うたかたの歌姫   作:如月SQ

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『レイチェルの独白』

 旅の最中、森で出会ったそれは、一目見た時からあちこちがチグハグだと感じた。

 

 見た目が小綺麗過ぎて、森の中で浮いていたそれは、熊の魔物から逃げていた。

 その身に宿る膨大な魔力は、この森を吹き飛ばして余りあるものだというのに、力の差すら測れない熊から逃げ惑い、森のど真ん中だというのに手荷物すらなく、汚れた様子もなく、容姿はまるで作り物のように整っているのに、ひどく幼い恐怖の表情を浮かべていた。

 

 更にはその容姿に既に掠れ始めていた過去、前世の微かな記憶を刺激された。

 思い出してみれば、その姿はパソコンソフトボーカロイドの初音ミク、そのままの姿だった事に気付いた。

 つまり、私と同じ、だけど違う……転生者だ。

 そう考えれば感じていた違和感も、一つずつほどけていった。

 

 そんな、熊に追われていた彼女が、新しい体に植え付けられたばかりの転生者だと察した私は、即座に会話の邪魔となるだろうバカな熊を押し潰した。

 そしてその熊の末路を見て顔を真っ青にしてプルプルと震える転生者に……やがて友と呼べる仲となる子に、私は出来うる限り穏やかに話しかける事にした。

 

 それが、ミクと名乗るようになった子と私の、縁の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミクは本当にアンバランスだった。

 この世界の常識に疎いのは仕方ないにしても、スレた者が多い転生者にしてはあどけなく、子供だと断ずるには達観しているようにも感じた。

 身体を動かす事にも自身の身体にも違和を感じているようなのに、見事な歌声を響かせ、歌魔法という理外の力を使いこなしていた。

 歌魔法の特異性を理解している様子は見せるのに、使うことに躊躇いはなく、危険性は理解していないようにも思う。

 私を恐怖している様子を見せるのに、もう懐き信用しているような様子も見せていて、私はどう対応すべきなのかずっと決めかねていた。

 

 そもそも転生者という存在に対しての私のスタンスは不干渉だった。

 転生者は私もそうだが、理外の力を後付けされている事が多い。

 それは精神的に幼い者の多い転生者に確かな優越感を与えてしまい、様々な形で歪みを生み出す。

 世界で自分だけの特別……なんと甘美な毒だろうか。

 調べてみれば、転生者らしき存在がそのまま身を破滅させた事例が無数に存在していた。

 そんな不安定な輩と、関わりたくなどないというのが私の考えだった。

 

 では何故今私はミクに世話を焼いているのか……。

 私の旅の目的としても、ミクの世話をする必要などない。

 同郷の可能性があるというだけで面倒を見るような、殊勝な性格でもないという自覚もある。

 実際、街にまで送った後はそのまま放逐するつもりだったし、それで良いとも思っていた。

 

 けれど、そうだな……。

 歌魔法をあまりにも無防備に見せびらかした彼女に、反射的に苦言を呈した時からもう……絆されていたのかもしれない。

 自分でも知らず知らず、旅に疲れていたのかもしれない。

 純朴な彼女の在り方に……癒しを覚えていたのかもしれない。

 

 だからこそ、初めての夜、ギルドで同じ部屋で眠った時、明け方に私の布団に潜り込んできたミクを、はね除けることが出来なかったのだろう。

 明らかに寝惚けた彼女は、本当に無防備だった。

 私に抱き付きながら、顔を擦り付ける様子に、様々なものが込み上げてきた。

 それでも手を出さなかったのは、その目尻に光るものが見えたから。

 そして、寝言か譫言か……その言葉を聞いてしまったから。

 

『おかあさん……あかあさん……』

 

 聞いているだけで切なくなるような声色で呟かれてしまえば、私はただそれを受け入れる事しか出来なかった。

 そして、確信した……ミクは、本当に子供なんだと。

 言動から察するに、恐らくは病弱な子供だった……そう仮定すればいくつかの歪さに合点がいく。

 もしかすると、学校にすら通えていなかったのかもしれない。

 

 ……そんな世間知らずな子が、この可憐な見た目を与えられ、特異な能力を付与され、何も知らない場所へと放り出された……。

 やはり神は無責任だ。

 親にもう会えず、知り合いもおらず、右も左もわからないで悩み困惑する様子でも見てほくそ笑んでいるのだろうか?

 けれど、そんな状態でもミクは前向きだった。

 初めてのギルドで歌って踊って、人々を楽しませていたくらいに。

 そしてそれを、ミク自身も楽しんでいたように思う。

 

 この子はきっと、これからもっと、苦労することになる。

 純朴で、純粋で、善良で……他人の為に行動出来る、立派で優しい子だ。

 そんな子だからこそ……この世界では痛い目を見てしまう。

 

『おかあさん……』

 

 腕の中で悲しげに甘えてくるミクを撫でながら、私は思う。

 せめて、この世界で問題なく生きていけるようにしてあげたい、と。

 教え導く、守る、なんてのは柄ではない。

 それでも、そのくらいはしてあげよう。

 右も左もわからないような哀れな子供が、立派な大人になれるように。

 もし失敗しても取り返しがつく程度に、手助けをしてあげよう。

 そう決めて、私はミクを優しく抱き締めながら、改めて眠りについたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、下半身に感じるじっとりとした濡れた感触に、ミク共々朝からシーツと布団の洗濯に、水浴びをする羽目になった。

 少しだけ決意が揺らいだ気がした。

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