ただの村人が戦場に放り込まれるお話   作:おろとの

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八話

 

「気張れよお前らぁ! ここで負けたら俺たちも()()なるぞ!」

 

 覚悟はしてきた。本気で戦争する気が無かろうが、数年前は何が切っ掛けか小突き合いも起こったんだ。確率は低いから今回も起こらねえ、なんて期待するのが間違ってる。そもそも今年はやけに徴兵が急だった時点できな臭いものがあった。

 だがこんなのは聞いてねえ。考えてもいなかった。

 

「あぁあ゛うう゛ぅ!」

 

 屍人(ゾンビ)が死体を積んで壁を乗り越えようと這い上がってくる。悪霊が生者の魂を汚そうと空を飛ぶ。ついでにそれがどうしたとばかりにそいつらを巻き込んで壁・障壁の穴を広げんと矢・弾・魔法が雨あられだ。

 いつからここは地獄になったよ! 

 

 悪霊を頭突きで霧散させた隊長殿ががなり立てる。

 

「ああクソ! 神よ! アグナはどうした! まだ来ないか!」

「逃げたんじゃないか!」

「なわけねえだろが!」

 

 あいつは逃げるような奴じゃねえ。俺の半分もいってない子供(ガキ)で、変にモノを知らないうえに、会って一日も経ってない。だが気合の入った立派な男だってことは分かる。

 来てない、来れない理由はあるはずだ。

 

「道を空けぇい!」

 

 俺たちの間を光が通り過ぎ、そのまま壁下へ消えていった。

 

「神官様ぁ!?」

 

 絶望した誰ぞが自殺でもしたかと慌てて壁下を覗き込んだ隊長殿が素っ頓狂な声を上げる。遅れて覗いた俺も同じ言葉が頭に浮かんだ。代わりに言ってくれてありがとよ。

 下にいるのは馬に乗った神官様たち。騎馬ごと飛び降りたのかよ! 出鱈目をなさる! 

 屍人(ゾンビ)で埋められた地面が神官様の通り道を記すようにぽっかり空いていく。普段の相手が相手なだけあって人との戦いは専門に比べりゃ一歩落ちるが、この状況じゃこれ以上ないぐらいの方々だ。

 

 んで哀れな魂を昇天させながらどこに向かっているかと思えば……

 

「アグナじゃねえか?」

「あの馬鹿みてえな人の吹き飛び方はあいつだろ!」

 

 余裕が出来て遠くを見れるようになった仲間が口々に叫ぶ。

 釣られて目を凝らせば、屍人(ゾンビ)の群れの中で壁高も超えそうな勢いで吹き飛んでいく死体が見える。あの豪快さは一度見ただけでも忘れねえ。遠すぎて細かいとこは見えないがあれは文句なしにアグナだ。特命でも受けてたか? 

 

 そういやあの恐ろしい威力の矢が来てねえ。あいつがやってくれてたのかよ。神官様以上の出鱈目やりやがる。

 

「ぶっ……ははははは! 俺たちも負けちゃいられんな!」

「お前ら男見せろよォ! 屍人(ゾンビ)の海で暴れてるあいつに比べりゃここで泣き言言ってられんぞ!」

 

 隊長殿が吠える。

 萎えた心が熱くなる。

 その通り、情けない姿じゃ迎えられねえな! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アグナが壊したぁああ! 俺、っう゛……の剣!」

 

 勇士(セントラ)役になれたのが嬉しくて加減が狂って壊してしまったいい感じの木の棒。あのときは何歳だっけ……四歳、三歳? 本当にごめん。俺が全部悪い。

 ここからあんまり体を使った遊びをしなくなったんだよな。

 

 ───リ……

 

「おお! 筋いいぞアグナ! ……っておいおい!」

 

 友達と遊ばなくなってからしばらく、その分動きたがる俺を見かねた親父がごっこ遊びで使うような木剣や木盾じゃない、武器を使った本格的な練習をしてくれることになった。

 親父は俺を滅多に子供扱いしない。

 それが嬉しかった。だから大好きだった。結局その武器たちも壊したが。

 

 あの頃は親父と、親父が使うものは無敵だと思ってたんだ。

 それからは流石に金が消えていくと言って武器無しでの素手での戦い方を教えてくれるようになった。

 

 ──リ、ゴリ…………

 

「心配すんなって、さんざ言ったろ? 戦じゃ俺は死なないよ」

 

 結局、親父の代わりに帰って来たのは一握りの灰だった。あんなに泣いた母さんを見たのは人生であれきりだった。

 

 ──ゴリ、ゴリ……

 

「なんで神官様は戦争を止めないの? 戦が嫌なのになんで付いていくだけなの?」

 

 中途半端に戦場に神官様が付いていくとかどうとかを聞いたせいだったかな、親父が死んだのがどうしても納得いかなかった。それで村の神官様に色々ぶつけた。

 つまりただの八つ当たりだな。

 

 ──ゴリ、ゴリリ……

 

 ぱちりと目が覚める。あたりは垂れ下がった布で──テントの中か。真横でフラウスさんが薬草やら何やらを砕いて細かくしている。

 

「あ、起きた」

「起きました」

 

 どういう状況だ? 

