【うっ……うぅうううう……!】
目が覚めると……目の前でどエライ美人さんが号泣していた。
端正な顔を歪めて、ポロポロと涙を流していた。
ぐしゃぐしゃに歪んでいるのに、それでも相当な美人さんだとわかるくらい、人並み外れた美女だった。
僕はそれを、ただただ眺めていた。
……というか、何が起きたんだろう?
ここはどこ?この人は……誰?
僕は……何をしてたんだっけ。
【ぐすっ……ここは、天界……死後の魂の行く末を決める場所よ】
記憶を探っていると、目の前の美女は涙を拭いながらそう口にした。
成程、ここは天界、と。
見渡す限り真っ白で、確かにそんな感じがするね。
そっかそっか、つまり僕は死んでるって事か。
……………………え、僕死んでるの?
自覚してみればなんて事はない、思い出せる最後の記憶は、息が出来なくなって、そのまま意識を失った記憶だった。
僕は生まれつき病弱で、ずっと入退院を繰り返してた。
勉強はしてたけど、学校にもろくに通えなかった。
でもせめて、中学校の入学式には行けるように、と頑張ってたんだけど……。
恐らく、病状が悪化してそのまま……って奴だろう。
仕方ないね、たははは……。
……死んじゃった……のか。
そういえば体が動かない。
というか、不思議な感覚なんだけど、意識があって周囲を見れるのに体の感覚がなかった。
視界も厳密に言えば見てる訳じゃなくて……直接頭に情報が入ってくるような、変な感覚。
とはいえ白い空間で美女……どうやら女神様らしい人以外何もない空間な訳だけど。
【ぐす……お疲れ様でした、村瀬祈さん。
後はゆっくり、天国で休んで頂戴。
暫くしたらまた、新たな命として転生出来るわ。
来世は、良きものになれるよう、祈らせて頂戴】
来世、か。
僕という存在は、ここでおしまいなのか……。
天国に行けると言うのはこれ以上……あれ以上苦しまないで良いのは嬉しいけれど……。
……でも、やだな。
【ずずっ……どうしたの?】
病気が治ったら、やりたいこといっぱいあったのに。
学校に通って、みんなと遊んで、勉強して、受験して、ゲームして……。
何よりも、歌をもっと歌いたかった。
肺が弱いから、一曲歌うなんてことも出来なくて……
だから、大好きな歌を歌って、みんなを笑顔にしたかった。
それが、そんな夢が潰えてしまうのが、嫌だった。
【っ……!!】
ぶわっ!
わっ!突然女神様の目から涙が!
収まったと思ったのに!
【ひぐっ……そうよね!辛いわよね!悲しいわよね!
後悔を抱いたままで天国に行ったって……苦しいだけだわ!】
女神様が僕へと手を差し伸べてくる。
僕の体……視点に?女神様が言うには魂だけで存在してる僕に、彼女の手が触れた。
柔らかく、温かな感触がするような気がした。
【あなたが望むなら、私の力で、その記憶を持ったまま新たな命に転生させてあげる!】
……!それは、願ってもないことだけど。
創作の話なんかではよくある、転生。
それが僕の身に起きるとなると驚きが勝るし、何よりも、女神様はそんなことして大丈夫……なんだろうか?
【へーきへーき!神様って結構緩いから、自己判断で勝手に好きな人間を転生させてるのよ!
まぁ勿論、本当は褒められた行いじゃないし、良識ある神様からは人の命を弄ぶ愚行だと蔑まれてるけど……】
それじゃあ、女神様に迷惑がかっちゃうんじゃ……。
【大丈夫よ!私はね、あなたの境遇に同情しちゃったの。
そのまま、後悔を抱いたまま輪廻に還れだなんて言えない。
……たとえあなたが拒否しても、転生して貰うわ!】
ご、強引だな……。
泣きながらだけど、凄い迫力だ。
うーん、でも良いんだろうか?
明らかに理から外れた行い……なんだよね?
……まぁでも、わたりに船という言葉もある。
もしかしたら僕の夢が叶うかもしれない。
それなら、これが僕が僕のまま叶えられるかもしれない、文字通りのラストチャンス……。
……まだ、歌いたい。
そう思ってしまったら、もう……無理だった。
溢れてくるその思いを、無視することはもう、出来なかった。
【ふふ……良かった。あなたのような綺麗な魂の持ち主を、深く悲しみに満ちた生を送ったあなたを、そのまま天国になんか送りたくたかったもの】
女神様は、にこりと笑う。
それは、とても綺麗で、美しくて……。
【さぁ、あなたに新しい命を。
どんな世界でも生き抜けるように。
そして……あなたの夢を叶えられる力をあげる】
ポゥ……
僕に触れてる女神様の手に光が灯った。
その光が、僕自身に纏わりついて、僕を包み込んで……。
【歌魔法。解釈次第でなんでも出来る、万能の魔法よ。
きっと、どんな世界だろうと生き抜けるわ】
……え、魔法?
