「ふう!」
全身の脂肪を揺すりながら歩き去るタマサブローを見ていたツカサが、がっくりとこうべを垂れる。
「アマノ君、平気?」
心配そうに自分の顔をのぞき込むハルナに、ツカサは無理に笑って見せた。
「それにしても、ちょっと変わった感じの人だね? サンゼンインさんて」
「うん、ミキとは幼稚園のころからのつき合いなんだけど、なぜか昔っからわたしに
ちょっかいかけてくるんだよね」
好意を抱かれること自体は悪いことではないだろう。だが、それも程度問題だ。
困り果てたといわんばかりの顔をするハルナに、ツカサは心底同情していた。
「サンゼンインさんの実力は未知数だけど、イヌノさんだってこの店じゃ名の知れた実力者だ。きっと大丈夫だよ」
正直、ツカサとしてはタマサブローに勝たれるのも考えものだが、沈み込んだハルナを見ていたらそんなことは言ってられなかった。
「おおーッ!?」
「色っぺーッ!」
スクリーンに映ったミキのガンプラを見るや、ギャラリーから歓声が上がる。
ミキのガンプラはOOガンダムをベースに使っており、随所にノーベルガンダムのパーツ
を流用したミキシングモデルだった。
頭部はツインテールのような形状になっており、ツインドライブを模したパーツが胸に取り付けられ、まるで女性のようなプロポーションになっている。
「これがわたくしのガンプラ、『OO-F』(ダブルオー・フィメール)ですわ!」
耳に付けた菱形のピアスをいじりながら、ミキはギャラリーたちに自らのガンプラを
紹介する。
ギャラリーたちはさらに盛り上がる。だがタマサブローのガンプラがセットされるや、店内はシンと静まり返ってしまった。
「あれがイヌノさんのガンプラ?」
拍子抜けしたようにハルナはつぶやくが、それは致し方ないことだろう。
スクリーンに映し出されたタマサブローのガンプラは、濃いめのグリーンで塗装されていることを除けば、ほとんどノーマルのハイゴッグだったのだ。
「あ、あんなガンプラで、ミキに勝てるのかな?」
不安そうにハルナはツカサの腕を掴む。
「あのガンプラは、イヌノさんがトーナメントのために用意したものだ。見かけだけで判断するのは早計だよ」
冷静に現状を分析するツカサに、ハルナは安心したようだった。
「ハルナさん」
いきなり名を呼ばれ、ハルナはバトルシステムの前に立つミキをうろんげな目で見た。
「何よ?」
「このバトルに勝利した暁には、まずはハルナさんの唇を頂きますわ!」
店内に、もはや決定事項と言わんばかりにミキの声が響きわたる。
「な、ななな何勝手に決めてんのよ!」
ハルナは顔を真っ赤にしてミキに詰め寄るが、当の本人はどこ吹く風だ。
「ああ、これがハルナさんの唇……なんて柔らかい……」
何やらいかがわしい妄想に浸り始めたミキは、瞳を潤ませ唇をゆっくりと舐める。
手にしたモップでミキに殴りかかろうとするハルナの腕を掴み、ツカサはすんでのところで押し止まらせる。
「お、落ち着いてミサキさん、うわっ!?」
ツカサの頬を何かがかすめ、車いすの背もたれに突き刺さった。顔だけ捻り見てみると、それはミキが身につけていたピアスだった。
愕然とするツカサを、ミキが射るような目で睨みつけている。
「……そこのオス、それ以上薄汚い手でハルナさんに触れたら、命の保証はできなくてよ?」
あまりの迫力にツカサは息を飲む。それを見て、ミキはにんまりと笑った。
「わたくしとハルナさんが結ばれる運命は、宇宙創世から定められたもの……たとえ何人
であろうとも、わたくしたちの崇高な愛を邪魔することなど許されませんわ!」
「…………」
いったい、どこをどうすればこうも強引な結論に達するのだろうか?
