とある日、突然ミクの普通冒険者の試験、のような名目で護衛依頼を受ける事になった。
唐突な話に、言葉足らずなミクに苦言を呈したが……まあ、受けてしまったものは仕方無い。
ミクはずっと頑張っていたし、多少の抜けは許容してあげるとしよう。
数ヶ月の間、ミクはギルドで働きながら講習を受け、更には自分で本を読んで知識を蓄えていた。
同時に魔法についても自己流で手を加え、歌魔法をデチューンさせた音魔法まで完成させていた。
街の人達ともよく交流し、夜は酒場で歌まで歌って、それでも僅かに疲れた様子も見せずに毎日を勤勉に過ごすミク。
……学ぶのが楽しくて仕方ないという態度に、前世での彼女の境遇を察せてしまうのが嫌だ。
そんな憐れみと同情を、彼女に気付かれたくなくて、二人きりになった時は私の経験談を面白おかしく伝えて、誤魔化していた。
気付けばそれは夜の恒例になっていて、少しずつ距離が近付いていて……いつの間にか私はミクを抱き抱えながら話をして、胸に抱きながら眠るようになっていた。
……相当絆されているなと思うけれど、無垢に甘えてくる彼女の態度を無下にも出来なかった。
サラシを外して解放された、豊満な私の胸に邪気なく顔を擦り付けるミクを、撫でて眠りにつく……それが日常になっていた。
心地好いという態度を隠しもしない彼女に、私の胸に勝手に身に付いた忌々しい脂肪も、少しは悪くないと思えた。
そんな彼女のお守りという形で私も依頼に同行する事になったが……依頼者と会った瞬間私は既に嫌な予感がしていた。
ディゼル・カイザレスと名乗った依頼主の少年……その歳にしては立派な子供。
その身に宿る雷の魔力は既に研ぎ澄まされていて、そこらの雷魔法の使い手を寄せ付けない程の力量を感じる。
けど、それ以上に、『カイザレス』の名前に内心で顔を歪めていた。
私達が住んでいる国、この大陸の殆どを支配している大帝国、その帝国を治める帝王はその地位についた時名を捨て、ただ『カイザー』と名乗るようになる。
それ以前、王子の地位の時……具体的には王位継承権のある身分の者達は皆、同じファミリーネームを名乗るのだ。
『カイザレス』と。
ディゼルが継承権何位かは知らないし、聞く気もない。
今のカイザーが不調という話も聞かないから、そういう争いは激化していないとは思う。
だが、この若さにして……幼さにして大人顔負けのスペックを持つディゼルは、他の王位継承候補からみたら、目障りに違いないだろう。
冒険者に護衛依頼する王族……明らかに厄ネタだ。
正直キャンセルしたくて仕方無かったが、やる気に満ちたミクに水を差すのも悪かった。
ミクは目的地のアーク魔法学園に夢を見てる様子でもあったし……まあ、仕方ない。
私は渋々とその依頼をミクと共に受けて、少し住み慣れ始めていた街を離れアーク魔法学園に向けて出発したのだった。
道中は穏やかなもので、私が危惧していたような事は起こらなかった。
ミクが昼寝してしまったり、ゴブリンが道を遮っていたので討伐したり等はあったが……旅路自体は順調だった。
ミクが初めて自分の意思で生き物を殺し、少し精神的に参っている様子ではあったけれど、これに関しては仕方無い。
この世界は前の平和な世界と違って、人気のない森に一歩踏み入れただけで死ぬ可能性のある世界だ。
冒険者として生きると決めたのだから、敵対生物の命を躊躇いなく奪えるようにくらいはならなければならない。
あの様子では慣れるまでかなりかかりそうだけど、ミク自身もわかっている様子だったし……後は見守るのみだ。
だからまぁ、甘えるのも許すよ。
……けどね……私の胸をまさぐるのはやめて欲しいな。
こういう依頼の時はギチギチにサラシを巻いてるからかもしれないけど、無遠慮にまさぐられれば多少はこそばゆいんだよ。
後は峠を越えればアーク魔法学園がある都市が見える……そんなタイミングで、嫌な臭いがした。
嫌な予感と言い換えても良い。
兎に角、あまり良くない事が起こりそうだった。
「……ミク、索敵を頼む」
「え、う、うん…………こほん、あー♪」
隣に座っていたミクにそう告げて、私は馬車から飛び降りて駆け足で馬車の前に回り込んだ。
メイドが眉を潜め、即座に馬を止めにかかる。
良い判断だ……助かる。
私は注意深く辺りを見回し……私の嫌な予感が的中したことに内心で舌打ちをした。
「れ、レイチェルさん……!囲まれてます……!」
索敵を終えたのだろう、眉を情けなくハの字にしたミクが、私の側に駆け寄ってきた。
その顔には困惑が色濃く出ていた。
恐らくは感知した結果に戸惑っているのだろう。
まぁ、それも仕方無い、私の考えが正しければ……。
「バレちまったなら仕方ねぇ!野郎ども!出てこい!」
粗野な野太い声が突然響いた。
そして、私達の馬車を囲うように粗末な服やチグハグな鎧を身に纏い、武装した男達が次々と現れていた。
見るからにまともではないならず者達の登場に、ミクの体が強張る。
ゾロゾロと出てくる男達はそれぞれ得物を手に、下卑た笑みを浮かべてこちらをじろじろと見つめていた。
その瞳には情欲が滲み出ていて……吐き気がした。
臭いもひどく、鼻が曲がりそうだ。
明らかにこちらに害を与えるつもりの様子の……恐らく盗賊だろうか?
