ただの村人が戦場に放り込まれるお話   作:おろとの

3 / 13
三話

 

 結局集合後、すぐさま進軍を告げられあの場を去ることになった。

 そうして俺は行き先も知らず走っているわけだ。

 

 今こうして走っているのは傷病者とそれを運ぶ人員以外の全員。みんなかなりの速度だ。多分そこらの野生馬よりかなり速い。戦争に駆り出されるだけあって身体能力がみんな高い。

 

 ……しかしここまでの人数が一斉に走るとドロドロと音が重なって聞こえるんだな。初めて知った。

 

 そんな繋がりのないことを頭の中でぐるぐる考えながら死体漁りで手に入れた干し肉をかじる。

 

「食うねぇ、あんだけ動くなら燃料もそれだけいるわけか」

「そうそう、あの量じゃ足りないんだって」

「アレは急いでたからだろうな。普通はもっとまともなメシだぜ」

 

 笑うセンに言葉を返す。出発する直前配られた飯はデカいパンとしょっぱい味付けの肉を固めたやつだったが、あれじゃとても足りない。だからこうして進軍しながらでも干し肉を食っている。

 ……村にいた頃は一杯食べさせてもらえてたんだな。今にして思い知った。

 もう一つ食おうと懐に手を伸ばしたが、手に返ってくる感触がない。もう無くなった。代わりに乾いた口を潤すために水筒を煽る。

 

「これ、どこに向かってんだろうね」

「さあ? 少なくともお里に返してくれるってわけじゃなさそうだが」

「やっぱりまた戦いになる感じ?」

「十中八九な」

 

 途切れた会話を繋ぐために問いかけると予想と大体同じ答えが返ってきた。

 行き先は分からないが、どこかしらで戦うために移動している。まあそうだよな。この急ぎようは戦う以外にないだろう。

 

「かぁ~……はぁ。センは凄いよな。これから戦うかもしれないのに全然平気って感じで」

「そりゃ妻子持ちの立派な男が取り乱してちゃあかっこ悪いでしょ」

「かっこ悪い?」

「そう、慌てるのはかっこ悪い。男ならかっこよく見られた方が嬉しいだろ」

 

 かっこよく見られた方が嬉しい。それは……なんとなく分かる気がする。いや、凄く分かる。俺にもそういう気持ちはある。

 俺が考え込んでいると、センが口を開いた。

 

「そこらへんは歳取りゃ気付くか。ま、月並みだがお互い死なないようにな」

「うん、お互いに」

 

 お互い笑って話す。うん、死なないのが一番大事だ。あとどれだけ走ればいいかは知らないが、気を紛らわすために話を続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから少し走り続けぽつぽつとある岩以外は特に何もないような丘の麓に着くと、立ち止まるように号令がかかった。結構な急ぎ足で進軍したせいで息が上がっている人も少なくない。

 隊列を整え直すよう命令が来る。この丘以外はほとんども見えないが、段々と大きくなってくる戦闘の音でなんとなく気付いていた。この先で戦闘をするんだろう。そんな事を考えていたら、後ろから前に渡すようにと盾が渡された。

 

 それなりの分厚さに人一人覆えそうな大きさの盾。前からの攻撃を防ぐためか。

 この大きさでこの数ってかなりかさばりそうだけどどう運んできたんだ? 

 

「いよいよって感じだな」

「……ああ、うん」

 

 緊張でうまく返事が思いつかず生返事になってしまったが許してほしい。一回経験したはずなのに、もしかしたら最初より緊張しているかもしれない。これから戦う、というのを起きてからずっと考えていたせいか。

 後ろにいる指揮官から前へ進むようにと声が掛かり、大きく息を吐き出し歩みを進める。この前と同じで俺とセンは二列目だ。最前列よりはまだ安全か。

 

 丘の頂上に着くと、予想通りの光景。魔法と衝撃の轟音。人が吹き飛ぶ、地面がめくれ上がる。ひどい有様だ。

 丘を下ってしばらく進んだ草原に恐らく敵軍であろう兵士たちがいる。ぐちゃぐちゃに広がっているせいで正確には分からないけど数は何千単位だろう。

 

 そしてそれを相手しているのが味方の兵士たち。じわじわ広がる敵軍に包まれていっている感じで結構押されている、と思う。

 

 俺たちは奴らの真横についているわけだし、このまま突撃するのか? 