ツカサもハルナも、呆れを通り越して惚けたようにミキを見ている。
そんなツカサを見て、ようやく真実に気づいたのかと勘違いしたミキは満足そうに微笑む。
「では、深窓の令嬢サンゼンイン・ミキ、参ります!」
(自分で「深窓の令嬢」とか言うな!)
見事にハモったツカサとハルナの心のツッコミを背に、ミキは握りしめた操縦桿に力を
込めた。
※
「……本当に陰気な場所ですこと。気が滅入りますわ」
バトルステージ選ばれた『沼地』を見回しながら、ミキがうんざりとしたようにつぶやく。
「デュフフ、そ、そんなことないんだな。こ、ここだって慣れれば楽しいでつよ」
OO-Fが声のした方を向くと、澱んだ水面から無数の泡が沸き上がっている。
その中から、ひっくり返した緑色の洗面器のようなものが姿を見せた。
「な、なかなか来ないから寂しかったでつよ」
「それは失礼いたしました。でもご安心ください、お詫びといってはなんですが、すぐに終わらせて差し上げますわ」
沼から頭だけ突き出したハイゴッグを見ながら、ミキは目を細める。
「愛しいハルナさん(と唇)を待たすわけには、まいりませんからね!」
OO-Fは、腰にマウントされたGNソードガンを素早く抜き取る。
しかし銃口が向けられるより早く、ハイゴッグの姿は沼の中へと消えてしまった。
ミキは小さく舌打ちを放つ。
「思ったより素早いですわね。それにこの状況……冗談抜きに早めに決着をつけたほうが
よさそうですわ」
いつの間にか辺りには霧が立ちこめ、視界を覆い始めている。
沼に身を隠しているタマサブローのガンプラと違い、OO-Fは全身をさらけ出している。
このままでは、タマサブローに好きに攻撃しろと言っているようなものだ。
OO-Fは慎重に移動をはじめるが、それも数歩で徒労と終わってしまった。
いきなり足元をすくい取られ、派手に転倒してしまったのだ。
「そんな、この距離で」
安全な場所へと移動するさい、とうぜんタマサブローは攻撃を仕掛けてくるだろう。
それを見越して沼地から距離を取っていたのに不意をつかれてしまった。
屈辱に歯噛みしながらモニターを見ると、灰色の鞭のようなものがOO-Fの足にがっちりと絡まっていた。
「な、何ですの、これは?」
異様に長い鞭がするすると引き戻されるのと同時に、黒い水面を割って巨大な水柱が上がる。
押し潰すかのように落ちてくる緑色の塊を、OO-Fは身を捻りながら地面を転がり難を逃れる。入れ違うようにハイゴッグが地響きを立てて地に降り立った。
「デュフフ、お、惜しかったんだな」
足下でびちびちと身をよじる活きのいいフナやナマズを器用に避けながら、ハイゴッグが前進する。
まるでミキの攻撃など意に解さんといわんばかりのハイゴッグの動きに、プライドを傷つけられたミキの顔が怒りのために朱に染まる。
「この、いい気になって!」
OO-FがGNソードガンを構えるのを見るや、ハイゴッグはずんぐりとした体型とは裏腹に、カニのように素早い動きで再び沼へと潜り込んでしまう。
怒りに我を忘れたのか、ミキは前方の沼めがけてトリガーを引き続けるが、放たれる粒子ビームはどれも見当はずれの方向へ消えてゆく。
「ど、どこを狙ってるんだな?」
勝手に逸れてゆくビームを横目で見ながらタマサブローはせせら笑っていたが、左右のモニターに映る影に気づくや慌ててハイゴッグを後退させる。
葉の生い茂った巨木が2本、紙一重の差でハイゴッグのいた場所に交差するように倒れ込む。
木が落下した衝撃で、大量の水を被ったハイゴッグはOO-Fを見失ってしまう。