30人程の盗賊達を視認して、嫌な予感が的中してしまったと、内心で肩を落とした。
「きひひひ!女が三人にガキが一人!こいつぁ高く売れるぜ!」
「情報通りっすね頭ァ!これで大金持ちだぜ俺ら!」
「味見とかしてもいいんすかね!」
「メイドの女は好きにしろ!
冒険者の女二人は使用済みかどうか確認してからだ!
処女は高く売れるからなぁ!」
ニタニタと此方を値踏みする視線に、吐き気がする。
気持ち悪い、今すぐ死んでくれないだろうか。
「ひっ……」
ミクが思わずと言った様子で、小さく悲鳴をあげて私の袖を掴んですがり付いてきた。
気色悪い情欲に満ちた視線に見つめられるのは、転生して初めてなのだろう。
見目麗しく転生したのだから、これからもこういう視線に晒され続けることになるだろうが……。
「げへへ……可愛いねぇ……」
「くくく……じゅる……」
「盛り上がってきたな」
あんなゴミどもにいきなりそんな目で見られて、平然としてろというのは流石に酷か……。
プルプルと震えるミクの姿を隠すように、一歩前に出た。
「……一応、聞いてあげよう。何の用かな?
私達はこの先に行きたいんだ、素直に道を空けて……」
一応、一応……僅かばかりの情けをかけてそう声をかける。
けどまぁ、当然こんな輩なのだから、答えはわかりきっていた。
「寝惚けたこと抜かしてんなぁ!お前達の持つ全部を貰いにきたに決まってんだろ!
身ぐるみ全部!ついでにその体も、全部寄越しやがれ!」
「あの女、ビビってんすよお頭ぁ!」
「ぎゃはははは!」
「……はぁ」
想定通り……いやそれ以下の態度に思わずため息が漏れる。
ここまで三下とは……。
処置なし、そう判断してちらりと馬車へと振り向いた。
馬車の中、ディゼルが申し訳なさそうに頭を下げていた。
あのゴミどもが口にしていた「情報」、恐らくこの襲撃のメインはディゼルだ。
王位争いなんだろうが……相当短絡的なバカがいるみたいだ。
ディゼルがここを通るからと、頭の足りないバカどもに情報を流して依頼でもしたのだろう。
この街道は峠になっていて見通しは悪いが、街に近いから人通りはそこそこある。
更には兵士の巡回も多く、魔物もこまめに殲滅している為にかなり安全だ。
そんな街道だから油断しているだろうと、ない頭を振り絞って考えたのだろうが……。
「……この街道は常に魔法で監視されてるのを知らないのか……?」
ちら、と上を見上げれば、不自然な魔力の流れがある。
確か飛翔能力を持つ使い魔に不可視の魔法をかけて、常に監視させている筈だ。
私の目にも見えないが、意識を向ければ僅かに視線を感じる。
……これならそう間も無く、巡回の兵士が治安維持部隊も連れてやってくるだろう。
そんなことすら知らないバカ達は、ニタニタと笑いながらジリジリと距離を詰めてきていた。
ふわりと感じるすえた臭さに顔をしかめ、思わず身構えた。
「レイチェルさん……ぼ、僕も戦います……!」
そんな私の様子に何かを感じたのか、後ろでミクが気丈にもそう言葉を紡ぐ。
人の悪意に、情欲に晒され、慣れない感覚に恐怖を感じているだろうに……。
全く……健気で可愛らしい。
でもまぁ……。
「……いや、今は良い。ここは私に任せて。
まだ君は、人同士の殺しあいを経験しなくていい」
魔物を殺しただけで傷つく彼女を、今一歩一歩進んでいるだけの彼女に、今無駄に負担をかけたくなかった。
しかもこんな、人間の底辺のようなクズどもに。
「……でも」