 そんな風に考えていると、指揮官からの号令がかかる。

 

「前進!」

 

 やっぱりか。号令を合図に走り出す。同時に騎兵が爆音を掻き鳴らしながら向かって行った。……とんでもない速さだな。

 

 敵軍は俺たちが近付いていることに気付いていないのか、それとも気付きはしたがまだ対応できていないのか、矢や魔法が飛んでくることはない。

 

 互いの距離が縮まりこのまま行ければ、と思った矢先に魔法が飛んできた。金属片の混じった水弾が前列にいた仲間を飲み込む。

 人一人を軽く飲み込んだ水とそれに押し出されてきた仲間にぶつかり足を取られるが、なんとか踏ん張り転ばずに済んだ。受け止めた仲間に大丈夫かと顔を向けるが、拳ほどの大きさの金属片が顔に突き刺さって死んでいる。水で姿勢が崩れたところに直撃したのか。

 

「……仇は取ってやる!」

 

 立ち止まってしまったが後ろがつかえている。急いで盾の持ち手を腕に無理矢理通し仲間の手から大盾を取る。盾の上から盾を持っているせいで違和感が凄いが、持っていた方が絶対に良い。

 

「う、お……っ!」

 

 矢と魔法が度々飛んでくるが、それが全部自分に向かってきているわけでもない。そう思っていたが、また自分に魔法が飛んできた。さっきと同じく水弾に金属片が混ざったもの。

 ぶつかる瞬間、地面に盾を嚙ませ槍を地面に刺して受け止める。一瞬間をおいて衝撃が来た。盾は不安になる音を立てて魔法を受け止めたが貫かれてはいない。大丈夫だ。衝撃が収まるとまた走り出す。

 

 そうして何度か直撃を耐えているうちに、敵軍との距離は目と鼻の先と言っていいほどに近くなっていた。

 

 流石にこれだけ時間があって何もしないわけがなく、俺たちと相対するように兵を敷いた敵軍だが慌てて陣形を変えたせいか隊列は歪なところも多い。

 といってもこっちも隊列をかっちり維持するほど余裕を持って進めてはいない。それに魔法や矢でかき回されている。そうしてお互い、隊列が乱れたままぶつかり合う。

 

「おぉ゛おお゛おッ!」

 

 叫びながら目の前の敵に槍を振り下ろす。相手は盾を振り上げて受け止めようとしているが、その盾ごと相手の兜を叩く。振り下ろした槍は盾と腕をひしゃげさせ相手の頭を潰した。

 この槍、かなり良い。結構力を込めて振り下ろしたのに軋む様子もない。

 

 槍の頑丈さに驚いていると左にいる敵兵が槍を振り下ろしてくる。仲間は何して……まだ少し遅れてるのか。それを手に持った大盾で受け止め、右手の槍で鎧ごと胸を貫く。それと同時に仲間が追い付いてきた。これで左はそう気にしなくていいだろう。

 

 元の戦列に目を戻すと死体を踏み越え兵士が槍を突いてきた。そこに死体ごと槍を振り回しぶつける。勢いそのまま攻撃を食らった敵兵は、他の兵士も巻き込んで吹き飛んだ。

 

 敵が飛び込んでくる。今度の相手は見たことのない武器を持っている。槍ぐらいの長さの柄の先にとげとげしい金属が付いている……ああ! メイスか! 

