「よぉくあいつをやってくれた! 一つ拝ませてくれ!」
「あんただろ? "竜巻"殺ったのは。……凄いもんだ、あんたは男だ。一つ握手でもしてくれないか」
「聞いたぜあんたの活躍! もう噂んなってるよ」
「敵陣ど真ん中で大立ち回り、いくつになっても憧れるねぇそういうのは。名前教えてくれよ、生まれるガキに同じ名前つけようと思ってさ」
戦の決着がついた後、俺は治療のために負傷者の並ぶ列にいた。やっとで一段落ついて休めるかと思っていたら、治療が終わって死体の後処理に向かう兵士たちから口々に声をかけられることになっている。
あの鎧男──サーレルーンとかいうのを殺したのは相当の出来事だったらしい。
「あれ言ってくれよ! サーレルーンとやった時の白刃の錆となれ! っての」
「言ってない言ってない!」
一瞬で尾ひれがついてるぞ。人のうわさ話は恐ろしい。
そうして次々に話しかけられる。一人一人はそこまで長く話してはいないけど数が多い。全部を捌いて波がひく頃にはもう治療待ちの列が殆ど消化されていた。
「悪いな長々! とにかくありがとよ!」
ようやく推定最後の一人が終わった。この人数にしっかり対応すると疲れるなコレ。
落ち着いたらセンの事を聞きたい。俺の部隊の隊長ならどうなってるかは知ってるかもしれない。治療終わったあとなら一段落ついてるだろうし聞いてみるか? いやでも死んでるかもしれないし聞くのもちょっと怖いんだよな……。
そんな事を考えながら治療を受けて戻っていく兵士たちを横目に列を進む。するとその中に思いがけない人がいて思わず二度見してしまう。
「セン!」
「……ん? 誰──おおおアグナ! 生きてたかよ!」
センだ。向こうも気付いたようで俺に声を掛けてくる。知り合ってほとんど経っていない相手、とはいえ何かと俺を気にかけてくれていた人だ。死んでいたら目覚めが悪かっただろう。
「なんとか。途中死ぬかと思ったけど」
「死んだんじゃないかって思ってたとこだぜ。ぶっ飛んでいっちまうんだもんなぁ……」
「俺もセンが死んでないか心配だったよ」
「馬っ鹿お前、俺だぜ?」
お互い笑う。センが無事だとわかると気が楽になった。話を聞くとそれなりに傷は負ったらしい。風に巻き込まれたり攻撃を受けたり……。見れば顎の下に元の傷跡と合わせて十字を作るように新しい傷跡ができている。
「俺はどうにも顎に攻撃を受けやすいらしい。間抜けな痕になってねえよな?」
「もっと男前になってるよ」
「ぶはっ、それならいいや!」
この戦で無傷でいるのも難しい、生きてるだけ儲けものだ。センはひとしきり笑った後、俺の爪先から頭のてっぺんまで見上げた。
「にしても傷だらけだな……全身血まみれじゃねえか」
防具は鎧男との戦いでほぼ全て吹き飛んだ。下に着ていた服も同じく千切れ飛んだせいで上はほぼ裸、下も戦が終わって敵兵の死体から剥いできたマント無しだと下着同然だ。
その状態で行水のように血肉を浴びたお陰で酷い姿になっている。髪は血で固まって凶器のようにとがっている。体を動かすたびに乾いた血がねばついて気分が悪い。流石にこの後洗えるよな?
