ただの村人が戦場に放り込まれるお話   作:おろとの

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五話

 

 十数を超える魔法金属と魔法防護で固められた密室。指揮官ボミクの視線は種々の情報が書き込まれた地図に。ペンを手の平で転がしながら呟く。

 

「まあまあまあ、悪くは……ないな」

 

 ボミクが当初想定していた最悪よりも状況は良かった。

 少しの間を開け、先刻指揮官に呼ばれ部屋に入って来た副官がおさらいとばかりに口を挟む。

 

「例年の秋冬より早いこの時期に国境近くの町村を襲撃、不意打ちのまま始まった国境線での戦は何とか勝利するも多面戦が開始。そのまま通常戦力を分散させている間にオーレール首都から十四名の超人が王都目掛けての早駆け」

「それを聞いた時は終わりかと思ったものだが」

「運が良かったですね。ギルドの超人二人が装具調整に来ていた。おかげで巻き込む形でオーレールの相手をさせることができました。結果、超人たちを撃退しこの戦はひとまず落ち着きましたし中々いいんじゃないでしょうか」

「おかげでそいつらは死んだがな。ギルドは烈火の如く怒っているそうだぞ。おまけにこちらも王都詰め八人の超人のうち六人が死んだ。巻き込まれ死んだ民衆は分かっているだけで九万以上と聞く」

 

 たびたび話に出ている"超人"とは、武芸・魔法を修め達人の域にまで練り上げた者のことをを指す。

 貴族・戦士たちの子息や在野から特別に才ある者を選び、長年をかけて積み上げた効率的な育て方(ノウハウ)にならい宝石を磨くように育て上げ十数年、下手をすれば数十年をかけてようやく一握りの数が誕生する人の極点。

 

 そこまでして育てるだけあって超人は戦場においての切り札だ。文字通りの一騎当千、戦術・状況次第ではあるが超人ひとりで兵士の数千数万を殺せることさえある。

 

 そしてそれゆえ超人を失ったときの損失は大きい。一人死んだだけでもかなりの負担となる。

 それが六人。王都の惨状を思い返し、緩み始めた眉間がまた険しさを取り戻し始める。

 

「十人を道連れにできれば上々ではないですか? ギルドについては……後が怖いですが今滅びるよりはマシでしょう。民草九万──王都人口の一割二分を磨り潰されたのもその数の超人と比べれば充分に許容範囲と言えそうですが」

「王都という環境抜きで話せばな。個々人に合わせた補助魔術式ありでアレだぞ。本来なら全滅させてもおかしくはない。それが大部分を殺したとはいえ撃退止まりとは」

 

 国に一握りの超人は、その能力から都市開発にその存在が組み込まれる。

 魔法の発動速度・火力を底上げする魔術式を形作る路地や地下魔力炉の配置。戦闘速度、間合い、戦闘規模に応じた適当な街区画の形成等々。

 国に認められ国防に関わる超人は他にも種々の恩恵を受ける。

 

 そのため超人同士の戦い、それも都市での戦いとなると基本的に待ち受ける側が有利となる。

 

「超人と王を殺せると判断したからあんな無謀な突撃をしてきたのでしょうし、そこは仕方が無い。事実何をしたのかは分かりませんが先の野戦での超人は平素と比べ明らかに強かった。クザーン(うち)と拮抗していた国とは思えません」

「あの時は肝が冷えた。()()がいて助かったな」

「思わぬ掘り出し物で。魔法も使えない子供が超人・準超人の部隊を一人で殺すとは」

 

 戦場での重要性故、超人殺しは指揮官殺害と同等かそれ以上の戦功となる。それもどこぞの村から取ってきた子供一人がそれを成したとあれば尚更。まともに報告すればどこの物語を引用したかと聞き返されるレベルだ。

 当然兵卒の間ではもう既にアグナの話で持ちきりである。現代の英雄譚だ、神の子だと。

 

「どうしてあんな化け物が埋もれてた? 領主が……とは行かないでも代官あたりが認識しておくべき実力だろう。早いうちから戦士団に取り込んでおけばもっと育った可能性も……」

