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前回までのあらすじ。
死んで生き返ったら推しの子供(♀)に生まれ変わってた。
以上。
アイが仕事に復帰して数か月。
アイの子供としての生活にも大分慣れてきて、周囲の環境について気を配る余裕が出来てきた。
平日の昼下がり。
アイが収録に出掛けてしまい、マネージャーも気苦労から寝落ちしてしまえば、リビングは最早僕たち
早速テレビをつけ、歌番組の録画を再生する。
ルビーがソファに登るのに苦労していた為、微力ながら下から支えてやる。
最近は専ら、ソファの上で二人引っ付いてテレビを見るのが習慣となっていた。
双子の妹であるところのルビーは存外、僕に懐いているようだ。
これが仮に異性の兄弟であれば、そう単純な話ではなかったのかもしれない。
どうやら彼女は同性の気の置けない家族関係というものに、強い憧れを抱いているように見受けられた。
それは恐らく、彼女の前世に由来する想いなのだろう。
……実のところ、僕がルビーについて知っている情報はそう多くない。
前世も同じ女の子であること。
アイの大ファンであること。
ナチュラルに口が悪いこと。
やや常識や知識に乏しいこと。
寂しがりの気質があること。
それくらいでしかない。
だが……。
「っきゃー! ねえ見て今のターンのあとのウインク、ってママ顔良すぎ、ファンサ神すぎーーっ」
キラキラした瞳でアイを見つめ、熱が入った口調ではしゃぐその姿は、どこか彼女を彷彿とさせた。
天童寺さりな。
僕がまだ研修医だった頃、よく病室にお邪魔していた患者のひとりだ。
僕がアイという存在を知るきっかけになったのも、彼女である。
さりなちゃんはとある大病を患っていて、入院生活が長かった。
長い闘病に従い、病状は悪化。
家族の面会すら足が遠のき始めるなかで、しかしそんな彼女を支えたのがアイという同年代の一番星だったのだ。
テレビの向こう側で眩しく輝くアイの姿は、正にさりなちゃんにとって希望そのものだったのだろう。
彼女がアイを見つめるその瞳は、同じくらい燦然と輝いて見えた。
そして――
"私と同い年なのに大人っぽくて、歌もダンスもうまいの! 何より顔が良い……生まれ変わったらこの顔が良い……"
"さりなちゃんも可愛いじゃん? 生まれ変わる必要なんてない"
"'せんせ好き! 結婚して!"
"社会的に死んじゃうから勘弁して……。16になったら、真面目に考えてやるよ"
"……16かぁ。せんせ、意地悪だね"
そして、彼女は12歳の若さで亡くなった。
「…………」
「? どーしたのぼーっとしちゃって。話聞いてる?」
「いや――」
これが都合の良い妄想だってことは自覚している。
さりなちゃんに何一つ出来なかった俺に、彼女を間近で見守ることが出来る環境が与えられるだなんて、そんな救いがある筈がない、って。
でも。
だからこそ。
アイドルについて語る熱がきみにとてもよく似ているこの娘を大切に守って、支えて、肯定してあげられたら……なんて考えてしまうのは、俺の身勝手なのかな――さりなちゃん。
「――聞いてるって。ちょっと、"サインはB"のセルフオマージュっぽい振り付けもあってアツいな」
「まじでそれ‼︎」
うん。
肯定うんぬんとは言ったけど。
耳元でバカデカボイスはとりあえずやめてくれ。
「わかる人にはわかるっていうか〜。作曲も古参向けのいい味出してて良きじゃない!?」
まあ……でも。
こいつが楽しそうなら、別にいいか。
ソファに深く腰掛け直した僕は、ルビーとのアイドル談義に花を咲かせることにした。
⭐︎
そんなこんなで割と上手くやっている僕たち姉妹だけれど、ある日そんな平穏な生活に問題が発生した。