 大きな音を立てて迫る斜めの振り下ろしを、大盾を掲げて防ぐ。予想以上の威力で割れ目を広げられ中ほどまで破られたがなんとかそこで止まってくれた。大盾を手放し、両手で握り込んだ槍で相手の胸を貫く。

 

 少し余裕が欲しい。相手を貫いた槍をねじってかき回し、突進して後ろの敵兵も突き通す。これで後列からの兵士が来るまでに少し余裕ができた。腕に通すだけにしていた盾の持ち手を掴み直す。

 串刺しになった二人をかき分けてこちらに来ようとしている兵士を、槍を押し付け転ばせる。

 

「おっ……らぁ!」

 

 転んだ兵士に死体をぶつけようと槍を振り上げ重さを乗せてぶつけるように振り下ろす──と死体は二つともすっぽ抜けて飛んで行ってしまった。

 ただ槍自体は残っている。勢いそのまま頭に槍を振り下ろすと、刃筋が立っていたのか頭から胴体まできれいに割れた。

 

 ほとんど間を置かず敵兵が突撃してくる。槍持ちだ。

 敵の獲物を槍を振り上げるのに巻き込んで砕き、肩に打ち下ろして体を半分に千切る。

 

 次は……と構え直すより先に何かが来た。

 

 突きが来る。剣? 音が聞こえない。いや、少し遅れて来た。突きより先に来た圧で鎧が、兜が、足甲が体に張りつきへこむ。風か!? 

 

 右に倒れ込むようにして避ける。剣が肩をかすめる。防具を着けたはずの肩が当然のように切り裂かれた。風を一身に受けた盾の持ち手が千切れどこかへ飛んでいく。槍を地面に刺し姿勢を保つ。泳いだ左足を敵の通り道に置き、押し込む。

 

「ォお゛お!」

 

 凄まじい圧の風に阻まれるが、渾身の力を込めて振り抜く。なんとか弾き飛ばすことができた。今の一瞬で分かった。これは後ろに通したらまずい。

 

 急いで体勢を立て直し前を見ると、敵兵が立っていた。

 身長ほどもある大剣に全身を隙間なく固める鎧。どれも見たことのない輝きをしている。

 

 しかも三人の兵士が鎧男を守るように立っている。

 当然のように全身鎧、棘付きの大盾と剣……俺の篭手と似た色味で青みがかっている。見た目はほぼ同じだが、身長は左から小大中と分かりやすい。間違いなく面倒な相手だ。

 

 全身を殴られたような衝撃が走る。兜が吹き飛ぶ。槍を地面に刺し、体ごと飛ばされないよう踏ん張る。

 

 次の瞬間、盾を構えた男たちが三人同時に飛び込んできた。ぶつけてくる気か。鎧男よりは遅い、とはいえかなりの速さだ。風で動きを制限されているこの状況だと、槍を地面から抜いて突きを食らわせる、なんてことをしたらあっという間にどこかへ吹き飛んでいくだろう。

 

 だったら受け止めるしかない。俺を押し潰そうと迫る盾に合わせ槍をより深く地面に刺し身構える。互いの動きはけたたましい音を立てて止まった。

 

 棘が突き刺さる。腕に、肩に、頭に。頭の棘は骨で止まってる。硬い体のおかげで肩には軽く刺さる程度、腕は篭手のおかげで肌で止まっている。

 一方男たちは受け止められたのに驚いたのか、動きがな──背筋に悪寒が走る。槍を引き抜き、左の小男に体当たりをして吹き飛ばし一緒に左へ転がる。

 

 腹の右を何かが通り過ぎた。少し後に痛みが来る。

 

「ち゛ッ……!」

 

 鎧男の突きだ。逃げ道に蓋して刺しに来たのか。そりゃ三人突っ込ませて待ってるより一緒に攻撃した方がいいよな。

 

 避けた俺を狙う横薙ぎに合わせて槍を振り上げる。相変わらず風が押し返してくるが、出会い頭に食らった突きより圧は弱い。無理矢理に振り、鎧男の剣をかち上げた。普通は槍の間合いじゃないが地面に埋めていて短めに持っていたのが良かった。

 倒れ込むような姿勢でそのまま槍を振り下ろ……すより先に風に吹き飛ばされた。

 

 体当たりを食らって転がっている小男の兜を掴み一緒に吹き飛ばされる。

 

