ただの村人が戦場に放り込まれるお話   作:おろとの

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一話

 

 口が渇いている。雲一つ見えないかんかん照りなのに、背中の奥から寒気がして不思議と暑くない。

 目の前に広がるのは草原。少しの勾配以外は何もない。こんな状況でもなければ気持ちのいい所だろう。前に並ぶ人の隙間から見える視界の先に、千を超える兵士達がいなければ。

 

 俺のいるクザーン国と文字通り死ぬほど仲の悪い隣国オーレール。毎年のように国境のあたりで兵士を出し合って睨み合うのが恒例の行事のようなもの。何回かつまらないことがきっかけになって戦争はしたものの、いつも小競り合い程度で終わっているからそこまで心配しなくていい。

 

 そう言ってたのは俺と同じく戦に駆り出されて死んだ親父だったな。その言葉を信じたいけど、あちこちから咆哮と絶叫が響く。ああ嫌だ。

 

 いや本当にどうしてこうなった?

 俺はよくある開拓村にいるアグナ、姓も無いただの農民。つい昨日代官が手勢を引き連れてきて、村一番の力持ちだからって連れてこられた。本当にそれ以外に説明できないから困る。村で一番だから戦場で活躍できるわけじゃないだろ……!

 

 なんてことを考えている間にも前にいる人は命を絞り出すような叫び声を上げて戦っている。あの人が全員倒してくれれば、と考えてたら鎧の隙間に深々と槍が刺さって倒れてしまった。

 もう俺の前には誰もいない。後ろからは早くしろと軽く押されている。

 

「……おォ゛おお!」

 

 声と一緒に恐怖も吐き出し叫ぶ。一瞬恐怖を吐き出すなんて無理だろ、と冷静になりそうになったが無理矢理声を出し俺の身長の一・五倍くらいはありそうな槍を全力で振り下ろす。緊張で上手く力が入らずかなりぎこちない動きになってしまったが、相手は味方の死体に深く刺さった槍をうまく引き抜けない様子。

 

 男が槍を諦め後ろに下がると同時に頭にそのまま振り下ろしを食らわせる。兜ごと頭が凹み、たたらを踏むと俺の足先に倒れ込んだ。

 

 あっさり死んだ、驚くほどあっさり。

 

 そんなことを長々と考えられる時間もなく、すぐさま別の兵士が俺の前に進んでくる。さっきの俺と同じように槍を振り下ろしてくるが、かなり遅い。それより早く胸めがけて槍を突き出す。

 刃と柄の割れる嫌な感触を無視しながら防具ごと胸を貫くと、力なく槍にもたれかかってきた。

 

 間髪入れず後ろにいたであろう敵兵が割って入ってくる。

 

 ……まずい、槍が食い込んで抜けない。足元に転がってるこいつと同じ失敗をした。防具ごと槍をねじ込んだせいで変に噛んでる。

 無理矢理槍を抜こうと引くと、柄の半分あたりでぼきりと折れた。ああ、更にまずいことになった。そんな俺を見た兵士は目を輝かせて槍を振り下ろす。

 

「うっ……おぉらァ!」

「げ、う゛ぅ!」

 

 足元の死体を全力で蹴り飛ばし相手にぶつける。思わず出た足だったが予想以上に飛び、ぐちゃぐちゃになった死体と骨肉ごと絡まっている相手は悶えている。

 盾を握りしめて敵兵へ駆け出し、蹴倒して顔に打ち下ろす。全力で叩き込んだ盾は驚愕に染まった顔を貫いて、兜の裏で音を立てて止まった。

 

 なんとかなったと大きく息を吐くが、今度は右隣から剣が伸びてきたので盾で──持ち手が千切れてる! 仰け反りかわす。力を入れ過ぎたせいだ。息をつく暇もない。

 

 突っ込み過ぎたのか、さっきまでは仲間と並んで戦ってたのに今は敵戦列の中、両隣は敵兵だ。もう手に武器は無い。落ちている槍もこの横の密度だと振り抜く前に途中で折れる。迷っている間に敵兵は剣を突き込んでくる。

