「どう考えてもゼッテー変だって」
「いや、そうは言うけどこれは事実なんだし」
「どうしたの? ふたりそろって」
「おわっ!?」
「ミ、ミサキさん」
熱心に何かを話し合っていたツカサとコウタは、背後からいきなり声をかけられ飛び上がらんばかりに驚く。
「そんなに驚くこと無いでしょう?」
まるで出会い頭に珍獣に出会ったようなまなざしで自分を見るふたりに、ハルナは唇を尖らせ不満そうな顔をする。
「あ~、そうだな。悪ぃ」
「それよりミサキさん、今のバトルすごかったね」
頭を掻きながら露骨に目をそらすコウタ。ツカサが取り繕うように賛辞を述べると、ハルナの機嫌も直ったようだった。
「ま、まぐれだよ、ま、ぐ、れ! ビギナーズラックってやつだよ」
「……ぼくもそう思う」
「……そうじゃなければ、超自然的な力が介入したとしか思えん」
「え? 何か言った?」
顔がブレて見えるほど首を横に振り続けるふたりに、ハルナは眉根を寄せる。
少し前までツカサとコウタが激論を交わしていた題目は『なぜ、ハルナが1回戦を勝てたのか?』だった。
そう、なぜかハルナは初戦を突破し、2回戦進出を決めてしまったのだ。
一部のギャラリーの間で非公式に執り行われていたトトカルチョも、この史上最大の大穴に大混乱を起こしているようだった。
「今年は地震やら季節はずれの大雪やらがけっこう続いたが、まさかその原因がこんなところに……痛っ!」
コウタの頭にモップが叩き込まれる。たまらずコウタは逃げ出すが、ハルナはモップを振り回しながら店中を追い回す。
しばらくして、肩で息をしながら戻ってきたハルナを、ツカサは苦笑しながら迎えた。
「気が済んだ?」
「ふぅ、ふぅ、まだ半分てとこッ!」
(……あれで半分デスカ?)
店の隅で頭に無数のこぶをこさえ、激しく痙攣を繰り返すコウタ。それを横目で見るツカサの額に一筋の汗が流れ落ちる。
「でも、ぼくが言うのもなんだけど、ミサキさん本当にガンプラの操縦上手くなったよね」
トーナメントに向けて特訓しているとハルナから聞かされたが、宇宙空間をステージとした前のバトルで、ハルナの操るザクレロは動きはツカサが感心するほど上達していた。
「えへへ、そ、そっかな?」
「うん、以前バトルシステムの動かし方を教わった時と比べると雲泥の差だよ」
照れ笑いを浮かべていたハルナの頬がピクリと動いた。
「ザクレロに足は無いしね……」
「あっ!」
地を這うような低い囁きに、ツカサは気づいた。
ハルナにとってガンプラとは、イコールザクレロのことである。
当然、脚の無いザクレロにとって、そもそも地上を歩くなどという行為は不要なはずだ。それならば2回目とはいえ、操縦の基本でもある歩行でハルナが悪戦苦闘したのも頷けた。
「あ、あのミサキさん……」
上手くいかないのは分かっていたのに、それでもハルナは自分のために尽力してくれた。
ツカサは謝罪のために口を開きかけるが、横から飛び出してきた人影に、出かけた言葉を飲み込んでしまった。
「あぁ~ん、見つけましたわ。マイ・スィートハート!」
「きゃっ!? 」
後ろから羽交い締めにされたハルナが、さかんに自分に頬ずりを繰り返す少女に目を見開く。
「ミ、ミキ、なんであんたがここに?」
ミキと呼ばれた金髪碧眼の少女がハルナから顔をはなし嬉しそうな顔をする。
「もちろん、愛おしい方にはるばる逢いに来たに決まってますわ」
「わたしは迷惑なの!」
「あん、怒ったハルナさんもステキですわぁ」
柳眉を逆立てわめくハルナを見ながら、ミキはくねくねと腰を動かす。頭の両脇で結わえられた髪が、店内の照明を受け金糸のようにキラキラと輝く。
「ハルナさん、もっとわたくしとハグしましょう」
「いやぁあああああ!」
両手を広げ抱きつこうとするミキの脇をすり抜け、ハルナはツカサの車いすの後ろに隠れてしまう。
「あの、ミキさん…でしたっけ。ミサキさんも嫌がってるみたいだし、その……」
「何ですの、貴方は!」
間に入って場を取りなそうとするが、ツカサに気づくや目をつり上げて詰問するようなミキの口調にツカサは口を閉ざしてしまう。
「オスがハルナさんの1メートル以内に入らないでくださりませんこと? 臭いが移ってしまいますわ!」
「お、雄?」
あまりの言われようにツカサが口をぱくぱくとしていると、ハルナが庇うようにツカサの前に立ちふさがる。
「な、なに勝手なこと言ってるのよ。そ、それにアマ、じゃなくて、ツカサはわたしのカレシなんだからね!」
ズバンと言い切るハルナに、ミキがその場で凍り付く。
「あ、あの、ミサキさん、急に何を言っ、でぇ!?」
「お願いアマノ君、今はわたしの話に合わせて」
