「うわぁ……なんか、凄く、らしいですね!」
「……」
森を抜けてたどり着いた街を見て、僕は目を輝かせていた。
レイチェルさんに貰った同じ布……旅衣、でいいのかな?
それを身に纏って、街へと入っていった。
『……その格好のまま街に入る気か?』
レイチェルさんに言われてみればその通りで、今僕が着ている初音ミクそのままの服は近未来でもない限り浮いてしまうだろう。
それを危惧したレイチェルさんは予備の旅衣を取り出して、僕に貸し出してくれた。
うーん……態度はぶっきらぼうで怖いところもあるけど、助けてくれたし色々心配してくれて……。
良い人だなぁ、としみじみ思っていた。
そうして入った街は、ぐるりと壁に囲まれた、大きな街だった。
多分円形で、中央には時計塔があって、街並みは中世って感じで……まさにファンタジーって感じ!
異世界といえばこんな街あるよね!って感じ!
それが目の前にあって、自分がそこに入り込んでいる事に、ウキウキワクワクしちゃうね!
街を歩いてる人も多種多様。
老若男女がいるのは勿論だけど、時々武装してる人なんかがいる!
広い道の中央には轍があって、恐らくあそこを馬車とかが通るんだろうな。
出店なんかもあって、見慣れないものがいっぱいあって、僕は興味のままに思わずフラフラと……。
むんず
……フラフラとしてたら、気付けばレイチェルさんに首根っこを掴まれていた。
「まず、さっさと、冒険者ギルド登録に行くよ。
フラフラするのはその後……いや、明日にして」
ちら、とレイチェルさんが見たのは色合いが変わり出しているお日様。
登録にどのくらい時間かかるかわからないけど……これ、終わる頃には日が落ちちゃってる、かぁ。
「はぁい……」
僕はガックリと肩を落とす。
まぁ、仕方ない……楽しみは後にとっておこう!
そう頭の中で切り換えて、僕達は改めて冒険者ギルドへと向かうのだった。
……ちなみにレイチェルさんは、僕の首根っこから手を離すことはなかった。
完全にちっちゃな子供扱いだった。
……まぁ、悪い気分じゃないから、いっか。
「冒険者ギルドへようこそ。
本日はどのようなご用でしょうか?」
レイチェルさんに案内されてたどり着いたのは、大きな建物だった。
その建物には冒険者ギルドとかかれた看板があって……あれ?
そういえば明らかに日本語じゃない、見たこともない文字だったけど読めたなぁ……?
建物を見上げる僕が首を傾げているのを、レイチェルさんは気にする事なく、僕を連れて中へと入っていった。
建物の中は意外と小綺麗で、僕の抱えてたイメージとは少しズレた感じだった。
こう、少し年季が入った木製で、酒場を兼ねていて……みたいなのを想像していたんだけど……。
恐らく石……かな?床や壁なんかには加工された白い石を使っているみたいで、凄い清潔感がある。
受付もどちらかと言えば何かの窓口のようで、そこのいる人達も静かに受け答えしていた。
荒くれ者とかが多いイメージだったけど、そうでもないのかな?と感心していると、フードを被ったままの僕の頭に、レイチェルさんの手が乗せられた。
「こいつの身分証明を兼ねてギルド登録をしたい。
右も左もわからない田舎者なんだが……ほら」
「あっ」
そのままフードが取られて、僕の顔が露になる。
しっかりかぶっておけって言ったのはレイチェルさんなのに、と抗議の視線を送るけど、視線すら合わずに受け流されてしまった。
むぅ……。
「ああ、成程……了解しました」
目の前にいる受付のお姉さんは何かに納得したように頷くと、直ぐに白い紙を取り出した。
何に納得したのか理解するよりも、僕の興味はすぐにその取り出された紙に移った。
見覚えのない文字がかかれた空欄の目立つ紙だった。
それに目を瞬かせると、その意味は不思議と頭に浮かんできていた。
さっきの看板もそうだったし……もしかして文字が自然と読めるようになってる……のかな?
女神様のサービスだろうか?
これはありがたいね、流石は女神様だ。
「こほん、では冒険者ギルドの一般登録という事で、簡単な規則の説明をさせて頂きますね」
受付のお姉さんはニコリ、と笑みを作るとそう粛々と説明してくれた。
冒険者ギルドは幅広い依頼を斡旋するけど、一般登録の場合は基本的にお使い、みたいな内容のみ受けられるようになる、と。
登録はどんな人でも可能だけど、規則を破った場合は罰が、ものによっては登録の抹消があるとの事だった。
「冒険者ギルドはありとあらゆる国を股にかけた、完全中立組織です。
国家に冒険者ギルドとして関与する事はありません。
ですがそれは、その国の法律を守らない事と同義ではありません。
国の法律を守り、ギルドの規則を守ること。
それをするだけで、貴女の身分は私達冒険者ギルドが保証しましょう」
冒険者ギルドの規則としては、全部覚えた訳ではないけど、冒険者ギルドの建物では静かに、とか、他人を傷付けたり金品を奪ったりしないなんかの、わりと当たり前な事ばかりだった。
普通にしてれば、規則を破ることなんてまずない気がするなぁ。
「ギルドの規則を纏めた冊子がありますので、良ければ此方をどうぞ」
「ありがとうございます!」
説明を一通り終えたお姉さんから差し出されたそこまで厚くない冊子は、「一般用」とかかれていた。
暴力とかが必要になる依頼を受けられるのは「冒険者用」らしい。
つまり厳密には僕はまだ冒険者ではないらしい!