 小男を地面に擦り付け、槍を地面に刺す。ガリガリと音を立てて滑るが一人分重さが増えたのと槍のおかげでそこまで飛ばされずに済んだ。

 あいつらとは距離が開いたが、また距離を詰めてきている。今のうちにこいつを殺さないと駄目だ。

 

 頭を捕まえられたまま器用に俺の胸を狙った小男の突きを頭ごと地面に叩き付けてかわす。間髪入れず頭から手を離し、剣を握った拳を掴んだ。

 そのまま手首をねじり砕いて槍を兜の隙間へ伸ばす。風で槍がぶれる。けど弱い。少し体が浮く程度。奴らとの距離が離れてるのと一人減ってるからか? 

 

 続いて強い風が来た。さっきのは槍を止めるための牽制か。いやこいつが風を使った?

 

 魔法は誰が使ったのかが分かりにくいのが面倒だな。だが槍はもう兜の中に滑り込んだ。骨を割り砕く硬い手ごたえが返ってくる。

 

 槍を地面に刺す。盾を構えて迫ってくる大中の二人に、死体を盾にしてぶつかる。衝撃はさっきより弱い。さっきの戦法の焼き直しか? だったら──

 

「ッが……!」

 

 凄まじい圧が後ろからかかる。俺と盾に挟まれた死体が嫌な感触を伝えてくる。

 種が割れてるのは向こうも承知、不意打ち狙いじゃなきゃこうやって風で押し込む選択肢もあるか! 

 

「ぁあ゛ぁあッ!!」

 

 ありったけの力を籠め、死体ごと盾に体当たりをする。反転して迎え撃てるかは怪しい。だからこの蓋を壊す。幸い一人減ってくれたおかげでまだ押しのけやすくはある。

 中男を跳ね飛ばし右へ進む。直後、頬を剣がかすめる。

 

 俺を狙った横薙ぎ。それはもう知ってる。鎧男の横腹めがけて全力で足を蹴り出す。

 

「ごォッ!」

 

 風が押し返してくるのも無視して押し込むと、鎧男は短いうめき声と共に大男を巻き込んで吹き飛んだ。

 

 俺も下がる。いったん落ち着きたい。鎧は歪んでボロボロ、槍に大きな傷はない。腰の短剣はひとつどこかへ飛んで行ったが、もう一つはまだ残っている。まあまだマシか。

 

 大きく息を吸うと頬に刺すような痛みが走る。それに口の横からも息を吸える。ああ、クソ……さっきので頬が割れたのか。二つ目の口ができたな。

 

 視界の端でふらつきながらも立ち上がろうとしている中男の元へ駆け寄り、頭に槍を振り下ろす。

 

 男の頭がめり込み地面が割れる。今のは良かった。刃筋が立っていたからか中身まで切れた。びくんと大きく跳ねる男をよそ目に鎧男へ目を向ける。風を纏って一直線にこっちへ向かってきている。大男が少し出遅れている。

 

 振り下ろしが来る。頭狙い。見えてはいる。だが風で動きが制限されてかなり対応し難い。風、風、風……とにかく面倒だ。剣の軌道に無理矢理槍をねじ込み右に逸らす。

 

 槍を手放し右に流れた相手の腕に手を伸ばす。鎧男は俺を吹き飛ばすつもりか振り抜いた姿勢のまま肩をぶつけるように迫ってくるが、むしろ近付いてきてくれた方が助かる。これ以上動かれると困る。

 

 ぬるりと滑るような感触と握ろうとする手を押し返してくる風、全身に風を纏って防御力を増してるのか。

 だがさっきの蹴りで分かった。魔法と俺の力では力の方が上だ。男の右腕を掴んで止め、腰から抜いた短剣を持った左で横腹を殴りつける。

 

 ……短剣が折れた。

 

 滑らないよう体ごとぶつけたが、短剣の方が耐えられなかったのか外側に折れ曲がり千切れ飛んで行ってしまった。俺がどうするかと考えていると、鎧男が左手をこっちに向けてきた。