そんなのがあるの?
というか、そんなの貰って良いの?
【あれ、言ってなかったかしら?
あなたが転生するのは、あなたの世界でいうファンタジーな世界よ。
当然、あなたの暮らしていた現代日本とは比べられない程の危険があるわ】
き、聞いてない……!
だ、大丈夫かな……!?すっごい不安になってきた……!
【大丈夫よ。歌魔法を駆使すれば、解決出来ないことなんて早々ないわ!
きっと、あなたの二度目の人生を幸せに彩ってくれる筈よ!】
う、うぅ……凄い心配だけど……!
女神様がそう言うなら……わかりました……!
僕、頑張ります!
【そんなに気張って、頑張らなくても良いのよ。
二度目の生を、心ゆくまで楽しんでおいで】
そう言って、充血した青い瞳を細める女神様の笑顔は、とても美しかった。
やがて……体の感覚はないのに、自分の中に温かな力を感じるようになった。
何も知らない筈なのに、何故か自然と使い方が理解出来て……。
……これ、本当に一個人が持っていい力なんだろうか。
女神様のいう歌魔法を、僕に宿った力を知った僕の率直な感想はそれだった。
【……さて、そろそろね。あなたの新しい体が、命が、人生が待ってるわよ!】
いや、あの、女神様!
これ、この魔法、一個人が持って良いようなものじゃ―――
【いってらっしゃい、良き人生を送れますように!】
僕のその思いは遮られ、女神様が無邪気な笑顔を浮かべたと同時に、僕の意識は何かに引っ張られるように、急速に遠退いていく。
本当に、大丈夫だろうか……?
そんな一抹の不安を抱えながらも、体のない僕にはそれに抗う術はなかった。
やがて女神様の姿も真っ白い空間も消え……僕の意識は黒く染まったのだった。
サァアアアアアアア……
「ん…………」
目を覚ますとそこは、森の中だった。
風が頬を撫で、木漏れ日が射し込んできて……。
緑の香りが鮮烈に僕の鼻を刺激して、咄嗟についた手からは草と土の感触がした。
「ここは……」
ええと……僕は確か死んで……それで女神様に、転生させて貰ったんだった。
辺りを見回せば、まったく見覚えのない光景だった。
鬱蒼とした森の中だけど、真昼なのかな?
木漏れ日が程好く温かい。
……それはそれとして体の感覚、体を動かす感覚もあって、ほっと一安心。
どうやら、本当に転生とやらをしてしまったらしい。
すぅ、と大きく息を吸う。
そしてそのまま、大きく息を吐いた。
「……苦しく、ない」
凄い、本当の本当に転生したんだ。
前は呼吸するだけで苦しくて辛かったのに、全然なんともない!
凄い!僕の体、健康になってる!
僕は喜びのままに、その場に立ち上がった。
どうやら大きな木の根元に座っていたみたいで、背中に軽く木の肌が擦れた。
「凄い凄い!体が全然痛くない!辛くない!」
体のどこを動かしても、ジャンプしても、僕の体が悲鳴をあげることは一切なかった。
それが嬉しくて、嬉しくて……僕は暫くその場でピョンピョンと跳び跳ねていた。
「健康な体って、こんなに凄いんだ!凄い!すご――」
体のどこを触っても、全然痛くな――
ふにゅ
……ふにゅ?
胸に手を添えた時の不意の感触に、僕は首を捻った。
前はガリガリで、骨の感触しかしなかった胸が……柔らかい……?
僕は、恐る恐る下を向いた。
そして……目に入る胸元の膨らみ……。
更には、視界の両端に映った緑色の髪に、身に纏ってる服装に、僕は目を見開いた。
「え、え……えぇえええええええええええ!?」
叫べば前の僕とは違う、女声のソプラノボイスで……。
自分の現状に今更気付く事となった。
「か、鏡~♪」
僕は咄嗟に歌魔法を使って目の前に鏡を造り出す。
使い方は脳内に刻まれていて、ごくごく自然に使ってしまったし、森の中に突然等身大の鏡が現れたことも戸惑うことだけれど、今の自分の現状を正しく理解するのが最優先!
