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「じゃあ監督。編集終わったし私帰るから」
「おうお疲れさん……っとそうだ。あーその、な」
「? なに」
「アレだ。最近、どうだ?」
「……口下手な父親?」
「結婚できないオッサンにそれは刺さるからやめろ。第一、そんな歳でもねえだろ」
「いや、そんな歳ではあるでしょ」
「ぐ……っ。……ハァ、まあいい。正直に言っちまうとだな。こないだ
「ルビーから? 番号知ってたんだ。あの子はなんて?」
「"お姉ちゃんを誑かすな"、"JCを自宅に連れ込むとか犯罪"、"ぜったいエロい目で見てる"、"私に激甘なお姉ちゃんがアイドルやる気ないのは監督のせい"……だのなんだのかんだの、延々謂れのない言いがかりを垂れてきやがってだな……」
「概ね事実でしょ」
「事実じゃねえ! 色々と語弊があんだろーが! 留守電に吹き込みやがった所為で、それ聞いて変な勘違いした母ちゃんに大目玉食らってこっちはエラい目に……。とにかく、家帰ったら妹の誤解を何とかしとけ、いいな!?」
「何とかって言われても。……じゃあ監督も部屋なんとかしてよ。座布団だけだと作業しにくい。スカートに皺寄っちゃうし」
「うるせえな。ジーパンを履け、ジーパンを」
「それは無理。私服はルビーとミヤ――母に管理されてて、私に発言権ないから」
「……お前もまあまあ苦労してんなァ」
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3
斉藤ミヤコを味方につけたことにより、僕たちの活動範囲は目に見えて拡大した。
例えばちょっとした買い出しや、アイのコンサートへのお忍びでの参加など。
尤も後者の際には姉妹揃って本能が暴走し、赤子の身でオタ芸を披露――しかもそれが第三者に撮影されたことでSNSにてバズってしまうという、危うく身バレの危機に瀕する羽目になったのだが。
しかしその後は大きな問題に見舞われることもなく、一年ほどが経過。
僕たちは立ったり喋ったりしても怪しまれない程度には大きくなり、以前にも増して日常を謳歌している。
喜ぶべきことに時期を同じくして、アイもまたタレントとして着実に仕事の幅を増やしていった。
モデルにラジオアシスタント――そして今日は、その集大成とも呼べる仕事の日だ。
即ちドラマへの出演。
テレビという媒体で名を売るにあたり、普段のファンとはまったく異なる層にアピールするチャンスを見込むことが出来る。
絶賛売り出し中のアイドルとしては、喉から手が出るほど欲しい枠だ。
「いいですか、どうしてもと言うから連れて行きますけど――間違っても現場でアイさんのことをママなんて呼ばないでくださいよ?」
現場への送迎にセダンを運転しているミヤコが、本日何度目かの注意喚起を行う。
心配なのは分かるが、そう幾度となく口にされると
実際、ルビーとアイは戯れるのに夢中で上の空である。
もちもちと頬を弄ばれているルビーは大変ご満悦だった。少し羨ましい。
「現場でのお二人は私の娘という設定をどうか忘れずに! いいですね!」
「ハイハイママ、なでなでして」
「私もしてーママー」
「ママおこづかいちょうだい」
「うぅ……」
三者三様の反応にがっくりと肩を落としたミヤコは、しかしこの一年ほどで大分無茶振りにも慣れてきたのだろうか。以前ほどの悲観さは見受けられなかった。
ドラマの撮影現場である学校に着いた僕たちは、マネージャーの子供としてスタッフへの面通しが行われた。
正直、いち出演者の……しかもマネージャーの子供なんて、邪険に扱われるだろうと予見していたのだけれど。
そこでは、意外にも歓待を受けた。
演者も含め、若いスタッフの多い現場であることに起因するのだろうか。
3歳前後の無垢な子供なんて、それこそ最も可愛がりたい頃合いなのかもしれない。
僕たち双子に無垢さがあるかと問われれば、はてなと首を傾げざるを得ないが。
「ばぶぅ、ばぶぅ」とおやつを与えられながらかわい子ぶっているルビーからは、明らかに邪念を感じる。
やっぱりこいつ、さりなちゃんじゃないんじゃないか?
