ザァアアアアアアアア
「わぁ……」
馬車の中、ガラス張りの窓に雨が叩きつけられている。
外は昼間なのに薄暗く、相応のスピードを出しているからか窓に張り付いた滴は後ろへと流されていった。
ゴブリンさん達を討伐した次の日、出発して早々に天気が怪しくなっていた。
曇天の空は、いつ雨が降りだしてもおかしくない様子だった。
どうするか相談した結果、ある程度進めば町があるとの事で、そこまでは進むと。
そして、その間の御者をレイチェルさんが務め、僕とメイドさんも馬車の中に入る事になった。
そんなこんなで現在は、ディゼル君とその隣に座るメイドさんに向かい合う形で、馬車で大人しく座っている。
結構激しい雨だけど、レイチェルさんは大丈夫だろうか……。
窓から殆ど何も見えない外を眺めながらそう思った時、向かいのディゼル君が口を開いた。
「昨日はご苦労様でした。これできっと、あの道で他の旅人が襲われる事はないでしょう」
「あっ……えと、いえ、むしろいっぱい時間かけてしまって……結果的にこんな強行軍になっちゃって……」
ディゼル君には笑顔で労られたけど、僕の処理がもっと早ければ雨にこうしてうたれる事もなかったかもしれない。
そう考えると少し気まずくで、向き直りながらも視線を下に向けた。
「いえ、彼女からお話は聞いてます。魔物の討伐は初めてだったとか?
それならば躊躇いを持ち、後始末に時間をかけるのも仕方ありませんよ。
魔法学園の先輩達ですら魔物を討伐した事のない者もいますし、授業の一環で受けた討伐任務で手を下せなかった、等という事も良く聞きますから、そう卑下せずとも良いかと。
むしろ半日程度で後始末まで終えたのですから、上等かと思いますよ」
「そ、そうかな……ありがとうございます」
……す、すっごい理路整然と慰められちゃった。
この子本当に大人顔負けに立派だなぁ……。
ゴブリンさん達を見つけた時も、依頼主なのに自分が処理しようかと言い出してたし……。
……きっとこの子は、とっくに覚悟が決まってるんだろうな。
そうだ、折角だから……ちょっと話聞いてみようかな。
「えと……」
眼鏡の奥でニコニコと笑うディゼル君へと、僕は口を開いた。
「ディゼル君は、その、生き物の命を奪う事に……忌避感はないの……?」
「忌避感……ですか」
「うん……理屈ではわかってるんだけど、どうしても怖くて……」
「ふむ……そうですね……」
顎に手を当て、虚空を見つめるディゼル君は、何か考えを纏めているようだった。
沈黙と、半目のメイドさんの視線に暫くの間耐える。
窓にはなおも雨が叩きつけられて、ザァザァバチバチと音をたてていた。
そんな沈黙を引き裂くように、ディゼル君が口を開いた。
「忌避感があるかないかで言えば、『ある』が答えですね、
ただ……僕にはそれを上回る使命感があるだけの事です」
「……使命感」
意図のすべてが読めず、ただ言葉を繰り返した。
「お察しかと思いますが、僕はこれでもこの国でそれなりの立場の家の者、貴族というものです。
貴族とは国に仕える、国の為に働く者達の事……そんな我々の生活は国に保証されています」
あ、そうなんだ。
やっぱり、というのが率直な感想だろうか。
身なりも良いしこうして移動に護衛を雇えて専属のメイドさんもいて、歳不相応や程に賢く教養があって立派で……。
これで平民だって言われたほうがビックリするかもしれない。
「故に国民の為に、僕達貴族は時に、その手を汚す事を厭わないのです」
「……?」
僕はその言葉に首を傾げた。
さっきの言葉とその言葉は、繋がっているようには思えなかったからだ。
「国に仕えているのに、国民の為に……?」
なんとなく、僕のイメージだと貴族っていうのは優雅に過ごして、こう……良くも悪くも偉そうな人達って感じだったけれと……。
国民、平民をいたぶるというか、なんというか……。
首を傾げる僕に、ディゼル君は苦笑を漏らした。
「ふふ、少し省き過ぎましたかね?