「元々出身の村でも評判だったそうです。五歳にして百人力の怪童だとか何だとか。代官が唾を付けていたそうですが、あそこまでとは知らなかったようで」

「かぁあ……頭が痛くなってくるな。恐るべき怠慢だ。我ら国臣が誇る賢忠の精神はどこへ行った? そのくせいきなり戦場に駆り出すとは」

 

 適切に拾い上げていれば先の戦での死者は更に減っていただろう、という後悔から痛む頭をぐりぐりと拳で揉みほぐす。

 

「今回連れてきた兵士一人を育てるための労力、資源の消費量は凄まじいものがある。アグナだったか、あれがもっと育っていたらどれだけ得をできたか……」

 

 剣の一振りが音速を超え、魔法の一撃で地形が変わる。そういった規模の戦いにただの男を連れて行っても数瞬で血煙に変わって終わる。だからこそ戦に連れて行く人員は魔法を使えるか・身体能力はどれほどか・戦の経験はどうか・様々な基準で見て吟味される。

 

 そうして吟味した兵士だからこそ接戦、敗北となった時の損失は大きい。敵国を討ち果たしたものの、失った戦力を補充できないまま魔物や悪魔に攻め込まれ版図を大きく狭めることになった、という例はいくつもある。

 

「人の死を損得だけで考えていると心が歪みますよ。悪魔のする考えです」

「うるさいうるさい。お前も似たようなものだろうが。あれの話は進めてあるか?」

 

 痛いところを突かれたボミクが露骨に話を逸らす。

 

「魔法の教練ですか? 向こうから頼み込んできたそうなのでもう準備を始めているそうですよ」

「やる気がある、良いぞ。体型は測ったな? 優先で装具を造らせておけよ。武器の扱いも叩き込め。場合によってはだが準超人までなら使っても良い」

 

 うってかわって表情を和らげ指示を出す。この状況で数少ない喜ばしい事ともなればこうなる。

 

「たいそうな太っ腹で。彼はもう超人扱いですか」

「あいつはもう超人でいいだろう。超人としての『型』にハマれば上々、それでなくとも肉体の使い方と魔法なりを覚えれば良い」

「急ぎますね、もう次の戦の算段を始めている」

「戦は起こる。これはもう確定だ。お前も薬だとか魔装具の輸送を要請しているだろうが」

「こちらもそれは疑っていませんが、それほど早いかと思いまして」

「この飛札(ひさつ)を読め。つい先ほど届いたものだ。お前を呼んだのもコレのためだ。オーレールはまともな頭ではない、少なくとも上の方はな。いつまた吹っ掛けてくるか分かったものでないぞ。それこそ今夜にでも来るかもしれん」

 

 卓上に置かれた手紙を指でトントンと叩き示す。その表情は最悪のことが書いてあると言外に伝えている。

 この状況で更に凶事が重なる事実に辟易とするものの、読まないわけにもいかず手に取る。

 

「ジーナ──ここから王都への中継点ですね、真っ先に狙われ、かつ超人の撤退地でもあったため押し切られ占領されたと聞きましたが。そこが……屍人(ゾンビ)で溢れている?」

「観測隊の報告によると死体の処理も魂の昇天もしていない様子だそうだ。詳しい状況は見当もつかんが、地獄の様相だろうな」

 

 内容を読み上げるにつれて間の抜けた声になっていく副官。理解できないものを見聞きすると人はそうなる。

 補足される情報にますます意味が分からないと首を振り返す。

 

「侵略戦争を仕掛けた挙句に死者の肉体と魂を辱めるとは正気ですか? 聖教からの糾弾は免れ得ないでしょう。他国からも当然…………」

「既に状況説明と釈明を求める使者は送られたそうだぞ。その使者を追い返したらしいが。まさしく狂王、それとも君側の奸でもいるのか。非道に耐えられなくなった近習が一発かましてくれれば話が早いんだが」

「その前に破門でしょう……」

 

