うたかたの歌姫   作:如月SQ

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旅の道中

 順調な旅路に陰が差したのは、道程で唯一、魔物の襲撃の危険が高いとされていた道に差し掛かった時だった。

 あくまでも他の道程に比べて、というだけで危険地帯という訳ではなかったんだけど……。

 

「ディゼル様、道の真ん中を魔物が塞いでおります」

 

 御者のメイドの人の言葉に、僕達の間に緊張が走った。

 

 馬の足を止めて皆で道の先の様子を見てみると、確かになんだか緑色の何かが複数蠢いているようだった。

 小さな子供のような背丈で、粗末な革や草を身に纏った、緑色の肌で大きな耳……そんな姿。

 

「ゴブリンが四体か……」

 

 それはまさしく、異世界ものでお馴染みのゴブリンさんそのままの姿だった。

 そんなゴブリンさんが四体、街道の真ん中でたむろしていた。

 目があまり良くないのか、こっちは隠れている訳でもないのに、気付いてる様子はなかった。

 

「あの程度の数なら、僕がこの距離で全てなぎ払えますが……」

 

バチッバチッ

 

 そこで一番に言葉を発したのは、ディゼル君だった。

 手の中で雷属性の魔力を滾らせ、稲光を発生させたディゼル君は、きょとりとした顔で此方の様子を伺っている……。

 感じる魔力は相当なもの。

 その言葉通り低級な魔物であるゴブリンさん相手なら、あっという間に始末出来そうで、僕は思わず顔をひきつらせた。

 

「……いや、君の、依頼主の手を煩わせる訳にはいかない」

 

 それをやんわりと諌めたのはレイチェルさんだった。

 

「そうですか?雷魔法での先制は有効だと思いますが……そう仰るのでしたら」

 

 ディゼル君は少しだけ残念そうに手を閉じ、その魔力を霧散させた。

 

 落ち着いた大人らしい雰囲気に反して……結構好戦的だなぁ。

 

 その様子にレイチェルさんは僅かに苦笑を浮かべつつ、言葉を続ける。

 

「それに、ゴブリンの群れにしては数が少なすぎる。

 ……囮の可能性もあるな……ミク。出来るか?」

 

「んっ、わかりました!いけます!」

 

 怪訝な表情でゴブリンの様子を伺っていたレイチェルさんの言葉に、僕は大きく頷いた。

 喉に手を当てて……魔力を、自分の中の温かな力を練り上げて……。

 

「あ~~~♪」

 

 音魔法『エコーロケーション』!

 

 僕の声が音の波となって、魔力を漲らせながら辺り一面に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この数ヶ月の成果の一つが、この音魔法!

 いくつもの試行錯誤を経て、歌魔法をデチューンする事に成功したのだ!

 

 ……そもそも歌魔法とはなんぞや?という話。

 お金を出したり、どこからともなく音楽を奏でたり、狼さん達との戦いでは壁を作り出したり、足元を沼にしていた訳だけど……。

 本質は、そんなちっぽけなものじゃない。

 

 歌魔法は一言で言えば、声に乗せた言葉を現実に出来る、トンデモ魔法だ。

 創造魔法、と言い換える事も出来る、汎用性の高すぎる魔法。

 そしてその対価は、僕の沢山ある魔力だけ。

 この世界の魔法のように、周囲の魔力粒子を変化させることなく、文字通り、無からなんでも産み出す事が出来てしまう。

 その気になれば国どころか、この星を滅ぼし、新しく作り出す事すら出来てしまう、それが僕の歌魔法だ。

 ……まぁ、流石にそこまでしたら魔力切れでミイラになっちゃうかもしれないけど。

 総括して、歌魔法は無駄に悪目立ちしてしまう、一個人が持つには過ぎた力で、常用には向かない、って事だ。

 

 そんな歌魔法を使いやすく、この世界の理に合わせてデチューンしたのが、音魔法。

 声に魔力を乗せて、周囲の魔力粒子を共鳴させて効果を発揮する魔法で、物理的な力は殆どない。

 けど、レイチェルさんに沢山助けて、協力して貰って出来たいくつかの魔法の出来は、かなり良い。

 今使っている魔法も、その中の傑作の一つだ。

 

 音魔法『エコーロケーション』

 

 声を発して、その反響で辺り一帯の索敵を行う魔法。

 音を使う魔法として、一番最初に思い付いた魔法で、歌魔法でもそれ以上の索敵が出来る関係上、形になるのは一番早かった。

 

「あ~~~♪」

 

 高音の、けれどけして大きくない声量で放たれた声に乗せた音魔法は、殆ど他の鼓膜を揺らす事なく、辺り一帯に広がっていく。

 この世界の魔法は他の創作でも聞いた事があるような話で、イメージが重要だ。

 前世の科学的、物理的な考えが意味を成さない、とまでは言わないもの、平気で法則を無視してしまう。

 故に、この音魔法は例えか細い高音でも、完璧な索敵を行う事が出来る!

