ただの村人が戦場に放り込まれるお話   作:おろとの

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九話

 

「なるほどな、凄まじいものだ。日に超人を二人討ち果たすとは」

「……恐縮です」

 

 薬煙草を吸い切って少しした頃、フラウスさんの言った通りわざわざテントまで指揮官が来た。

 そこで矢に飛ばされてから何をしたか、何があったか、何を話したか、等を細かく聞かれ答えることとなった。

 

 正直粗相をしていないかが心配で緊張して仕方がない。そして偉い人に褒めてもらっても適切な返答が分からないのが辛い。

 村にいた頃にこういうときの事をもっと聞いておけばよかった。

 

 もっと褒めてくれ! みたいな冗談交じりの返しなんてしたらとんでもない失礼になってしまうだろう。

 

 そんな俺の考えをよそに指揮官は隣に控える男と言葉を交わす。

 

屍人(ゾンビ)に悪魔、まさしく地獄の様相だな。神をも恐れぬ蛮行だ。オーレール全体がそうだとは思いたくないが……」

「少なくとも軍の“顔”である超人が悪魔と取引しても咎められない環境であることは確かですね」

「その上先の襲撃は戦術、戦略的にはよく分からんものだ。ここを落とすには戦力がいくらか不足していた。弓手とは言え超人が一人とは。アグナの存在を認識していたうえであれだからな」

 

 唸りながらしわの寄る眉間を手で揉みほぐす指揮官。どれだけ偉くても、やっぱり悩むものは悩むんだな。

 

「間違いなく落とす以外の目的でしたね。少しの間もてばいいとだけ考えたような」

「チッ。悪魔と取引する連中のことなど考えたくもない……が、俺は考えねばならんな。ハリニル、写しは済んだな?」

「一言一句漏らさず」

 

 控える男がこちらに紙を向ける。お手本そのままのような綺麗で小さな文字が一切傾くことなくびっちりと。今俺が話したことそのまま書いたのか? 

 すごいな、こういう仕事をするならやっぱり文字の綺麗さは必要なんだろうか。

 

「よし。神官連中からの聞き取りも終わった、ざっと手紙に起こして届けるぞ。王都と聖都だ。聖都の方には神官を──いや、どちらにも神官を付けろ。証人は居る方が良い」

「手土産には矢の破片でも持っていきますか」

「それがいいだろうな、悪魔の腐臭がまだ残っている。一番馬を使え。それと……アグナ。喜べ、しばしの休息だ。とりあえずは食ってしっかり休め」

「ありがとうございます」

 

 足早に去っていく指揮官たち。ああ緊張した。今度こういう場での振る舞いを教えてもらった方がいいかもな。

 そういえば今の返答、ありがとうございますでよかったか? まあ言っちゃったんだからどうしようもないな。

 

 とりあえず外に出──。

 

「うおっすげえ本物だ……」

「“神の子”が来たぞ」

「バカ、アグナはその呼び名嫌ってんだ。(ゼス)に失礼だってな」

「今の聞こえてるか?」

「機嫌悪かったらヤベえって」

 

 テントを出た先は味方でごった返す壁内。顔を出した瞬間、みんなの視線が一斉にこっちに向けられた。

 なんでこんなに……あたりを見渡すと少し先に列を作るように、というか列を作っている先で大鍋から食べ物を受け取っている。

 

 色々言われるのは一回経験してるから今更驚くことでもない。ただ、やたらと遠巻きに噂されてるな。

 知らない奴らが俺のことを口々に話す。

 俺が言っていないことを言ったと語る奴。狂犬だとでも思っているのか過度に会話の内容を気にする奴。話したこともないのに俺と知り合いだと嘘をつく奴。

 

 二回目の戦いの後は直接来る奴がほとんどだったのに一気に変わったもんだ。

 疲れはしたけど、あれはあれで嬉しかったんだけどな。

 とりあえずこっちも腹が減ったので最後尾らしき男に声をかける。

 

