「……歌魔法……使うなと言ったよな?」
「すみませんでした……」
目を覚ました僕は、レイチェルさんの前で正座させられていた。
どうやら、レイチェルさんの手で気絶させられたらしい……首の後ろがズキズキと痛んだ。
今いるのは、レイチェルさんが取っていた冒険者ギルドの宿の二人部屋。
酒場で気持ちよく歌っていた僕は、気付いたら歌魔法を使っていたようで……いや、今思えばルカルカ★ナイトフィーバーのメロディが勝手に流れるのはおかしいよね……。
でも、歌と踊りが楽しすぎてつい……。
ただ、正直使っちゃいけない理由もよくわからないよね。
レイチェルさんが一方的に言ってるだけだし。
今回なんて、音楽が流れるだけだし、別に良い気がするんだけどなぁ……?
そんな風に僕が考えていると、見透かしたようにレイチェルさんは瞑目してから息を吐いた。
「はぁ……君の歌魔法は、この世界の理からズレてるんだ。
見る者が見れば、君の特異性はすぐに理解されてしまう。
……あまり事の重大さが理解出来ていない顔だな。
わかった、順を追って説明するとしよう」
……うーん、やっぱりよくわからない。
首を傾げる僕を見兼ねてか、レイチェルさんは一から説明してくれるようだった。
「もう正座はいい。食べながらで良いから聞いてくれ」
「はい!いただきます!」
部屋のテーブルに並べられた、酒場で貰ってきていたという簡素なご飯。
さっきからずっと良い匂いをさせていたそれに、僕はすくりと立ち上がって、即座に手をつけ始めた。
実はお腹空いてたんだよねぇ。
そんな僕をレイチェルさんは呆れ顔を浮かべた後、ゆっくりと口を開いた。
「この世界の魔法は、無から有を産み出すものじゃない。
向こうの世界の質量保存の法則は無視してるが、一般的なファンタジーのようにその身に宿る魔力だけでなんでも出来る万能の力ではないんだ。
ここまでは良いか?」
「んぐ……はい!」
「この世界にはとある粒子が常に満ちている。
それが魔素、魔子、魔法粒子等と呼ばれる、目には見えない粒だ。
そしてこの世界に存在している物は、大なり小なり魔力が宿っている。
そんな魔力と反応し、様々な物体、現象にその粒が変化する……それがこの世界の魔法の仕組みだ」
「ほむほむ……むぐむぐ……」
「ところが、君の歌魔法にはその様子がない。
君の周りの粒子がまったく変動していないんだ。
これは、この世界の魔法の理から、逸脱している」
「むぐぐ?」
「それの何が問題か、という顔だな。
大いにあるとも。あくまでもこの世界の魔法は粒子を変化させて引き起こしている以上、引き起こせる現象には限界がある。
それらを補い限界以上に行使する術もあるにはあるが、入念な事前準備が必要になる。
しかし君の魔法にはそれがない……つまり限界がない。
限界なく、無から有を生み出せる存在なんだよ君は」
「……ごくん」
「……流石に察したか。
そんな存在がいると知れ渡れば、君を得ようと、様々な勢力が動く。
下手をしなくとも戦争になる。
だから少なくとも、歌魔法を乱用するのは控えるんだ」
「ど、どどどどうしたら良いんですか!?」
「なに、問題なのはこの世界の理からズレている事だ。
ならば、この世界に合わせてデチューン……劣化させて使うことだ」
「……な、成程……もぐ……」
「はぁ……そもそも私達転生者は、神から特典等と嘯かれて特別な力を与えられることが多い。
だがそのほとんどはこの世界の理を容易く歪めてしまう、規格外の力。
どう足掻いても私達転生者はこの世界の異端なんだ。
それを肝に銘じ、よく考えて使うことだ」
「あむ……んぐ……絶対使うなっては言わないんですね」
「出所がどうだろうと、今は君の力であることは間違いない。
どんな力も使わなければ宝の持ち腐れだ。
厄介事が起きないように、バランスを取りながら使えば良い。
それに使うなとは言ったが、自分に降りかかる災難を全てはね除ける覚悟があるなら、大々的に使っても問題ないだろう。
所詮これは私から君への、同郷に対する少しの善意からの忠告だ。
最終的に選ぶのは君って事だ」
「はあい、ありがとうございます!」
「さて……まだまだ君は知らなければいけない事が山程あるが……一先ずこれくらいにしておこう。
明日は街を見て回った後に、郊外の薬草採取の依頼でもやろう。
今日はしっかり食べて、ゆっくり眠ると良い」
「はい!あむっ……んー!おいしー!」
「……ふむ?こんな食事、現代日本の食に比べれば、粗食のようなものだろうに。
欲が無いのか、バカ舌なのか……」
「あ、ごめんなさい。固形物食べたの久し振りで、興奮しちゃぃした。
でも、どれ食べても美味しいです!
噛んで食べるって美味しいですね!」
「……………………これも食べるかい?」
「いただきます!」
次の日……薬草採取の為に、僕達は街から出ていた。
昨日僕達がいた森、その森の手前に薬草は群生しているらしく、街道も近い為に危険度は低い。
それでも街からはそこそこ遠い為に非戦闘員には少し荷が重い依頼らしい。
なら僕は、とも思ったがレイチェルさんがいるなら大丈夫とのことだった。
確かに、あのおっきな熊さんも一瞬で潰してしまったレイチェルさんなら大丈夫か、と納得する。
……それと同時にちょっとだけ怖くなっちゃったけど。
……いけないいけない!