「あれ? あ、あの娘、どこへいったのでつか?」
「……わたくしでしたら、ここにおりますけど……」
背後から聞こえてくる鬼気迫る声に、ハイゴッグはゆっくりと振り返る。
すぐ後ろに、GNソードガンを構えるOO-Fの姿があった。
「勝負あり、ですわね。わたくしを散々コケにし、あまつさえOO-Fをこんな汚らしい沼へと踏み入れさせた罪……さて、このみすぼらしいハイゴッグにどう償わせたものでしょう?」
「デュフフ、まだ勝負はついてないんだな。そ、それと、ボクのガンプラはハイゴッグじゃなくて『ハイゴックN』なんだな」
「ハイ…ゴックン?」
戸惑うようなミキの声を耳にしながら、タマサブローは武器スロットの《SP》と表示された箇所にカーソルを合わせる。
ハイゴックNの背部パーツが、重々しい音とともに持ち上がる。
一瞬躊躇したOO-Fが動くより早く、ハイゴックNの胴体から灰色の鞭が飛び出すと、GNソードガンを弾き飛ばしOO-Fの機体に絡みつく。
それは、グフが装備するヒートロッドのようなものだった。
「くっ、これはさっきの……」
またも虚を突かれたことに、頬をかすかに痙攣させるミキの前でハイゴックNはさらに
その姿を変えてゆく。
大きく張り出した肩パーツは折り畳まれ、腕は180度向きを変え機体を支えるように前に突き出る。
脚は反対方向に大きく曲がり、鳥を連想させる逆関節になった。
そして背部パーツはさらに持ち上がり、取り付けられたブレードアンテナが天を向く。
変形を終えたハイゴックNは、ツノの付いた緑色のカエルに見えた。
そう、とてつもなく……。
「ブサイクすぎだろッ!」
「うわ!? コ、コウタ?」
場の総意を代表するかのように、ようやく復活したコウタが叫ぶ。親友の変わり果てた姿に、思わずツカサも本人か確認してしまう。
正直、ハルナにボコられたコウタの顔も似たようなレベルなのだが、そこはまあ触れないことにしときましょう。
「くっ!」
OO-Fの頭部バルカンが火を吹くが、ベースとなったハイゴッグは装甲の厚いMSだ。嵐の
ようなバルカンの猛射も、虚しく装甲の表面で火花を散らすだけだった。
ハイゴックNの舌がゆっくりと巻き取られる。
身体の自由を奪われたOO-Fは必死にあらがうが、ジリジリとハイゴックNの方に引っ張られてゆく。
「デュフフ、い、いい加減観念するんだな。あとは、このヒートファングで一噛みすれば終わりでつよ」
デコポンを連想させるニキビ面に邪悪な笑みを浮かべ、タマサブローは操縦桿を握りしめる。
ハイゴックNの口がさらに大きく開き、内側に並んだ牙を思わせるパーツが灼熱し赤く
輝く。
「……がんばってゲロたん、わたしのために……」
バトルを静観していたハルナが、胸の前で両手を組み合わせ祈るようにつぶやく。
「ゲロたん?」
ハルナが勝手につけたハイゴックNのセンスのない愛称に、ツカサが眉根を寄せる。
「いただきマンモス!」
ギャラリーの大半が意味が分からず首を傾げた謎のセリフとともに、OO-FがハイゴックNに丸飲みにされてしまう。
ハイゴックNの巨大な口からはみ出たOO-Fの両足が、バタバタと虚空を蹴り続ける。
「やったー! ゲロたんが勝っ、あっ!!」
小躍りして喜びを露わにするハルナの動きが止まる。
ハイゴックNの頭頂から二条のビームが交差するように突き出たのだ。
「うふふ、調子づくのも大概になさい」
ひょうひょうと吹き付ける殺気にも似た空気に、場の視線が一点に集まる。
顔を伏せているため表情は分からなかったが、風もないのにざわざわと動めくツインテールを見れば、今のミキの心情は察して知るべしだろう。
