ただの村人が戦場に放り込まれるお話   作:おろとの

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七話

 

 見渡す限りの屍人(ゾンビ)の群れ。腕が無い、胸が削げている。腹の中身が飛び出している。そういった死体が数千。空には苦悶の表情を張り付けた死霊がぽつぽつ浮かんでいる。

 

 恐らく火葬・昇天がなされなかった。

 導きが無ければ魂はこうやって迷って体に戻ってしまう。傷の痛みを味わって、体はゆっくり腐って。体に入っている間、ずっとその痛みを味わう。オーレールはわざわざ死体を辱めて何をしたい? こんなことは人のする事じゃないだろう。

 

 あんな傷だらけの体に収まって一体どれほどの苦しみを味わっているのか。胸糞悪い光景だ。

 

「うぅう゛〜……うぅうあ゛!」

 

 槍を構えて突っ込んでくる相手に合わせて地面を蹴り上げ土石を飛ばす。向こうは避ける様子もなくぶつかり腐りかけの肉体がそこら中にばら撒かれる。

 

 そして腐っていく痛みと苦しみに永遠に耐えられるほど普通の人の魂は強くない。

 初めは生前そのままの意識のものでも、苦しみの無い生者にじわりじわり妬み嫉みを募らせ、ついには生者を襲うようになる。

 

 でも、この人たちは死んでから多分一日も経っていない。これが村の神官様に聞いた話とちょっと違う。

 もっとゆっくり、何週間という単位で心が変わっていくという話だったはずだ。

 それとも戦場という特殊な状況だからこうなったのか。

 

 とはいえ考えていても仕方がない、矢のほかに武器が無いので槍代わりにして弓兵目掛けて全力で駆け出す。間にいる屍人(ゾンビ)は障害にもならない、気にせず体にぶつかるまま轢き潰していく。

 

「待て!」

 

 弓兵が下がりながら声を張り上げる。待てと言われて待つ奴は……いや、待った方が得かもしれない。

 こいつが話す気なら仲間が準備を終えるまでの、救援に来るまでの時間が稼げる。消耗無しに得ができるならしておいた方がいい。

 

「待ってくれたか。君はいい奴だな」

「何か話したいことがあるのか?」

 

 地面を削りながら制動し向かい合うと、軽薄そうな声が届く。

 こうしてみるとより大きく見えるな。背は俺の一・三倍ほどで、一つ一つが槍のような矢束を背負っている。

 その身長に倍するほどの大きさの金属の厚板を数枚重ね、金属糸を束ねた人の腕ほどの太さの弦を張った弓はこれまたデカい。

 

 問題はこいつが何をしたいのか。適当な会話で時間を引き延ばすだけなら多分こいつにとって俺に時間ができるより得なことがある。

 ……そもそも相手が遠間にいた方が嬉しい弓兵が、どうしてこの近距離に敵がいて下がろうとしないのか。多分何かあるな。

 男が少し考え込む素振りを見せこちらに兜を向ける。

 

「…………サーレルーンを殺したのは君か?」

「そうだ」

「やはりそうか。赤い髪に理外の力、聞いた通りだ。であれば戦う理由が無い。その規模の近距離戦が出来る者を相手にここまで近付かれた時点で私の負けだ。降参する」

「は、あ?」

 

 予想外の言葉。その言葉は信用できない、少なくとも今のところは。

 

「じゃあ武器防具を捨ててくれ。今すぐに」

 

 こちらの出方を待っているのか黙ったままの相手に最低限の要求を伝える。

 

「陛下から賜った至宝をそのようにすることは難しいな」

「……ああそう」

 

 時間稼ぎで適当並べてるだけか。

 矢を構えての突撃。それに合わせて男が弓を上空に放り投げると、矢がそちらへ吸い込まれていく。

 

 ……なるほど、矢を動かすのもある程度の間隔が必要なのか。わざわざ話しかけてたのは矢を動かすまでの時間稼ぎ。俺が中途半端に考えたせいでこうなった。

 