レイチェルさんは全部善意で僕の世話を焼いてくれてるっていうのに、怖がっちゃ失礼だよ。
黙々と僕を先導して歩くレイチェルさんの様子を伺いながら、僕もその後を追って歩いていた。
……けど、レイチェルさん口数少ないし、僕も自分からあまり話し掛ける話題もないし……。
……暇だし歌おっかな。
歌魔法を使わないように気を付けて……。
「あー……あー……」
僕が喉に手を当てながら声を出すと、レイチェルさんはチラ、と此方を振り返った。
けど僕がレイチェルさんを見ていないとわかったからか、すぐに興味を失ったように視線を前に戻していった。
うん、これは……歌って良いってことだね!
歌っちゃおーっと!
すぅ、と大きく息を吸い込んだ。
途端に体に渦巻く熱い何か、それが出ないように押し込めながら……僕は歌を口ずさみ始めた。
「でんでんむーし♪」
同じ言葉を、ちょっと低い声を作って繰り返して歌う。
「でんでんむーし♪」
笑みを浮かべて、レイチェルさんの背中を眺めて、同じように歌い上げる。
「ふかふかふとん ふかふかふとん♪」
目線だけで振り返ったレイチェルさんが怪訝な視線を送ってくるけれど、歌うだけなら大丈夫……でしょう?
(Let's Go!)
実際にレイチェルさんは何も言わず、僕は言葉を続けていく。
「とんとん拍子 とんとん拍子♪」
手を打ちならして、街を見て回って上がったテンションのままに、僕の口は歌を口ずさみ続けていく。
「とんとんまーえ とんとんまーえ♪」
レイチェルさんに両手を伸ばすけど届くことはない。
リズムを刻みながら動く僕を、レイチェルさんは横目でチラと見たあと、呆れたようにため息を吐いていた。
「名前じゅんで 前ならえ♪
はなれないように 手をのばして♪」
うん、うん、良い感じ良い感じ!
ウキウキしてきたな、ふふふん♪
やっぱり歌うと気持ちが明るくなって良いね!
「せのじゅんでも 前ならえ♪
一ばん前は 休めのポーズ♪」
学校集会なんかでよくやってたらしいよね。
……まぁ、僕は学校の集会になんて、殆ど出たことなかったから知らなかったけど。
「みんみんぜみ みんみんぜみ♪
ぷんぷん短気 ぷんぷん短気♪」
(Let's Go!)
それでもリズムが良くて明るくて、ぽやぽやする歌だから、歌ってるだけで楽しいなぁ。
「ピコピコ Internet ピコピコ Internet♪
とんとんまーえ とんとんまーえ♪」
この調子で薬草採取も終わらせて……晩ごはん!
宿屋の朝ごはんも、出店で食べたお昼ごはんも美味しかったし、楽しみだなぁ。
「お日さまにも 前ならえ♪
今日はぽかぽか 歌ははずむ♪」
今日は良い天気!
雲一つない晴天で、気持ちいいなぁ。
「くもり空も 前ならえ♪
『イテテ』ぶつかったら ゴメンのポーズ♪」
そんな風にご機嫌で歩いていた時、レイチェルさんの肩がピクリと震えた。
そしてなんだか……騒がしい……?
人の声と……獣の唸り声、無数の足音……?
異変を感じた僕は少し残念に思いながらも、歌うのをやめることにして、辺りを見回した。
その音のした方向、左手のほうを見れば、なんだか三人組が何かから逃げている様子が目に写った。
冒険者らしい武装した格好だったけど、脇目も振らずに逃げているようだった。
そんな彼らを追うのは、犬さん……いや、狼さんかな。
牙を剥き出しにして吠えたり威嚇したり唸ったりする狼さん達は、明らかにあの三人を狙っているようだった。
それに対して僕は、血の気が引く思いだった。
狼さんが群れ、十数匹もいる事に気付いて三人はみんな必死の形相で逃げていたから。
このままじゃ彼等が危ない!
「え、あっ……!?
れ、レイチェルさん!レイチェルさん!
あの人達、危ないですよ!」
僕はレイチェルさんの服を引っ張ってそう言う。
昨日、同じような状況だった僕を助けてくれたレイチェルさんなら、とすがるような気持ちで。
「ふむ……君のその優しさは美徳だが、私は助ける気はないよ。
あれは見る限り彼等の自業自得。それよりも巻き込まれないように逃げることをオススメする」
けど、レイチェルさんは首を横に振った。
「そ、そんなぁ……昨日、同じようなことしてた僕の事は助けてくれたじゃないですか!」
「それは……いや、兎に角、私は助ける気はない。
もしもどうしても助けたいなら……君自身がやることだね」
レイチェルさんはそう言って、ふい、と視線を反らしてしまった。
完全に彼等を助ける気はないみたいだった。
あわわ、どうしよう!?
僕が、助ける!?
そんなこと言ったって……!
僕が内心であわあわと慌てている間に、三人と狼さんの距離は先程よりも詰められていて……。
そして彼等……顔を見れば男の子の三人組だったようで、此方に向かってきているようだった。
本当に、ギリギリだ。
「ひぃいい!」
「そこのお二人ー!」
「助けてー!」
三人の悲鳴が、僕の耳をうち……その悲痛な声に僕は覚悟を決める。
その姿に、昨日の僕の姿が重なって……見捨てるなんて選択肢は取れなかった。
逃げてくる男の子達に、唸り声をあげる狼さん達……それらと向かい合って、僕は脇を締めて両手で拳を作って掲げた。
キッと精一杯狼さん達を睨み付けて、僕は口を開いた。
「や、やんのかコノヤロー!」
向かってくる狼さん達は怖いけど……やってやるよー!
半ばやけになりながら、精一杯自分自身を鼓舞して、僕は狼さん達を迎え撃つのだった。
……啖呵をきった僕を、視界の端でレイチェルさんが呆れたような目で見ていたような気がした。