なおも食い下がるミクの頭に手を乗せて、優しく撫でる。
「大丈夫、あの程度の輩、私の敵じゃない。
……ほら、馬車に乗ってると良い。万が一の為に依頼人を守っていてくれ。そういう役割分担も必要だ」
意識して笑みを浮かべた私に対してミクは口をもごもごさせる。
言いたいことはあるが、言葉にならないようだった。
「………………わかった」
納得はしきれないようだったけど、小さく呟いて頷いてくれた。
私の袖から手を離して馬車へと向かうミクを見送って、改めてゴミどもに向き合った。
ああ、気色悪い。
私の体を舐め回すような視線が、此方を嘲笑うような態度が。
自分の快不快のみで、他人を意に介さず、好き勝手に生きてきたのであろうその生き様が。
他者を平気で食い物にするクズどもに……今まで私が出会ってきた転生者達に通ずる生き様が、心底不愉快だ。
「おいおい!姉ちゃん一人かよ!」
「ぎゃははははは!貴族のぼっちゃんは馬車の中で震えてんのかあ!?」
「命乞いすれば、優しくしてやっても良いぜぇ!」
「もう一人の女はまだガキみたいだが、俺はあっちのほうが好みだなぁ」
囀ずる囀ずる……まったく五月蝿い。
それでいて話す内容は他の盗賊らとそう変わらない。
こいつら盗賊になった時セリフでも打ち合わせしているのかってくらい、代わり映えのない言動だ。
「……はぁ。お前達には、今を生きる価値も資格もない……」
前世の何処かで聞いた事があるような台詞を口にして、両手にそれぞれ魔力を滾らせる。
こいつらには、人間としての生は勿体無い。
他者を好き勝手に食い物にする輩に、生きる価値なし。
今すぐにでも、その命を天に返すべきだ。
右に無色の魔力を、左に風の魔力を。
発露するのは力魔法と風魔法。
「力魔法、グラビデ……風魔法、アゲインスト……」
力魔法を、転生者の趣を感じる名前をした対象にかかる重力を増やす魔法を右手に宿す。
風魔法、相手の動きを阻害させる風を発生させる魔法を左手に宿す。
パンッ
その魔法二つを、手を合わせて組み合わせ、練り上げ、混ぜ込み、昇華させる……。
「魔法合成……」
「やっちまえ!傷あんまつけんじゃねぇぞ!」
「「「うぉおおおおおおおおおおお!」」」
雄叫びをあげて私に殺到するカス達の中心で。
「コンプレス」
出来上がったその魔法を、静かに解き放った。
ふわり、突然その場に浮き上がった彼等は……。
ぐしゃ
悲鳴をあげる間もなく、上下左右から圧迫、圧縮され、潰れた。
彼等は一人残らず、小さな箱のような塊と変貌を遂げていたのだった。
血すら撒き散らすことなく、小さな肉塊と化したさっきまで人間だったゴミ。
無数の命を奪ったけど、心はまったく痛まなかった。
……いくら悪人相手とはいえ、ここまで出来る自分自身に呆れてしまう。
前世からのトラウマもあるけど、今世でも相当汚いものを見てきたから、こういう奴等へのヘイトが自分でも驚く程に高く、どうしても容赦出来ない。
……まぁでも、ミクが手を汚さずに済んで良かったと思う。
だから私は平然とした、毅然とした態度で、ミクに振り向く。
「終わったよ」
そう言って笑う私に対してのミクの笑顔は……流石にひきつったものになっていた。
いや、メイドやディゼルもひきつってるや。
……周囲に転がる、グロテスクな立方体のことを思えば当然か。
顔を青くするミク達に悪いなぁと苦笑を浮かべつつ、ゴミ掃除を始めたのだった。
目的地、アーク魔法学園はすぐそこだ。