☆★★
「女子会っていうから来てみれば……会員制の懐石って。そんな女子高生いないわよ」
「個室でプライバシーの心配は殆どいらないし、店員の口も固すぎるくらいに固い。コースだから会話に集中出来て、ノンアルコールも一通り揃ってる。要件は満たしてない?」
「限度ってもんがあるでしょーが! 私だってこんな高いところ久しぶりだし……ほら見なさい、メムなんかさっきから委縮しちゃって、錆びついたロボットみたいになってんだから」
「ピピ……ガガ……タスケテ……。肘が九十度にしか曲がらないよう……」
「割と余裕あるだろこの人」
「それにしてもマリン、今日ルビーは一緒じゃないんだ。妹だーい好きなお姉ちゃんとしては、こんなトコ、ぜひ連れて来てあげたかったんじゃない?」
「急に正気に戻るな。……まあ、今日ふたりを呼び出したのは、あの子と上手くやれてるか定期監査するのが目的だから」
「言葉選びコワッ。女子会どこいったん……」
「それにルビーとは今度埋め合わせも兼ねて母……社長含めた三人でまた来る予定だしね」
「あ、そ。しかしアンタ……最近、不知火フリルとつるみ出してから財布のひもがバカになってんじゃない? 若いうちから金遣いが荒いと苦労するわよー。気をつけなさい」
「有馬先輩に比べればマシでしょ」
「妹の前でしばくぞコラ」
「な、仲良くしようよお」
★★☆
4
あの後、アイは無事にドラマの撮影を終えた。
総出演時間は5分にも満たないチョイ役だが、出来栄えは上々。
アイも普段とはサイズやアングルが異なるカメラの
そして撮影から一週間と少しが経過し、今日は待ちに待ったアイが出演するドラマの放送日である。
連続ドラマのスケジュールはタイトなどと聞いていたけれど、待たされる身からすればとんでもない。今日のオンエアを星野一家は(特に僕ら双子は)引くほど楽しみにしていたのだ。
「そろそろ始まる時間だな」
「うん。ママの初ドラマ……まじ楽しみすぎて、昨日は10時間しか眠れなかったよぉ」
「ルビーは睡眠時間バッチリだねえ」
器用にも膝の上に僕たち姉妹ふたりを抱え上げたアイの腕の中で、じっとテレビ画面を見遣る。
コマーシャルが明け、ドラマが始まった。
アイの役柄は主人公の少女のクラスメイトA。
教室内の会話シーン、主人公と片恋相手の関係を茶化すクラスメイトの一人として画面に花を持たせるのが主な見せ場である。
――のだが。
「あっ、ママでた!」
「……」
「……」
「……」
挨拶のワンカットに一瞬映った程度で、アイの出番は終わり。
その回の放送は終了した……じゃねえ!
5分どころか5秒も出てねえぞ!
「えっこれだけ!?」
「ワンシーンちょびっとだけじゃん!」
「カットされ過ぎ!」
演技下手だったのかなあ、とややナイーブな言葉を溢すアイをルビーが褒め散らかしてケアしているのを背後に、僕は以前受け取った五反田の名刺を取り出しつつ、リビングからこっそり抜け出した。
ミヤコから双子の共用品として貸借されているスマートフォンで即座に呼び出しを行う。
電話先の相手は、ルーズな外見のイメージとは裏腹に社会人らしい速度で着信に応じた。
「はい五反田」
「監督! ちょっとアレどうなってんの!」
「んん……? おお、早熟ベイビー」
五反田監督は、割合嬉しそうな声色を上げた。
名刺を渡したのはいいものの、よもや本当に連絡が来るとは思っていなかったに違いない。
「アイの出番についてなんだけど!」
「ああ……あれな。折角いい出来だったのに、残念だったな」
だったらどうしてと憤る僕に五反田が語ったのは、アイはあの画面において可愛すぎたということについてだった。
アイの可愛さ、存在感は明確に主役を食っていた――そして、それが
「主役の女優は事務所が可愛すぎる演技派女優って売り出してる演者だ。なのに同じ画面にそれ以上の顔面があったらどうなると思う」
ともすればネガティブな印象付けにしかならない、ということらしい。
「出演時間の尺は、会社間のパワーバランスで決まりがちだ。まあ、事故に遭ったと思って今回は受け入れろ」
滔々と語られる芸能界なシビアな現実に、前世の記憶を持つ僕は腑に落ちた気分だった。
確かにその通りだ。
けれど。
「……納得できない」
一方で、アイのもとで生まれ育った子供としての僕にとっては受け入れがたいものだった。
