僕の横を必死の形相で駆け抜ける少年達。
そして僕の目の前には十数匹の狼さん達。
そんな狼さん達を止める為に、僕は歌魔法を行使する。
「壁ー♪!」
ズンッ
ドンッ!
ドガッ!
「ギャンッ!」
「ギャウッ!?」
狼さん達の前に作り出した石の壁。
突然現れたそれに、先頭を走る狼さん達は反応出来ず、その身を壁にぶつけていった。
けれどその後を追う狼さん達は反応して止まって、即座に壁を迂回して飛び出してきた。
壁に衝突したのが何匹かわからないけれど、左右から飛び出してきたのはおおよそ十匹……流石に反応が早い……!
そのうち二匹は僕に目掛けて駆け寄ってきて、他の狼さん達は変わらずに少年達を追おうとしているみたいだった。
そうはさせない、と僕はもう一つ言葉を紡ぐ。
狼さん達の足元に……!
「泥沼~!♪」
ドロッ
ズボッ!
「ワゥンッ!?」
「ワォオンッ!」
地面が突然泥沼に変化したことに狼さん達は対応出来ず、足を取られてその動きを止めた。
必死に動いて抜けようともがいているけど、かなりねばっとしたイメージで出したから、一匹も抜け出せていないようだった。
「グルルルル!」
僕の目の前の二匹はこれを僕の仕業だと理解しているのか、もがきながらも歯を剥いて僕に威嚇を続けている。
ちょっと怖いけど……身動きは取れてないから……大丈夫、かな?
僕はファイティングポーズを続けながら様子を見ていたけど、取り敢えず……抜け出す狼さんはいないようだった。
「……ふぅ……良かった」
その様子に僕は安堵の息を吐き出した。
これで危機は去った、ね。
僕は笑みを浮かべながら、ゆっくりと振り返ろうとして。
「もう、大丈―――」
「今だ!やっちまえ!」
振り返ると同時にすれ違うように銀色が煌めいて。
「ギャンッ!」
ザクッ
ブシャッ
僕の頬に、生暖かい何かが付着した。
「え……」
「殺せ殺せ!身動き出来ない今がチャンスだ!」
ズシュッ
「ギャッ!」
「おらぁっ!死ね死ね死ね!」
ドチュッ
グシャッ
突然その場に広がる鉄の匂い。
少年達が振るう武器によって、原型を失い、血と肉を撒き散らされる、狼さんだったモノ。
頬に触れればぬちゃり、とした感触と生温さを感じて、指が赤く染まった。
僕は、その様子をただ呆然と眺めていた。
突然の彼等の凶行に、先程まで恐怖に歪んでいた筈の彼等の変わり様に。
僕は、何も言うことが出来なかった。
ただただ、何が起きたのかわからなくて、そんな混乱した頭でそれを眺め続ける事しか出来なかった。
狼さん達の、悲痛な悲鳴が聞こえなくなって漸く。
肩を大きく上下させた少年達は武器を握り締めたまま、僕のほうを見詰めた。
「おお、ありがとね!ナイスアシスト!」
「いやぁ、もう駄目かと思ってたけど助かったよ!」
「すごい魔法だったね、土魔法?」
ニコニコと笑みを浮かべて、少年達は口々に僕へと礼を口にする。
そこには安堵と喜び、多少の感謝の感情を感じられる。
……それだけしか、感じられなかった。
「う、うん……無事で良かった」
僕はそれに対して、曖昧に頷くことしか出来なかった。
この胸に巣食うもやもやを、上手く言葉に出来なくて。
