ガンダム ヘッドクオーター   作:白犬

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第20話 「ツカサの慌ただしい一日 前編」

 教室は耳を覆わんばかりの喧噪に包まれていた。

 

 生徒たちは昨日のTVや漫画の感想を口にし、教師への悪態や噂の域を出ない恋バナを熱っぽい口調で話していた。

 これから退屈な授業が始まる前に少しでも楽しんでおこうという考えなのだろうか?

 

 まさに教室は混沌とした様相を呈しつつあったが、勢いよく開け放たれた扉の音とともに耳を覆わんばかりに響いていたざわめきが消え、教室は静寂に包まれた。

 

(ほんと、不思議よね)

 

 ハルナは、担任の「ホームルームをはじめます」というお決まりのセリフを聞きながら胸をなで下ろした。

 

 友だちとの会話は楽しいが、こうも騒がしいとハルナにはどれが自分とって必要な情報なのか判断がつかなかった。

 

(聖徳太子さまなら、こんな状況でもみんなの声が聞き分けられるのかな?)

 

 愚にもつかない考えが脳裏に浮かんだが、じっさい今朝のハルナは友だちとの会話も上の空だった。

 

 ハルナは横を見た。机だけ置かれたその場所に、いつもいるはずの人の姿が、今日は

見あたらなかった。

 

「では、出席をとります」

「せんせぇーッ!」

 出欠簿に目を落としていた担任の視線が、ピンと手を伸ばした、少しまとまりのない髪の少年に向けられた。

 

「なんですか、ジョウジマ君」

「ツカサのヤツが、まだ来てません!」

 

 コウタの声に、我に返ったハルナの視線が担任に向けられた。

 

「先ほどお母様から連絡があって、アマノ君は風邪で今日はお休みしたいとのことです」

 教室に、さざ波のようにざわめきが広がったが、ハルナはそれに加わらず、精一杯腕を伸ばすと前に座ったコウタの背中を突ついた。

 

「ねぇ、コウタ君、これって……」

「ああ、まちがいねぇ」

 ハルナからは見えなかったが、コウタは顔をしかめてうなずいた。

 

「あのヤロー、さぼりやがったな」

 

                 ※

 

「ほんとうに、大丈夫なの?」

「うん」

 心配そうにのぞき込むサナエに、ツカサは言葉少なに答える。

 

「ごほ、ごほ。それより母さん、もう時間じゃないの?」

「え? ええ」

 

 サナエは今日、高校時代の同窓会に出席するはずだったが、息子がこんな状態ではさすがに気が引けるのだろう。ツカサが何度も出かけるように促したが、なかなか腰を上げようとはしなかった。

 

「母さん、前から楽しみにしてたじゃないか、ごほ、ぼくならだいじょうぶ。ただの風邪だし、おとなしく寝てればすぐに良くなるよ」

「そう……」

 気丈に微笑むツカサと壁にかけられた時計を交互に見ていたサナエだが、ようやく決心がついたようだった。

 

「じゃあ、母さん行ってくるわね」

 

「うん」

 

「何かあったら、すぐに携帯に連絡するのよ?」

 

「分かってる」

 

 布団をツカサの首元まで引き上げると、サナエは部屋を後にした。慌てて階段を駆け降りる足音に続いて、遠くでドアの閉まる音がかすかに聞こえた。

 

 サナエの慌てる様が脳裏に浮かんだのか、ツカサは思わず微笑むと目を閉じた。

 

 

 

 

 静まり返ったツカサの部屋には、かすかな寝息だけが断続的に聞こえていた。

 

 

「……もういいかな?」

 

 

 ツカサはつぶやきながらベッドから身を起こすと、うつむき目を閉じた。

 

 意識を飛翔させ、感覚の触手を家中に広げ探索を試みるが──悲しいな、NTでも何でも

ないツカサにはそんなことをしても人の気配など探ることはできなかった。

 

「アマノ・サナエさ~ん、ご子息のツカサくんが風邪で瀕死の状態です。いらっしゃいましたら至急ツカサくんの部屋までお越しくださ~い」

 

 しばらく息を押し殺して様子を伺うが、物音ひとつしなかった。

 

「よし」

 

 サナエが出かけたのを確認すると、ツカサは車いすに手を伸ばし引き寄せた。

 

                 ※

 

 今日は平日であり、中学生のツカサも本来なら学び舎で勉学に励んでいるはずだった。

 

 そのツカサが、なにゆえ仮病を使ってまで学校を休んだのか?