そうですね……貴族の役目は国を豊かにする事。
では国を豊かにするにはどうしたら良いか?」
人差し指をピンと立てて、ディゼル君の視線は僕を真っ直ぐ見つめる。
「それには、国民一人一人が幸せになる必要があります。
国は国民一人一人が、健やかな生活を送れるように様々な補助を行います。
すると国民は幸せになり、豊かになる。
そうすれば税収が増え、貴族の生活も豊かになる。
そうして豊かになった貴族がまた、国民が更に豊かに、幸せになれるように努力していく。
僕達は、そうやって国を盛り上げていくんです」
「……ほへぇ」
僕は気の抜けた返事を返す事しか出来なかった。
そこまで国という物を深く考えたことはなかったから。
「そして、国民の安全を保証する事……大多数の国民は戦う力すら持たない弱者です。
民にとってはあのゴブリンのような低級な魔物でも一大事……根絶する事こそ無理ですが、人里に姿を表し害を為そうとする魔物に僕は容赦しません。
既に何度か手にかけた経験もありますし、これから先に躊躇う事もありません」
つらつらと述べられる言葉、そして自分を疑おうとしない堂々とした態度。
「何故なら僕は国から支給されたお金によって、このように贅沢な生活が出来ているからです。
苦しい中でも、この国に住んでいれば幸せになれると、守ってくれると信じているからこそ、捻出してくれたお金によって、僕の生活は充実したものになってるのです。
この服も、学園に通う事で蓄えた知識も、幼少期から鍛えられたこの肉体も、全て元は国民のもの……」
眼鏡の奥、にこやかに笑みを浮かべる口元とは対照的に、真剣な目が僕を見つめていた。
「だから、僕は果たさなければいけないのです。
この、高貴な身に産まれた、義務を」
「……義務」
ポツリと呟いた言葉に、ディゼル君は力強く頷いた。
「力ある者には、それ相応の責任が伴うのです。
僕には生まれつき、親の威光ではありますが権力という力が備わっていました。
幸い、頭のほうも体のほうも、才能は悪くありませんでした。
なればこそ、僕は国民の為にこの身を粉にし、尽力することを既に決めているのです」
……すごい、なぁ。
「それが、命を奪う事を躊躇う事がないと言い切れる理由です。
この思いは、僕が命尽きるその時まで、忘れる事はないでしょう」
……僕より、全然幼いのに、僕なんかより、ずっとずっと立派だ。
「……なんて、殆ど父譲りなんですけどね。
僕自身に言い聞かせてはいますが、本当のところ実感としてはそこまで、と言ったところでしょうか。
なんだか、恥を晒したみたいで恥ずかしいですね」
眼鏡の奥の鋭い視線がふわりと和らいだ。
苦笑するディゼル君は、少し恥ずかしそうだった。
「……ううん、すごいと思う。僕は、そこまで……考えたこともなかった」
ディゼル君があまりにも立派で、行き当たりばったりな自分が恥ずかしくて……僕はディゼル君から視線を外した。
窓の向こうを眺めても、雨脚は強いままで、まともな景色は写らず、かわりに緑髪のツインテールの少女が此方を見つめ返していた。
眉をハの字にして、口を引き結んで、なんだか泣きそうな表情だった。
「……僕もまだまだ若輩の身。あまり偉そうな事は言えたものではありません。
ですが、ひとつだけ……貴女には……力がある」
ピクリと、ガラスの向こうで肩が揺れる。
「力無き人々の為に、ゴブリンをその手で殺し、その死すら背負おうとする貴女もまた……力ある者の責務を果たそうとしている……僕はそう思います。
貴女の昨日の行動によって、救われた存在は必ずいます。
まだまだ互いに未熟な若輩者なんです。
だから、あまり焦ることは無いと思いますよ」
慰めの言葉で締めくくられたディゼル君の姿は、凄く格好良く見えた。
新たな知見を得て……それでもまだ、暫くは悩み続ける事にはなると思う。
だけど少し……少しだけ気が楽になった気がした。
そんな大袈裟な覚悟があってゴブリンさん達を討伐した訳じゃないけど、僕の行動を肯定されたからだろうか?
「……そう、かな。うん……ありがとう、ね。僕、頑張るよ」
……まぁ、それ以上に、もっと精進しろよと言われたような気もするけど。
頑張ろう……ディゼル君にも負けないように。
いやぁ……それにしても、ディゼル君……君は本当に子供なんだろうか……?
大人顔負けな覚悟を持った少年に、僕は改めて感嘆の息を吐いた。
貴族って、凄いんだなぁ……。
窓に映る僕は……なんだか穏やかに微笑んでいた。
「……それはそうと、貴女の使う音魔法……と言いましたか?
もしやオリジナルですか?僕に使えるかはわかりませんが、折角です、少しでも良いのでご教授頂きたいですね」
「……こういうところは歳相応なんだね……えっと……」
次の町に辿り着くまで、そんな短い時間。
眼鏡をキラリと光らせたディゼル君は、無邪気に僕に問い掛けてくる。
僕は苦笑を浮かべながらも、それにゆっくりと答える。
その時のディゼル君は、歳相応に幼く見えた。
……うん、まぁ、悪い気はしないね。
なんだか、胸がほんのりと温かい。
ずっとチクチクと痛かった胸の痛みが、和らいだ気がした。