──ド、ゴオォォ……
響く爆音。揺れる地面。
とある村落の教会に、その村民の大多数が集められていた。性別年齢様々であるが、その顔には一様に悲壮そのままを張り付けている。
「しっ神官様! 何をすればいいですか!」
目の潤んだ子供が喉を震わせる。手を握るのは状況を掴めていない妹。
──ォンン……
どこから湧いて出てきたのか、
平時ならまだいくらか持ちこたえることもできるかというところだが、戦に村の戦力を持っていかれた現在の状況ではひとたまりもない。
純粋に力と数で押す単純明快なものを相手に工夫の余地は少ない。
村民全てを教会に集め、聖油を全体になみなみと振り掛け燃やし即席の結界を作る。凡策小策。しかしこれ以上の策はない、救援を祈って耐えるのみだ。
──ゴォン……!
幸い石と金属で造られた教会には燃える材料が殆ど無い。気に掛ける必要があるのは蒸し焼きにならないかということだけである。
「大丈夫だ。後は任せて祈っていろ。奴らはこの聖印の前では塵も同然だ」
「安心なさい。
淀みなく装具を身につける神官二人が顔だけを向けて応える。
涙を堪えて尋ねる子供に自信に満ちた二人の表情はさぞ頼もしく映るだろう。
神官の語った言葉の一部は嘘ではない。神殿・教会には天井部かそれに近い部分に太陽を模す正円盤が掲げられ、その下には悪なるものは居られない。
低級の悪魔が入れば蒸発し、
──ドゴォ、ォオ……!
しかしそれは物理的な攻撃から身を守ることができるというわけではない。
『がっあぁあ゛ああ!』
悪魔が魔法で固めた入口を突き破り、円盤にぶつかり地に落ちる。突っ込むに任せて聖印を砕き教会全体の聖性を剥ぎ取ろうという算段。
聖印に触れた悪魔が全身を灼き溶かす痛苦に叫ぶ。その声も長くは続かず、神官が駆け寄り円盤を押し当てるとすぐさま消え果てる。
「神よ! お許しを!」
僅かに歪み力の弱まった円盤を縮こまる村民たち目掛けて投げ、ぶつかる寸前で止まったそれを慌てて拾い上げる姿を見て叫ぶ。
「掲げていなさい!」
弱まったとはいえ聖印は聖印。魔を退けることはできる。
数俊遅れてきたもう一人も獲物を渡し並ぶ。
「この捨て身はまだ控えがいるなぁ! 悪魔とやるのはいつぶりだ!?」
「十と一だな!」
「懐かしいなあ! 覚えてるか!? お前の初試練!」
「今言うか!」
空いた穴から炎に巻かれた
傷と炎によって生前よりは弱くなった攻撃を捌き昇天のため聖別された武器を叩き込む。
一人一人はまだ対処できる強さ、かつ相性は良い相手。しかし無尽蔵にも思える数の中に捌くことのできない攻撃が混じる。
防具の端を掠る槍に動きが阻害される。仕留めきれなかった
いずれ来る破綻。それを少しでも引き延ばさんと武器を振るう二人の顔に暗い影はない。
悪魔亡者と戦うこともある神官は信徒に不安を与えないようにと、悲観的なものを表に出さないことを徹底して教育される。
しかしそれで戦況が大きく変わることはない。じわりじわりと鎧に、肌に傷がついていく。
──ダ、ッバン!
