「っと、急がないと」
ツカサは用を足すと、急いでドアへと向かう。今頃は、コウタのバトルが始まっているはずだ。
はやる気持ちを抑えながらドアノブに手を伸ばすと、ドアが勝手に開いた。
ツカサの視界いっぱいに、形容しがたい顔のようなモノが広がった。
それはアニメにでてくる少女をプリントしたシャツだったが、着ている者の体格のせいで左右に限界まで引き延ばされ、とっさにはなんのキャラクターか判別できないという代物だった。
「デュフフ、キ、キミが噂のアマノ君かい?」
妙に粘ついた声に、ツカサは顔を上げる。
見事な肉の壁の上から、分厚い眼鏡の奥にある二つのまなこがツカサを見下ろしていた。
神経質そうに身体を揺すっている男に、ツカサは見覚えがあった。
以前リョウゴとガンプラバトルをしていた、イヌノ・タマサブローと呼ばれた男だった。
「えっと、はじめまして……イヌノさん、でしたよね?」
慌てて頭を下げるが、タマサブローはそれには答えず、いきなり脂ぎった顔を近づけてくる。
「な、何ですか?」
反射的に身を引くが、タマサブローは気にした素振りも見せず、舐めるようにツカサを眺め回しているだけだ。
(あ、あの、鼻息が熱いんですけど……)
まるで至近距離からドライヤーをあてがわれているような不快感に必死に耐えていると、ふいにタマサブローの顔が離れた。
「キ、キミ、セーラー服とか似合いそうでつね」
(初対面の人間との会話が、いきなりソレですか?)
群をなして背中をかけ巡る悪寒に、必死に耐えるツカサであった。
※
トイレから戻ってきた来たツカサを見るや、コウタは眉をひそめた。
車いすを押す動きはギクシャクとし、頬がげっそりと扱けたツカサは、見た目にも激しく憔悴していた。
「ど、どうしたんだよ、ツカサ?」
変わり果てた友の姿に、コウタは慌てて駆け寄る。
「……だ、だいじょう…ぶ。それより…コウタ、バ、バトル…は?」
「え? お、おう。もちろん勝ったぞ」
落ちくぼんだ目を細め、ツカサは微笑んだ。
「そっか、良かっ…た」
ツカサは満足そうに頷くと、事切れたかのように首をがっくりと落とした。
※
「本当に平気なのか?」
「う、うん。なんとかね」
ペットボトルから口を離すと、ツカサは心配そうに見ているコウタに笑って見せた。
「それにしても、コウタのバトルを見たかったな」
「心配すんなって、次のバトルでイヤとゆうほど見れるさ」
コウタはそう言いながら、壁に貼られたトーナメント表をちらりと見た。。
(そうだった。コウタが勝ち進めば、次の相手は……)
「今回も軽くひねってやるよ」
コウタはそう言いながら、缶コーヒーを一気に飲み干す。
ツカサの眉がぴくりと動いた。
「そうはいかない。次に勝つのはぼくさ!」
ツカサとコウタは、お互い笑みを浮かべながら睨み合っていたが、ギャラリーたちの沸き上がる声に我に返った。
スクリーンには、縦横無尽に飛び回るハンブラビと熾烈な空中戦を繰り広げる黒いガザ・Cの姿があった。
「ありゃあ、ハヤミさんのガザ・ノワールだな」
「あれがハヤミさんのガンプラ……」
ガザ・ノワールと呼ばれたレンのガンプラは、ハンブラビの攻撃をかわすと主武装であるナックル・バスターを構えた。
「ナックル・バスターが左胸にも?」
本来右胸にしかなかったナックル・バスターが増設されていることに、ツカサは驚く。
「……いや、それだけじゃない。左右のバインダーにもビーム砲が追加されてる。単純に
考えてガザ・C2機分の火力を備えてるってことか」