 引き戻すのが間隔無しでいけるなら、さっきの街を襲った攻撃のときでも当たった直後に戻せばいいもんな。そうすればもっと効率良くやれる。

 

 どうせ引き寄せられるならと反応される前にぶつけたかったが仕方ない。ムキになって綱引きをするより殴り潰す方がいい。

 

 矢が消えた分加速する。弓兵も下がってはいる、が俺の方が速い。出遅れた短剣の打ち下ろしを抜け、下腹目掛け拳を振り抜く。

 

『強いなあ! やはり! 見ていた通りだ!』

 

 拳が当たる瞬間、言葉が耳に届く。直後兜の隙間から盛大に血を吹き出し吹き飛ぶ相手。

 強烈な違和感。見ていたというのは何だ? そもそも今の声はあの男からのものか? 声の距離感がおかしかった。そばにいるような、遠くにいるような……。

 

 こういうどんなことをしているのか分からない相手は何かされるより先に殺すしかない。

 巻き込まれた屍人(ゾンビ)をすり下ろしながら止まる相手に追いすがり──男が上へ向かって魔力を広げる。

 背筋を走る悪寒。勢いそのまま横にズレたとほぼ同時、真隣に凄まじい勢いで何かが地面へ激突する。

 

 土や石をさんざんに崩して埋まっているそれは──さっきの矢!? 思わず上空に目をやると、撃った直後だと伝えるように細かく弓が震えている……魔法で操ったのか! 

 

 魔法で金属を? できるのか? いや、できてるんだからできるものなんだろう。

 

 掠った左腕の防具は当然のようにどこかへ飛んでいき、防具越しに掠った箇所の皮膚もめくれている。まあ直撃せずに済んだんだから軽傷だな。

 

 踏み込む、重さを前に移動、後はもう何度かやってる動作をそのままなぞるだけ。

 相手が人間であれば当然動く。その状況で全てが完璧な一撃、というのはかなり難しい。人の心なんてのを知ることはできないし、操ることもそうそうできないから。

 カニルさんたちに教えてもらったことだ。

 

 しかし動かないモノなら開始位置を調整するだけで最高威力を最高精度で叩き込める。攻撃を叩き込む本人さえ完璧だったら。

 

「──おォ゛あ!」

「ちょお!?」

 

 ──ッバガァン! 

 

 巻き上がる土煙を抜け拳を振りかぶる、男は自身を狙ったと思ったのか飛びのいたが狙いはそっちじゃない。

 全力の拳を受けた矢はひび割れ砕け、拳の当たった場所を起点にねじれ曲がった。

 

「え、ちょ……」

 

 兜を隔てても分かる驚愕をよそに砕けた一部を掴み、止まっている相手に追い付き振り下ろす。

 しかし男から魔力が立ち上り、ぬるりと後退し避けられる。体の動きを介さない不気味な移動、予備動作が無いせいで見誤った。

 

 今のはさっき弓を操ったのと同じ要領で鎧も動かしたみたいなことか? でも速さ自体はそこまで無い。振り抜き身体が若干崩れたこちらを掴もうと手を伸ばしてくる相手に逆に突っ込み、絡む指を抜ける。

 

 またもぬるりと動きこちらの頭に膝を合わせてきた。それに額で真正面からぶつかる。

 

「つ゛……ッ!」

 

 衝撃に揺れる視界、膝の潰れる感触が伝わる。今のは効いた。このデカさだけあって力はかなり強いが、押し負けるのは向こうだ。

 

 振り抜くつもりの体移動だったせいで少しつんのめる相手の足を掴み、滅茶苦茶にねじり回す。

 

「があっあ゛!」

 

 鎧の操作で抵抗されるが、痛みで集中力が薄れているのか地力で勝てているのか、力任せで無視できる。

 ぶぢばき、べりごり、と潰れた膝から千切れてはいけないものが千切れていく。

 

 抵抗を諦めたのか足甲にまとわせていた魔力を抑えたかと思うと、直後男の魔力が広がる。前後左右全てに……そういえば男が背中に背負ってた矢束はどこに行った? 