それは青臭い情動どころか、幼稚な感情の発露に過ぎないのかもしれないけれど。
とにかく僕は、気が付いた時にはそう口にしていた。
「あのな。芸能界を夢見るのはいいが、芸能界に夢を見るのはよした方がいい。ここはアートじゃなく、ビジネスの場だ」
「……」
「とはいえまあ……そっちの言い分も分かるし、悪いとは思ってる。そこでだ。アイに仕事を頼みたい」
それは望外の提案だった。
「映画の案件だ。文句はねえだろ」
「え、マジで!?」
喜ぶ僕を他所に、電話越しの五反田は続けた。
恐らく――意地の悪い笑顔を浮かべて。
「ただし。お前も出るのが条件だ」
5
五反田監督に電話を掛けたのが斉藤ミヤコから貸与されたスマホであったことが功を奏したのか、僕からミヤコ、ミヤコから苺プロへと
得てして公的な依頼となった映画への出演依頼は、アイと……まあ、ついでに僕向けの案件として確定。
同時に、僕は図らずも苺プロ所属の子役タレント"マリン"として銀幕デビューすることとなった。
そして撮影日当日。
映画についてだが、撮影自体は既に始まっている現場らしく――僕たちは途中合流というかたちになる。
明らかに監督の鶴の一声で急遽出番が捩じ込まれたのが分かる采配に、スタッフたちからの風当たりは当然冷たいものになるだろうと予想していたのだけれど……しかし意外にもあっさりと受け入れられたのは僥倖というより、寧ろ拍子抜けだった。
まあ、子役に対して露骨に悪感情を剝き出しにする輩もそう多くはないということか。
コネだろうとなんだろうと、子役に不機嫌にでもなられれば一番困るのはスタッフたちだろうし。
或いは、五反田泰志という男との付き合いが長くなれば、この程度の無茶ぶりは日常茶飯事なのかもしれない。
「早熟の本名……アクアマリンっつーのか。時代だなあ……。にしても、略すときはそっちを取るんだな」
「ああ、うん。アクアだと響きが男っぽくなるからって、社長がね」
「ほー……ん? ……あ?」
「それより監督。さっき助監督が呼んでたけど」
違和感に気付きかけた五反田に声を掛け、注意散漫にさせる。
今回の映画への出演はひとえにありがたい申し出だったとはいえ、僕の出演が条件などと手のひらで転がされている感じがやや癪なので、ちょっとした意趣返しという奴だ。
まあ遅かれ早かれ感付くだろう。
訝しげに頭を搔きつつスタッフの許へ歩いていく五反田監督を見送ったことで隣に立つミヤコは緊張感から解放されたらしく、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「それにしても、アイさんがマリンさんのバーターだなんて……一体何をしたらこういうことになるんです?」
「別に。ジジイはなぜか若者に砕けた態度を取られるのを喜ぶ傾向にあるから、敢えて仰々しく接してないだけ」
「すげぇ厭な赤ちゃん……」
前世の仕事柄、お年寄りの方と接する機会が多かったので、目上相手の対応は割と得意分野だ。
医者時代に培った妙なスキルがこんな場面で活きるとは。
人生分からないものだ。
映画撮影は山間部で行われている。
今回のロケ地は他の撮影などで実績のあるところで、管理人の方も対応に慣れているらしい。
撮影の準備が整うまでの間、僕たちはプレハブで休ませて貰うことになった。
この辺り、事前の情報伝達が上手くいっていないと待機できるような場所を用意出来ず、演者すらロケバスで時間を潰す羽目になったり、最悪の場合、野外でひたすら待機ということもあるらしい。
初めての映画撮影で楽させて貰えるのはありがたいことである一方、多少は苦労する方が身になるのかもしれないな、などと思わなくもなかったり。
……いや、
まるで次があるかのような物言いじゃないか。
今回の僕はあくまでアイのおまけで、しかも監督の気まぐれで末席に加えさせて貰っているだけに過ぎない。
だから、まあ……変に気負っても仕方ない。
一回きりの職場体験くらいの気持ちで臨むとしよう。
肩の力を抜くのが肝要だ。
そう、待機小屋のど真ん中で臆面もなく寝そべるこの妹のように。
「…………」
「なんでママいないの? ママんとこ帰りたいぃ……。ママの胸でおギャリたいよお!」
「もう暫くしたら撮影始まるから、それまで辛抱してくれ……」
僅か一時間余りでホームシックになってやがる。
……こいつ、年を経る度に幼児退行していってないか?