「結構食らっちゃって。返り血も多いから見かけほどひどくはないけど」
いって……喋ってたせいか頬の傷か少し痛む。センは顔をしかめた俺を怪訝そうに見ている。頬を指差すと合点がいったようで頷いた。
ちょうど前の人たちの治療が済んだようで列が進む。もう少しだな。いつまでも話してたら後ろがつかえる。センも作業があるようで、軽く言葉を交わして別れた。
「はい、空いたんで君来て!」
俺の番が回ってきた。高い身長とつり目気味の険しい顔の女性。強くて早めの語気と合わさって少し怖い印象の人だ。その隣にはテーブルに乗った鍋がいくつかと重ねられた
「よろしくお願いします」
「ああ君……傷どこ? 変に隠さないでね」
「額に頬と横腹、右の手の平です。あとは小さい切り傷とかがいくつか」
右手を見せ頬を指差し、腹の傷も見せる。敬語はこれでいいのか? 村だと敬語で喋る事がそこまで無かったから合ってるかが不安だな。
「腹はちょっと深いか。頬と額のは派手だけどもう塞がってる。回復力高いね。他は何かある? 火傷とか凍傷とか」
「凍傷は無いです。火傷は……炎をいくらか食らったから肌が少し痛みます」
「ふんふん。じゃあそのままめくってて……というかもうこれ布の切れ端に近いから千切っちゃうね」
女性が申し訳程度に残っていた服を千切り傷口に手をかざすと、ぼんやりと熱が伝わってくる。……ん、何か入ってきてる? 違和感が凄くて思わず後ろに下がってしまう。
「おっと、すみません」
「あ~、とりあえず治療するから。何か感じても動かないように、反発しないように」
俺が悪い。といってもこれは……気持ち悪いな。傷口を中心にぞわぞわと怖気が走る。体の中の何かを押しのけて入ってこようとしているような、そんな感じだ。でもここで入ってくるのを跳ねのけたら傷が治らないのはなんとなく分かる。反射的に入ってくるものを押し返そうとするのを抑えながら耐える。
「魔法は使い始めたばかり?」
「いや、魔法は使えないです」
「ふうん……?」
どうしていきなりそんなことを? と聞いてみたかったけど向こうは向こうで結論が付いたのかそれ以上話すことはなかった。魔法は感覚的なところが強いらしいからこっちから声かけて調子狂ったりすると怖いから話しかけにくいんだよな。
そんなことを考えていたら、魔術師がふうっ、と息を吐いた。
「これで傷は塞がった。あとは一応これを飲んどいて。一気にじゃなくて間を開けて、何回かに分けて全部飲むように。飲み終わるまでは邪魔にならないとこ……まあ私の後ろとかで座って休んどいて」
思ったより早く治療は終わった。傍らに置いてある鍋からよく分からない薬を注がれた
「分かりました。ありがとうございます」
「はいどうも、あんまり激しく動かないように。飲み終わったらここに持ってきて。……君の戦い方、かっこよかったぞ男前くん」
塞がった傷口をぺしぺし叩かれる。塞がったといってもあんまり触られると怖いからやめてほしい。しかもさっきの戦い見てたのか。
杯を受け取り、魔術師の後ろへ抜けて座り込む。俺以外にも休んでいる人がちらほらいるな。
薄緑の薬が入った杯を軽くあおると……うん、苦い。言われた通りちびちび飲んでいくか。
「ふぅ~……」
それにしても疲れた。動いた時間はそこまで長くないのに、人生で一番疲れた気がする。鎧男との戦いでは危ない場面が何度もあった。強くて数が多いのが一番嫌だな。
鎧男といえばで思い出したけど奴の防具は体格が違い過ぎて貰えなかった。ああいう全身鎧はその人専用に調整してあるから体格まで違うと着けられたものじゃないらしい。無理なら仕方ないと両手剣と背中に背負っていた鞘だけを貰った。
奴もそうだったけど、苦戦したのは全員魔法持ちだった。攻撃の手が一つ増えるんだから強いのは当たり前だ。それに直前まで見えなかったんだから対応も難しい。俺も魔法が使えればな。
魔法は治療してもらったとき体に入ってきたのをどうにかできれば使える、と思う。傷口に入ってきたアレだ。多分俺にもある。なんというかこう……押しのけられたときに俺の中にも感じた。あれのおかげで体も治ったと思う。
体の中に意識を向ける。やっぱり感じるな。肌を境にしてみっちり詰まっている。そして固まってはいない、ゆるゆる動いているような感覚もある。
水みたいな液体なのか? でもそうなると傷口から血と一緒に出て……これを考えても結論は出ないな。