 神官様と一緒に戦ったことは覚えている。ただ起きた直後のせいか細かいところを覚えていない。

 たぶん一段落がついて、で疲労の限界が来て倒れるように寝た……のか? 

 

 俺が起きたのに気付いたフラウスさんが頭を下げる。

 

「変な指示出して本当にごめん、完全に私の判断ミス。武器も無しに敵陣の中に吹き飛ばしちゃうなんて……」

「いやいや、全然気にしないでください。自分も気をつけるべき──戦はどうなりましたか?」

 

 そういえば、と口に出している最中の言葉を打ち切って疑問を投げる。

 

 大きな音はしていないしフラウスさんも落ち着いている様子だから勝ったんだとは思う。ただどう勝ったのか。

 なんとか勝ったのと余裕をもって勝ったのとではかなり違う。

 

「快勝快勝。君がヴウアレ……魔術矢を放ってきた相手を殺してくれたおかげで壁を抜かれることはなかったからね。おまけに壁外で暴れまわってくれたおかげでかなりの楽ができた。今は事後処理中」

「ああよかった……」

「にしても屍人(ゾンビ)を作ってぶつけてくるなんてね。まともに考える頭があったらやらないよねえ。落ち着いたらボミク様から色々聞かれると思うから頭に置いといて」

 

 口を動かしつつも作業に淀みはない。砕き細かくした薬草類を何かの葉の上に置き、ぐるぐると巻き細長い棒状にする。慣れているのかすこぶる手際が良い。

 その先端に火を灯し口をつけたと思うと煙を吐き出す。

 

「うーん、悪くない。はい、ふー……胸まで吸い込んで。そのまま止めて」

 

 数回それを繰り返して頷くとこちらに向かって煙を吐き出してくる。

 言われるまま吸い込むけど……なんかこう、煙くてスッとするような感じの煙だな。

 

「…………煙いです」

「煙だからね。むせたりはしなさそう。じゃあはい、自分で吸ってみて」

 

 火のついたそれを手渡される。さっきやってたことをそのまま真似すればいいのかこれは。

 

「薬煙草初めて?」

「初めてです」

「私と同じように口をつけて、そのまま息を吸う」

 

 あ〜……煙がさっきより濃い。美味しくない。そもそも煙に美味しいものはないだろうけど、特に美味しくない。……なんか楽になった気はする、かな? 

 吸っては吐いて、とやっている俺の顔を見てフラウスさんが口の端を少し上げて笑う。美人だけど目力が強いからか、口だけだと威圧感あるんだよな。目も笑ってると今度は怖いんだけど。

 

「ははっ、君って思ってること顔に出やすいよね」

「……出てますか?」

「出てる出てる。最早顔に心の声が書いてあるね」

 

 そこまで漏れてるのは結構恥ずかしいぞ。

 この話を続けてても恥ずかしいだけになりそうなので無理やり話題を変える。

 

「それよりまだ全然真夜中って感じですけど、もしかして丸一日寝てました?」

「逆だね。寝てたのは十五分ちょっと。これじゃ分かんないか。ええっと──」

「一時間の四分の一! ……ですよね?」

 

 俺の答えに眉をひそめるブラウスさん。

 知識自慢みたいに思われたか? いや知識自慢ではあるんだけど。いやそもそも合ってるよな? 

 

「合ってる。今ので結構大きくなった疑問なんだけど、君ちょっとズレてるよね」

「そうですか?」

「知識に“差”がある? って言えばいいかな。知らないところは本当に知らないのに、知っているところは年齢の割に深い。普通は中々そうはならないんだ。知識は塊だからね、一つだけを摘み取ることは難しい。作為的なものを感じるから少なくとも教育してた人はいるよね。君の振る舞いは本当の無学では──」

 

 久しぶりではないが久しぶりな気分になる早口が始まる。

 諸々聞いて大雑把にまとめると誰に何を教育されたか、だ。

 

「村の神官様に色々教えてもらってましたね。神学とかを結構教えてもらいました。その流れで今みたいな生活で使うような知識とか計算を教えてもらったり」

「聖典をそらで言えたり? 例えばそう、有節記・使徒の書・二章六節の頭から」

「神よ、貴方の御座(おわ)すところに影はなく、見渡すところに悪はいない。いと高き──」

 

 あまり知られていないような外典とかならともかく、それぐらいならいくらでも言える。

 続けて言おうとしたところで口に指を当てて制止される。

 