その流れが一息に掻き消えた。
消え去る
続く人影らしきものが動けば文字通り瞬く間に千切れ飛んでゆく。あっという間に教会内の屍体は挽き肉に変わり、外から聞こえる怨嗟の声も消えていた。
「大丈夫ですか?」
あとに立つのは肉片を全身に浴びながら村人達を伺う男。
二人にとって果てしないようにも思えた
「お兄ちゃんありがとう!」
「このご恩は一生……!」
「待って!まだ礼が……!」
村人たちの感謝の声に皆が走りながら手を上げて返す。やっぱり誰かを助けるのはいい気分になるな。
悪魔との戦いがあったジーナで一夜過ごし、いくらかの兵を残してそのまま出立。逃げようとしてたあの二人も街に残っていられればいいが。
そして始まったのは兵を何個かに分けての進軍。どうやらまたオーレールの……というより悪魔の攻撃が始まったらしい。
行く先々の町村砦に救援に駆け付け、それが終われば追っ付け次の目的地へ。今ので六か所目だ。
オーレールへ攻め込むための地固めとのことだが流石に戦いが多すぎる。
最後の一押しに、というような戦場もあり一つ一つの負担が大きいわけではなかったとはいえ皆疲れている。
「次で今日は終わりだって」
「っか~……結局日に七度かよ。戦数の賭けはアグナの勝ちだな、ほらよ全部だ」
「あれ? もう一人は? そっちは八賭けだったから俺の負けかと思ってたんだけど」
「死んだよ。さっきの砦で頭と腹が無くなっちまった」
「……見ないと思ったらそういう事か」
隣を走るセンに声をかければ予想外の答えと共に干し肉を渡される。
死んだのは昨日あんたがいれば大丈夫だよな、と聞いてきた兵士……ナジオーブ。名前も覚えたばかりのその人を合わせた三人で賭けてたのに悲しいことだ。
人間あっさり死ぬもんだな。
少しの沈黙が流れ、それをかき消すようにセンがわざとらしく声をあげる。
「まあま、俺は死なねえから安心しろ。“岩の如しの”センだぜ?」
「何それ。そういう戦い方? 戦法みたいなのがあるの?」
「戦法っつうか……そこまで言う程でもねえが、そうだなぁ……」
センの語るそれは俺とは対照的なものだった。ひたすら槍でつつき合って、一人の相手をする時間を長くするらしい。
遠間で長々と戦っていると相手も冷静になってきて互いに軽く傷付け合うだけのなあなあの空気になるそうだ。
今までやってきたのがひたすら相手を全力で潰すのと最大速度を最大効率で叩き込む、の二つだったからその発想はなかったな。
「ま、長年の経験で編み出した奥義だな。それで俺のとこだけまるで戦列が上がりも下がりもしねえから“岩の如しの”ってわけだ。今回の戦じゃ
「それちょっと馬鹿にされてない?」
軍を分けてからの戦いは全て悪魔がいた。そして当然のように
この相手にセンが使ってた戦法は相性最悪だろうな。
「いいんだよ。どうせあの頃の一兵卒なんてのはお互い本気でやり合いたくねえんだから」
「そんなもんなのかな。それよりその戦法普通にやり合うより難しいと思うんだけど」
「おう、勿論面倒で難しいぞ。格下相手じゃなきゃやってらんねえ戦法だ」
「つまり大体の相手より強いと。凄いな」
「自慢になっちまったか? そんなつもりじゃあなかった……わけでもねえな! もっと褒めろ!」
「天才! 最強! 男前! ……あと優しい!」
がははと笑うセンにこっちも笑い返す。
思い返すとサーレルーンとの戦いが至近距離で起こっても大丈夫なんだもんな。俺で押し留めてはいたが余波で手足が折れ曲がっている兵士もいくつか見た。
いやそもそも何度か戦を経験して、その上今回凄まじい数の戦場を潜り抜けてまだ死んでないんだ。強くない方がおかしい。
「真似してみてもいいぞ? 長年の経験で編み出した奥義だ」
「はは、悪魔相手に下手に真似したら死にそうだからやめとくよ」
気分を良くしたようで肘で突っついてくるけどその戦法は中々真似できないだろう。
しかし二回目までの戦では影も形も無かった悪魔がここまで出て来るのはどうしてだ。いや、初めて会った方の奴の口ぶりからするとただ隠れてただけなのか?