 

 俺の下で痙攣している兵士をひっつかみ、盾にして剣を突いてきた敵兵にぶち当てる。オーレール兵の剣は死体で止まり、ぶつかった衝撃で死に体になる。動きの止まった相手の首根っこを右の手で掴み、盾を放した左手で拳ごと剣を握りねじって首に刃を進めていく。

 

「やめぇ──」

 

 敵兵も必死に抵抗しているが、さほど力は強くない。拳を握ってすり潰すと力も一気に弱まりそのまま首を搔き切った。

 

 吹き出した血が顔にかかって気持ち悪い。ごぼごぼと血を吐いて倒れる敵を横目に剣と盾をもぎ取り、手に持った死体をこっちに向かっていた左の敵に投げ飛ばす。

 その隙に盾を左手で持ち直し、よろめく敵の頭に盾を叩き付けると、敵の頭と一緒に盾も大きく歪んでしまい持ち手が外れてしまった。攻撃はもっと遅く弱くしないとだな! 

 

 ついでに元居た戦列の敵を警戒しながら、右の仲間と戦ってる敵の頭を掴む。そのまま引き寄せて全力で自分の胸にぶつけると兜ごと頭がはじけ飛んだ。……はぁ?

 

「あ、上がって来い!」

「お……おう!おうよ!」

 

 呆気にとられる味方にどもりつつも叫ぶ。俺も全力で動いたらここまでになるとは思っていなかった。

 

 味方へ顔を向けた俺の気が逸れたと思ったのか、目の前の敵兵から槍が降ってくる。反射的に剣を振り上げてしまったが上手く当たってくれて槍を砕いた。今ならいける。兵士は俺を止めるように手を突き出すが、勢いのまま走って──目先で何かが光った。

 少し遅れて熱が来る。視界が赤で染まって何も見えない。魔法か!? 

 

「あぁ゛ッつ!」

 

 適当にあたりをつけて剣を投げる。……熱が消えた! 目を開けると、魔法の熱を避けたのか俺と敵兵の周囲は少し隙間ができていた。俺の剣は兵士の足元に。外したかと思ったが、オーレール兵は鎧の腹の部分が大きくへこみ、痛みをこらえるように前のめりになっている。

 

「ぐぅぅう゛~……!」

「おッら!」

 

 武器を拾う時間が惜しい。敵兵が体勢を立て直すより早くにと迫り殴りつける。この兵士の兜は頭を覆う形のものだったが、その兜ごと顔を貫く。拳も突き抜けて肘まで通ると一回ビクンと大きく跳ね動かなくなった。

 

 こいつが死ぬと後ろにいた敵が目に見えて動揺しだした。手を出してこず、前後に揺れるだけで明らかに動きが鈍い。それなりの威力の魔法も使えたし頼りにされてるような奴だったのか? 

 できればそのままでいてほしい。布の部分に燃え移った火をはたいて消し、俺が投げた剣を拾い上げると、立て続けに槍が降ってきた。突き、振り下ろし、突き。三本がほぼ同時に。

 あいつを殺したから目をつけられたのか。横か後ろにズレると背後に控える仲間に当たる。避けるのは無理だな……! 

 

「……ぉおッ!」

 

 とっさに剣を槍にぶつけて逸らす。かなりの力技だがなんとかなった。避けきれなかった振り下ろしは頭を滑って肩に当たる。いっ……たくはない。思っていたより威力がなかった。

 

 剣を手放す。逸らした二本を脇に抱えるように掴んで引っ張り二人を転ばせ槍を手に入れた。振り下ろされた槍も、引き戻されるより先に掴んで握り割る。これで一気に楽になった。

 

 奪った槍は穂先が逆になっているが持ち替えている暇はない。実質長棒になった槍を左右に持ち、一人残った槍持ちの兵士へ走る。柄だけになった槍を再度振り下ろしてくるが、左の槍で打ち払い、右で頭を叩く。強く叩きすぎたせいか柄が割れるが威力は十分、相手は膝を折って倒れ込む。