動かせるのは分かってる。だったらとりあえず動かしてみるか。えーっと……なんかこう力を籠める感じで……おっ、案外スッと動いた。胸のあたりでぐるっと回った。変な感覚だ。けど魔法が出たとかは無いな。もう一回やって──ん? ああいや、動いた動いた。一瞬とっかかりを見失った。感覚をつかむのに結構かかりそうだ。
それからしばらく、薬を飲みながら延々と動かしては休んでを繰り返していた。
無駄かもしれないけどこういうので一度手を付けて中途半端な状態なままだと気持ち悪い。おかげで薬を飲み終わる頃にはするする動かせるくらいには慣れてきた。
ただこれだけ回してみても特に何か起こった感じはなかった。となると押し出すとか? うん、魔法も水なり火なりを出してるんだからしっくりくる。
出すのはやっぱり手からかな。魔法を使ってくる奴は大体手の平から魔法を出してた。鎧男も手以外からも魔法を出してたけど、手から出すのが威力が高かった。
手に意識を集中する。あ、これだ。なんとなく分かる。これは出すのが正解だ。肌のあたりでちょっと
「君は自分の魔法に味方を巻き込む間抜けになるつもり?」
いきなり後ろから声をかけられた。振り返ると、傷を治療してくれた魔術師が俺を見下ろしている。
「ああ、さっき治療していただいた。どうして俺に声を?」
「傷病者の相手が一段落ついたと思ったら、君が初めて刃物を触る料理人のように危なっかしい手つきで魔法を使おうとしていたので。私の助言を聞く気は?」
「あります!」
ぜひとも聞きたい。魔術師は隣に座り込むと、俺の手を握ってきた。
「君にあれこれ講義しても難しいだろうから大枠を大雑把に伝える。手から魔法を放とうとしていたのは良い判断。魔力の流動、制御を自然にできていたのも素晴らしい。でも初めてで魔力をあんなに一気に出そうとするものじゃない」
魔術師は結構な早口で並べ立てる。話しぶりからすると、俺が動かそうとあれこれしていたのは魔力というものらしい。まあなんとなくは分かっていた。魔法使いの物語でも魔力が云々という話はよく出て来る。
握った右手を上に向けさせられる。
「まずは右手で。魔力は手足からが一番出しやすいから。髪色的に火かな。君、さっき魔力は出せそうだったでしょ。火を出すって思いながら出してみて。さっきよりも出す魔力は少なく」
右手に意識を集中する。さっきより少なくって言われたから手の中にある魔力だけでいこう。火を使ってくる奴は割と見たからなんとなく想像は付く。火、火、火……。
「おわっ!」
ボウッと音を立てて炎が巻き上がった。炎は拳二つ分くらいのそこまででもない大きさで熱くもなかったけど、ここまで勢いよく出るとは思わず驚いてしまった。長々と試行錯誤していたけどこんな簡単にできたのか。驚く俺をよそ目に、魔術師は笑って話しかけてくる。
「うおお……すっご……」
「うん凄い、中々素質あるね。他の属性も試してみようか」
「あ、ああはい。お願いします」
その後は水、土、風の魔法が使えるかを見てもらった。水は一応出せたけど、少ない水がちょろちょろ出るだけで全然勢いがなかった。戦いには使えなさそうだ。土は地面に手をつけてようやく少し固められるくらい。風はまるっきり出なかった。
火を使えたときは他の魔法も使えるかと期待したけど、そう上手くはいかなかった。でも水の魔法がちょっと使えたのは良かったな。喉が渇いたときに好きに水を飲める。
「三重属性。うん、凄い凄い」
「へえ、どれくらい凄いんですか?」
「小さい村だったら同年代の子に少し威張れるくらい。全部実用できるような強度だったらもっと凄かったけど」
うーん、凄いと言えば凄いか。あとは──と魔術師が続ける。
「回復魔法使ってみようか」
「回復魔法」
「そう、回復魔法。治癒魔法とも言ったりするけど。戦いではこれが使えるかどうか、その練度で強さが大きく変わる」
確かに戦ってる最中に傷を治せたら強いだろうな。これもできれば使えるようになりたい。そう考えていたら、魔術師は腰元からナイフを抜いて笑顔で渡してきた。
「これで傷、付けてみて。場所は無難に手の平で。もし無理だったら私がすぐ治すから」
笑顔でそんな事言うなよ。自分で傷をつけるって結構怖いぞ。でも傷が無いとできないんだろうからしょうがないのか。
左の手の平にナイフをぐっと押し付ける。