「すみません、ここが一番後ろですか?」

「あ、ああ……先行ってくれ」

「いいんですか? ありがとうございます」

 

 面食らった様子で返してくる男。向こうも戦いの後では腹が減ってるだろうけど譲ってもらえた。

 

「おっほ~……! 喋っちまったぞオレ!」

「ばか、ちょちょいと話しただけだろ! 一晩寝たら忘れられてるよ!」

「いいんだよそれで! 俺が覚えてればいいんだ!」

 

 俺との会話が終わると、隣にいた人に嬉しそうに話している。なんだ、話しかければ変わらないな。

 そんな風に考えていたら前に並んでいる男がこちらに顔を向ける。

 

「先、行ってくれ」

「どうぞ先に」

「俺は後ろに行くよ」

 

 譲られる、譲られる、また譲られる。

 かなりの長さの列だったのに、あれよあれよという間に先頭に来てしまった。

 そうして目の前に来たのはしわの深い白髪の男、給仕している人だ。俺と顔を合わせると弾けるような笑顔で迎えてくれる。

 

「よく来た英雄さん。おかわりが欲しかったらいつでも来な。あんたなら百人分食べたって誰も文句は言わないよ」

 

 (おけ)にも使えそうな大きさの器に盛られたスープを受け取る。まさかまさかだが、最初の頃の一食分じゃとても足りなかったから嬉しい。

 追加で大きいパンも渡される。これは十人分で十個か? 全部を手に収めるのは無理なので、いくつかはスープに沈めて他は腕で抱えるようにして持つ。

 給仕をしている近くだと邪魔になる、どこか良さそうな……ん? 

 

 嬉しい人が目に入った。こっちだと手を振るセンのもとへ歩く。

 

「まぁた派手にやったな」

「センも元気そうで。手、どうかした?」

 

 スプーンを握る手が軽く震えている。怪我の後遺症か? 

 俺の言葉にセンが手を見つめ応える。

 

「手首ってのは柔いようで硬いもんだな。顔狙いの剣がどうにも避けられそうになかったんで咄嗟に腕で止めたんだよ。そんで手がずばん! とな」

「ええ!?」

「落としちゃいけねえと思ってよ。こう、口にくわえて戦ってたんだ。おかげでどっかに歩いて行っちまうこともなく、また俺のとこに収まったわけだ」

「うっはぁ……」

「ま、少しすりゃ戻るだろうよ。つなげた時はまるで動かなかったが今はこう動かせるんだ」

 

 聞くだけで痛い話だ。なんでもないように手をひらひら動かす様子を見ていても取れたりしないか不安になってくる。

 

「その傷でよく戦えたね」

「んん? そりゃお前が男見せてたからだよ。あれを見せられて戦えないってんなら男じゃねえ」

「男?」

 

 なんだ男って。そういえばサーレルーンをやった後もそんなようなことを言われたような気がする。

 

「そう、男。誰より強くて頑丈、どんな鉄火場にも、相手にも怯まないくせ、自分の強さを威張り散らさない。やるべきことを、こうやれたらを出来る。それが男だ。それがお前だ」

「そ、そうか」

 

 ここまで言われて何も思わないほど心は鈍くない。かなり、いやとんでもなく嬉しい。

 ただこんなに褒め殺しにされると嬉しいのと一緒にむず痒さが来てしまう。今顔は赤くなってないだろうか。

 

 ……しかし、男か。なるほどな。センが見てるのは俺そのものじゃない。戦いを見て錯覚している感じだな。自分もセンの言うような人であれたら嬉しいが、俺自身が今そうあるわけじゃない。

 威張ることもある、怯むこともある。というか威張りたい。

 とはいえそれで気合が入るなら好きに思ってもらっていい。錯覚だろうがそれが支えになるのなら。

 

「おっと悪いな、そろそろ食うか」

「いや、こっちが話を振ったんだ」

 