斯くいう僕も演者の一人に抱き抱えられ、背中にいっぱいに広がる感触を堪能しているので人のことは言えないけれど……。
こ、このままだと色々ダメになる気がする。
心まで大人としての尊厳を失ってしまったらもうおしまいだ。
いたたまれなくなってきた僕は、こっそりとスタッフ控室から抜け出すことにした。
「あん? マネージャーんとこのガキじゃねえか」
「あ……」
人気がない空間を求めて歩く僕の前に現れたのは、現場監督である
名前は確か、五反田泰志。
悪気はないのだろうが、しかしぎろりと目を睨ませる姿は、子供に向けるにしてはやや威圧的だ。
「居るのは構わねえが、泣き出して収録止めたら締め出すからな」
「あっいえ、我々赤ん坊ですがそのような粗相はしないよう努めますので!」
咄嗟に口を突いて出たのは反射的な辞令の文言だった。
まずいと思ったのは、最早言い終わったあとである。
それは、直前まで甘やかし漬けにされたことに対する代謝反応のようなものだったのかもしれない。
「現場の進行を妨げないのは最低限のルールと認識しております! 今後とも弊社のアイをどうか御贔屓に……」
「めちゃくちゃ喋るなこの赤子!?」
五反田監督は仰天していた。
無理もないだろう。
僕だって逆の立場だったら驚き散らかしているはずだ。
「どこでそんな言葉覚えた!?」
「ゆ、YouTubeで少々……」
「すげえなYouTubeって! 時代だなあ」
しみじみと言う監督。
納得されたらしい。
良いのか、それで。
むんずと脇腹を掴まれて持ち上げられる。
数年ぶりの高い視点に、知らず心が躍った。
五反田監督は鋭い目をにんまりと緩め、こちらの表情を覗き込んでくる。
「早熟な子役ってのは結構知ってるが……、ここまでのは初めて見た。坊主も演技とかやんのか?」
「いえ、自分は演技などは……ん?」
坊主って言ったか、この人。
どうやら監督は僕のことを男の子だと誤解したようだった。
いや、ある意味誤解じゃないんだけれども。
本日の僕たち姉妹のファッションはお揃いのサロペットだ。
寒色を着用していて髪も比較的短めな僕がルビーと並んだ姿は、なるほど、事情を知らなければ男児に見えても何らおかしくないだろう。
訂正してもよかったが――まあ、別に支障はないか。
久方ぶりの男扱いに、少し胸がすく思いだったし。
「画面としておもしれえな。何かに使いたい。これ、俺の名刺な。どっかの事務所入ったら電話しろ」
「い、いえ仕事を振るならアイに……」
子供にガンガン話しかけてくるあたり変な人だとは思っていたが、どうやら妙に気に入られてしまったらしい。
受け取った名刺を懐に仕舞いつつ、監督の話に耳を傾ける。
撮影に臨むアイを見ながら監督が語り出したのは、顔が抜群に良いなら、あとは運さえ良ければ業界で生き残っていけるだろう――ということだった。
新人役者には実力など期待されておらず、画面に目新しさを出してくれれば十分。
顔が良いだけならごまんといるこの世界で、次も使われるかは客に好かれるか現場に好かれるか次第。
更に役者として生き残っていくには、何らかの一流である必要があるということだった。
なるほど、三十路にして現場監督として活躍しているだけはあって、実に含蓄のある言葉だが――それはアイを甘く見ていると言わざるを得ない。
現場に着いたのちリハーサルを終えたアイは、僕たちに軽く語ったのだ。
"ステージでは観客みんなに可愛く思って貰う必要があるけど、ドラマならただカメラにそう思って貰えばいいだけだから楽だね"
"MVと同じ要領でいいなら、寧ろ得意分野だよ"――と。
まるでドラマを軽んじるかのような発言にも聞こえるが、それは違う。
アイのMVの出来は異常だ。
異常なまでに――
彼女の休止期間中に作成されたものと比べれば、その暴力的なまでのクオリティの差が自ずと理解できるだろう。
自分を可愛く映すという観点において、アイは間違いなく一流だ。
僕の言葉にどこか懐疑的な監督だったが、しかしいざカメラが回り始めてからは、何かを考え込むようにしてアイを見つめていた。
「MV感覚かよ……時代だなあ」
「あっ、めっちゃ出来良いから絶対観た方がいいよ! なんならDVD貸すから‼︎」
「声がデケえよ」