寝息を立てて転がる、無数の魔物達を、僕は見下ろしていた、
僕の手にはショートソード。
訓練の素振りでしか使っていないから、新品同然だ。
出発前に丁寧に磨いたから、ピカピカで……刃に僕の顔が反射して写っていた。
歌魔法、ねむれよいこよの効果は抜群で、ゴブリンさん達はみなすっかり眠り込んでいる。
エコーロケーションで確認する限り、身を隠しているゴブリンさん達も眠っているようで、ここまで近付いても動く様子はなかった。
ぐぅぐぅと安らかに眠っているゴブリンさん、僕の足元で寝入っているゴブリンさんへと僕はしゃがみこんだ。
僕の握るショートソードが、日の光を反射してギラリと光った。
ドクン
心臓が強く鼓動した。
ドクン、ドクンと五月蝿いくらいに暴れまわっていて、胸から飛び出してしまいそうだ。
カタカタと震えるショートソード、カサカサに乾いた唇……目の前で眠る存在から感じる……命の鼓動。
大きく息を吐き出し、乾いた唇を舐めて、改めてじっくりと目の前の命を眺めた。
これを……この命を終わらせる。
僕はショートソードをその首にあてがい、強く握り締めた。
「……音魔法で遠くから押し潰す事も出来たんじゃないのか?」
レイチェルさんの声がする。
それは……確かに出来た。
作った音魔法のなかには、音に物理的な重さを持たせて放つ、なんて魔法もあるから。
だけど、僕は首を振る。
「……いいえ、これは、いつかはやらなきゃいけない事ですから。
早いか遅いか……それだけの話で……それなら早いうちに、今のうちに……やらないと……」
自分に言い聞かせるように、そう言い切った。
「……そうか」
レイチェルさんはそれ以上、何も言う事はなかった。
「すぅーーー………………はぁーーー……」
五月蝿いくらいに高鳴る心臓の鼓動におされてか、胸が苦しい。
大きく息を吸って、吐いて……それでも緊張はまったく解れず、体の震えは止まらない。
強く握り締めた筈の手が震えて、剣先が定まらなくて、またカタカタと揺れ始める。
……わかってる、わかってるんだ。
今、僕が奪おうとしている命は、ゴブリンさんは人に害を為す魔物なんだ。
強い魔物ではないけど、放っておけば人に危害を加える可能性が高い。
だからこそ、ゴブリンは見つけ次第討伐される事が推奨されている。
魔物について勉強は続けてはいるけど、それは一般人でもわかる程の常識だ。
あの狼さん達とは、また違う話なんだ。
「っ……はっ……!はっ……!」
けど、僕の体の震えは止まらない。
命を奪う事が、目の前で生きてる命を終わらせる事が、怖くて仕方なかった。
理屈はわかってる、納得もしてる。
ゴブリンさん達は、ここで殺さなきゃいけない。
依頼主のお願いでもある。
そして、馴れなきゃいけない。
この世界で生きるなら……命を奪う事を躊躇っていたら生きていけないから。
冒険者として生きていくなら、無為に命を奪わなければいけない事なんて、ごまんとあるのだから。
「っ…………」
ゴクン、と生唾を飲み込んで、改めて剣を強く、強く握り締めて……左手でゴブリンさんに触れた。
生暖かい。
そして、生臭い。
とくん…………とくん
自分の胸の鼓動は五月蝿いくらいなの早鐘を鳴らしてるというのに、指先から感じる鼓動が不思議な程に感じられた。
この子は今……生きてる。
「っ……!」
思わず下唇を噛み締めた。
目の前の命が、一生懸命に時を刻んでいる事を感じて。
それを終わらなければいけない事に恐怖して。
全部放り出して逃げ出したい。
布団に潜り込んで眠りたい。
レイチェルさんの胸の中に飛び込みたい……。
不意に過った弱気な考えに、じわ、と目尻に涙が浮かぶ。
そうできたら、どれだけ楽か……。
それでも、ここで逃げちゃいけないんだと、僕は自分に改めて言い聞かせた。
嫌な事から、ただ逃げてたら……僕はきっと何も出来なくなる。
だから、これは……。
チャキ
グッとショートソードを握る手に力を込める。
剣先の震えが……止まる。
僕が、やる!
ショートソードを振りかぶり、無防備な首へと振り下ろす。
一撃で、せめて苦しまないように。
関節の連動を意識して、斬る瞬間に、強く、握り締める!