 

「ごッ……!」

 

 衝撃を感じると同時に吹き飛ぶ。体全体を叩く風に、熱く痺れるような痛みに息が詰まる。一瞬腕を放しそうになるが、両手で握り込む。俺一人で吹き飛ばされてたまるか。

 

 二人で空を飛んで、いや宙を舞っている。男はまた手をこちらに向けている。二度も同じ技を食らうか! 間髪入れず引き寄せ頭突きをかますが……硬い! 強烈な頭突きにお互いのけぞる。だが俺の方が立ち直りが早い。揺れる左を掴む。相手の腕は左右に交差した状態だ。これで両腕を封じた。

 

 次の瞬間凄まじい速さで地面へと落ちていく。普通に落ちるだけじゃこんな速さにはならない。これも風の魔法か! 

 

「……ぐぅ!」

 

 男が上の状態で、兵士を何人か巻き込みながら敵陣の中に突っ込んだ。

 

 落下に合わせて膝を腹に入れられる。腹の中の息が一気に出た。口に血の味が上ってくるが飲み込む。

 布巾を絞るように鎧男の両手を掴み、ありったけの力を込めてねじり引っ張る。顔に何度も風が打ち付けられているが吹き飛ばされた時ほどの強さはない。やっぱり手から出るのが一番強いのか? 

 

 こうなると男の腕が折れるか俺が根を上げるかの根競べだ。そうしている間にも周囲の兵士から槍や剣が襲ってくるが、もうそれに構っていられるほど余裕がない。防具を貫けないようなのは無視する。

 

 男の腕はメキメキと音を立て始める。この状態から逃れるためか立ち上がろうとするのを足を絡めて阻止する。

 

 頭に槍が降ってくるのもそのまま受ける。兜も無い頭そのままで受け止めたが、そう痛くはないし血は顔に垂れてきてない。多分大丈夫だ。多分。

 

 ──メギ、ギ……ベリ…………ブチンッ! 

 

「ぬう゛ぅ!」

 

 男の押し殺したような声と同時に、骨の折れる音と何かを千切るような感触が伝わってきた。男の腕は力が抜け、だらんと垂れている。

 

 右手に握られていた両手剣をもぎ取り上下を入れ替えようと押しのけると、何かが見える。薄青い……光? 風切り音と共に折れた腕など知らないとばかりの速さで手を顔に向けてきた。風で腕を動かしたか! 

 

 男の腕を撥ね上げ、地面に埋まる勢いで顔を落とす。直後、額に熱が走った。これ以上こいつに何かさせる隙を与えたら駄目だ。

 

 両手剣を右に持ち替え馬乗りになり、まだ動いている腕を足で固めた。

 がむしゃらに動かしている頭を左手で抑える。右の両手剣を兜の隙間へ押し込む。やっぱりここが一番風の抵抗が強い。柄を握ってたらいつまでたっても入れられないな。ぶれそうになる剣を刃の部分を掴んで抑え込み、ゆっくりではあるが進める。

 

 男がどうにか逃れようと跳ねる。体を周囲の敵兵の魔法が、武器が叩く。

 

「が、あぁあ゛あ!」

 

 俺か鎧男の声か、叫び声を合図にしたかのように刃がスッと落ちた。剣を兜の底まで押し込み横にゴリゴリと滑らせる。男は一度大きく跳ね上がった後、動かなくなった。それと同時に兵士達からの攻撃も止んだ。

 

「──っはぁ!」

 

 一度大きく息を吐くと剣を引き抜く。握る右手に軽い痛みが走る。……傷は付いているが骨までは行ってない。体の硬さとあのとき死体からいただいた篭手のおかげだな。

 

「な、なん……」

「どうなってんだよこいつ……」

 

 俺が視線を向けると兵士たちが後ずさりする。そのままどこかに行ってくれると助かるんだけどな。

 

 そういえば俺はどこへ行けばいいんだ。今の俺は敵陣の中で囲まれている状況、正解の方向が分からない。とりあえず戦いの音が聞こえる方へ向かってみるか。

 盾は鎧男の死体でいいな。

 