「んな……おっと。魔術師様だぜ」
そんなことを考えていたら、センが言葉を止め俺の向こうに視線をやる。
釣られて俺も目をやると馬に乗ったフラウスさんが声をかけてくる。
「おつかれ。村で対処できるくらいの負傷者しかいなかったよ。後はもうみんな死んでた」
「お疲れ様です。……もっと早く来れてれば死者は減ってましたね」
「
「そ、うですね」
俺一人で動けてればそこも解決できてたんじゃないかと思ってしまう。でもそれは無理なんだろうな。
「俺が一人で行けば、とか考えてるでしょ」
「心読んでます?」
「君は分かりやすいねぇ」
相変わらず怖い笑みを浮かべてうりうりと頭を撫でてくるフラウスさん。兜越しで手触り最悪じゃないのか。
「気持ちは理解できるがそれはできない。君が軍に組み込まれて六日目か七日目か……」
「六日目ですね。ギリギリでの参加です」
「そこまで日数が浅いと信用ができない。私はともかく上の方は。逃げるかどうかの判断って初動と他の人がどうするかで大きく変わるからね。特に君は誰もが噂する英雄くん、かなり敏感になってるよ」
まあ確かにそう考えるとな。あの戦いが終わってからというもの、脱走しようとする人はぽつぽついるみたいだ。
話に聞くだけで処罰されているところは見ていないから、まだ実行には移していないんだろうけど。
「だから一応君と仲の良い……なんだっけあの顎傷の」
「……センですか?」
「そうそう。その兵士の部隊にもう君はいないけど一緒にいるでしょ? あれも君が逃げないようにだよ。旅は道連れってね、苦難を分かち合う友がいればと考えたわけだ」
なるほどな、俺じゃ思いつかないやり方。いろいろ工夫して考えるもんだ。
それとも俺が特に考えていないだけなのか。
フラウスさんはそんなことを考える俺の様子など気にしないのか上がるように手招きしている。乗れってことなのか。
「ほら乗りなよ」
「自分で言うのもなんだけど俺そこそこ重いですよ。馬が可哀想です」
「クザーン馬だよ? しかもこれは軍馬、同じ馬三匹そのまま乗せても大丈夫。あ、前に乗ってね。その方が楽だから」
べしべしと叩いている馬は確かに見る野生馬よりかなり頑丈そうな見た目はしている。
まじまじと見ることがなかったが何というか……体の張りが違う感じだ。
誘われるまま乗ってみると、軽くぐらついただけで問題なく走り続けてくれている。流石兵士たちをなぎ倒していけるだけはある。むしろ馬にほとんど乗ったことが無い俺の方がぐらつきそうだ。
「全然ブレないでしょ」
「凄いですね。それでわざわざ二人乗りなんてどうしたんですか」
「ん? 折角だから弱音を吐き出してみようという私の計らい」
「な……るほど?」
「反応薄いね」
唐突なことなので反応が薄いことは許してほしい。
フラウスさんはあまり人の心については気にかけない人だと思っていたんだけど、どういう風の吹きまわしだろうか。
「この数日立て続けに起こったことは精神的にきついでしょ」
「それはまあそうですけど、俺以外も負担はかかってますし」
「とは言えだよ。いつでも最前線の君以外とは話が違うよ」
拳でやっているのか、防具越しにコツコツと腰を叩かれている。どういう意味なんだその動作は。
……ああなるほど、さっき話してくれたことと同じか。
俺がいなくなったら困る。なので先生になってくれて、かつ向こうもそう思っているか知らないけど仲のいいフラウスさんが色々と取り計らおうとしてくれているというわけか。
仕事とはいえフラウスさんも大変だな。
「みんなが求めてるのは弱い所を出す俺じゃないですよ。弱音は吐かないです」
「ええ? 本気ぃ?」
後ろにいるせいで顔は見えないが面白い声色になっている。向かい合って話せてればもっと面白かったのに。
そして俺の言ったことは本気も本気だ。
何度か話したことがあるのに、ぱったりと見なくなった人が何人かいる。さっき死んだと聞いた賭け仲間もその一人。
