ギャラリーの歓声を受けながらバトルルームの入り口に姿を見せたツカサとコウタに、人混みをかき分けるようにしてハルナが走りよってきた。
「やったね、アマノ君」
我がことように喜びを露わにするハルナ。純粋にツカサの勝利を祝っているが、心の片隅にはここでツカサに負けられたらミキに何をされるか分からないという不安も大きかったのだろう。
ハルナの胸中を察しツカサが苦笑していると、はしゃいでいたハルナがツカサの横に立つ人影に気づいた。
「あっ、コウタ君もお疲れさま」
「おう! いかにもツカサのおまけみたいなコメントありがとう。拙者は感動に打ち震えているでござるよ」
「もう、何拗ねてるのよ?」
「別に、それより……」
もはやこれ以上思いやりに溢れたコメントを望んでも無駄だろう。
そう悟ったコウタは、気持ちを切り替え次の行動に移った。壁に取り付けられた時計をちらりと見るや、店の隅めがけて走り出す。
「うぉおー、腹へったぞーッ!」
コウタは一声叫ぶと、床に座り込み壁際に投げ出すように置かれていたコンビニの袋をごそごそとやりだす。
「うぉーい、ツカサーッ! メジにしようぜメシに!!」
すっかり昼食のことを忘れていたツカサだが「メシ」の一言を耳にするや、腹の虫が一斉に大合唱をはじめた。
時計を見ると、午後2時近い。腹も減るわけである。
「いまさらだけど、このトーナメントのスケジュールって、えらくハードだね」
ツカサは力無くつぶやく。猛烈に襲ってきた空腹感のせいで、車いすを押す両腕にも力が入らない。
ツカサが以前ハマっていたミニチュアゲームもトーナメントが盛んに行われていたが、だいたい一戦おきに15分ほどの休みが設けられ、昼食にも1時間ほどあてがわれていた。
ここまで強行軍でゲームをするのは珍しいのではないだろうか。
「もう少し、余裕をもちたいんだけどね……」
ハルナはすまなそうに目を伏せる。
公式大会なら用意されるバトルシステムの数も多く、もっと流れをよくできるだろう。
だが、今回のように各ブロックに一基づつしかバトルシステムが無いない状況では、バトルは遅々として進まなないのが現状だった。
しかも、一回のバトルは最大で30分までというルールはあるが、じっさいのところ数分で終わるものもあればあれば、制限時間いっぱいまで戦っても勝敗が決しないものもある。
このような状態では、参加者全員でそろって昼食をとるなど無理というものだろう。
「んぐ、確かに。もっともおれたちは毎度のことだから慣れちまったけどな。まあ、腹が減ったら各自時間を見つけて勝手に食えばいいのさ」
エラく乱暴な言い方であるが、いつの間にかトーナメント参加者の間でこれが暗黙の了解となっていた。
手短にそう言うと、コウタは再びおにぎりを一心不乱にパクつきはじめる。それを見ていたツカサの服が軽く引っ張られる。
「コウタ君、以外とダメージ少ないみたいだね」
ハルナは、コウタがツカサとのバトルに負けたことを気にかけていたようだが、思いの外コウタが元気なのを見て安心しているようだった。
「……そうだね」
ツカサはそう答えたが、本心ではなかった。
コウタの性格を考えれば、悔しくないはずはいだろう。現に前の時とは違い、一切バトルそのものの話題には触れようとしない。
(コウタはこの悔しさをバネにしているんだ。次のバトルの時のために)
「おまえ、食わないの?」
指についた米粒を舐めながら尋ねるコウタに、ツカサは我に返った。
一時は遠のいていた空腹感がよみがえる。腹の虫たちも『早くメシを食わせろ!』と
書かれた抗議のプラカードを掲げている。
片手で腹を押さえながらリュックに手を伸ばすツカサの目の前に湯気をあげた握り飯が差し出される。
「こ、これ、ボクが心を込めて握ったでつ。ツカサきゅん、よかったら食べてでつ」
反射的に伸ばされたツカサの腕が止まる。そのままの体勢で固まっていたツカサが再始動をはじまたのは、きっかり3分が経過してからだった。
「ア、アリガトウゴザイマス、イヌノサン。デモ、ボクハベントウハモッテキテイマスノデ……」
妙に辿々しい口調で答えながら、ギクシャクとした動きでツカサは車いすに括りつけたリュックから弁当箱を取り出す。
「まて、ツカサ! そいつは弁当箱じゃねぇ。ザクレロだ!!」
コウタの制止の声が店内に響く。