残念。
「では此方にお名前を」
「はーい!」
渡されたペン……羽根ペンに少しテンションを上げながら、筆先を差し出された紙の空欄……名前を書く欄の上に運んで……。
そこでピタリと暫し動きを止めた。
そう言えば……僕の名前、どうしようか……?
前世の名前は村瀬祈だけど……今の姿は初音ミクだし……。
どっちもだけど、漢字は……違うよねぇ。
……よし、なら。
「えと……ファミリーネームはなくても……?」
「はい、お名前だけでも大丈夫ですよ」
僕はお姉さんのその言葉に頭を軽く下げてから、今決めた自分の名前を書き込んだ。
勝手に動く僕の手は見覚えのない文字を描き……完成した文字を僕はまじまじと見詰めた。
「ミク……さんですね。はい、では一般登録はこれでおしまいです。
ギルド証の完成までは一日かかりますので、明日の同じ時間以降におこしください」
「ほへー、結構掛かるんですね」
ミク、ただのミクだ。
それが、僕の今の名前。
見覚えのない文字だけど、読めはする文字だけど、一応形を覚えておこうかな。
そう思って、僕は紙がお姉さんの手に取られて見えなくなるまで、まじまじと見詰めていた。
その後。
僕達は冒険者ギルドに併設されている、宿屋兼食事処兼酒場に足を踏み入れていた。
なんでも冒険者登録をしていると多少値引きして貰えるとか……文無しでも手伝いなんかをすれば泊まる事が出来て、食事も出るらしい。
文無し宿無し何も無しな僕の為にあるような制度だとうんうん頷いていた。
……のだけど、レイチェルさんはもう二人部屋をとり、食事も注文しているのだという。
そんな至れり尽くせりな状況に、僕は戸惑いつつもレイチェルさんに何度も頭を下げていた。
そして僕は今、食事を待っている間に……。
「初めまして!ミクって言います!一曲歌いまーす!」
酒場にある小さなステージ、日によって出し物をしたりするそんな舞台で一人立っていた。
服装はローブを脱いで初音ミクの格好で。
なんだなんだと、色んな人達の好奇の視線が僕に向けられていた。
「おー?なんだ次は嬢ちゃんかー?いいぞー!」
「珍しい格好してんなー」
「かわいーなあの子」
切っ掛けは何ということもない、ステージを見つけて、演奏をしていたおじさまに話し掛けたら、許可を貰った、それだけ!
僕はルンルン気分で、周りを見渡した。
色んな人達がいる。
依頼終わりなんだろう、薄汚れた人達から、見るからに一般人という服の人達、既に酔ってるのか顔を赤らめているおじさん達。
そして頭を抱えているレイチェルさん。
そんなレイチェルさんに手を振って、僕は笑みを浮かべた。
そこそこの人がいて、僕の事なんか何も知らない人ばかりで、そんな状態で歌うなら緊張したりしそうなものだけど、不思議と僕は自然体だった。
体に不思議な力が満ちていく、そんな感覚を覚えながら、僕は大きく息を吸った。
「ダメダメよ☆♪」
気付けば僕の体は熱く、何かが溢れ出るような感覚と共に、僕の脳内に流れていたメロディが流れ始めた。
不思議なその現象を変に思う事もなく、それに合わせて僕は踊り始める。
本当ならこれはミクの曲じゃないけど……ノリが良い曲だし、盛り上げるならこれだよね!
「右から左へと言葉が流れる♪
退屈そうな顔 画面見つめる君♪」
笑顔を振り撒いて、流れる音楽に合わせて踊り続ける。
楽しい、楽しい!
こんなに思い切り、思い通り踊れるなんて、最高!
「次元の壁越えていつでも逢いに行く♪
心の準備をちゃんとしておいてね♪」
一番近くで見ていたお姉さんに向けてパチンとウインクを決めて、ヒラヒラ、ヒラヒラと踊る。
何度とも踊ろうとして、でも全然踊れなくて。
「君のこと誰よりも分かってる だから私に任せて
怖がらないで二人で踊りましょう♪」
だから今、最高の気分だよ!
自然と奏でられるメロディに乗って、身振り手振りで喜びをみんなにも伝えてあげる!
飛んで跳ねて、そんな僕を見るみんなの顔が笑みを作り始める。
カモーン!
「ルカルカ★ナイトフィーバー♪
はじけるリズムに合わせて♪
嫌なこと何もかも全部忘れて♪」
もう好奇の視線は感じない。
みんなも体がリズムを刻んで、楽しんでくれてる!
さあみんなも踊ろう!
楽しもう!
「ルカルカ★ナイトフィーバー♪
私はここに居るから♪」
笑顔になろう!
リズムにのって!
ああ、最高!
歌って最高だね!
誰も知らない歌なのに、もうみんな楽しそうにしてくれる!
「少しでも視線を 逸らしちゃダメダメよ☆♪」
ワァアアアアアアアアアアアアアアア
歓声が聞こえる、心底楽しそうな感情が伝わってくる。
みんなが笑顔で、盛り上がってくれる。
それがどうしようもなく嬉しくて、どうしようもなく楽しくて。
僕は間奏が流れる中踊り続けて、ただこれだけを思い続けていた。
転生して、良かった、と。
一番を気持ちよく歌い終えた僕は、どんどんテンションを高めて、まだまだ盛り上がっていこうと続けて2番を歌うつもりだった。
……だった。
「いい加減にしな」
ドスッ
「はひん」
レイチェルさんの冷たい声が聞こえたと思った瞬間、僕の視界は暗転したのだった。