 

 そのまま槍の上下を持ち替え、左の転ばせた兵士に刺す。文字通りの釘付けだ。もう一人の方に向き直ると、敵を片付け進んできたさっきの仲間に殺されていた。

 ようやく隣に仲間が来てくれた。横を気にしなくても良くなるのはかなり楽だ。……と考えていたら、轟々と腹の奥に響くような音が近付いてくる。

 

 一瞬また何かあったのかと思ったが、すぐにその音の正体に気が付いた。味方の騎兵だ。馬で敵軍の横っ面を叩き、剣で、槍で、魔法で敵を磨り潰している。

 騎兵は風のように駆け、敵後ろの戦列がごっそりと削られる。

 

「崩せ崩せぇ! いけるぞぉッ!」

 

 誰が言ったのか、その言葉を皮切りに攻勢が始まった。俺も仲間に合わせて攻め上がる。相手はさっきとはまるで雰囲気が違い及び腰になっている。

 目の前のオーレール兵が突き出した槍を叩き落とし、地面をえぐるそれ踏みつけ獲物をはね上げると股のあたりを切り裂く。深々と付けられた傷のせいで膝をついた敵兵の頭に槍を振り下ろすと、刃筋が立っていたのかきれいに頭が割れた。

 

 次は後ろにいた兵士か、と視線を向けると明らかに装備の質が違う奴が現れた。

 傷のほとんどない防具に、俺の持っている鋼のとは素材からして違うであろう金属製の槍。見るからに厄介そうだ。俺が槍を突くと、相手もほぼ同時に突き返してくる。

 

「あっぶ!」

 

 あいつの槍の方が俺のよりかなり長いせいで同時に仕掛けたのにあっちの方が先に届く。舐めすぎた、槍の温存のために手加減したのが良くなかったか。だけど攻撃自体ははっきり見える。顔を狙った槍を前のめりになって躱し、頭を割った死体を左手に掴んで相手へ突進……できない! 

 

 進もうと足を踏み込んだはずが、地面の感触が緩い。

 足元を見ると、両足がふくらはぎの半分あたりまで地面に埋まっている。しかも隙間なくがっちり固められて。こいつも魔法使いか! 

 

 間髪入れず胸に飛び込んできた槍を大きくのけぞってなんとか避けるが、このままじゃいつか当たる。敵が槍を引き戻す隙に力任せに地面を割って足を引き抜く。硬いが力を込めれば充分動けるな。

 

 しかしまた地面が沈む。動かせない足を狙っての突きが来た。今度は持っている死体で右に無理矢理逸らす。耳障りな音を立てて防具ごと死体の胸部分を削られつつ、ちょうど脇腹を通り過ぎようとする槍を掴む。

 

「なぁ⁉」

 

 相手が間の抜けた声を出す。予想以上に力が弱い、敵の両手と俺の片手で槍をめぐっての力比べになったがあっさりもぎ取ることができた。

 

 地面から抜け出し奪った槍を逆のまま突く、が奴の足元から一気に盛り上がった土に飲み込まれた。今度は壁か……! 

 

 壁は俺の身長より少し高いくらい。登って上から──は落ちてる最中何されるか分からないな。横からも行くのも待ち構えられてるだろうから嫌だ。……なら正面から破るか。壁に半分ほどまで埋まった槍を引き抜き短く持つ。

 

「お゛ォお゛おッ!」

 

 槍を腰だめに構え、渾身の力を込めて壁に肩からぶつかる。特に硬さを感じることもなく破れ、他の兵士から貰ったのか新たに槍を構えている敵兵が見えた。壁を破ってくることを予想していたのか思ったほどの反応は無い。

 

 また地面が沈む。今度は重みで沈むというより足を掴まれて引き込まれる感じ。近いほど魔法の威力は強くなるのか、それとも奥の手か。でもやり方が同じすぎて何をしてくるか分かりやすすぎる。動きを封じられるのは強いけど相手との距離も考える必要があるだろ。

