「たぶん、ここよね。最後の位置情報がここで途切れてる。」
午後1時。
バスを乗り継ぎ、ミレニアムが保有する自治区の端っこへと脚を運ぶ。
管理が行き届いていない、立入の規制された廃墟。
未だその全貌を明かさないこの地で、2人の生徒が行方不明となった。
生徒名簿によると...2人はまるでモモイとミドリのようなそっくりの姉妹。ミレニアムの1年生だ。
彼女たちが消息を絶ってから5日ほど。
友人関係を辿った結果...最後の足取りはこの廃墟で消えていることが分かった。
「どう思う?ノア。」
「そうですね...どうやら地下へと続いているみたいですし、この廃墟に足を踏み入れたのかもしれませんね。地下に入れば電波も途切れやすくなります。」
ここだけじゃなく、ミレニアムには内部の明らかになっていない廃墟が点在している。
ミレニアムの生徒は皆が好奇心旺盛だ。未知を解明するために潜り込む人々は一定数存在する。
今回のように、現地で迷って泣きべそをかいた生徒を連れ戻したことも幾度かあった。
「とりあえず入ってみましょうか。おそらく中で迷子になっている可能性が1番高そうです。」
「そうね。気をつけて行こう。」
セミナーの書記である『
――――――――――――――――――
「く、暗いわね...ちょっと不気味かも。」
「ライトで照らしながら進みましょうか。」
廃墟に入ってすぐに見えた階段。
上へと続くそれは既に崩れ去っており、地下への階段だけが進める道として照らされる。
何かしらの施設だろうか。あまり住居っぽくはない。
薄汚れた壁面に、折れた手すり。風化して埃が舞うだけのこの場所は、まさに廃墟という言葉が似合う。
行方不明者2人の名前を大きな声で呼んでみるも、音は暗闇に飲み込まれるばかりで返事を返さない。
「この廃墟に居るとは思うのですが...声の届かない、もっと奥の方でしょうか?」
「そうかも...あ、電波切れた。やっぱりここに入ってGPSが途絶えたのよ。」
地下に潜ったせいか、手に持った端末の回線マークが消える。
これでは助けも呼べないし地図アプリも開けない。もとよりここの地図なんて存在していないけど。
「お願いね、ノア。」
「ええ、任せてください。」
しかし、こと私たちに関しては帰り道に迷うようなことはない。
見たものを全て記憶することのできる、ノアがいるのだから。
「...セミナーは大丈夫かしら。コユキに全部任せてきちゃったけど。」
暗い廊下から滲み出る不気味さを掻き消すように話す。
ゲヘナ等と比べて、ミレニアムは治安の面で良い評価を受けることが多い。
しかし...それはそれとして、1日だけでも目を離してしまうと厄介ごとのオンパレードにはなるのだ。
果たして元債権偽造犯に任せて良かったものか。
「コユキちゃんなら大丈夫だと思いますよ。先生もお呼びしたので。」
「本当?まあ先生が来てくれるなら安心か...」
話し声と私たちの足音だけが響き渡る。
そこかしこをライトで照らすも、手掛かりらしいものは見当たらない。
ひたり
...?
ひたり ひたり
音が聞こえる。
...水の音?何かが滴るような、濡れたものが動くような音。
ひたり ひたり
耳を澄ませると、奥の扉からその音が漏れ出ているのを感じる。
廊下の奥はドアが2つあった。
音の聞こえる方に近寄ってよく見てみる。それは鉄製の重厚な扉で、音漏れなど一切起こさなさそうな扉。
「......」
ひんやりとしたドアノブに、自然と手が伸びる。
ひたり ひたり
そのまま捻って────
『縺翫∴縺翫°縺』
「...っ!」
今何か聞こえたような。
驚いて手を離す。今のは...?
「...!?銃声!」
背後から聞こえた破裂音に驚いて振り向く。
ノアの姿がない。
「ノア!?どこに──」
「こっちですユウカちゃん!」
わたしが見ていた方とは反対側の、半開きになった扉。
そこから銃を携えたノアが飛び込んできた。
「どうしたの!?」
「見てください!アレを...!」
ノアが向ける銃口の先。そこには...
『怪物』。
そう呼称する他ない生物が居た。
「な、なにあれ...!?」
「分かりません...!」
扉から倒れ込むようにして廊下へと飛び出してきたそれは、人...いや、人型であるというだけの塊。
肌は爛れ、顔に相当する部分は大きく抉れている。ヘイローも無く、外見からはその個人について何も情報を読み取ることができない。
さっき聞こえた銃撃のせいか、脚の傷を引き摺りながら怪物はこちらに手を伸ばす。
『隱ー縺具シ�』
「...っ!」
頭と心臓の2発。
ノアが狙い撃つと、その怪物はあっさりと倒れ込み...動かなくなった。
「な、なんなの...?」
「この廃墟固有の怪物でしょうか?データベースでも見たことはありません...」
薄暗い廃墟に、得体の知れない怪物。
この先に何が待っているのか、見通しの立たない状況にじわじわと焦りが積もる。
「...ユウカちゃん後ろ!」
「っ!」
突如、さっきまでわたしが見ていた鉄の扉から怪物が飛び込んできた。
さっきのそれと同じく、ドロドロの崩れかけた体躯を押して飛びかかってくる。
『繝ヲ繧ヲ繧ォ縺繧�s�∝勧縺代※�』
「このっ...!」
寸前で躱し、脚を撃つ。
さっきの怪物のように、それだけでヤツの動きは遅くなるはず!
『繧�a縺ヲ�∫李縺�シ�』
転んで腕をバタつかせる怪物の頭を、よく狙って撃ち抜く。
頭部に穴を開けた怪物は、そのまま動きを止めた。
「大丈夫ですか?ユウカちゃん。」
「な、なんとか...」
とにかく、この廃墟は何かがおかしい。
行方不明となった彼女たちも...ただ迷子になっただけではなく、何か大きな事件に巻き込まれたのではないか?
「ユウカちゃん、あれを...!」
「...え?」
慌てたようなノアの声。
彼女はその手のライトで、1体目の怪物が現れた扉の先を照らしていた。
その先に、揺れる髪が見える。
「あの子...!行方不明者よ!」
2人してその子に駆け寄る。パッと見た感じ、外傷はなさそう。
「あれ、ユウカ会計だ。なんでこんなところに?」
「なんでって...あなた達が5日間行方不明になっていたから、探していたのよ?」
その子...姉妹のうちどっちなのかは分からない少女は、まるで行方不明などなっていませんと言わんばかりに、けろっとした表情で佇んでいる。
「あなたの妹さんはどこにいるか分かりますか?」
「えっと...どうだろ。分かんない。」
分からない?仮にも血を分けた姉妹だというのに、どうしてこう平然としているの?
いや、どうも自分が行方不明になっているという意識も無いといった感じだ。
だからこんなところで姉妹と逸れたって、危機感を抱かないのかもしれない。
「...どうしよう。」
「とりあえず、この子を外に出してあげましょうか?見知らぬ怪物もいることですし。」
...そう言われて無意識に、ふと視線を向けた。
さっき私が頭部に穴を開けた怪物は、身じろぎもせず地に伏せっている。
「そうね。この子を安全なところまで送った後、もう一度捜索に来ることにしよう。」
「はい。」
ぽやっとした顔の彼女の手を取って、地上へ向かうため今来た道を戻っていく。
纏わりつくようなジメっとした空気。
見知らぬ怪物。
心の隙間に入り込んでくるような漆黒。
私たちは逃げるように、帰り道の扉を開いた。