ツカサのつぶやきに、コウタはスクリーンを見上げたまま頷く。
濃密な火線に、ハンブラビは変形すると急上昇をはじめた。ガザ・ノワールも即座に
変形すると、その後を追う。
しばらく息を飲むようなドッグファイトが展開したが、やはり空中機動ではハンブラビに一日の長があるようだった。
ガザ・ノワールの一撃をかわすと、すかさずその背後に回り込む。
MA形態ではガザ・Cの火器は攻撃方向が限定される。
ハンブラビのファイターもそれを狙っての行動だった。
だが、バインダーと本来固定武装のリアユニットのビーム砲が旋回し、自分のガンプラに照準を合わせるのを目の当たりにするや、その考えが浅はかだったと気づいただろう。
バインダーとリアユニットに装備された4門のビーム砲が、立て続けにビームを放つ。
数発の直撃を受け、ハンブラビが空中で四散する。
「ハヤミさんのガンプラ、完全に弱点を克服している……!?」
ガザ・ノワールの顔が、ふいにこちらを向いた。
特徴的な巨大なモノアイを覆ったフェイスガード。そこに彫り込まれた二つのスリットは目のように見え、まるでツカサを睨みつけているようだった。
「……い、おい、ツカサ!」
コウタの声が耳元で聞こえ、ツカサは無意識のうちに堅く握りしめていた拳を開き顔を上げた。
「えっ、何?」
「何? じゃねぇよ。ハヤミさん戻ってきたぜ」
呆れ顔で背後を指すコウタ。ツカサたちに気づいたレンがこちらに歩いてくる。
「やりましたね、ハヤミさん」
笑顔で賛辞を述べるツカサに、レンは顔をしかめる。
「辛勝だったけどね」
「またまた、ンなわけないでしょう!」
「そんなことはないって、だいたい……ん、どうかしたのかい、アマノ君?」
コウタとレンの軽いやりとりには加わらず、食い入るように一点を見るツカサにレンは不思議そうな顔をする。
「いえ、今リョウゴさんが……」
バトルルームへと消えた燃えるような紅い髪を見ながら、ツカサは寂しそうにつぶやいた。
「ぼく、何かリョウゴさんを怒らせるようなことをしたんでしょうか……」
「どうしたんだい、突然?」
「リョウゴさん、ぼくを避けてるみたいなんです」
トーナメントがはじまって、リョウゴと何度か話す機会があったが、その度にリョウゴはツカサを避けるような態度をみせていた。
「そりゃあ誤解だよ」
レンの明るい声に、ツカサの表情が和らぐ。
「これは、おれの推察なんだがね。きっとアイツはかつてないほど精神集中しているんだと思う……アイツにとって本当の戦いがはじまるその時までにね」
「ほんとうの、戦い?」
「ああ、君とのね」
ツカサの表情がみるみる曇ってゆく。
「どうして、ぼくが……」
レンは肩を大きくすくめた。
「その答えを知っているのはアイツと……アマノ君、きみ自身さ」
戸惑いを隠せないツカサが何か言おうとしたが、店内に響いた歓声に掻き消されてしまう。
「す、凄ぇ」
リョウゴのガンプラを見るや、コウタが惚けたような顔でつぶやく。
スクリーンに映るガンプラは、ベースこそイナクトのようだったが、かつてのリョウゴの愛機、零とは大きく姿を変えていた。
最大の相違点は、三対対六本もの腕を持っていることだろう。
「ASYURA……阿修羅?」
「まさに『名は体を表す』、だな」
リョウゴのガンプラの名称を見たツカサのつぶやきに、レンが追随する。
阿修羅は6本の腕の内、二対の腕は頭上と胸の前で手のひらを合わせ、残った腕は左右に大きく伸ばされ、まるで印でも結んでいるかのようなポーズを取っていた。