 

 腰と手だけで槍を振り下ろす。短く持っていた柄を手の内で滑らせ間合いを伸ばす。柄尻ギリギリのところで滑りを止めると同時に相手の肩に入った。ぐちゃぐちゃな動きだったけどこれで充分。

 

 防具を断ち切って拳二つ分ぐらいまで槍が食い込んでいる。痛みか衝撃かで相手の魔法が途切れた、こいつはここで絶対に殺す。

 

 地面を割りながら槍ごと相手を引き寄せ殴りつける。

 英雄譚に憧れて武器を振るいたがって馬鹿力で何度も駄目にした俺に、親父は人の殴り方だけは教えてくれた。

 踏み込み、腰回転、男が身をよじって微かに打点が変わるから肩で微調整、せり上がる土壁、は俺の拳より遅い、肘、手首……ああこれ──

 

 衝撃波を撒き散らしながら男がかっ飛ぶ。今のは会心、これまでの人生でもそう無いくらいに上手くいった。

 

 数十人を巻き込んで止まった鎧男を見ると、殴りつけた部分が大きくへこんだだけ。魔法が固ければ鎧も硬い。面倒だ。

 

──ドゴォン!

 

 転がる男へ駆け寄り足を掴み、全力で地面に向けて振り下ろす。魔法を使う暇もなかったのか、敵はそのまま大地と衝突した。

 

「ぁう゛!」

 

 地面とぶつかる爆音と一緒にくぐもった声が漏れてくる。流石にこれは効いてくれた。

 

 そうして叩き付けているうちに音と感触が変わってくる。ぼごん、からどぱん、に、地面が柔らかくなっているのか。流石に何度も同じ所に叩き付けられたら対応してくるよな。ただ、そこまで余裕は無いのか俺に直接何かをしてくることはない。それだったら当てる対象を変えてぶち当てるだけでいい。

 

 嬉しいことにここは敵中ど真ん中。周りのことなど気にしなくて良い。

 右に死体、左に槍を持って突っ込み滅茶苦茶に振るう。槍を動かせば槍の内にある物は全て千切れ飛ぶ。槍男を叩き付ければ誰であろうと血肉と金属に変わる。

 

 何故か攻撃が来ない、というより相手が動く前にこっちの攻撃が終わっている。ああそうか。敵の出方なんて待ってる必要無いんだ。こいつらは遅い、俺は速い。

 

「う、おッ!」

 

 そのことに気付いた次の瞬間、掴んでいた足が千切れ明後日の方向へ飛んでいく。見ると、鎧はあちこちひしゃげて残った手足も変な方向に曲がっていてぴくりとも動かない。一応死んだふりをしているだけかもしれないので槍を何度か振り下ろすが反応はない。やっとで死んでくれたか。厄介だった。

 

「化け物……」

「有り得ねぇって……」

 

 安心したせいかようやく周囲の状況に気付く。周りの奴らは俺を避けるように間を開けている。これだけ暴れてたら巻き込まれないためにそうなるか。俺を遠巻きに見ているオーレール兵に槍を振り回し威嚇して遠ざける。

 

 そこに反転してきたのか味方の騎兵がまた突撃してきた。敵はもう陣形も戦列もあってないようなもので、どんどん逃げ出していく。味方は更に勢い付き、追撃が始まる。

 

 逃げる敵兵の中で立ち尽くす。逃げようとする、俺に敵意が無い相手を攻撃する気になれない。俺を避けて兵士が進む中、時折刃を向けてくる奴を挽き肉にしているとようやく味方たちが来てくれた。

 

「大丈夫かあ!生きてるな!」

 

 さっき声をかけた味方の兵士が俺を見つけてがなり立てる。

 勝った。そう思うと思わず声が漏れ出てくる。

 

「ああ疲れた……」

 

 これが終わったらしばらく休もう…………。

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