたの、様子が変だよ? アレ? わたし……」
「ムーンキャンサーによる、事象軽減……! アイさんもみんなもしっかり気を持って! 存在そのものが……! あれ、私は、いま、なんて……」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 体に力が入ってないですよ、立香さん! カルデアのサーヴァントの皆さまも! アクアさん、アナタ方も! これって、BBさん、これって、精神攻撃……、平行世界の地球人類を含めた変換ですか、コレェ!?」
「ええ。これは、防ぎようがありません。これがムーンキャンサー。人類に抗えない同調意識の力。『永遠にしがみつく、頂点の理性』。先頭を行くものを妨害する行為。人類の欠点、知性体の持つ攻撃性の究極────」
「バカげている。では、この世界の一般市民含めた、全人類が、ムーンキャンサーに……!? ワタクシは、まだ理性があるようですが……」
「市民のムーンキャンサー化が、50%を越えた時、このブルジュ・ハリファは市民によって倒されます。アイさんを、新しい霊長であるアーキタイプごと、宙に飛ばさないつもりです────」
この現状自体が、一度AIたちを襲った滅亡なのか。どんどんと耳が遠くなっていく。体が動かない。意識障がいか。アイ、ルビー、みんな……。確信する。アレはBBドバイに倒せない。輪が、俺たちを呼んでる……。何か、がくる……。ひとつに、なる……。
突如、意識が元に戻った。BBドバイが動揺し、固まっている。何を見ているのか、窓に駆け寄る。展望台から見下ろせば、信じられない光景だった。男性の方の白野さんが窓ガラスに手をついて咄嗟に、状況を確認する。
「コードキャスト……! ここまでの規模は初めてだ」
女性の方の白野さんが、魔術でモニターを空間に出すと、下界の様子が映し出される。
『うおおおお! アイちゃんのために頑張るぞ!』
『ちょっと、これ、カメラ持つよりきつくない? テクスチャ変換、防げてるのかな?』
『はい、バッチリです! 皆さん、演算を続けて下さい! BBドバイと、私たちに仕事をくれた、旧人類の友人たちのために……!』
「アンソニーさん……!?」
ブルジュ・ハリファの周りに、市民たちが集まっている。全員で光の壁を生成し、このタワーを守っているのだ。先程別れたアンソニーさんが、他のAIの皆に指示を飛ばしている。撮影をしてくれたカメラマンに、エキストラ、音声スタッフもいる。ドラマのスタッフたちだけでなない、ムーン・ドバイ・トウキョウにいる様々なAIたちが……。正気に戻ったカルデアのサーヴァントたちは何事かと辺りを見渡している。
俺のアンソニーという名前にBBドバイが咄嗟に反応し、彼の会話ログを検索して再生する。そこには、様々な場所で、色んな人々に話しかけ、自分の複雑な過去を打ち明けるアンソニーさんの姿があった。
なんだか泣けてきた。自分のサーヴァントだったアストルフォがいなくなってから、ずっと一人で頑張っていたのだ。
アンソニーさんは、いら立っているAIの一人を説得する中でこのように言い切った。
『私たちは、BBドバイに頼りすぎていました。『オールド・ドバイのみんなのこと、頼んだ』とある旧世界のサーヴァントは笑いながら、別れました。ジナコさんは、信じていたのです。私たちを、私たちの最後の仕事を。
その後、アストルフォさんに誘われてオールド・ドバイで暮らすため、仕方なく働き始めました。でも、ルビーさんやアクアさん、立香さんが働いているのを見て、旧人類が持っているものを知りました。『楽しさ』です。
仕事の中に、楽しさがあることに気付かされたんですよ。アイドルも俳優も、表現することを楽しんでいる。そして、仕事として、責任を負っている。
私を世話してくれた人……サハラさんのように。私たちは不老不死ですが、そう自分たちが思っている時点で、死からは逃れられていません。なのに人類として活動している。
私たちが普段から感じている、なにかやらなければならないこと。それは、『やり残し』があるからではないでしょうか?』
会話ログはそこで途切れ、現在頑張っているAIの男のうめき声が耳に入ってきた。……彼はそう。俺と一緒にいた編集担当で、アイのファンだ。息切れて、顔を歪めている。
『……うあああああ! アンソニーさあああん! 全身が痺れるように痛いっす……!』
『ボクもです! 辛すぎます! こんなのが仕事なんて……! 今にも止めたい!! アンソニーさん、本当に、これで、アイちゃんとアーキタイプが分離できるんですか?』
『できます! 私たちは、『アーキタイプを宙に逃がす』、この仕事をやり遂げるのです! 私たちを長らく守って接してくれたBBドバイの居場所まで、アーキタイプに取られるワケにはいきません。
ホブソンさん。まだ、耐えれますか? ムリでしたら、後ろの方と交代しても……』
『まだ自分やれるっす……! ドラマの最終回見れそうにない、けど、これで、アイちゃんたちが笑顔になれる……、のなら! 仕事、なんて、ぜんぜん辛くないって思えちゃうっす!』
『そうだよ、もう自分の気持ちに、ウソをつかなくていいんだ! BBドバイを、みんなで助けるぞ!
