休めなかった。いや、一応少しは休めたけどすぐに働かされていると言った方がいいのか。
戦の後は傷病者の治療をする。火の魔法を真正面から食らわされたのでこれで休めると治療を受けに行ったら、案外火傷も無くかなり薄めた傷薬を少し飲ませてもらっただけで作業をしろと追い返されてしまった。
つまり休んだ時間は治療待ちと薬を飲んでいた時間だけ。正直体の方はそう疲れていないから戦わずに済むなら作業でも何でもいい気分になっていた。
そして今俺がやっているのは死体の後片付け。悪霊や
「あ~くっせぇ……」
最期まで抵抗したのか腹に刺さった槍を掴んだまま顔を歪めて死んでいる男。顔がばっくりと割れているが、まだ息はあり微かに震えている男。胸から下が千切れ飛んで中の物を撒き散らした男。そういう見ているだけで気が滅入ってくるようなものがそこかしこに転がっている。……俺も負けたらこうなるんだろうな。
それに匂いもひどい。腹を割られて出てきた内臓と糞、それと血。それ以外にも色々な匂いが混ざり合って凄い匂いになっている。
「よう、精が出るな」
「どうもです、えーっと……」
顔をしかめながら死体を運んでいると、肩を叩かれた。栗色の髪に、俺より少し高いくらいの身長。顎に一本入った傷が少し目を引く。歳は俺の一回りくらいは上そうだ。
誰かと一瞬思ったけど、どこか見覚えがある。ああ、戦の最中に話しかけた人か。こっちは半分忘れかけてたのによく覚えてるもんだ。
名前を聞いてなかったせいで返事が歯切れ悪くなってしまったが、向こうの方から名乗ってくれた。
「センだ、
「セン、センか。こっちはアグナ」
「アグナねぇ、
「そっちもいい名前だ。覚えやすい」
互いに名乗ると、そのまま死体を片付けながらの立ち話が始まる。あの時は突っ込み過ぎた、魔法持ちが厄介だった、とかのとりとめのない話。
「しっかしお前強いのな。烈火の如くに暴れ回ってたぞ、名は体を表すだな。その体のどこにそんな力が詰まってるんだか」
実際思っていたより戦えた。相手の攻撃はほとんど見えたし、俺より力が強い奴もいなかった。ほとんどの奴は俺より遥かに弱かった。
ただ、危なくなかったわけでもない。土魔法を使ってきたあいつ、あれは厄介だった。
あれくらいの強さの奴が一気に何十人も来たら厳しかったと思う。
「そう? まあ、あの時は死に物狂いって感じだったし」
「またまた謙遜を。魔法も使わねえであんだけやれるのは超人だよ。魔力を温存してたら終わっちまったか?」
「まだ教えてもらってないから使えなかっただけだよ。十五になってないし」
「十五? 教えてもらってない?」
センが何を言っているのかと言いたそうな顔をしてこちらを見る。
魔法は便利で危険だから、物事の分別がつかない
今よりもっと小さい頃は不公平だと思ったが、我流で会得した火の魔法で畑を燃やしかけた奴が顔を倍に腫らすほど殴られ叱られている姿を見てからは思い直した。
俺が本で読んだ物語でも十五歳になったその日から魔法を教えてもらう、みたいな描写はいくつか見たから一般的かと思ったが、センの反応からするとこれはおかしいのか?
「他の所だと十五歳より上だったり下だったりする感じ?」
「そうじゃねえ、アグナお前何歳だ?」
「十三だよ」
「俺の息子より若いじゃねえかよ。それがどうしてこんなとこに来てんだ」
「ああそっちの話? つい昨日代官に連れてこられた、それで終わりだよ」
大きくため息を吐いたセンが頭をガリガリ掻く。自分でも酷いことをされたのは分かっているけど代官がわざわざ指名してきたからな。村の男衆が俺が行くと名乗り出ても指名は変えなかった。まあそうなると断れる材料が無い。
戦場での働きを思い返すと俺指名だったのもなんとなくは理解できるが。
しばらく何かを考えていたセンがひときわ大きく息を吐くと、再び死体を運び始め口を開く。
「分かった、これが一段落ついたら魔法を教えてやる。いや上に伝えた方がいいかもな」
「ありがとう、魔法は使ってみたかったんだよな」
「オレは厳しいぞ?泣き言は聞かねえからな」
「さっきの戦いよりは厳しくないでしょ」
「はっはは、言ってろ」
こんなほとんど頭を使わないような会話だったが、口を動かしながらの作業は案外捗った。
「おっ! そいつの篭手結構いいやつだぞ。貰っとけよ」
「……この死体の? 盗るのか?」
「これくらいは戦場の作法だぜ。いくら良い物身に着けててもあの世には持っていけねえんだ。使ってやるのがモノにとっても良いだろ」
しばらく作業をしているとそんなことを言われた。
結構忌避感が強いが、周りを見ると死体から色々な物を剥ぎ取っている奴をちらほら見かける。まあセンの言う通り死んで使う事も無いだろうし……いただいても罰は当たらないか。