そういった明日死ぬかもしれないような人にすがるような目を向けられて尚それを無視するというのは気分が悪い。求められているものは出来る範囲で見せてやろう。
一生みんなの理想に応える……なんてつもりは全く無いが、諸々のことが終わるまでは付き合う。
「今のところ本気ですね。無理そうになったら相談するかもですけど」
「それさあ……子供にやらせることじゃないよね。すっごい今更の話だけど」
「本当に今更の話ですね。言うならもう少し前に言ってくださいよ」
そう思ってくれるのは嬉しいけど、今更やめようと思うことでもない。話しても仕方ないだろう。
「分かった、少し話の方向を変えよう。どうやら君、傍から見てると凄く頼もしいんだよ」
「似たようなことは言われましたね」
「敵陣をぐいぐい突き破って超人もばかばか殺して、防具なんて関係ないとばかりに諸共潰して。防具は効果があるから着けてるんだよ? その上傷と呼べるほどの傷を負わず勝つわけだからね」
それが一番早いし訓練にもなるからな。
ルッツさんに言わせると“実戦で成長するなんて二流三流のやることだ、本来の実戦は鍛錬で出来得る限り磨いたものの内のいくらかを披露する場所なんだよ”とのことだが。
実際その通りだと思う。時間が無いからできないけど俺も鍛錬をしまくって実戦に入るのが理想だ。
訓練だったら余裕があるから動きの認識と修正に頭の結構な部分を割くことができるし、思い付きを試したり聞いたりすることもできる。
しかし実戦だと安定策を使った方が確実、どちらかというと動きの最終調整が重点だ。
「俺もサーレルーン相手だと腹切られたりしてましたよ」
「あれはまだまだ、私が診た時点で大体塞がってたでしょ? 体の一部を切り飛ばされてからが本格的な傷。君なら首を落とされても動くかもね」
「それ褒めてます?」
何度かの戦いで治療されてた人たちを見ると、自分の負った傷がそう重いものではないというのも分かる。
手足のどこかを失ったくらいだと急げば間に合うことが多い。腹の中身が盛大に飛び出してても治った人も一人だけいた。
本人の生命力が大きな部分を占めるが、血を一気に失ったり意識がすぐさま無くなるような大怪我じゃないと案外なんとかなることもあるようだ。
「褒めてるよ。実例として何人か居るからね」
「凄い気合ですねそれ。俺もそこまでやれると思ってます?」
「周りはそう思ってるんじゃないかな。君を子供として見ていない。むしろその若さこそが神性を帯びる原因になっていることもあるか」
神性、それは神に献身を誓った人たちだけが纏うものだ。俺はまだ
内心でそう思うのは自由だと思うけど、それを外に出すのはよろしくない。神は許してくださるだろう。神官様たちも否定はしない、が多分いい顔はしない。
「どう? それを知ったら失礼だと思わない?」
「それはまあそうですけど、今日明日死ぬかもしれない人にあれこれ求めすぎるのも。俺個人は神の信徒であるなら寛容であるべきだと思ってますし」
こっち方面でも駄目か……とうんうん唸るフラウスさん。どうしてここまで食い下がるんだろうか。
そうしてしばらく続いていた唸り声が止まると、肩に顎を乗せてくる。流石の高身長だ。
「君の考えは分かった。弱音がどうこうの話はやめよう。……私は結構美人なんだよ」
「いきなり話が変わりますね。“結構”じゃなくて“とても”じゃないですか?」
肩越しに見てもそう思う。怖い原因は目力なのか何なのか、それを含めてとても美人だ。
俺の言葉にフラウスさんが口の端だけを上げて答える。やっぱり美人ってより怖いほうが強いかも。
「よく分かってるね、私はとても美人だ。そんな私に癒してもらうのってどう思う?私が能動的にやるだけだから君は何もしないんだ。これなら……」
「尚更情けなく見えそうですね。まだ自分から行ったほうが良さそうです」
「それなら──」
この押し問答は、結局次の目的地に着くまで続いた。
アグナの身長
・百八十センチ前半
・フラウスも大体同じくらい