 絶句して続く言葉に詰まる副官。

 

 場を重々しい沈黙が支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満月の光が俺たちを照らす。昼間とは真逆の涼しい風が体を撫でて気持ちがいい。

 落ち着くために大きく息を吐くと、思わず口から祈りの言葉が漏れた。

 

(ゼス)よ俺に加護を……!」

 

 賽は投げられた。カラカラと音を立ててテーブルを転がる。出目はそれぞれ二と三、合わせて五。九に張っていた俺は負けだ。

 

「ぐえぇ……」

「ぶっはは、ピタリか! んじゃいただくぞ」

 

 出目と同じ五に賭けていたセンが総取り。賭けていた干し肉二枚がセンの懐に消えていく。これで勝ち分はなくなった。負けっぱなしは悔しいけどもうやめないとだな。

 

「そろそろ勘弁してくれ。このままじゃ肉が消えちゃう」

「お? もうかよ。俺も勝ちすぎちまったな」

「英雄様も賭け事は苦手かあ?」

「運だからどうしようもないだろこれは!」

 

 げらげら笑って口を挟んでくる知らん人に言葉を返す。本当に誰だあの人、色んな人に声をかけられすぎて向こうが覚えていてもこっちが覚えていないことが多い。

 

 何度も死ぬかと思ったあの戦いから半日、また何か戦いがあるわけでもなく、故郷に帰してもらえるでもなくこうして過ごしていた。俺が今いるのは大きな壁に囲まれた街。戦の後のあれこれを終えて、そのまま街へ入った感じだ。

 下った命令はこの街での待機。騒ぎと犯罪は起こすなとだけ言われてあとは自由。

 

 賭けも終わり、暇を潰せるものが無くなると適当な雑談が始まる。

 

「もう夏も盛りだぜ。畑仕事してるんなら一番働かなきゃならねえ時期だ。嫁とガキどもで畑を維持できてるといいが」

「俺も結構心配だなぁ。夏の畑なんて少し手が届かないだけで酷いことになる。母さん一人でなんとかなってるかな」

 

 うちで育ててた麦は戦に行く少し前が収穫期だった。それがせめてもの救いだ。行きがけ、村のみんなに母さんを手伝ってくれるよう頼んでおいたから助けになってくれていることを祈る。

 

「こうして話してたら心配で帰りたくなってきたな……」

「ここにいて帰りたくねえ奴はいねえだろうな」

「これまで何度か戦争経験してきたって言うけど、そのときはどれくらい帰れなかったの?」

「その時々だな。今まではなんだかんだでぶつかっても適当につつき合って終わり。んでその後お偉い方々が話し合いしたりで……短くて五日、長くて一月ぐれえか」

「幅が大きいね。早く帰れるといいけど」

 

 とは言ったけど帰れる気はしない。いきなり戦争を仕掛けてくるような国が、あれだけ戦ってすっと引き下がってくれる気がしない。

 

──ゴォーン……ゴォーン……

 

「お、鳴った。もうそんな時間か」

「そろそろ行くか?」

「うん、そろそろ」

 

 話の途切れ目に割って入るように鐘の音が響く。連続の五回、あそこに行く時間だ。言葉を返して立ち上がる。帰りは教会で祈ってくるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着いたのはさっきまでいた壁門近くから少し北に行ったところにある地下施設。中は何もない殺風景の広い空間。分厚い扉と金属製の壁がどうにも威圧感がある。

 早めに来たので待つことになるかと思ったけどもう人がいた。戦のあと傷の治療がてら魔法を教えてくれた──フラウスという名前の魔術師だ。

 

 初対面とはまるで違う機嫌の良さそうな笑みを浮かべている。この人の顔でそれをやるとちょっと怖い。

 

「やあやあ、来てくれたね。待ち遠しかったよ」

「待たせちゃってすみません。よろしくお願いします」

「全く大丈夫。こちらが勝手に待っていただけだ。初心者に魔法を教えるのは久々だから気合が入ってね。それと残念だけど今回魔法に対する防御策はそう教えられない。かなりの突貫で教えるから攻撃法だけに絞るよ」