ブンッ
「……ごめん、ね」
それでも、気付けば僕の口からは言葉が溢れた。
罪悪感に耐えきれず、頬を滴が伝う感触がした。
そして、振り下ろされた刃は……完璧な軌道を描いて、ゴブリンさんの首へと吸い込まれていった。
ザンッ
ブシャァアアアア
噴き出した鮮血が、僕の視界を赤く染める。
ああ……魔物の血も、赤いんだ。
そんな事を、現実逃避気味に、考えていた。
僕はその日初めて、自分の意志で、自分の手で…………生物を殺した。
パチ……パチッ
目の前で、燃える薪が音をたてて弾けて、火の粉が宙を舞った。
今は、真夜中。
ゴブリンさん達の殲滅と後始末を終えた僕達は、少し進んだ所で野宿をしていた。
しっかり後々の面倒にならないようにと時間をかけたから、あまり進めなかった。
……僕がもっと手早く出来れば良かったのだけど……それに関しては誰にも何も言われる事はなかった。
やがて日が傾き、暗くなってきたので、良さげな場所を見つけ、結界を張って安全地帯を確保し、一夜を明かす事にした。
今までも何度か野宿はしていたから、準備は手慣れたもので、あっという間に準備を終えて簡単な食事をして、就寝となった。
まだ旅は途中……夜更かしなんてする事はない。
夜は僕とレイチェルさんが交代で見張りをする事になっていて……今日は先に僕が見張り番だ。
ショートソードの手入れをしながら、僕は焚き火をぼーっと眺めていた。
頭にあるのは昼間の、ゴブリンさん達をこの手で終わらせた時の事……。
狼さん達の時とは違う、僕自身の意志で、僕自身の手で終わらせたという感覚は……言葉に出来ない思いが強く、未だに整理がついていない。
理屈ではちゃんと納得してるし、覚悟もしていたのだけど……いざ実際にやってみると、筆舌に尽くしがたい物があった。
「…………はぁ」
手に残った肉を裂く感覚と、強く濃い血の匂い……それを思い出すだけで手が震える。
チャキ
手入れを終え、昼間はゴブリンさん達の血濡れだったショートソードは、元のピカピカの姿を取り戻していた。
焚き火に照らされ、その刃に映った僕の顔は、病的に真っ白だった。
「……はぁ~~~……」
チンッ
深く息を吐き出しながら、ショートソードを鞘に納めて、脇に置いた。
焚き火へ薪を追加で放り込み、僕は膝を抱えてじっと焚き火を見つめる。
メラメラと燃え盛る炎を見つめる僕の頭の中では、なんとも言えない複雑な思いが渦巻き続けていた。
そのまま焚き火を眺めて無為に時間を過ごしていると、不意に人の気配を感じた。
「ミク、交代の時間だ」
「あっ……レイチェルさん。もうそんな時間ですか」
振り向けば、レイチェルさんがテントから出てきていた所だった。
……どうやら、ずっとグズグズ考えている間に、見張り交代の時間になってたみたい。
「んーっ……!」
座ったまま、両手を上に伸ばして、ぐっと背伸びをする。
ずっと同じ姿勢でいたからから、ポキポキと音がして鈍い痛みが走った。
「……ミク。昼間はご苦労様」
そんな僕の隣に自然と座ったレイチェルさんは、そう労いの言葉をくれた。
その言葉自体は嬉しかったけど、僕の心は晴れる事はなかった。
「はい……まだ、気持ちの整理はつきませんけど……少しずつ慣れていこうと思います」
「……君は偉いな……。
わざわざ、その手を汚す必要もなかったろうに」
ポン、と僕の頭に手が置かれる。
そしてゆっくりと、頭を撫でられた。
「大丈夫、焦らなくて良い。君は今日、また一歩進んだ。
今はそれで良い……苦しんでてもちゃんと進み続ける君を、私は心から尊敬するよ」
その撫でる手つきは本当に優しくて……暖かかった。
少しだけごわつき始めた髪を鋤くように、レイチェルさんの手は僕の頭を撫で続けてくれた。
「……うん」
じわ、と視界が滲むのを強引に袖で拭って、僕は今出来る限りの笑みを浮かべる。
まだ、全然自分の中では折り合いはつけられてない。
まだまだずっと、悩み続けて、また同じような場面になれば恐怖すると思う。
「僕、頑張るよ。ありがとう、レイチェルさん」
「おっと」
でもレイチェルさんがこうして見守って、慰めてくれるなら……まだ僕は頑張れると思う。
だから今は……甘えさせて貰っても、良いよね……?
抱き付くようにしてレイチェルさんに身を寄せながら、そう強く思った。
「……まったく、しょうがない子だ。」
そんな僕を、レイチェルさんは苦笑しつつ、優しく受け入れてくれる。
その優しさと温もりに甘えて、僕は顔をその胸元に擦り付けた。
「…………硬い」
「そりゃあ、鎧つけたままだからね」
「あのおっきくてふかふかでふわふわなおっぱいが、この革鎧のどこに仕舞われてるのか……うーん、硬い……」
「……………………」
そう言って僕は胸をまさぐって、硬い感触に顔をしかめた。
その間、レイチェルさんは珍しく恥ずかしそうに顔を赤らめていて……とっても可愛かったです。