……斬れないな。段階的に力を強くして押し付けてみるけどそれでも斬れない。押し付けつつナイフを引いてみる。これでも斬れない。前回と今回で気付いてはいたけど、俺の体ってかなり硬いんだな。
じゃあ突いてみよう。徐々に力を強くしながら押し込んでいると、軋むような嫌な手ごたえがナイフから返ってきた。
このナイフはやめておこう。他に切れ味の良いのは……後ろに置いた両手剣がある。魔法に夢中で今の今まで存在を忘れてた。鞘から少し出し、手の平を強くグッと押しつけると軽い傷がついた。
「……硬いね君。じゃあ治れって考えながら傷の周りの魔力を回してみて。ぐるぐる回す感じで」
それはさっき結構練習したから得意だ。言われた通り手の平の魔力を回す。そうしていたら傷口にぴりぴりと微かな痛みが走る。傷口に目を向けると、ゆっくり傷が薄くなっていくのが見える。
「おぉー!」
「回復魔法も初めてにしてはそこそこ。いいね」
「ありがとうございます。そういえば他人を治すのってどうやるんですか?」
「やり方は簡単。他人の体に手を当てて、その体の中にある魔力を押しのけて魔法を使うだけ。他人を治すのは自分を治すのとは難易度や方向がかなり変わってくるけど」
魔術師は他人を治療できるかも見てくれたが、そっちは全然だった。相手の魔力を押しのける感覚をいまいち掴めなかった。
それにしても体の中で魔法をか。戦ってる最中にそれが出来たら強そうだ。相手の腹に手を置いて水を流し込んで破裂させる、みたいなのができれば絶対勝てるだろうし。
「これに関しては普通の魔法以上に向き不向きあるから。落ち込むことはないよ」
「はい、そう上手くはいかないですね。ただ、これの応用で体の中に火とか水とかの魔法使えばかなり強くないですか?」
「良い質問。でもそれは基本無理。治癒魔法は治療という前提があるからこそ、そこまで抵抗されずに受け入れてもらえてる。それでも君を治したときみたいに多少手間取ることもあるんだけど。人の体内は魂と魔力吹き荒れる魔窟。できるとすれば相手の魔力が底をついて、かつ力量にかなりの差がある場合で──」
「なるほど……?」
魔術師がまくしたてるように説明してくれる。分からない言葉も多いけど、つまりは相手の体の中で魔法を使おうとするのは難しいからやめておいた方がいいって事なのか。確かにそんな事ができるとすればみんなやってるよな。
そんな風に考えていると、魔術師がようやく話を終えて本筋に戻ってくれる。
「とりあえずこれで魔法指南は終わり。基礎も基礎、けど初めてだったらこれくらいでいいでしょ」
「ありがとうございます、こんなに時間を割いていただいて。俺一人じゃこんなに上手く魔法使えなかったです」
「気にしないで。戦力増強のために教えるのも仕事のうちに入るから」
使えるかな、という軽い気持ちで始めてここまで上手くできるようになるとは思わなかった。全部魔術師さんのおかげだ。
感謝を伝えると、片付けをすると言って手をひらひらと振って戻っていった。
俺はと言えば魔法が使えるようにはなったものの、なんか違和感がある。しっくりこない。俺のはこれじゃない。そんな感覚が強い。魔力だけを出そうとしたときのこれだ、というのが無いというか。
魔術師さんにもう少しだけ魔法の練習がしたいと言い、この場に残る。
とりあえず魔力だけを出してみるか。さっきのあの感じは魔力を出そうとしたときに感じた。あれを思い出したい。
手を上に向けて、こう、勢いをつける感じで──何か出た。魔力じゃない。出るときに魔力から別のに変わった。微かに赤みがかったモノが凄い勢いで飛んだのが見える。これだ。俺はこれだ。火も水も土も、全て違和感があったのはこれじゃなかったからだ。
「もう一回、同じのできる?」
「……片付けをしてたんじゃ?」
「うん、ちょっと気になって戻ってきた。できれば地面に向かって撃ってくれないかな」
いつの間に来ていたのか、さっきとは少し表情が違う魔術師さんが隣に立って喋りかけてきた。驚いたけどこの人が言うならその通りにしてみよう。
ばこん、と大きな音を立てて地面に穴が開いた。大きさは俺の手よりちょっと大きいくらい。深さは人が縦一人分はありそうだ。
「……へえ!」
魔術師は見たこともないくらい目を輝かせている。ぎらぎら、という表現が似合いそうだ。
もしかして俺、こっちの方の才能もあるか?