ん? 血肉にまみれてたから気付かなかったけど、こいつさっきの土魔法使いか。散々に打ち付けたせいで兜や胸当ては大きく歪んでいるが、確かに篭手は比較的軽い傷で済んでいる。身につけてるもので他に使えそうなものはあるかな。脛当てと靴……は振るときに力を入れすぎたせいで手の形に歪んでるな。
その死体が被さるように隠れていた槍を見つける。こいつが使ってたやつだな。戦の後のバタバタでどこかへやってしまったと思っていたが、目立った傷も無いし貰うか。手に取ってじっくり見てみると俺が持ってたのより結構長い。
刃もなかなかの長さ。で、その反対……柄尻だったか石突だったかは鋭く尖っている。持ち手は刃と同じ金属で太くて頑丈そうだ。
次は篭手。化けて出るなよ、と祈りながら篭手を抜き取る。目立った傷もなく大きさも大体合ってる。守ってくれる部分も今つけている物より大きい。
うん、着けるときに引っかかる部分もないし、手や指の動きが極端に阻害されることもない。良い物だ。
新しい篭手を眺めていると、死体から漂ってくる匂いが弱まっていることに気付いた。さっきまでは鼻の奥に来るような臭さだったのが、どうしてか鼻で息を吸っても大丈夫なくらいにはなっている。
「神官様が清めてくださったぜ、拝んどけ」
センが顔を向けた先を見ると、見るからに神官様だとわかる姿のお方が歩いていた。戦が始まる前に神官が着いてくるから死んでも安心しろ、と指揮官が言っていたし村の神官様にも聞いたことがあったが、糞と血の匂い漂うここと神官様の存在が一瞬結びつかず慌てて膝をつく。
こちらに軽く手をかざし、また別の兵士の所へ歩いて行った。ああして周囲を清めて回っているのか。見ると、他にも何人かが回っている。
不浄なものを清め、霊魂を導く。それが神官様の本分。こういう場所でこそ必要だ。
「……作業しやすくなったし、早く終わらせよう」
「ああ、その方が早く休める」
死体がそこかしこに転がっている凄まじい光景がどうにかなったわけではないが、匂いがマシになるだけでかなりやりやすくなった。
地面に転がるものには目を瞑って片付けを進めよう。……うっ、この死体前半分が無くなってるぞ。
その後、腕だけになっていた死体の盾と短剣の二本、干し肉や豆等の保存食を貰った以外は欲しい物もなく、日が傾く前に死体の山を積み終わった。それを確認すると神官様が水の魔法で軽い境界を作ってくださった。そうすることで霊魂が死体の傍から離れずにいられるらしい。センの受け売りだ。
もう一人が聖油を死体の山へ振りまき、一気に燃やす。聖油をつけて燃やしたからか炎が少し白く見える。
殺した直後も、死体を片付けている最中も実感がなかったのに、今になって罪悪感が湧いてきた。煙のせいか罪悪感か、目端に涙が溜まる。
「やっぱり人間、死んだら意味無いよな」
「だな。
薄青い魂が天に昇っていく姿を見て呟く。うん、死んだら意味がない。ここで何をしても、何を成し遂げても死んだらあの世には持っていけない。思わず出た言葉だったけど凄く腑に落ちた。
神の
「おおいたいた! 見つけたぞ!」
そんなことを頭の中で反芻していたら先程から走り回って何かを探していた男が急に立ち止まり、こちらに声をかけてきた。向こうは俺に見覚えがあるようだがこっちはまるで見覚えがない。
「どうかしました?」
「あんたがボミク様に呼ばれてる。……指揮官だよ」
名前を出されても誰か分からず小首をかしげる俺に地位の方を伝えてくれる男。指揮官が呼んでいるわけか、行きたくねぇ~……。
「あそこに見える鎧を着たお方だ。時間が無いから急げ」
指差す方向に目をやると、そこには全身鎧に包まれた大男がいる。実際にそうなのかそれとも俺が勝手に感じているだけなのか、遠くからだが雰囲気のようなものを感じる。
「これはやるな、みたいなのありますか?失礼になる行動とか」
「ボミク様の正面に跪いて失礼のない言葉遣いで受け答えする、それだけでいい。言葉遣いもその言葉選びができるなら及第点。村人相手ならそれでも大目に見てくださる」
「丁寧にありがとうございます」
「気にしないでくれ。こちらこそ礼を言いたい。あんたのおかげで味方の死ぬ数が抑えられた。ありがとうよ」
それだけ言い終わると足早に立ち去ってしまった。そう言ってもらえるのは嬉しいが人を殺したことを感謝されるのはなんとも言えない感覚にもなる。
「骨は拾ってやるから安心しろ」
「死ぬ前提?」
「冗談だ冗談。あれだけ活躍したんだからお褒めの言葉でもいただけるんだろ」
センが本当か嘘か分からない冗談を投げてくる。どっちにしても怖いよ。
──バッ……ガアァン!!
俺の考えを断ち切るように上方から爆音が響く。音の先を見ると、青い空によく映える赤い光が輝いていた。
騒ぎにはなっていないから多分攻撃ではない、
「これ、何の合図?」
「よくないことが起こりました、の合図」
うんざり、というのがありありと伝わってくる声色。少しして集合の角笛が響き渡る。
はいはいまた戦うんですね。