 死体の首根っこを捕まえて歩き出す。進んだ先の兵士は尻込みした様子ではあるものの、道を開けてはくれなかった。まあそうだよな。

 

 振り下ろされる槍──一、二、三四……五本を左の死体を振り回して砕き、右の両手剣を目に付いた兵士に横薙ぎに振る。剣は並んでいた二人の胴体を千切り飛ばし、三人目の胴を半分まで切ったところで止まった。もう少し振り抜く感じで振った方が良いな。

 

 隣に仲間がいたときとは違い、縦だけじゃなく横にも振る選択肢が出てきた。大勢を相手にするなら横の方が数を減らせるか。

 

「あっ、づ!」

 

 背中が燃えるように熱い。いや、実際火に包まれている。味方ごと燃やしてきたか! 後ろに振り返り、炎に向かって剣に引っかかった兵士を投げ飛ばす。死体は炎を押しのけ、魔法使いとその周りの敵兵を巻き込んで吹き飛んで行った。

 

 攻撃が俺一人にだけ向いているせいで死ぬほどやりづらい。

 ……あれ、これだけ囲まれてるんだから四方八方から攻撃が来てもおかしくないよな。それに風が吹き荒れてたさっきならまだしも、今はもっと狭く囲んだ方が良い。

 

 じゃあなんでこうなってるかと言えば……多分俺が怖いからだ。さっきも視線を向けた先の兵士は後ずさりしていた。ただ、俺から逃げ出そうとするほどには怖がられてはいない。だったらもっと怖がってもらえれば戦いやすくなるか? 

 

「おお゛らァ!」

 

 死体の首から手を離し、足を掴み直す。この死体は盾じゃなく武器として使おう。振り返りざまに剣を振るう。頭は大体ここだろうとあたりをつけて振るった剣は、予想通りに進んで三人の頭を兜ごと飛ばした。

 頭を失った兵士ごと吹き飛ばすように死体を横薙ぎに振り回す。死体の重みで踏ん張る形になるが振りは出来る。鎧の硬さのおかげか、ぶつかった兵士たちは枝を折るようにひしゃげていく。

 

「あ゛あぁああ゛!」

 

 とにかく声を出す。振り回すときも、振り回した後も、攻撃を食らったときも。俺と同じように叫び声をあげながら来る奴もいるが、そいつらにはそれ以上の声量で返して斬り潰す。

 大声を出しながら迫られるのは怖い。それも自分より強い奴が相手だと尚更。昔々親父に叱られて学んだことだ。だから俺も声を張り上げて暴れまわる。

 

「おぉォお゛おッ!」

 

 攻撃を食らったら食らわせてきた奴に必ず反撃する。魔法でも武器でも、前でも横でも後ろでも、絶対にそいつの所へ走って殺す。もう防御もそこまで考えず自分の硬さに頼り切ったような戦い方になっているがそれでいい。

 

 そうしているうちに攻撃の勢いが弱まってきた。中途半端な攻撃じゃ薄皮が切れる程度とはいえそれなりに強い奴もいた。軽い火傷や切り傷も増えてきてる。攻撃が少なくなってくれるのはありがたい。

 

「俺はやらない!俺はやらないから!」

 

 一度進む方向を確認し直すために辺りを見渡すと、途中目が合った兵士が槍を手放して逃げ出す。全員そうしてくれると……後ろから戦いの音が聞こえる。あちこち動きすぎて逆に進んでたか。

 

 いや前からも聞こえるな。挟み撃ちになってる? とりあえず前に進もう。俺が視線を向けると、また兵士が逃げ出す。そうして少しは戦わずにいけたが、何列か進むと事態を理解していない敵兵が何をしているんだと逃げる兵士を引き留めている。見てないんだからそうだよな。

 

 困惑している兵士を死体で吹き飛ばし、剣で千切り飛ばす。一歩進むと土に足が埋まる。

 

「誰だあ!?」

 

 やっぱり土魔法は面倒だ。火や水、風と違って直接放ってこないから使ってくる奴を見つけにくい。

 

 埋まっている土ごと蹴り飛ばす勢いで足を抜き、足と一緒に巻き上がった土石を周りの兵士にぶつける。何人かは防具の無い箇所に当たってのたうち回っているがまだ足が埋まる──ん?また薄青の光が見える。光を辿っていくと一人の兵士にたどり着く。この光、魔法を使ってるサインか?