「オスの分際で……頭に乗るなぁああああああああッ!!」
ミキの叫びとともに、刃の形になった巨大なビームソードが横に滑り、ハイゴックNを
内側から輪切りにしてしまう。
素早く脱出したOO-Fが着地するや、背後でハイゴックNが大爆発を起こした。
髪留めを思わせるパーツからビームソードを発生させたまま、OO-Fはギャラリーの歓声に答えるように高々と片腕を掲げた。
「……そんな、ゲロたんが負けちゃった」
ハルナは崩れるように床に座り込んでしまう。
心配したツカサが声をかけるより早く、ハルナの前に人影が近づく。
「さあ、ハルナさん。約束どおり勝利の口づけを」
どこか酔ったようなミキの口調に、我に返ったハルナが青ざめた顔を上げる。
「だからそんな約束なんかして……いやぁああああ!?」
問答無用で唇を突きだし抱きつこうとするミキから、恐怖に顔をひきつらせたハルナは身を翻すと一目散に逃げ出した。
捕まったら最後! そんなデンジャラスな鬼ごっこをはじめた2人の横を、巨大な肉のカタマリが通り過ぎる。
「ぶひぃいいいッ! 次こそは……次こそは絶対ツカサきゅんにセーラー服をッ!!」
涙と汗をまき散らしながら、ドスドスと足音荒く走り去るタマサブロー。
── グッバイ デヴ! ──
ギャラリーたちは心の中で親指を立て、最大の賛辞とともにタマサブローの背中を見送った。
「……イヌノさん、今お前にセーラー服がどうとか言ってなかったか?」
コウタが怪訝な顔で尋ねると、ツカサはゆっくりと顔を上げる。その瞳からは、一切の感情の光が消えていた。
「サ、サア、ナンノコトダイ? ボク二ハ、ナニモキコエナカッタヨ、ウン!」
糸の切れかかった操り人形のように、ギクシャクとした動きでツカサは答える。
「いやあッ! アマノく~ん、助けてぇえええええええええええッ!!」
壁に向かって同じセリフを繰り返すツカサと、ミキの執拗な追跡を振り切るべく狭い店内を必死の形相で逃げ回るハルナを交互に見ながら、コウタは首をひねった。
こうして、何はともあれガンプラバトルトーナメント1回戦は波乱のうちに終了し、16人のファイターが次のステージへと進むこととなった。
次回予告
息つく間もなく始まるトーナメント2回戦。
勝ち残ったファイターのほとんどはツカサと面識があったが、ただ一人だけツカサの記憶と合致しない人物がいた。
その男の名はセラ・アキト。
世界大会出場経験を持つアキトの参戦に、場の空気が変わる。
次回「ガンダム ヘッドクオーター」
第13話 「世界の実力」
その男の力に、ツカサは震撼する。
◆「登場ガンプラ紹介 その3」
『ハイゴックN』
【挿絵表示】
武装
ビームカノン×2
バイスクロー×2
魚雷発射管×4
20ミリマシンキャノン×2
タン・ロッド×1
ヒートファング×多数
解説
イヌノ・タマサブローが製作したガンプラ。
見た目はノーマルのハイゴッグだが、変形機能を有している。
変形後は、まさにツノの付いたカエルを彷彿とさせる姿となる。
【挿絵表示】
【挿絵表示】
鈍重そうな外見だが、四肢を使った跳躍などトリッキーな動きで相手を翻弄し(本編では未使用)、背後に回り込みタン・ロッドと呼ばれる鞭状の武器で相手の自由を奪い、口中のヒートファングで一気にかみ砕くという、えげつない戦法を好む。
【挿絵表示】
その剽軽な姿からは想像のつかない戦い方は、タマサブローの歪んだ内面の表れなのかも知れない。
なお、このガンプラは「ハイゴックエヌ」ではなく「ハイゴックン」とお呼びください。