 

 その理由はHQの修理が、明日行われるトーナメント準決勝戦にどう考えて間に合いそうもなかったからだった。

 いや、厳密にいうなら、ぎりぎりではあったがなんとかなるはずだった。

 

 だが、トーナメント初日を終え帰宅したツカサは、ろくに食事もとらず作業をはじめたが、はじめてのガンプラバトルトーナメント参戦というプレッシャーに加え、コウタをはじめとするファイターたちとの真剣勝負の連続は、ツカサに想像以上の緊張と疲労を与えていたようである。

 

 作業をはじめてすぐに猛烈な睡魔に襲われたツカサはやむなく仮眠をとったが、気が

ついた時にはすっかり夜が明けていた。

 

 普段は迷惑に思っていた隣の家から聞こえてきたラジオ体操のテーマのおかげで目を覚ましたツカサだが、さすがに残された時間でHQの修理を済ますことは不可能であり、不本意ながら学校を休まざらない状況に追い込まれていた。

 

 

 だが、因果応報のことわざ通り、こういった行為を行えばそれなりの結果がつきまとうものだった。

 

 

「なんてこった」

 机の前で作業に没頭していたツカサは、パジャマ姿のまま頭を抱えた。

 ようやくファンネルの修理を終え、次の作業にとりかかったツカサはHQの受けたダメージが予想以上に大きいことに気づき愕然としていた。

 

 コウタのアイギスに切り落とされた両腕。ざっと見た感じでは破損した両腕の軸をプラ棒で作り直せば問題ないと思っていたが、ダメージは胴体部につけられた軸受けであるポリパーツを溶かし、使い物にならなかった。

 

 ガンプラの多くは、関節用のポリキャップの規格を統一しており、幸いこれは調達のメドがついたが、作業に使うはずの瞬間接着パテ──俗にいう瞬着パテが問題だった。

 

 厳密には少し前までファンネルやHQ本体の補修に大活躍だったが、使いすぎたのだろうか、HGパウダーは大量に残っていたが、肝心のHG液の方を使い切ってしまったのだ。

 

「仕方ない、瞬間接着剤で……」

 瞬間接着剤と専用硬化剤の組み合わせも作業時間を大幅に短縮させることができ、モデラーにとってはもはや定番ともいえる工法だった。

 だが、瞬間接着剤は瞬着パテに比べると衝撃にもろく強度に問題があった。

 そんな理由から、ツカサは瞬着パテを愛用していたが、こうなったら背に腹は代えられなかった。

 

 机の横の引き出しをしばらくごそごそとやったいたツカサの手に、小さな小袋が握られていた。

 

「あ、あは、あははははははははは」

 

 とつぜん部屋中にツカサの乾いた笑い声が木霊する。

 

「で、でない」

 

 瞬間接着剤を何度か指で押していたがツカサが、無念そうにがっくりとうなだれる。

 どうやらさきほどの笑い声は、目的の品を見つけたために発せられたようではなかった。

 

 先端をしっかり塞いでおかなかったため乾燥したのか、指で何度押そうと一滴たりとも出なかった。

 念のため先端をナイフで切り落とし、クルミも握りつぶすほどの力(推定)を指先に込めて押してみたが、結果は同じだった。

 

 しばらく呆然としていたツカサだが、ふいに顔を上げ壁にかけられた時計を見た。

 

 もう午後3時近かった。

 

「仕方がない……」

 

 ツカサは意を決したようにつぶやくと、おもむろにパジャマを脱ぎはじめた。

 

                 ※

 

「おもちゃのミサキ」の入り口をそっと開けたツカサは、警戒するかのように左右に目を走らせながら店の中をのぞき込んだ。

 

「よお! 誰かと思えば今日は風邪で一日死にかけているはずのツカサくんではありませんか。ところでHQの修理状況はどうだい?」

「……嫌み言うなよ」

 意地の悪い笑みを浮かべながら話しかけてくるコウタに、ツカサはふてくされたよう

に答えた。

 

「あーっ、アマノ君!」

 コウタの声が耳に届いたのか、棚の後ろか顔だけ出したハルナがツカサに気づき声を張り上げる。

 

「だめじゃない、学校さぼったりしたら」

「あはは、ご、ごめん」

 制服の上にいつものエプロン姿というマニア心をくすぐる格好だが、ずり落ちる肩紐を上げながら走り寄る姿は、見ようによっては腕まくりしながら詰め寄ってくるようにも見えた。

 

 その迫力に、ツカサの顔がみるみる青ざめていく。

 

「ほんとうにごめん。学校をさぼるつもりはなかったんだ……」

 ツカサは、昨日のトーナメントが終わってから今に至る経緯を事細かく話しはじめる。

 

「それだったら普通に接着剤つけて、張り合わせときゃいいんじゃないのか?」

 ツカサの言い訳を苦笑しながら聞いていたコウタが、思いついたように口を開いた。

 

「それで直ればね。でも、パーツを剥がすときにできた傷が思いのほか大きくて、隙間をパテで埋めないと強度が心配だったんだ」

「なるほどな」

 眉を寄せながら話すツカサに、コウタは顎に手をやりながらうなずいた。

 