 

 俺が兵士を切り倒しそいつへ向かって走り出すと、隠れるように土の壁が盛り上がってきた。

 当たりか。それなりの速さだが、それより俺の方が速い。

 

「おらぁあ゛あ!」

 

 振り上げた剣を頭に叩き込み首元まで半分に割った。

 

 戦いの音がかなり強くなってきたのに気付く。音の方へ顔を向けると数列挟んだ先で兵士たちが戦っているのが見える。

 やっとで見つけた! 目の前の相手に夢中になっている敵兵を切り倒し、味方の前に姿を現す。が、味方はいきなり現れた俺に混乱したのか槍を振り下ろしてきた。

 

「待て、味方だ!」

 

 と言っても振り下ろしている途中の槍は止まらない。こちらに向かって落ちてくる槍を剣で砕……くのはやめておこう。今までは敵相手だったから獲物がどうなろうが良かったが、この人たちは味方だ。獲物はあった方がいい。思わず出しそうになった剣を抑え、死体で槍を受け止める。

 

「ほら青いだろ!」

 

 そう言って鎧の下の布を見せる。攻撃をこれでもかと受けてボロボロだが、一応僅かに青い布も残っている。色を付けて乱戦の中でも敵味方の判別がつくように、という奴らしい。センが言ってた。

 味方もそれに気付いたのか槍を下げる。……そういえば味方と合流した後どうするか考えてなかったな。

 

「援軍の兵士か! もう押し切ったか!?」

「……いや! 援軍だけど違う!! 吹き飛ばされて敵の中に落ちた! そこからここまで来た!」

 

 少し装備の良い、隊長らしき人が声を掛けてくる。援軍の兵士と言ってたがここは元々戦ってた隊か? となるともう一方で戦ってるのが俺のいたとこか。

 後ろを警戒しつつ違うと告げると、推定隊長が露骨に残念そうな表情になる。

 

「そう──その死体はどうした!?」

「殺した!武器にして使ってる!」

「今すぐそいつを掲げろ!出来る限り遠くから見えるように!」

 

 手に持つ死体を目にした瞬間血相を変えて問いただされる。言う通り死体に剣を刺し掲げる。これで見えるか?

 

「サーレルーンが死んだ!超人が死んだ!超人が死んだ!こいつが殺したぞォ!」

 

 隊長が顔を真っ赤にして声を張り上げる。爆音があらゆるところから鳴るこの戦場にあってハッキリと聞こえる、どうやって出しているのかと聞きたくなるほどの声量。

 

 一気に味方の雰囲気が変わる。歓喜の叫びがそこかしこから聞こえてくる。どうやらこいつは相当に強いようだ、それも味方が知っているぐらいに。

 

「もういいか!さっさと攻撃をしたい!」

「ああ!ありがとなぁ!」

 

 戦列に加わり敵兵と対峙する。相手が何かするより先に剣を突き込み頭を貫く。さっきまでのと鎧男たちとの戦いで分かった。戦いは先に先にだ。相手の攻撃を待たず、自分の攻撃をひたすら相手に押し付ける。それが一番いい。

 

 頭を割った死体を蹴り飛ばし後ろの兵士にぶつける。さっきと比べるとかなり気が楽だ。四方八方から攻撃が飛んでくることがないし魔法であれこれ邪魔されることもない。

 

 そんなことを考えていると敵戦列の後ろが騒がしいことに気付く。ガチャガチャと金属同士がぶつかる音を立てながら、兵士たちを押しのけて何かが近付いてくる。

 目の前に現れたのは鎧に身を包み剣と盾を持った男。ああ、さっきの大男か。表情は見えないはずなのに怒りに満ちていることが伝わってくる。

 

