ガンダム ヘッドクオーター   作:白犬

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第23話 「黒衣の少女」

 車内から伸びたリフトに運ばれ、車いすが静かに路面に降ろされる。

 

「ほんとうに、ここでいいのか?」

 運転席から身を乗り出すように尋ねるタカオに、ツカサは振り向いた。

 

「うん、ここから先は車じゃ入れないしね」

「お弁当はちゃんと持ったの?」

 サナエの心配そうな声に、ツカサは車いすの手押しハンドルに括りつけたバッグを叩いてみせた。

 

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」

 わざわざ『おもちゃのミサキ』まで車で送り届けてくれたタカオたちに手を振ると、ツカサはハンドリムに添えた手に力を込めた。

 

 

「ツカサの応援にいかなくていいの?」

 無言でツカサを見送っていた夫の横顔を見ながら、サナエは心配そうな顔になる。

 

「ああ、ツカサがガンプラバトルを楽しめればそれでいいさ。勝ち負けは二の次だ」

 タカオはそう言いながらステアリングを握り直す。

 

「それより買い物を早く済ませないとな。今夜はすき焼きパーティーだ」

「くす、なんだかあなたが一番楽しそう」

「はは、そうか?」

 タカオは照れくさそうに笑いながら、路地の奥に一目散に向かう息子の背中を見送った。

 

(がんばれよ、ツカサ)

 

                 ※

 

 ツカサは駆動輪を押さえつけるようにブレーキをかける。身体がつんのめるように前

にもっていかれ、車いすは『おもちゃのミサキ』の入り口ギリギリのところで停止する。

 段ボールで塞ぎ応急処置を施した入り口を乱暴に開けると、寸分の間も惜しいと言わんばかりにツカサは車いすを押し進める。

 

「う!? またか……」

 激しい衝撃とともに車いすの動きが止まる。ツカサは大きく息を吐きながら下を見た。

 

「まったく、人が急いでいるときに限ってこうだ、この!」

 少し後退して再度突入を試みるが、あいかわらず車輪は入り口の段差に行く手を阻まれてしまう。

 

「……あの、よろしければ手伝いましょうか?」

 

 いきなり声をかけられ、ツカサは心臓が止まらんばかりに驚いた。

 声が発せられた場所は忘れ去られたように時代遅れの玩具が置かれており、大半の客

はガンプラバトルが目当てでこの店を訪れるため普段はこの辺りに人気は皆無だった。

 

 ツカサは激しく鼓動をする胸を押さえながら、声のした方に反射的に顔を向けた。

 

 薄闇の中に白い顔が浮かび、ツカサを見つめていた。

 

(ひぃい、お化けぇえええッ!)

 

 危うくそう叫びそうになったが、ツカサは間一髪その言葉を飲み込んだ。

 

 店の奥にできた陰から数歩進みでたために、ツカサはようやくお化けと思われたものの正体が少女だと気づいたのだ。

 ここらへんでは見かけないデザインだが、黒で統一された制服に腰まで伸びた艶やかな黒髪と同じ色の瞳。

 抜けるような白い肌が印象的な、日本人形を彷彿とさせる顔立ちの少女だった。

 

「……あの」

 ツカサがいつになっても何も答えないため、少女は困ったようにかすかに眉根を寄せた。

 

「す、すいません。じゃあ、後ろを押してもらえますか?」

 うわずったツカサの声に少女はかすかにうなずき店の外に出ると、車いすの後ろに移動した。

 

「それじゃ、まずティッピングレバーを足で押さえ……うわ?」

 ツカサが指示するより早く車いすが動き出し、あっという間に店の中へと押し込まれた。

 

 ツカサはゆっくりと背後を振り返った。

 

「以前、母の介護で使ったことがありまして……」

 ツカサの疑問をその表情から読みとったのだろう。少女は少しはにかんだように微笑む。

 

「あ、あの、あなたもトーナメントを見に来たんですか?」

 少女の母親の話題に触れるのもどうかと思いツカサは強引に話題を変えたが、少女は戸惑いを感じたようだった。

 

「え? ええ……」

「だれか知り合いの人が、トーナメントに出ているんですか?」

「はい」

 

 言葉少な目に答える少女を見ながら、ツカサの脳裏にかすかな疑問が浮かび上がる。

 

(あれ、じゃあこの人、リョウゴさんかセラさん、もしくはカーネルさんの知り合い?)