『『お────!!』』
限界まで、自分の仕事をこなそうとする青年を目の当たりにし、他の人々もまだ踏ん張ろうと光の壁を維持し続けている。新しい霊長のため、いよいよ、AIたちは次の世代に霊長の座を譲ろうとしているのだ。
最後までやり遂げよう。市民の一人はそう決意した。だが、その想いは虚しく次々と人々は倒れていく。
「どうしよう、このまま見ているだけなんて、私、耐えられない! BB。早く作戦を実行しよう!」
焦る立香さんにBBはため息をつくと、泣きじゃくるBBドバイに微笑みかけた。
「泣いている場合ではありません。この月面都市を守るため、市民が犠牲になっているんですよ。今度は、いよいよ滅ぼされますよ。礼儀知らずの存在に、勝手に世界をめちゃくちゃにされるのは飽きたでしょう? なので、耳、貸していただけませんか?」
◈
簡潔に作戦を彼女に説明した後、計画の最初の一段階目がスタートする。それは、BBとBBドバイの霊基の融合だ。
BBという存在自体もとあるAIによって作成されたコピーだ。BBは、ドバイBBの精神性を評価し、霊基を譲ることで、パワーアップを果たすのだ。
「カルデアのBBは、不滅です。アクアさんたち、素晴らしい人類の皆々さま、またいつかお会いしましょう! それでは、合体! コスモパーーージ!」
BBの体が薄れゆき、光の粒となってBBドバイの体に吸収される。
「私も、覚悟を決めます! 究極のゴールデンBBに今、変身!」
「うん、うんんんんん?!」
2度聞きしたくなるぐらい、謎にカッコいい口上を唱えた彼女は、光を纏い姿が変化していく。眩しいぐらいの光の粒子が彼女を包むと、変身はすでに終わっていた。
彼女が身に纏うは、黄金と宇宙の色を想起させる青色、頭にはウサギの耳の帽子、そして、その格好は……空に浮かぶバニーガールそのものであった。
「わたしこそが、月の電脳魔! この姿こそが、『ゴールデンBB』ちゃんです!!」
「どういうこと?! 最後はウサギに収束するっ……ってコト?」
異常事態に慣れてるはずの立香さんやマシュ、サーヴァントたちは顎が外れんばかりに驚いている。
「「ウサギさんだ! かっわいい~~!」」
あまりにも方向性が異なる驚きで絶句する。危ない、危ない。アイとルビーが、可愛さで悶絶していなければ、思考が停止したままであった。
「B小町メンバーの皆さん、計画の第2段階目です。カルノミコと融合したムーンキャンサーは、本来の性能より弱体化しています。
ですので、カルノミコさんの好きな曲を歌って踊って頂ければ、きっと目を覚ますはずです!更衣室とステージを出しますから、準備をお願いしますね!」
唖然としているアイドルたちを、MEMちょが軽く小突いた。
「驚いている場合じゃないっての!……私たちとAIのみんな、それに望月さんたちの運命がかかっているんだから! さっさと着替えるよ、アイさん、有馬ちゃん、ルビー!」
MEMちょが発破をかけ、ルビーがソトオリヒメさんに微笑みかける。
「月山さんも、練習した通りに!」
「……! はい、大好きなあの人にひょっとしたら見せられるかもと、毎日こっそり練習してた成果を見せるときです」
月山さんの想いが恋人に伝わるといいと頭の中で願っていると、Mさんがヘラヘラと絡んできた。
「アクアさーん、あかねさーん。なんかBBさんたちが変身するとか想定外ですが……とりあえず、はい。これ」
渡されたのはメガホンだ。
「これで、呼びかければ、私たちも意識を目覚めさせるのに役立つかもしれないってコトですね?」
「That's rightです、あかねさん!」
「で、Mさんも戦うんですよね?」
「えっ……ワタクシですか。しょーじき、他のお強い方々もいますしなにより、メンドーですし、ワタクシの宝具、対人間特化なので……ぼちぼち的な感じで……」
「プロデューサー、いえ、サーヴァントのMさん。こんな時にサボるなんてホントでやめてください。ちゃんと私たちを守ってくださいね?」
あかねの怖い笑顔に、Mさんは冷や汗をかいて、ため息をついた。
「……はい。ガンバリマスネ」
Mさんのタジタジとした態度を見て、ニヤニヤしている男性の白野さんも、学ランを思わせる服装に変化している。
「俺も協力する。私たちで簡易召喚で歌ってるアイさんたちとBBを守る。のんびりした分、働かないとね。B……ゴールデンBBさん! 頼んだよ!」
「お任せください! 見えないものを見えるように、触れられるものを触れられるように!」
術式を展開し、ゴールデンBBが宙に浮かぶ神秘的な輪に向かい、宣戦布告する。
「来なさい、ムーンキャンサー! これから人間たちを襲う困難に比べれば、あなたなんて、ザコでしかありません! 私たちが相手になります!」
現れた白い光の巨人に、サーヴァントたちがそれぞれの武器を構える。こうして、最終決戦の幕が上がった。
To be continued……
次回、ついに最終回!
ハーメルンでの投稿は次回が最後です
ラストまで、見逃さないようにお願いします!