そして僕はその鏡を覗き込み、そこに映る焦った様子の少女。
グレーのノースリーブと緑のネクタイ、二の腕から伸びた袖に、黒いスカート、ニーソックス……特徴的な緑のツインテールと赤の髪飾り。
そんなよくよく見覚えのある姿……パソコンで何度も見たその姿を見て、僕は愕然とした。
「は、初音ミクになってる!?」
僕が大好きだった、電子の歌姫、初音ミクの姿で、僕は転生していたのだった。
「いや、僕男の子だったんだけど!?
確かに声変わりまだだったし、歌っていたのはいつもミクの曲だったけど!
元気になったらミクの曲歌いたいって思ってたけど!
ミクになるなんて聞いてないよー!女神様ー!」
僕のそんな嘆きは、森の中に消えていった。
何故か女神様のウインクして舌を出して、てへ、と言っている様子が脳内に浮かび上がっていた。
……なっちゃったものは仕方ない。
なんて切りかえれるような事じゃない!
だけど、現状女神様に助けを求めても返事がないし、このままじゃ折角転生したのに野垂れ死にしてしまう。
まぁ、僕には歌魔法があるし、その気になればこんなところでもいくらでも生きていけるとは思うけど……。
「どうせなら、いろんな所を見て回りたいよね」
口から出てくる初音ミクボイス。
上手く調声されたというか、生き生きとしたまるで生きてるような声。
いやまぁ、これは僕の声だし、生きてるのは当然なんだけど。
ちょっと……暫く慣れないかもなあ、これ。
そんな事を考えながら、森を宛もなく彷徨っていた。
そこでふと、初音ミクになったのならと、折角ならと、変わらない光景を見渡しながら、僕はとあることに思い至る。
すぅ、と静かに息を吸って、胸に手を当てて……不意の柔らかな感触は今は捨て置いて。
僕は静かに言葉を……歌を紡ぎはじめた。
その歌は、初音ミクの始まりとも言える歌。
伝説の一曲。
「あー……こほんこほん。
かー……科学の限界を超えて私は来たんだよ♪」
あ、凄い、本当にミクだ、ミクが歌ってる!
「ネギはついてないけど出来れば欲しいな♪」
アカペラだけど、紡ぐ言葉は確かにミクで、けどパソコンから奏でられる歌よりも、少しだけ生物的。
「あのね、早くパソコンに入れてよ♪
どうしたの?パッケージずっと見つめてる♪」
しかも、歌っても、全然息苦しくならない!
前なら、サビに入る前に一息つかなきゃいけないのに。
するすると口から歌が飛び出してくる!
「君のこと みくみくにしてあげる♪」
体が軽い!
自然と笑顔を浮かべて、僕はご機嫌で森を跳び跳ねるように進んでいく。
「歌はまだね、頑張るから みくみくにしてあげる♪」
楽しい、楽しい!思うように、思い描いたように、気持ち良く歌えるのが、本当に楽しい!
ありがとう女神様!僕、今すっごい幸せだよ!
ひらひらと体を回転させて躍りながら、僕は気持ち良く歌い続けた。
「だからちょっと覚悟をしててよね♪」
ドンッ
だからだろう、背中を向けて進んでいた僕は、進路にあった何かに気付かずに、背中をぶつけた。
もふりとした感触と、当たってもビクともしない感触。
そんな……生物的な感触に……僕は恐る恐る振り返った。
「…………」
「…………こ、こんにちはクマさん」
そこには見上げるような、なんか頭に角の生えた熊の姿があって……座った状態で僕を振り返って見つめていた。
座ってるのに、僕の二倍はある巨大な熊は……僕を見据えるとその口を開いた。
「ぐるるる……」
歯を剥き出しに唸り、その体をゆっくりと僕へと向き直り始めたその姿は……。
「ご、ごめんね!
ここいらでし、失礼しまーす!あは、あはははは」
顔を向けたままジリジリと僕は下がるけど……熊はそれに合わせて、僕の胴体と同じ太さの前足をドスリと地面についた。
そして……ガパ、と開いた口から涎を滴らせ……。
「グォオオオオオオオオオオオオ!!!」
咆哮をあげたその瞬間、僕は背を向けて走り出していた。
「いぃやぁあああああああああああ!」
拝啓……前世の僕を看病し続けてくれたお父さん、お母さん。
そして、第二の人生を下さった女神様。
僕の第二の人生は、早くもピンチです!
「助けてぇえええええ!」
「ガァオオオオオオオ!!!」