少年達は狼さん達を最後に何度か足蹴にすると、僕に対して再度礼を告げてこの場を去っていった。
これで依頼完了だ、と嬉しそうにズタ袋をかついで。
あれに何が詰め込まれているのか、僕は考えたくなかった。
噎せかえるような血の匂い。
ふと視線を向けた先にあった、首のねじまがった狼さんの空虚な目と目があって……僕は込み上げてくる物を押さえきれなかった。
「うッ……!」
「タチの悪い奴等だったな」
惨劇の起きた場を去って、踞る僕の背中を擦りながら、レイチェルさんは口を開いた。
「自分達の力を過信したか勘違いしたか、対応出来ない程の群れに手を出し敗走し、無責任に他人に助けを求め、擦り付ける為にこちらに……街道の方へと逃げていたのだろうな」
レイチェルさんは淡々と言葉を紡ぐ。
「しかも、狼達に反逆出来ると見るや否や無差別に虐殺。
君にろくな謝礼もしないし、後始末もしない。
気を付けるといい、あれらの行為は一発でギルド登録抹消ものだ」
目の前の惨状をまったく気にしない様子で、感情の乗らない声色で粛々と言葉を続ける。
「それに……追われていた相手も問題だ。
あの種類の狼は縄張り意識が強いが、頭が良い。
人間が通るような範囲を縄張りにはしないし、獲物を深追いしない。
それがああまで必死に追い掛けるということは、理由は絞られる」
それでも、僕の背中を擦ってくれる手の温もりが、今の僕にすがる事が出来る、唯一のものだった。
「はぁ…………はぁ…………」
ぽた、ぽたと口から液体を滴らせながら、腹から沸き上がる嫌な感覚と、口の中に残る酸味と、喉の奥の不快感に、顔をしかめた。
「縄張りに雑多に踏み込んで、荒らしたんだろうな。
あそこまで必死に追っている様子から……相当大事な物を取られたんだろう。例えば……」
「キャンッキャンッ!」
「ッ……!うっ……!」
さっきまで聞こえていた野太い鳴き声とは違う、甲高い鳴き声が聞こえて、僕は咄嗟に振り返った。
血みどろの光景の中で、動くもののいなくなった場で唯一動くものがあった。
「子供、とかだろうな」
「キャンッ!」
それは、同じような毛色をした、明らかに同種族の、狼さんの子供だった。
子供は、顔面がひしゃげた狼さんの傍らにいた。
血に染まりながら、必死にそのグチャグチャの顔を舐めていた。
「クゥン……クゥウーン……」
それでも、ピクリとも動かない……きっと、自分の親に、その子は悲しげな声をあげていた。
「はぁっ……!はぁっ……!はあっ……!うっ……!」
僕の息は自然と荒くなって、心臓が痛いくらいに高鳴った。
僕は、胸の奥から、お腹の奥から込み上げてくる衝動のままに、その場に崩れ落ちて、胃の内容物を地面にぶちまけた。
「おぇえ……!」
びちゃびちゃびちゃっ
「……あの狼の毛皮は成体になると剛毛になるが、幼少期の手触りが極上だ。
大きな群れを作りやすく、どこでも順応し、繁殖力も高い為に子供だけを狩る依頼も多い。
数匹狩る程度ならば、人間の怖さを知っている狼達は子供の犠牲を見逃すことが多いんだが……あいつらは根刮ぎ狩ったんだろう。
気付いていたか?あれだけ必死に逃げていたが、大きなズタ袋を大層大事に抱えていただろう?