これについては見えていた地雷というか、予測出来る範囲の問題ではあるのだが。
「なんで私がこんなこと……」
愚図るルビーのオムツを替えるマネージャー。
人相の悪い社長からミヤコと呼ばれている彼女は、沸々と内心に鬱憤を溜め込んでいるようだった。
「一応私、社長夫人じゃないの? ……美少年と仕事できると思って結婚したのに、与えられた仕事は16歳アイドルの子供の世話? そんで父親不明の片親とか、闇過ぎんだろーー‼︎」
マネージャー業だけでなく、経費精算などの事務仕事に加えて子守まで兼任し始めたことで社長夫人のストレスが閾値に達したのか、遂に不満が爆発。
丁寧に畳まれた取り替えたばかりのオムツをゴミ箱に投げ捨てながら、斉藤ミヤコが激昂し始めたのである。
「そもそも私はベビーシッターやりに嫁に来たんじゃねえーー‼︎」
遠目から怒り狂う姿を眺めつつ、ルビーがこっそりと呟いた。
「はあ? ママに尽くせるのは幸福以外の何物でもないでしょ。この人頭おかしいんじゃない?」
「いや、意外と彼女の言っていることに正当性が見受けられる……」
ぶつぶつと独り言ちる社長夫人の言動は、やや危うい方向へと転向していっているようだった。「不祥事の隠蔽」や「週刊誌に売れば……」などど、明らかにアイにとって――ついでに僕たちにとって好ましくない雰囲気の言葉を口走っている。
「ど、どうする? 殺す!?」
「無理だ……体格差がありすぎる」
「こっちは冗談だけど、もしかしてそっちは本気?」
追い込まれた僕たちは、一計を案じることになった。
要は”神の使いのフリ”である。
赤子の身でありながら当然のように日本語を話すことが出来る僕たちの姿は、傍から見てもかなり異質だ。このギャップはリスクも計り知れないが、同時に何かに使えるのではとずっと思っていた。
結論から言って、この奸計は功を奏した。
「貴様は目先の金に踊らされ、天命を投げ出そうとしている」
「て、天命……?」
「星野アイは芸能の神に選ばれた存在。そしてその子らもまた大いなる宿命を持つ双子。その子らを守護するのが、汝の天命である……。このままでは天罰が下るだろう」
ルビーの厳かな物言いに斉藤ミヤコがごくりと生唾を飲む。
望外の幸いだったことは、ルビーが演技に長けていることだ。
正直僕の方は殆ど経験がないこともあって自信がなかったのだが、妹は意外にも如才なくこなしてみせた。
「天罰!? 天罰って何ですか、具体的にはっ!?」
「ぐ、具体的に? 具体的には――」「死ぬ」「そう死ぬ!」
「イヤァーー!! 超具体的……」
ルビーは咄嗟のアドリブが利かないタイプみたいだが、それでも堂々たる振る舞いだった。
その後、「この子らの言うことぜーんぶ聞くのじゃ……」などという怪しい擦り込みも行った末、結果的に僕たちは社長夫人――斉藤ミヤコを抱き込むことに成功した。
最終的に”見事天命を果たせばイケメン俳優との再婚も夢ではない”――という口から出まかせにまんまと乗せられたミヤコは、僕たちに全面的な協力を約束した。
やや罪悪感は拭えないが――うん。
でもまあ、これもアイと妹のためだから、すまん。
ハイ、自己弁護終了。
自分を納得させた僕はルビーに気になっていたことを訊いてみた。
「しかし迫真の演技だったな。どこかで演劇とかやってたのか?」
「ううん、初めてやった」
「初めて? 学校とかでやらなかったのか」
「私……ちょっと変わったところで育ったから」
やや躊躇いがちに言うルビーに思うところがあり、僕は辛うじて「ふうん」と頷いた。
「じゃ、才能だ。将来は役者かな」
「……将来。考えたことなかった……」
聞かせるつもりもなかったのだろう。
独り言のようにぽつりと呟いた妹の言葉を、僕は努めて耳に入らなかったフリをした。