僕のそんな疑惑の念には当然気づいていないルビーは相変わらず愚図っている。何を憚ることもない、本当の三歳児が如く見事な暴れっぷりである。
いい年して恥ずかしくないのだろうか。
いやまあ、詳しい年齢までは訊いてないけれど。
「……仕方ないな」
ルビーの隣に座りこみ、僕より長く伸ばした彼女の髪を手櫛で軽く梳いてやる。
構わず寝転がっているので、出発前に折角ミヤコに結んで貰ったサイドテールが崩れてしまっていた。
ある程度見れる形に直してやると、今度はルビーが膝に擦り寄ってくる。膝枕を所望しているらしい。
また喚かれるのも億劫で、僕はそれに応えることにした。
尤も、お互いにちんまい体格である都合上、半分くらい腹の上に頭を置かれているような、不恰好な体勢ではあるのだが。
「うーん……赤ん坊ボディ。ママ比べたらまだまだだね」
「放り出すぞ」
きゃあと笑う妹はまるで年相応の子供のようだ。
……近頃のルビーは、以前にも増して甘えた素振りを見せるようになった。
恐らく、アイの仕事が順調に増えていることで母親と一緒にいられる時間が減って寂しがっているのだろう。
そしてそうした内面の変化は何もルビーに限ったことではなく、僕もまた例外ではない。
最近の僕は何というか……妙に他人の世話を焼きたがるきらいがあるように思う。
前世では医者を生業としていたのだし、人の役に立ちたいという思いが全くないかと問われれば、それは否だと答えざるを得ないが……。
それでも、その傾向が高まり過ぎている気がしてならない。
昔の僕なら突き放しこそしないにせよ、ここまで進んで面倒を見てやることもなかったように思う。
しかもそうした行動原理の根本にあるのは医療従事者としての心得やノブレスオブリージュというより、どちらかと言えば、年長ぶりたがるというか、見栄っ張りな子供心のようだった。
それこそまるで、人形遊びで姉役をやりたがる、ませた三歳児のような。
「……うーむ」
精神の方が徐々に身体に適応していっているとでも言うのだろうか。
まったく考えられないとは言い切れない。
人種、容姿、言語……人の印象を形成する要素は幾つもあるが、人格というものは結局のところ、生まれ育った環境に大きく左右されるという。
生まれたばかりの双子を取り上げた後まったく異なる環境で育てて経過を見るという実験では、それが確かに証明されていた筈だ――尤も、計画した科学者が罪に問われるような実験なので、証左とすべきかは悩ましいけれど。
人間は環境に適応する生き物だ。
幸いなのは、自分がそうした変化に然程戸惑っていないことだ。
ひょっとしてアイの図太さが遺伝してたりしてな……知らんけど。
憂慮すべきは、年齢ですら多少の違和感が拭えないのに、今と前世とでは性別という明らかに異なる点があることだ。
赤子の域を出ない今は、正直、性差なんて意識することはまるでない。
だからこそ根本的な問題から目を逸らすことが出来ていたけれど……これから成長していくにつれ、自身の性別と否応なく向き合う日が来るのかもしれない。
僕という存在は僕だけだ。
だが、星野愛久愛海という存在はかつての僕のままであると言えるのか?