 

 弓、はあの後魔力を抑えたから空中にはいられずそのまま落ちてるはず! つまり背後! 

 

 ──ギャリィィ゛! 

 

 全力で後ろへ向かって破片を振り回す。

 互いが互いを削り火花を散らす。音の主は予想通りの矢。逸れた矢は周りのものを吹き飛ばしながら遥か彼方へ飛んでいく。

 

 後頭部に衝撃、軽く視界が揺れる。ほぼ同時に持ち上げられる形で羽交い絞めにされる。そりゃ相手が隙晒してたら殴るよな……! 

 視界の先には今まさに弦を引き絞ろうとする弓。狙いは胴体ど真ん中、身をよじったところで避けられない。腕に男の篭手がはまり固定される。右は篭手をはめたままだが、弓兵の防具のデカさだと篭手があろうが変わらない。

 

 矢を放つ一瞬、それまでに少しでも妨害できればということだろう。

 

「お゛ッ、らぁあ!」

 

 しかし無理矢理に男の腕に手を伸ばす。

 俺と篭手の押し合いが始まる、篭手が俺の腕の型を取るように歪む、耐えきれなくなった篭手が裂けるように破れる。やっとで自由になった手で男の前腕を掴み肉を握り潰す。守るものが無いから簡単だ。

 

 拘束を抜け出す。痛みで魔法が途切れたのか、張り詰めていた弦が緩み矢が放たれる。

 

 ──ッドォ! 

 

「げっあ!」

 

 男の体を支えに跳ね上がるように避けると、一瞬遅れて衝撃を感じる。削れる弓兵の脇腹。間髪入れず膝を腹に叩き込むと衝撃が傷口(あな)から吹き出し、傷口を開きつつ中身も一緒に飛び出て来た。

 痛みと衝撃に怯み痙攣した瞬間傷口に手を突っ込む。中を潰し進み、背骨を掴んだところで全力で地面に叩き付ける。

 

「あ゛! ぅ゛あ!」

 

 めちめちと背骨の潰れる感触が伝わる。男の悲鳴が響く。しかし振り回す勢いは一切緩めない。魔法で動けるんだから意識がある限り、生きている限り安心できない。

 もう片方の手も突っ込み肉と血を引きちぎりながら傷口を一気に広げ、相手の体を上下に千切った。

 

 それでも足りない、上半分の中にあるものすべてを引きずり出す。男が意識を繋いでいられるものを全て潰さないといけない。

 そうしてあらゆるものをちぎり潰し、肉と骨だけになったところで、ようやく終わった。

 

 戦い自体はまだ終わっていない。周囲には変わらず屍人(ゾンビ)がいるし、遠くの方で何かしているらしいのも見える。

 ただ、一番の問題が片付いた事実に息が漏れる。

 

「く、はあぁ……」

 

 武器も無しにこいつに勝てたのはかなりの幸運だった。弓の一撃、あれはかなりの速さと威力だ。普通なら飛んでいる最中なんて普通の矢でいくらでも攻撃できただろう。そうなったら危なかった。

 それをしなかったのはあのデカい矢と一緒に飛んでたから、だと思う。フラウスさんの反応からしてあれはかなりの貴重品、矢を盾にされて万が一機能が……というか魔法か? が無くなるよりは引き離したうえで殺すという判断をしたんだろう。一緒に落ちる選択をしたのは正解だったな。

 

『あぁあぁ、酷い殺し方だ』

 

 息を吐く間もない……誰だ? さっきの妙な声と同じ音。手に持つ弓兵だったものはもう何も言わない。

 あたりを見渡すがそれらしいものは見当たらない。

 

『そんなんじゃ神の国に行けないぞ』

 

 言葉と同時に死体が蠢く。とっさに死体を地面に叩き付けぐちゃぐちゃにするが効果は無かったようで、下半分のとまとまって一塊の肉になる。

 

『あ〜あ、良い肉だ。本当の私より良い肉質じゃないか。どうした? 本物の悪魔だぞ、もっと怯えなきゃ駄目だろう』

 