「なるほどなるほど、そこまででいいよ。神官に薫陶(くんとう)を受けたわけだ。そうなると気になるのがやっぱり戦関係だったり君の強さについての知識だよね。教えられなかったの?」

 

 一応軽くは教えてもらったことがある。表面を触ったような感じで。強さだったり力に関しては凄い凄いと褒めてもらったこともある。

 ただ、今思い返すとその"強い"の尺度は曖昧だった。大成する、凄い男になる、村一番だ。色々言ってもらえたがもっと大きな規模での比較は無かった。

 それをそのまま伝えると、うんうんと頷いてこちらに返す。

 

「うーん、気になって調べたりしなかったの?」

「気にはなりますけど、神官様が教えたくなさそうだったので。いずれ教えるとは言ってたのでそれを待ってました」

「本気? 親に隠れて魔法の探求をするギリギリの快感、みたいなのは味わったことない?」

「逆にこっちこそその発想本気? ですよ。良くないじゃないですか」

「か、価値観が合わない……!」

 

 こっちも価値観が合わない、そういう考え方の人もいるんだな。

 隠し事なんていずれバレるんだからできる限りやらない方がいいんじゃないかと俺は思うけど、フラウスさんにとってはフラウスさんの価値観が正解なんだろう。

 驚愕から立ち直ったらしきフラウスさんが気を取り直して、と話を始める。

 

「じゃあ私の推理ね。神官は代官と取引をした。こいつのことは報告しないから、聖教の見習いとして目立たない時期にどこかへ連れていけ、みたいな。たまにいるんだよね。安定を求めすぎて身内で処理できそうなことは上に出さない輩」

「な……るほど?」

 

 飲み込めていない俺を無視して続ける。またも口の回りが加速していく。

 

「普通は凄い才能が出てきたから役職が上がるなんてことはやらない。でも君だからね。史上にいるかどうかの話になる。まず役職は上がる。現状維持と安定を求める人間からすれば悪夢だろうね。村も村で代官が押さえつけるのが分かってるなら神官に任せた方がいいとでも思ったのかな。君の話を聞くに村人たちも察してたみたいだ」

「でも多少バレるまでの時間を伸ばしても結局聖教で強いのがバレたら駄目じゃないですか?」

「村単位だと人の増減は曖昧なんだ。だから君がいなかったことにすればいいんだよ。十五の成人になったから今一度資料を整理したら、もう昔々に死んでいたことが発覚した……みたいにね。だから君はどこかで拾われた孤児になるんだ」

「ええ…………」

 

 えげつない話だ。この推測が合っていればだけど。嘘でも本当でもこういうドロドロした話はあんまり好きじゃないんだよ。

 

「それで俺の強さを詳しく教えなかったのってどうしてなんですかね」

「自覚と自意識は漏れ出るものだよ。どれほど擬態しようと、どうあっても分かる人には分かる。強者にはそれ相応の醸す雰囲気がある。それを警戒してだろうね」

「はあ……」

 

 ……今まで会った強い奴を思い返すと分からないでもない話だ。

 ひきつった顔をしている俺に気付いたのか冗談めかした表情でまるで関係ない話を振ってくる。

 

「その調子だとあっち方面の話も知らないでしょ」

「あっち方面ってどっちの方面ですか」

「破廉恥な方面のお話」

「…………」

 

 また苦手な話だ。

 フラウスさんも分かってて言ってるだろ。

 

「図星なんだ? 子作りの方法とか知らない?」

「そこまで言うなら教えてくださいよ」

「勿論だとも。子作りはね……」

 

 眉を思いっきり寄せて続く言葉を止めるフラウスさん。その状態でしばらく見つめ合うが、かなり怖い。

 

「どうかしました?」

「大きさのせいで感覚狂ってたけど、君十三歳だよね」

「背丈だけは大人と同じくらいですね」

「なんか……君に教えるのが恥ずかしいなって」

「え? 教えてくれないんですか?」

「ごめん振る話題のミス! しばらくしたらボミク様来るから! それじゃ!」

「ちょっフラウスさん!?」

 

 微かに顔を赤くして驚くような勢いでテントの外に消えていく。

 あの人モヤモヤだけ残していったぞ!




代官
・イレギュラー報告して特別な対応するの面倒臭いマン
・部下たちを自分の仕事を少しずつ任せられるくらいに育て、自分は満足できる稼ぎで軽い業務をこなすという人生の上りを満喫していた
・アグナには気付いていたが完全に無視していたので神官とは取引すらしていない
・今回の戦争まではそれで上手く回っていた
・仕事が増える以前に職場が消えるかもレベルの話になったので急遽アグナを指名

神官
・アグナには普通に村から出て大成してもらいたかった
・それはそれとしてこの環境で才能を外に知らしめようとすればよろしくないことになるだろう、とも理解していたので聖教で拾うか……というスタンス
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