 たしかにパーツ同士を接着するだけなら、コウタの指摘したとおり残った時間を差し引いても接着剤を使えばことは足りただろう。

 並のファイターが相手なら現状でもなんとかなったかもしれないが、ツカサの前に立ちふさがるのはリョウゴたち一流の実力者ぞろいだった。

 

 ガンプラが完璧な状態でバトルを挑まなければ、戦う前から勝敗は決してしまっているようなものだろう。

 

「理由は分かったけど……やっぱりこんなのよくないよ。アマノ君のお母さんだって心配

してるはずだよ」

 

 諫めるようなハルナの口調に、心配そうなサナエの顔が脳裏に浮かび、ツカサの胸が微かに痛んだ。

 

 

 

「お父さんだって、スゴく心配したんだぞ~」

 

 

 

 謝罪の言葉を口にしようとしたツカサの頭がむんずと掴まれ、頭上から怒りを押し殺したタカオの声が降ってきた。

 

「あ、あの、アマノ君のお父さんですか?」

 ツカサの頭を押さえ込み力任せに捻りはじめたタカオは、話しかけられ首だけそちら

に向けた。

 

「おっ、キミがハルナちゃんかい?」

 

「あっ、はい」

 

「話しはコイツから聞いてるよ。ツカサの彼女なんだって?」

 

「はっ?」

 

 思いがけないタカオの一言に、ハルナが硬直する。

 

「な、なに言ってんだよ父さん!」

「ははは、照れるな少年。あっ、ハルナちゃん、これからおれのことは遠慮なく「お義父さん」と呼んでくれたまえ」

 タカオはさわやかにハルナに笑いかけるが、当の本人は真紅の彫像と化し、まるで聞こえてないようだった。

 

「いい加減にしてよ! そ、それより、なんで父さんがここにいるの? 会社は?」

 頭を鷲掴みにされ、ぐりぐりと在らぬ方向に顔を向けられたツカサが、照れと痛みに耐えながら真っ赤な顔で話しかける。

 

「今日は一日外回りでな、仕事が早く終わったんで直帰しようと思ったんだが、朝は死んだ魚みたいな目をして息も絶え絶えだったMy sonが、元気いっぱいに車いすをコロがしてる姿が目に入ってな。不思議に思って後をつけてきたってわけだ」

 

 ハルナに話しかけてきたときとは打って変わり、だんだんタカオの声が低くなる。

 

 

「と・こ・ろ・で・何でおまえは此処にいるんだ?」

 

 

 ツカサが答えるよりも早く、その細い首の辺りから耳をふさぎたくなるような異音が響きわたった。

 

                 ※

 

「ガンプラバトル? ツカサが?」

「はい、そうなんです……フンッ!」

 タカオに事情を説明しながら、ハルナはあきらかに不自然な角度に曲がったツカサの首を、裂帛の気合いとともに元の位置にねじ込んだ。

 

「ガハッ!?……こ、ここは?」

 身体をビクンと大きく震わせ、意識を取り戻したツカサは辺りを見回す。

 

「しかもツカサのやつ、いまやってるトーナメントでベスト4に入ってるんですよ。でも

あいつのガンプラ、前のバトルでヒドいダメージうけたもんでそれで……」

 ツカサをかばうように説明を続けるコウタを見ていたタカオはうなずきながら口を開いた。

 

「なるほどな……ところで、キミがジョウジマ・コウタくん?」

 いきなり問いかけられコウタは口ごもるが、大きく首を縦に振った。

 

「ツカサからキミのこともよく聞いてるよ。いつもアイツが世話をかけているみたいだね」

「そんなこと……それにツカサはおれの友だちだし」

 

 照れたように頭を掻くコウタ。それに、いまだ事情を飲み込めず辺りを見回すツカサを愛おしそうに見つめるハルナを順に見ながら、タカオは目を細めた。

 

「いい友だちに出会えたな。ガンダムの──ガンプラバトルのおかげかな?」

「そうだね」

 穏やかな声で話しかけてくるタカオに、ツカサは少しばかり誇らしげに答える。

 

 

 

「なあ、ツカサ、父さんとやってみないか?」

「え、何を?」

 

「ガンプラバトルさ」

 

 

 タカオの突然の提案にツカサは返事も忘れ、惚けたように父の姿を見上げていた。

 




次回予告

迷いながらもタカオの挑戦を受けるツカサだが、父のビルダーとして、そしてファイターとしての実力を目の当たりにしてショックを受ける。

次回「ガンダム ヘッドクオーター」

第21話 「ツカサの慌ただしい一日 中編」

紺色のMSが、ツカサの前に立ち塞がる。
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