 

 俺は魔法を教えてもらえることになった。連れてこられた当初、色々と調べられてまだ魔法は使えない事だけを確認されて教えてもらえなかった。おかげで二度の戦いで魔法使いにいいようにされたわけだけど。

 ただ、それがこの前急に使えるようになった。魔法を何度も食らって目覚める俺みたいな例もいなくはないらしい。

 

 なので教えてもらえないかと頼んで回ったらあっさり引き受けてもらえた。後で聞いたら頼まれなくても教えてくれるつもりだったらしいが。

 

「御託は要らないだろう、軽く理屈を話して実践へ移るよ」

 

 フラウスさんが手を広げると胸を中心に薄青いモヤが立ち上る。これがいわゆる魔力か。それが手に流れると、ちょろちょろと水が出て来る。

 

「これが魔力。魔力は魔法の燃料。分かるよね?」

「はい、前教えてもらいましたし」

「使う魔力量によって威力は変わる。威力の多寡は消費量が全てではないけど。魔法の発動条件、要因はこの魔力と心中での想像」

「あの時念じろって言ってたのもそれで?」

「その通り。今私が水を垂れ流しているのも『水よ出ろ』と念じているからだ。その想像の方向、出力を言葉や動きによって固定化することもある。こういった補助をいわゆる詠唱・口訣(くけつ)・印、等と呼ぶ。君も御伽噺の魔術師が唱えていたのを覚えているでしょ。あれも一種の詠唱」

 

 フラウスさんがまくし立てつつ手をひらひらさせて風や火を出したり消したりを繰り返している。

 なるほど。じゃあ俺も言葉を決めて魔法使った方がいいのか? 

 

「が、君が魔法を使う場面では喋っている暇など無い。この辺りは微かに覚えているくらいでもいい」

「となると教えてもらえるのは動き、印の方ですか?」

「そう。手の平を突き出す、指を立てる、そしてそこから魔法を出す。これくらいが定番だ。そこ以外から発動する手法は複雑だから今は教えないよ」

 

 つまりは魔法を使う時の動きを決めろって話だろう。見てきた中で多かったのは手の平を相手に向けて発動するもの。やっぱり分かりやすいのが大きいのか。

 

「ああそうそう、さっき君が撃った魔法は魔力撃ってやつだね。特に適性が高いみたいだからそれだけを訓練していくよ」

「名前そのまんまですね」

「でしょ?最初に命名した人がセンス無くてねー。珍しいから不意打ちに使いやすいよ、こんな魔法知らないぞってね。じゃあ実践に行こう。印はどうする?」

「指でやってみます。そっちの方が小さい動作で済みますし」

「初心者がやるにはちょっと背伸び気味だけど……いいか、やってみよう。やり方は──やめとこ。ここの壁は頑丈だから遠慮せず撃ってみて」

 

 もちろん使うのは魔力撃ね、と念を押して少し離れていく。

 あの時は手の平から魔力を出したけど、やり方というか仕組み自体は変わらない。説明された通り魔力を出すだけ。

 人指し指を立て壁に向ける。胸のあたりで魔力を指を通るくらいの小分けにして、スッと魔力を動かし指から出す。

 

──バッガァ!

 

「いけたいけた。案外簡単ですねこれ」

 

 手間取ることもなく指から出せた魔法は音を立てて壁に穴を空ける。魔力が少なかった分範囲も狭いな。空いた穴は指二本分くらいの幅だ。

 上手くできたとフラウスさんに顔を向けると、いつかのように目を光らせ笑っている。怖いってだから。

 

「くっくく……教えないでこの出来栄え。君、かなり優秀だよ。末は英雄かな?次の戦でも活躍間違いなしだ」

「え?また戦いあるんですか?」

「そうだよ?詳しい時期は知らないけどほぼ確実にある」

 

 会話の流れでスルッと出された情報に食い付くと当然のように答えるフラウスさん。

 そうなんですね……。

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