流石に見逃せないとこんなところまで追い掛け……そして全滅した。
事の顛末としては……そんなところだろうな」
「…………ごめん」
レイチェルさんが言葉を続けているなか、僕はふらつく足どりで、今も必死に親狼の顔を舐める子のほうへと歩いていった。
「冒険者として生きる上で……こうして生物に力を奮う上で、必要になるのは何よりも知識だ。
間違っていた、知らなかったが通用するのはあっちの世界の子供でいた間だけ。
君は力を持った一人の人間として、力を奮う事の責任を果たさなければならない」
近くに寄ればビクリと身体を奮わせる狼の子。
僕に気付いて見上げると、歯を見せて唸り声をあげた。
「ヴゥ~!」
「ごめんね……」
無造作に手を伸ばす。
「オンッ!」
ガブッ
小さな口が伸ばした僕の手を噛む。
鋭い歯が僕の肌を貫いて、鋭い痛みが僕を襲う。
じわりと滲んだ視界、込み上げてくる嗚咽に、僕は声を震わせた。
「ごめんっ……!ごめんねっ……!」
「ヴゥ~……!」
ギリギリと、僕を手を噛み締める子を抱えあげて、謝り続けることしか出来なかった。
自分の軽率な行動に、強い後悔に苛まれて、僕はただその場で涙を流し続けた。
そこで僕は、転生してから自分が浮かれ続けていた事を突き付けられたんだ。
所詮僕は、ただ転生しただけの世間知らずの子供だった。
レイチェルさんは一目で見抜けた事を、僕はまったく気付けなかった。
彼女が難色を示した理由を、考えようともしなかった。
「……君の善意は、他者に手を差し伸べる行為は尊いものだ。
だが、この世界は前の世界以上に、そんな善意が平然と食い物にされる世界だ。
……乗り掛かった船だ。今暫くは、取り返しのつかない事態にだけは発展しないように、手助けしてあげよう」
パンッ
僕の背後で、手を打ちならすような音がした。
「もっと世を知るんだミク。
君は、無知のままでは許されない。
……だがせめて、君の善性は損なわれずに、いつか報われるように、願っているよ」
パァアアアアアアッ
僕はピアノのような楽器に向かい合っていた。
昨日と同じステージの上、この世界で作られたのか転生者が作り出したのか定かではないけど、どうやら仕組みは同じらしい。
見た目も同じで、白と黒に塗られた鍵盤を叩けば、ポロン、と聞き覚えのある音が鳴った。
前世では小さなピアノでよく演奏していたから、多少は出来ると思う。
ちら、と横目で食堂内を確認すれば、昨日歌った時にいたお兄さんやお姉さん達が、見ているのが見えた。
その目に期待の色が多少なりとも浮かんでいる事に、嬉しく思う。
何度か鍵盤を叩いて調子を確かめて、何度かイントロを奏でてみて、問題なくいけそうだと確信が持てた。
喉の調子も確かめて、僕を見つめるみんなへと小さく頭を下げた。
そして奏でるメロディ。
透き通るような静かなイントロから、少し激しく。
まるで転がり落ちていくように、音を奏でていく。
おぉー
感嘆の声が漏れた事に微笑みを浮かべながら、僕はゆっくりと口を開いた。
「ロンリーガールはいつまでも 届かない夢見て♪
騒ぐ頭の中を 掻き回して、掻き回して~♪」
今日は……僕にとって凄く凄く、苦い経験になった。
「『問題ない』と呟いて、言葉は失われた?
もう失敗、もう失敗♪
間違い探しに終われば、また、回るの!あー♪」
歌で人を笑顔にしたいと思って、歌魔法で人を助けられると思って、大した覚悟もなく、大して考えることもなく、力を奮った。
転生する時は歌魔法に怯えていた筈なのに、強すぎる力だと気付いていた筈なのに、浮かれて忘れてしまってた。
「もう一回、もう一回♪
『私は今日も転がります』と♪
少女は言う 少女は言う♪
言葉に意味を奏でながら!♪」
レイチェルさんの言うとおり……僕は、この力を使いこなさなければいけない。
力を使うなら、もっと考えなければいけない。
僕は、もっともっと、この世の事を知らなければいけない。
そうしなければきっと、いつか何処かで取り返しのつかない事態を引き起こしてしまうかもしれないから。
「『もう良いかい?』♪
『まだですよ、まだまだ先は見えないので。息を止めるの、今』♪」
……この胸に未だに残る、耐え難い苦い思いを感じながら、僕はこの世界で生きていく事の難しさを感じていた。
それでも……僕の演奏を、歌を、楽しんでくれるみんなが、こんな僕を見守ってくれるレイチェルがいる事が、凄く……有り難かった。
僕は……もっと、もっともっと。
頑張らなきゃいけない。
そう、改めて胸に刻み込んだ。