いつかの未来、自分を鑑みた時に――僕は自分を
悶々と悩む僕の顔を、双子の妹が怪訝そうに覗き込んでくる。
こいつはその辺りどう考えているんだろう……いや、その手の期待はするだけ無駄か。
「気楽そうでいいな……お前は」
「うっわなに? 急に失礼すぎない⁉︎」
まあ……環境が変われば、人も変わるものだ。
人類史の不文律みたいなもので、今考えたところでどうなる訳でもない。そうシリアスに考えるもんでもないだろう。
「お姉ちゃんにバカにされたってママに言いつけちゃおっかな〜」
「そこまでは言ってないだろ……」
僕の失礼な物言いに、ルビーは不服そうに喚いている。
こうなると機嫌を取るのが大変である。
あまり服を引っ張られると困る。
これ、一応撮影用の衣装だし。
何とか宥め賺そうと手を焼いていると、待機室内にばちんと大きな音が響いた。
それは誰かが激しく机を叩いた音だった。
妹のことにかまけていてまったく気が付かなかったが、他にも利用者がいたらしい。
僕たちがこの部屋に来た時はまだ誰もいなかった筈なので、後から入ってきたのだろうか。
見ると、利発そうな印象の少女がこちらをキツく睨んでいた。
「ここはプロの現場なんだけど! 遊びに来てるんなら帰りなさい! 」
歳の頃は僕たちよりやや上というくらいだろうか。
年齢にしてはかなり流暢な言葉遣いである。
ともすれば、ウチの妹よりしっかりしてるんじゃないか。
「えっと……」
「有馬かな。この映画の女優よ」
「あっ! この子あれじゃない?」
起き上がりつつ、ルビーが少女――有馬かなを指差して言う。
「えと……重曹を舐める天才子役?」
「十秒で泣ける天才子役!」
ということらしい。
テレビなんてアイの出る番組かニュースくらいしか観ないので知らなかったが、ルビーが認知しているということは割と有名なようだ。
妹の言い間違いに憤慨した様子の有馬かなは、こほんと気を取り直すと、びしりとこちらに指を突きつけながら言った。
「知ってるわよ。あなた、コネの子でしょ」
ああ、スタッフ方が気を遣って口にしなかったことをアッサリと……。
正直、言い訳のしようもない事実だし、僕自身は別に子役に思い入れがある訳でもないので別段傷ついたりもしないけれど……なんだろう。
暗黙の了解の脆弱性を、一つ指摘された気分である。
大多数が流れに沿ったところで、異分子が一つ混ざればあっさり瓦解してしまうものだ。
「本読みの段階じゃあなたもアイドルの子もいなかったのに、監督のゴリ押しってママが言ってた。そういうの、いけないことなんだから!」
とはいえ、そんな機微を読み取るよう子供に求めるのは酷な話だろう。
それに彼女の言い分は概ね的を得ている。
自身が努力の末に勝ち取った役柄を、ぽっと出の役者が当たり前のように演じるとなれば不快にもなるだろう。
我の強そうな性格はともかく、実のところ僕は有馬かなに対して、そこまでの悪感情を抱いてはいなかった――少なくとも、この瞬間までは。
「こないだ監督が撮ったドラマ観たけど、あのアイドル全然出番なかったじゃない。どうせヘッタクソな演技してたんでしょ――媚び売るのだけは上手みたいだけど」
「「は?」」
少女が吐き捨てた言葉に、ひくりと頬が引き攣ったのが分かる。
恐らく僕たち姉妹は似たような顔をしていたことだろう。
「お、お姉ちゃん……」
「大丈夫、相手はガキだ……殺しはしない」
――が、あいつは必ず泣かす。
ADに荷物持ちをさせて去って行った有馬かなに報復を誓った時、既に先程まで考えていた自身に対する懸念を僕はすっかり忘れていた。
あの後、ADに呼び出された僕は妹をミヤコに預け、映画の撮影に臨むこととなった。
なるほど、いざ撮影が始まってみるとよく分かる。
有馬かなという少女は天才と喧伝されるだけあって、非常に演技が上手い。
台本の内容は頭に入っているが……馬鹿正直に相手の土俵で争っても、実力差で目も当てられないことになるだけだ。
僕たちの劇中における
有馬かながそうしたように気味の悪い演技をするというのが、王道というか、実力ある子役としての正しい振る舞いなのだろう。
しかし
僕に割り当てられた台詞に関しても、僕という子供の存在を知った監督が新たに追加したものだ。
その考えを汲むなら、寧ろ演じなくていい。
「この村に宿は1軒しかありません。一度チェックインしてから散策するといいでしょう」
僕はただ、台詞を口にした。
監督は敢えて正面から言及することはなかったけれど、要するに。
演じなくてもお前は十分気味が悪い――ということだろう。
本テイクにオーケーを出した監督の表情を見るに、どうやら演出の意図に沿うことは出来たらしかった。