 

 強い確信で放たれた僕の音魔法は、周囲数キロに広がっていく。

 僕の傍らにいるレイチェルさん、ディゼル君にメイドさんの怪訝な表情、馬車とそれを牽くお馬さんの身震いしたのを感じていき……目を瞑った僕の頭の中に、色のない立体的な形が浮かんでいく。

 雑草、木々、馬車が通っただろう轍の跡。

 幾人もの足跡、道を塞ぐゴブリンさん四体の姿、そして……。

 

「……うん。少し離れた茂みや木陰に、潜んでる……。

 にじゅう……よん……かな。弓矢みたいなのも持ってる。

 それに、道の真ん中にいるゴブリンさんより武装がしっかりしてる……」

 

 隠れているゴブリンさん達の姿が、僕の頭の中でありありと浮かび上がっていた。

 勉強して知っていた事ではあるけど……ゴブリンって魔物は本当に悪知恵が働くなぁ……。

 何も知らずに行ったら、四方から袋叩き……か。

 厄介だね。

 

「ふむ……やっぱりアレは囮か。

 それにしても30近くか……どうする?

 今ならまだ発見されていない。ここから迂回すればリスクはないが……」

 

 僕の言葉にレイチェルさんは納得したように頷いて、ディゼル君へと振り向いた。

 

 ……ああ、そっか。

 今僕達は護衛依頼中、必ずしも魔物を倒さなければいけない訳じゃない。

 人々の安全の為には、明らかに人を害そうとしている魔物は狩るのが義務みたいなものだけど、護衛依頼中となると流石に話が違う。

 顎に手を当て考え始めたディゼル君を見つつ、僕は念のための索敵を続けていた。

 

「……そうですね、そちらが良ければ殲滅して下さいませんか?

 いずれここを通る誰かが犠牲となるかもれませんし。

 勿論、報酬に色はつけます。如何ですか?」

 

 その立派な言葉に、僕は深く感心した。

 僕はどっちでも良いなぁと呑気なことを考えていたから、自分の浅慮がちょっとだけ恥ずかしかった。

 そして納得した、それならあのゴブリンさん達を倒すのに、否はない。

 

 ちら、と僕を見たレイチェルさんに、僕は深く頷いた。

 ディゼル君がそう言うなら、ゴブリンさん達はここで倒すべきだ。

 レイチェルさんは僕に頷き返し、ディゼル君へと答える。

 

「……わかった。では少し待っていてくれ」

 

 初めての魔物との戦闘、初めて任された討伐依頼に緊張に胸を高鳴らせた。

 バクバクと高鳴る胸に手を当てながら、レイチェルさんと並んでゆっくりとゴブリンさん達の方へと歩を進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐゴブリンさん達に気付かれるだろう、そんな距離まで来たとき、不意にレイチェルさんが口を開いた。

 

「……どうするミク。私がやっても構わない」

 

 緊張する僕を気遣ってか、レイチェルさんはそう言ってくれた。

 実際僕の表情は強張っているだろうし、体の動きもガクガクとぎこちない。

 理由はわかってる。

 戦いが怖いのは大前提だけど、それ以上に……命を奪う事に忌避感があるから。

 僕の目の前で狼さん達の命が消えていく様子は……思い出すだけで今でも涙が出そうだ。

 だけど……依頼によっては、それをしなければいけない場面も出てくるだろう。

 そんな時に躊躇ってなんていられない。

 

「……ううん、いつかはやらなきゃいけない事だから……。

 せめて、悪意のある相手くらいには……躊躇わないようにならなきゃ……」

 

 そう、冒険者と生きるなら……。

 

「だから……あのゴブリンさん達は、僕が殲滅する」

 

 命を奪う覚悟を決めなければいけない。

 

 そう言い切った僕を、レイチェルさんは暫く驚いたように目を見開いた。

 その後ゆっくりと頷いて、何処か感心したように微笑んでくれた。

 レイチェルさんが一歩下がったのを見て、僕は一歩進む。

 レイチェルさんが見守ってくれてるなら、それだけで僕は心から安心出来る。

 万が一があってもきっとなんとかしてくれる。

 その安心感から、緊張が少しずつ解れていくのを感じた。

 

 さて、それじゃぁ……やろう。

 大きく息を吸い込んで、魔力を漲らせる。

 

「音魔法……」

 

 抵抗はある、忌避感も薄れない。

 けど、これはやらなきゃいけないんだ。

 見守られながらやれるなんて、それだけでどれだけ幸運で恵まれているのかって話だもん。

 冒険者として生きる為に、命を奪う事に慣れる為に、一歩踏み出して……。

 今、やろう。

 

「『ねむれよいこよ』」

 

 ……それはそれとして、楽はするけどね。

 わざわざ危険を犯す必要性はない。

 静かで穏やかで、暖かな……そんな声色で放たれた音魔法が、ゴブリンさん達を包み込んでいった。

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