ツカサの腕を思い切り抓りながら、ハルナが懇願する。
そっと指さす先で、くるくると3回転ほど回っていたミキが床に倒れ込む。
「そ、そんな、わたくしのハルナさんに男が……」
わなわなと身体を震わせていたミキが顔を上げる。
美少女といってもよいくらい端正な顔立ちは怒りで歪み、ツカサを睨みつける双眸か
らは憎悪の炎が吹き出ている。
「……貴方も、このトーナメントに出場なさってますの?」
押し殺した口調で尋ねるミキに、ツカサは無言で頷いた。
ミキは納得したように薄く笑うと、片手を持ち上げ指を鳴らす。
人混みの中から黒服の男が音もなく進み出る。ミキが軽く手を振ると男は一礼し、再
び姿を消した。
「どうです、わたくしと賭けをしませんか?」
訝しげに男の背中を追っていたツカサとハルナが、ミキの言葉に振り返る。
「ガンプラバトルで貴方が勝ったらわたくしは潔く身を引きます。ですが、わたくしが
勝ったら……」
ミキはいったん言葉を区切る。
「ハルナさんはわたくしがいただきます!」
「な、何を言ってるの、もうトーナメントは始まってるのよ? いまさら参加できるわけないじゃない」
「それなら心配無用ですわ。あそこをご覧なさい」
服に付いた埃を払いながら立ち上がると、ミキは顔だけ動かし一点を指し示す。
そこには、ハルヒコが困り果てた顔でトーナメント表の一部に紙を貼っていた。
ツカサとハルナが近づくと、ハルヒコがマジックでトーナメント表に何やら書き込んでいる。
『サンゼンイン・ミキ』
本来そこに書かれていたファイターの名前は消され、新たに貼られた紙の上にはそう書いてあった。
「ミキ、あんた……」
「お~ほっほ! 我がサンゼンイン家の力を持ってすれば、この程度のことは造作もありませんわ」
口元に手を当て勝ち誇ったように高らかに笑うミキを見て、ハルナが歯咬みする。
「でも、あんたガンプラバトルなんてしたことないでしょう?」
「あら、わたくしの事を心配してくださるんですの、ハルナさん?」
感極まったといわんばかりにミキは目を潤ます。
「違うッ!」
胸の前で両手をクロスさせ全身で否定するハルナを見て、ミキは残念そうに肩をすく
ませる。
「確かにガンダムなどいう物には露ほどの興味もありませんが、愛するハルナさんが傾倒しているとなれば話は別……」
ミキが指を鳴らすと再び黒服が進み出て、手にした物をうやうやしくミキに差し出す。
「ガンプラバトルでしたら、わたくしも少々嗜んでおりましてよ?」
受け取った専用のケースを腰に取り付けながら、ミキはツカサを睨みつける。
「そういえば、まだ返事を聞かせてもらってませんでしたね。このまま尻尾を巻いて逃げ出してくださるというのなら、わたくしも楽ができるのですが」
「……アマノ君」
すがるような目をしながら、ハルナは不安気にツカサを見ている。
「どうなさいます?」
「その勝負、受けるよ」
きっぱりと言い切るツカサに、ミキは満足そうに頷く。
「結構、賭けは成立ですわね」
次の試合開始を告げるアナウンスが流れ、ミキの名が呼ばれる。
「良く見ておくことね。わたくしの華麗な戦いを」
ミキはそれだけ言うと、颯爽とバトルシステムへと歩き始める。
「ごめんね、アマノ君」
「成り行き上とはいえ、ミサキさんが気にすることはないよ。それにぼくだって……」
「え?」
はっとしたようにハルナが顔を上げる。その澄んだ瞳にツカサにツカサはでかかった言葉を飲んでしまう。
「あ~、そ、そういえば、サンゼンインさんの対戦相手って誰だっけ?」
「ボ、ボクでつ」
ツカサの肩に、ウエット感に富んだなま暖かい手が置かれた。
間髪入れずツカサの全身が総毛立つ。
「イヌノさんがミキの相手なんですか?」
「う、うん。 まあ、ボ、ボクに任せておくんだな」
頼もしそうにハルナに見上げられ、タマサブローは得意そうに胸を叩いた。
全身の脂肪が共鳴を起こし、激しく揺れ動く。
「ボ、ボクがこのバトルに勝った暁には、是非ツカサきゅんにコレを……」
タマサブローはそういいながらシャツを少しめくりあげる。その下には、きれいに折り畳まれたセーラー服が垣間見えた。
ツカサの置かれた状況は、まさに『全門の虎、後門の狼』といった状態だった。
ミキとタマサブロー。どちらが勝っても、ツカサにとってはろくなことにならないのは明らかだった。
次回予告
それぞれの思惑を胸に、ついにガンプラバトルトーナメント1回戦最後のバトルがはじまる。
ミキとタマサブロー、ふたりのうち勝者となるのは……そして己の欲望を叶えるのはどちらか?
次回「ガンダム ヘッドクオーター」
第12話「ゲロたん」
そのガンプラ、侮ることなかれ!