 ハッと気づいたように話を変えるセン。俺も俺で忘れていた。

 にんじん、玉ねぎ、じゃがいもに塩漬けらしき肉。具材が多くて嬉しいスープだ。変わり映えしない食事を口の中に放り込んでいると、スープを啜るセンが息をつく。

 

「追加で一品食いたくならねえか? 三度の戦いで全部勝ったんだ。大勝だぜ? 記念に良い物食っても良さそうな気がするもんだが」

 

 気持ちは分からないでもない。こう……乗り切った、という感覚だからか何か良い物を食べたくなる気持ちは。

 全員に特別な飯を出していたらあっという間に食料が尽きるから無理だろうけど。

 

「それは確かに。これも美味しくはあるんだけどね。食べれるならパイが食べたい」

 

 村にいた頃はよく作ってもらった料理だ。母さんの得意料理で、かつ親父の大好物。何かあるとすぐパイが出てきた。なかでも豚の挽肉と香草(ハーブ)の混ざったパイはいつ食べてもおいしかった。

 

「パイか、いいねえ。俺は魚だな」

「魚か、俺魚あんまり食ったこと無いんだよな」

「魚を? そりゃまた珍しいな。海とは言わねえが川は近くになかったか」

「うん、元はあったけど潰れちゃったみたいで。魚を見るのはギルドの行商で母さんが買うときくらいかな」

「中々想像がつかねえな。魚を食わねえのは損して……いや逆か。これから種々の魚の初めてを味わえると思うと羨ましいよ。人生これから楽しいこと続きだぜ」

 

 逆に俺は魚がよく出てくる食卓が想像つかないんだよな。こっちじゃ肉と麦、それからチーズと野菜が食卓に並ぶほぼ全てだ。

 そして知らないことはこれから知ることができる楽しみにもなる、いい考え方だな。センの故郷だとどんな料理があるのか。ちょっと聞いてみるか。

 

「魚料理か? 焼きに揚げ、蒸しに煮込みと色々だな」

「言うだけあって結構種類があるんだな」

「そりゃビエシク育ちだ。稼業は耕作の陸の人間だが、毎日のように魚を食ってたからな」

 

 ビエシクは大河沿いの都市だったか。前の休息時間に話した時に聞いた。

 

「俺が好きなのは白身の焼きだな。特に味が濃い白身。身がほんの少し浸るぐらいの油で揚げ焼きにするんだよ。んで皮がバリッとなったら魚抜いて野菜を入れる。魚の味が出た油を吸った野菜は絶品でな」

「……美味そうだ」

 

 しみじみと記憶を掘り返すように語るセン。語りのせいか、食べてる最中なのに腹が減ってくる。

 

「唯一親父が作れた一家秘伝の料理だ。戦争(これ)が終わったらうちに来てみるか?」

「アリかも、食べたいな。じゃあうちのミートパイもいつかご馳走しようか?」

「そりゃ楽しみだ」

「おおいお前ら! そろそろ食い終われよ! “後片付け”の交代時間──アグナ!」

 

 会話に割り込む声。俺たちの部隊の隊長だ。デカい背丈に良く通る声で隊長っぽい威厳を感じる。しかし喋ってるとあっという間だな。指揮官は休んでいいと言っていたがみんなが作業している間何もしないってのもな。疲れも軽く眠ったのと薬煙草のおかげかほぼ無い、よし行こう。

 残りをかきこむと、点呼を取る隊長に返事をしてあとを着いていく。ビエシク、いつか行こう。

 

 




クザーン馬
・速度・持久力・耐久力・気性等々戦いに有利な要素を詰め込んだ血統馬、野生の馬とは一線を画す
・他国でも馬や他の騎乗動物で品種改良は行われているが、頑強さにおいてはクザーンの馬を超えるものはあまりない

一番馬
・“一番速い馬”が転じて一番馬となった
・軍馬とは違い、速度と持久力に重点を置いている
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