「きッさ──」

 

 男が言い切るより先に死体を下から振り上げる。

 まずはあの盾を剥がしたい。男もそれに反応して風をぶつけてくる。だが圧はそこまでじゃない。あのときあれだけ圧が強かったのは三人でやってたからだ。一人の今とは状況が違う。

 

 風を押し切り盾にぶつけると、予想以上に軽い手ごたえで撥ね上げることができた。俺の力が強かった……わけじゃないな。視界の端で迫る剣が見える。狙いは撥ね上げられた勢いを利用しての剣の斬り上げか。けど俺の方が速い。流れた体のまま体当たりをし、大男を吹き飛ばす。

 

 後ろの兵士にぶつかり止まった大男へ迫り両手剣を振り下ろす。男は盾を掲げるが、その盾ごと頭を潰すつもりで斬る。

 

 ……腕ごと盾と兜を削って右肩に流れた。だが一応肩には食い込んだ、中まで斬れてはいる。

 盾をぶつけようとする大男を盾越しに蹴りまた吹き飛ばす。

 

 肩の傷は結構深かったようで剣を握る右手は力なく下がっている。かろうじて握っているという感じ。攻撃するには絶好の状態だ。

 

 大男の元へ走り両手剣を振り上げると奴の腕に薄青い光が走った。数瞬後急に風が吹く。男はさっきまでとは打って変わって鋭い勢いで剣を突いてくる。風で腕を無理矢理動かしているのか。でもそれはもう見た。

 

 剣の長さで言えばこっちの方がある。だが死んだ後も風の勢いで突っ込んでくることもあるかもしれない。それに賭けての相打ち狙いだろうが、それには乗れない。死体で受け止め頭に両手剣を叩き込む。今度の振り下ろしは上手く入り、兜ごと頭を割った。

 

 先に進み過ぎた。死体を振り回し横の兵士を吹き飛ばしつつ味方の戦列へ下がる。

 

 そうしているとあることに気付く。

 大男との戦いで出来た敵戦列の穴。ほとんど時間も経っていないのに、それがすぐに塞がっていた。

 思えば敵兵の密度も上がってきている気がする。最初戦ったときは一人がいるくらいの広さの所に二人か三人はいるような、それくらいの間隔。

 

 ああそうか、逃げ場がないんだ。

 

 前も横も押されてるから後ろに行くしかない。けど後ろに仲間がいるから下がりにくい。だから人の間隔が狭くなってくる。

 こうなると戦列はかなりいびつで曖昧になる。そして横が狭いせいで武器をろくに振れないような奴も出てくる。今俺の目の前で槍を振ろうと四苦八苦している敵兵もそうだ。

 

 一歩踏み込んで顔に剣を振り下ろす。相手は反応もできず頭を割られた。後ろに隙間が無いおかげでとりあえず振れば届くという感じだ。これはどんどん進んだ方がいいな。

 

 死体を振り、3人をまとめて吹き飛ばす。狭いおかげで横にも後ろにも巻き込める人数が多い。隣の兵士が水弾を飛ばし敵兵をもみくちゃにした。魔法も狭い範囲で多くの相手に当てられるわけだ。

 

 そうして敵兵を押し込んでいると、右からこれまでにないでかさの雄叫びが聞こえてきた。何事かと思っていると状況が伝わってきたのか後ろからざわざわと声が伝播する。そして誰かは知らないが大声で叫ぶ。

 

「援軍が中央を千切ったぞぉ!」

「いけるぞッ! 押し込めぇ!!」

 

 本当にそうなのかは分からないが、その言葉で敵兵の士気はグンと下がった。武器を取り落とし狭い戦列をかき分け逃げ出そうとする者もちらほら出てくる。

 その姿を見て味方の勢いは更に増す。逃げる敵兵にそれを追う味方。もう結果は決まったようなものだ。

 

 そうしてこの戦は、一気に終わりへ向かっていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。