 

「それだったら、もっと奥に移動した方がよく見えますよ」

 とりあえず、頭に浮かんだ疑問を隅に追いやりツカサは店の奥を指さす。ここでもスクリーンを通してバトルを観戦できるが、けっして見晴らしがいいとはいえなかった。

 

「いえ、私はここで……」

「そうですか……あの、ぼく急いでるんでこれで失礼します」

 

 少女の態度に多少の疑問を感じたがたが、もう時間がなかった。ツカサ少女には背を向けると先を急いだ。

 

「あっ」

 ツカサは車いすを急停止させると、首だけひねり後ろを見た。

 

「さっきはありがとうございます、助かりました。ぼく、アマノ・ツカサといいます」

 ほとんど感情を表に出さなかった少女の顔に、かすかな変化があらわれた。

 

「……ミドウ・トモエと申します」

 少女はそう言いながら頭を下げた。ツカサより明らかに歳は上だが、少女──トモエの

物腰には年下の者に対するおごりのようなものは微塵も感じられなかった。

 

 ツカサの姿が人垣に消えてた後も、トモエは頭を下げたままだった。

 

 

「アマノ・ツカサ……そう、あの子が……」

 

 

 聞き取れぬほどかすかな声が、トモエの口を突いて出た。

 

                 ※

 

 

「おっ、いやがった」

「アマノ君!」

 必死に車いすを漕ぐツカサに気づき、コウタとハルナが人垣をかき分け走りよってきた。

 

「遅ぇぞ、バカ!」

「どうしたの、みんな心配してたんだよ?」

「ご、ごめん」

 コウタとハルナの剣幕に、ツカサは頭を掻いて萎縮する。もう、とっくにGBトーナメ

ント準決勝戦の開催時間は過ぎており、コウタたちが心配するのも当然といえただろう。

 

 昨日学校をさぼったことがサナエにバレ、たっぷりと絞られたツカサだが、タカオのサポートもあり夜を徹した作業の結果、なんとかHQの修理を終えることができた。

 だがよりにもよって、その後ふたりそろって居眠りしてしまい、気がついた時にはガンダム風に例えるなら『阻止限界点を越えちゃった!』といった状況だった。

 

 かくして、冒頭のようにタカオたちの手により、ツカサの輸送作戦が発動されたのだ。 

 

「ったく、そんなこったろうと思ったよ」

 ツカサの遅れた理由など、だいたい予想がついていたのだろう。コウタが苦笑いを浮かべる。

 

「あはは、しかも例によって入り口のところで立ち往生しちゃってさ、でもあの人

が……あれ?」

「どうしたの?」

 入り口の方を指さし固まったツカサを見て、ハルナが不思議そうな顔をする。

 

「いや、さっきそこにきれいな女の人がいて……」

「何? どこ? どこにいる!」

「変だな、ついさっきまでそこに、痛で!?」

 とつぜん腕に激しい痛みを感じ振り向くと、ハルナが唇を尖らせツカサを睨みつけている。

 

「な、何?」

「べつに、アマノ君の腕にハエが止まってたから追っ払っただけ!」

 

(なんでハエを追い払うのに、腕をつねるの?)

 

 腕をさすりながら涙目でハルナを見るが、当の本人は不機嫌そうにそっぽを向いている。

 

「いちゃつくのは後にしろ、もうリョウゴさんたちのバトルははじまってんだぜ!」

 コウタの声にツカサはスクリーンを見上げる。そこには阿修羅とクリムゾンミラージュが対峙していた。

 

「ちっ、ここじゃよく見えねぇ。ミサキ、アレをやるぞ!」

「うん!」

 コウタとハルナはうなずきあうと、素早くツカサの車いすの後ろに回り込む。

 

「えっ、ちょっと何を……うわッ!?」

 ツカサが最後までセリフを言う前に、車いすがいきなり動き出す。

 

「「ジェットストリームアタック!」」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」

 

 猛烈な勢いで爆走してくる車いすに気づき、人垣が二つに割れた。その間を、ツカサの魂切るような悲鳴が駆け抜けていく。

 

「大丈夫かい、アマノ君?」

 人だかりという名の紅海を渡りきったモーゼの気分を満喫したツカサだが、レンの心配そうな声を耳にするや引き攣った笑みを浮かべる。

 

「感謝しろよツカサ、ここならリョウゴざんのバトルもばっちり拝めるぜ」

「……お心遣い悼みいるよ……」

 ツカサはそう言いながら、恨みがましい目でコウタを睨みつける。

 

 ツカサは納得がいかず口を開きかけたが、ギャラリーの歓声にでかかった言葉を飲み込んでしまう。

 

 天井から下げられたスクリーンに、身の丈を超える大森林の間を一直線に突き進む阿修羅と、手にした長大な銃──バスタービームガンで狙いをつけるクリムゾンミラージュの姿が映っていた。

 両者の間にはいまだかなりの距離があり、阿修羅は狙い撃たれるのを警戒したのか密生する樹木の後ろに身を隠してしまう。

 

 だがクリムゾンミラージュはそんなことなどお構いなしにトリガーを引き絞った。

 銃口からまばゆいビームが放たれ、阿修羅が身を隠した大木と周りの木々が光の束に飲み込まれた。

 強烈な一撃が通り過ぎた後には、そこだけ果てしないトンネルのような空間が広がっていた。

 