 肉の塊がそのまま人のような姿を取る。ねばついた耳障りな声がくっきりし出す。

 悪魔。人を堕落させ、冒涜を尊び、神の御許(みもと)へ行くはずの魂をかすめ取り痛苦と憎悪を貪る悪。確かに悪魔がいるならこんな事をしてもおかしくない。

 本物を見るのは初めてだが……魂の奥から湧き上がる嫌悪感に怖気が走る。

 

『とはいえ窮屈な仮住まいを壊し、ヴウアレを素敵に引き裂いてくれたことには礼を言おう。魔術式強化の取引をしたために調整兼出力強化として大矢に入っていたんだがどうにも退屈でね。しかしながら彼は矢鱈と私を傷つけないように気を遣っていたんだ。酷いと思わないか? 矢を壊せば死後の魂は私のものになると契約すればそうもなるかな。まあ壊そうが壊すまいが死後の魂は──』

 

 べらべらと聞いてもいないことを並べ立てる悪魔を言わせるままにしておく。

 

 数回深く呼吸する。傷口付近の魔力を回し傷を治す。

 よほど話すのが楽しいのか、未だ聞こうとも思わない話を続ける悪魔の頭に拳をぶつける。

 

『はっはぁ゛は! あれだけやってまだまだ元気か!』

 

 まるで避けようとしない悪魔。破裂するように散り散りになった肉片が、ずるずると元の形に戻ろうとする。口がはじけ飛んだというのに声は途切れず聞こえてくる。

 俺の真似をするように頭に拳を突き出してくるのに合わせて額を出す。効くかそんなの。肉片になっても戻るならもっと細かくだ。

 

 両手に魔力を流す。髪の毛一本ほどの隙間も残さない。この範囲なら全部出せる。後のことは考えない、全部全部全部……。

 

 ──ズダァン! 

 

 肉のほぼ全てを磨り潰す。魔力を絞り切ったせいか少しふらつくが、これでいけたか? 

 ……まだ動いている肉片。再生するなら何度でも潰して──視界の端で炎が上がる。救援か? 

 

 そうしたことを深く考える間もなく豆粒のようだった炎はあっという間に近付いて、蠢いている肉片を焼き尽くす。

 

『犬コロが……ッ!』

「悪魔めが!」

 

 あれほどしつこかった悪魔は炎に撒かれあっという間に燃え尽き消える。

 炎で開いた隙間から見えたのは馬に乗り鎧に身を包んだ神官様たち。数は六人。どういう原理か、神官様の周りだけが夜だというのに真昼のような明るさだ。

 

「神官様!? 聖教が戦に……」

 

 吐き捨てるようにつぶやく神官様に口を挟んでしまう。

 人同士の争いに聖教の勢力が関わるのはよろしくない。人が動かす組織である以上、必ずどちらかに肩入れしすぎることがあるから。神官様の受け売りだ。

 だから戦に付いてきても動くのは戦後の死体処理のみ。関わるとしたら片方の非道がよほどに甚だしいときだけ。……いや、屍人(ゾンビ)が溢れるこの状況はよほどの非道だな。

 

「もう知ったことか! 本殿には事後承諾でよかろう! 斯様な有様を見せられ動かぬならば我らは神の信徒ではない! であろう!」

「そうとも!」

 

 このまま魔法無しに火を吹き出してしまうのでは、と思うほど怒りを(あらわ)にする神官様たち。その間にも大槌を振り回し、白い炎をそこかしこに撒き散らしている。

 

「略式となるが許せ!」

「アグナ殿! 軽くだが獲物に聖別を施した! 一晩はもつ! 昇天の助けとなろう!」

「ありがとうございます!」

 

 屍体から解放され次々に昇天していく霊魂たち。それを尻目にほんのかすかに光を放つ両手剣を渡される。サーレルーンのものだ。

 

「付いて参れ! 一刻も早く彼らを救わねばならん!」

「はい!」

 

 言葉と共に駆け出す神官様。

 二回戦か、人同士の殺し合いなんてのはうんざりだが、こういうのはいくらでもやってやる。

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