おそらくハルナの仕業であろう。ツカサが手にしている物は、弁当箱とすり替えられたベストメカコレクションのザクレロの箱だったが、それに気づかないほど今のツカサの精神状態は尋常ではなかった。
「あーッ、イヌノさん! 壊した店の入り口を弁償してください!!」
どこから取り出したのか? 手にしたモップの柄で床を激しく突きながら、ハルナが憤怒の形相でタマサブローを睨みつけている。
ハルナの全身から立ちのぼる怒りのオーラに触発されたのか、ツカサも我に返ったようだった。手にしたザクレロの箱を不思議そうに眺めている。
「い、入り口? 何のことでつか?」
「とぼけないでください。その身体が何よりの証拠です!」
「カラダ……ああ、これはいったい!?」
突きつけられたハルナの指を目で追っていたタマサブローは身体のあちこちからから
土筆のようにニョキニョキと顔を出すガラスの破片に気づき奇声を上げる。
「……イヌノさん、あんなにガラスが突き刺さってんのに痛くねぇのかな? 血も一滴も
流れてねぇみたいだし……」
床に跪き、必死に許しを請うタマサブローを横目で見ながらコウタがつぶやく。
「う~ん、全身を覆った脂肪で優しく包み込んでるとか……」
コウタの問いに、ツカサは大胆な仮説を打ち出す。
「ハート様かよ!」
「誰それ? 近所の人?」
「……うちの町内は、どこの世紀末世界だ」
呆れたような顔でツカサを見るコウタの背後で、怒気をはらんだ甲高い声が上がる。
「いいですかイヌノさん、入り口の修理代(税込み)を持ってきてくださいッ。今すぐにです!」
ハルナは頭上でブンブンと振り回していたモップの先端を、団子みたいなタマサブローの鼻先に突きつける。
「ぶ、ぶひぃいいい。分かりまつたーッ!」
ハルナの有無を言わさぬ迫力に、タマサブローはその外見にあるまじき早さで身を翻すと転がるように走り去ってゆく。
── 命が惜しければ急ぐんだ、デヴ! ──
遠巻きに事の顛末を見ていたギャラリーたちが、タマサブローの身を案じ心の中でアドバイスを送った。
鼻息荒くタマサブローの背中を見送っていたハルナの服の袖が、軽くひかれる。
振り返ると、ハルナの剣幕に恐縮しきったツカサがすがるような目で見ていた。
「あの、よろしければぼくの弁当、返していただけないでしょうか?」
※
「うまいか、ツカサ?」
「……うん」
「よく噛んでね?」
「……うん」
ハルナとコウタの憐憫溢れる視線を受けながらようやく昼飯にありつけたツカサは、
目の端に涙を浮かべながらサナエの手作り弁当をかっ込んでいた。
「……随分と旨そうに食べているな」
顔を上げ何か言おうとしたが、口いっぱいに弁当を詰め込み咀嚼中のツカサにはそれは無理というものであろう。
「あっ、カーネルさんにハヤミさん」
頬袋に餌を目一杯詰め込んだハムスター状態のツカサに変わり、ハルナが代弁してくれた。
「そういえば、おれも何も食べてなかったな。どうです、何か食べにいきますか?」
ツカサの食べっぷりに触発されたのか、レンは腹をさすりながらカーネルに尋ねる。
「んぐ……あ、あの、よかったらこれ食べませんか?」
口の中の物を慌てて飲み込むと、ツカサは脇に置かれたままの握り飯をレンたちに差し出した。
「いいのかい?」
「ええ、ぼくはもうお腹いっぱいですから……」
張り付けたような不自然な笑みを浮かべながら、ツカサは押しつけるように握り飯をレンに手渡した
「……ねぇ、コウタ君、アレ……」
肘でコウタを突きながら、ハルナが声を潜めて話しかけてきた。
コウタは無言でうなずいた。
「アマノ君て、けっこう黒いんだね?」
「ああ、人の弁当をザクレロとすり替えるヤツのセリフじゃないが、おれもそう思う」
触らぬ神に祟り無し。
古来から伝わる格言に習い、ハルナとコウタは黙って事の成り行きを見守っていた。
「うん、旨いなコレ」
「……ソウデスカ……」
「素朴な味だが、作った者の愛情が感じられるな」
「……ソレハヨカッタデスネ……」
タマサブローお手製の(歪んだ)愛のこもった握り飯を旨そうにパクつくレンとカーネル。
舌鼓を打ちながら絶賛する声を聞きながらツカサはうつむき、決してふたりと目を合わせようとはしなかった。
次回予告
バトルの喧騒をよそに一息つくツカサたちだが、刻一刻とハルナの番が近づいてくる。
そしてあの女が息を吹き返す。
次回「ガンダム ヘッドクオーター」
第17話「復活の迷惑娘」
女同士の