「まさか、これで終わりなんてことはないよな?」

 コクピットの中でアキトが軽口を叩くが、左右に素早く警戒の視線を走らせている現状が自分が発した問いかけを自ら否定していた。

 

「うお!?」

 

 アラームを聞き流しながらアキトは視線を上に向ける。阿修羅が拳を脇に引き、クリムゾンミラージュめがけて逆落としに襲いかかってきた。

 

 間一髪で衝突を回避するが、モニターを紅い影が通り過ぎ、コクピットに衝撃が走る。

 

「ちっ!」

 銃身の中ほどから無惨にひしゃげたバスタービームガンを投げ捨て、クリムゾンミラージュはバックパックに残ったもう一丁のバスタービームガンに左手を伸ばす。

 

「ここまで近づいちまったら、そんな物干し竿が何の役に立つ!」

 再び距離を距離を詰めた阿修羅から、リョウゴの声が轟いた。

 バスタービームガンは、Wガンダムのバスタービームライフルに匹敵する威力を持つが、その長さから取り回しの悪さという弱点があった。

 

 アキトは目の前まで迫った阿修羅を見ながら、口の端を持ち上げる。

 

 背後に伸ばされた腕が素早く振りかざされる。

 モニター越しに突きつけられた銃。その先端の眼窩のような銃口を目にし、リョウゴの眼が大きく見開く。

 

「ぐぉッ」

 激しい衝撃とともに阿修羅は吹き飛ばされ、背後の巨木に叩きつけられる。

 

「ンなこたぁ、お前に言われるまでもねぇ」

 アキトと声とともに、クリムゾンミラージュは手にしたショーティタイプのハンドガンを胸元に持ち上げる。

 

「あの銃、状況によってバレルの長さを変えられるのか」

 ツカサは目を細めながらクリムゾンミラージュのバックパックを見た。そこにはバスタービームガンの銃身がそのまま残されていた。

 

「射撃戦や格闘戦に特化したガンプラ……聞こえはいいが、俺に言わせりゃあ、そんな

モンはどっちつかずのただの駄作だ。真に優れたガンプラならば、いかなる状況でも瞬時に対応できるもんさ」

 

「手前ぇのガンプラがそうだと?」

「たったいま、身を持って体験しただろうが」

 リョウゴのつぶやきに、アキトが呆れたといわんばかりに顔をしかめる。

 

「笑わせんな。いまのはちょっと不意を突かれただけだ。懐に飛び込みさえすりゃあ……」

 阿修羅が6本の腕を使って身を起こす。

 

「……じゃあ、こいよ」

 クリムゾンミラージュは、手にした銃をだらりと下げた。アキトの心中が理解できず、リョウゴの訝しげな顔をする。

 

「お前の得意な距離で相手をしてやるって言ってんだ。遠慮するこたぁねえさ」

 片手を持ち上げ手招きをはじめたクリムゾンミラージュを睨みつけるリョウゴの瞳に憤怒の炎が燃え盛り、激しく揺れ動く。

 

 スラスターの咆哮とともに、阿修羅はクリムゾンミラージュとの距離を一気に詰め、握りしめた拳が叩き込まれる。

 

「何っ!?」

 ためらいなく繰り出された阿修羅の拳はクリムゾンミラージュの頭部を粉砕するはずだった。だが狙いは逸れ、感情の籠もらぬふたつの瞳が阿修羅を睨みつけていた。

 

「くっ!」

 阿修羅は立て続けに攻撃を繰り出さすが、6本の腕が繰り出す攻撃はすべてかわされ、

虚しく空を切るばかりだった。

 

「こなくそ!」

 大きく引かれた拳が、リョウゴの叫びとともに繰り出されるが、クリムゾンミラージュはわずかに動くとその一撃をかわし、顔の横を通り過ぎた阿修羅の腕を鷲掴みにする。

 伸びきった阿修羅の腕めがけて、下から灼熱の軌跡が通り過ぎた。

 

 ふたりのバトルを固唾を飲んで見守っていたギャラリーたちからどよめきが沸き上がった。

 

「阿修羅が……」

 いまだ回転を続けながら中天高く舞う阿修羅の腕を目で追いながら、ツカサはカラカラに乾いた喉を潤すように唾を飲んだ。

 

 トーナメントが始まってから無傷を通してきた阿修羅に、クリムゾンミラージュは痛烈ともいえるダメージを追わせたのだ。

 

 

 クリムゾンミラージュは、体勢を立て直すべく後退する阿修羅を目で追いながら微動だにしなかった。




次回予告

尚も続くリョウゴとアキトの死闘。
固唾をのんで見守るツカサたちの前で、阿修羅とクリムゾンミラージュはその身に受けたダメージも顧みず戦い続ける。

この戦いを制するのはどちらなのか?

次回「ガンダム ヘッドクオーター」

第24話「紅の双影」

己が身を紅蓮に染めしガンプラが、互いの身体を切り裂く。
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