それは、見ようによっては戦いの前に瞑想を続ける真紅の阿修羅像にも見えた。
「しかしあのガンプラ、本当にリョウゴさんが作ったのか?」
阿修羅をつぶさに観察していたコウタが、首を傾げる。
リョウゴがプラモデル制作に手を出したのは、ガンプラバトルを始めてからだった。
つまりリョウゴのビルダーとしての経歴は、まだ2ヶ月ちょっとというところだ。コウタの抱いた疑問は、零の出来映えを知っている者たちにしてみれば当然のものだった。
「阿修羅、いくぜッ!」
場の空気を震わせるようなリョウゴの叫びに、阿修羅は構えを解くと全ての疑問を内包したまま戦場へと向かった。
※
一陣の風が吹き抜ける以外何もない荒野に、阿修羅とガンダムヴァーチェが対峙していた。
「けっ、あいかわらず素手かよ、フザケた野郎だぜ」
ヴァーチェのファイターは、忌々しそうに眼前の阿修羅を睨みつける。
零同様、阿修羅もまた、一切の火器の類を装備していないようだった。
「てめぇ、ガンプラバトルをナメてんのか?」
床に唾を吐きながら憎悪をむき出しにする男に、リョウゴは何も答えず静かに操縦桿を動かした。
ヴァーチェとの距離はかなりあるにも関わらず、阿修羅は見る者を惚れ惚れとさせるような正拳突きをいきなり放つ。
正拳突きの威力か、はたまたリョウゴの気迫に気をされたのか、ヴァーチェは大きく後ずさる。
「な、なんのつもりだ?」
男の問いには答えず、リョウゴは阿修羅の拳を180度回転させると中指を突き立てさせた。
「御託はいい、さっさとかかってきな」
「クソが!」
ヴァーチェの両肩のGNキヤノンが一斉に火を噴く。
だが、着弾地点と思われる場所には、すでに阿修羅の姿は無かった。
阿修羅は襲いかかる粒子ビームの嵐をものともせず、一気にヴァーチェとの距離を詰める。
「ちっ!」
阿修羅の迫力に呑まれかけたが、男とてこの近辺では少しは名の知れたファイターだった。
数発のビームで牽制しつつ、阿修羅を己の攻撃ポイントへ誘導しようとする。
「ビンゴ!」
照準用のマーカーが阿修羅の姿と重なるや、手にしたGNバズーカから極大の粒子ビームが放たれる。
もはや避けることも叶わぬと察したのか、阿修羅の動きが止まるがそうではなかった。
阿修羅は腕を大きく後ろに引くと、迫りくるビームめがけて無造作に左腕を突き出した。
掴みかからんばかりに開かれた手のひらとビームが接触するや、激しい閃光が辺り一面を覆い尽くし、阿修羅の手のひらに阻まれるように粒子ビームの動きが止まってしまう。
男は眼前の光景に愕然とする。
「ぉおおおおおおおっ!」
リョウゴの叫びに呼応するように、阿修羅はアッパーでも放つかのように右の拳を振り上げた。
阿修羅の右拳が触れるやビームの束は軌道を変え、大空に吸い込まれるように上昇した。
「び、ビームを……殴った?」
男はいまだ上昇を続けるビームを目で追っていたが、肌を刺すような殺気に正面に向き直る。
「うお!?」
モニターいっぱいに映し出された阿修羅に気づくや、男の指が操縦桿のボタンを押し込む。
阿修羅の手刀は間一髪で展開されたGNフィールドにより阻まれてしまう。
「く、この隙に……」
男はヴァーチェに回避行動をとらせようとしたが、阿修羅の手刀がじりじりとGNフィールドにめり込んでいく様を見るや、硬直したように動きを止めてしまう。
「もう一丁!」
リョウゴの声とともに残った5本の腕が一斉にGNフィールドに手刀を突き立てる。
全ての手刀がGNフィールドを突き破ると、阿修羅はフィールドの縁に手をかけ力任せに左右に広げはじめた。
「はは、嘘だろ? フィールドを引き裂くなんて……」
「よぉ!」
リョウゴの陽気な声に、茫然自失としていた男の意識は覚醒した。
押し広げられたフィールドから身を乗り出すように格好で、ヴァーチェと触れあわんばかりの距離に阿修羅が立っている。
「ひ、ひぃいいいいいい!?」
男の身体を恐怖が支配した。
後退しつつ、かつてないほどの速さでヴァーチェはGNバズーカを構えるが、阿修羅はそれを遙かに上回る疾さで己の右拳をGNバズーカの砲口めがけて叩き込んだ。
肘の辺りまで腕をねじ込まれた砲身が、内側から膨れ上がる。
阿修羅はゆっくりと腕を引き抜くが、ヴァーチェはまるで凍りついたかたのように微動だにしない。
「……終ぇだ」
阿修羅は肩の副腕を頭上で組み合わせると、間髪入れずに振り降ろした。
まるで真紅の戦槌を彷彿とさせる一撃は、ヴァーチェの頭部を一撃で粉砕するだけに
とどまらず、そのまま腰の辺りまで砕きようやくその動きを止めた。
ヴァーチェは崩れるように両膝を地につけると、ゆっくりと荒野に倒れ込んだ。
バトル終了を告げる機械音が響き渡るが、店内は水を打ったかのような静けさに包ま
れていた。
リョウゴは場を覆う異様な空気を気にした素振りもみせず、阿修羅を手にするとバト
ルルームを後にする。
リョウゴの進行方向にいたギャラリーたちが、大慌てで左右に分かれた。
ギャラリーたちが作った道をリョウゴは悠然と進んでいたが、その歩みが突然止る。
人だかりからツカサが進み出ると、そのままリョウゴのすぐそばまで車いすを進める。
「リョウゴさん、2回戦進出おめでとうございます」
屈託のない笑みを浮かべるツカサにリョウゴは一瞬唖然とするが、乱暴に頭を掻きながら苦笑する。
ツカサはさらに話しかけようとするが、いきなり鼻先に阿修羅を突きつけられ口を閉ざしてしまう。
「よく見とけ阿修羅、こいつが俺たちの相手だ!」
リョウゴはそう言うと、ツカサの肩を軽く叩き歩きだす。
事実上のリョウゴの宣戦布告。ツカサの胸に、形容しがたい何かがこみ上げてきた。
「リョウゴさん、決勝で勝つのは……ぼくです!」
店内に凛と響きわたるツカサの声に、リョウゴがゆっくりと振り返る。
身体の奥底から沸き上がる何かを必死に堪える──リョウゴはそんな風にも見える不思
議な笑みを浮かべたが、やがてきびすを返すと再び歩きだした。
次回予告
白熱したバトルが続くガンプラバトルトーナメント。
だが、選ばれしファイターたちの中に何故かハルナの姿があることにツカサとコウタは首を傾げる。
そんなハルナの前に、1人の少女が立ち塞がった。
次回「ガンダム ヘッドクオーター」
第11話「迷惑娘」
ハルナの身に危険が迫る。
◆「登場ガンプラ紹介 その2」
『阿修羅』
【挿絵表示】
武装
「無し」
解説
シキブ・リョウゴがトーナメント用に用意した新たな機体。三対六本の腕を持つ異形のガンプラである。
リョウゴの嗜好に合わせ、かつての愛機零同様、一切の火器を持たず近接格闘戦を好む。
【挿絵表示】
【挿絵表示】
非常に高い完成度を誇り、手首から先にプラフスキー粒子を変容させる特殊処理を施している。
このため、ビームを「殴る」「引き裂く」など、常識では考えられない戦い方をする。
ビルダーとしての経験がまだ浅いリョウゴが、なぜこのようなガンプラを所持しているのか?
今のところ、全ての謎は闇に包まれたままである。